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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
26/163

金龍VS銀狼

 それは起源獣がこの世界に出現する前に存在していた狼という獣によく似ていた。

 その鋭い眼光に睨まれると肝が縮み上がり、その鋭い牙や爪を見つめていると恐怖心が刺激され、背筋に悪寒が走った。

 一方でその銀色の毛並みはうっとりと見とれてしまうほど美しく、そのスマートで均整の取れた立ち姿は気高さを感じさせた。

 それが灑の国、二振りの銀色の剣の片割れ、シュガの姿である。

「まさか銀の剣と謳われるシュガ様の正体がブラッドビースト、血獣人だとはね……」

「む……!」

 人と顔の構造が違うので感情が読みづらいが、確かに今シュガの顔は苛立ちでひくついた。彼の姿を見て、何気なくジョーダンが呟いた言葉は、いつもやっているように相手の感情を逆撫でするための煽りではなかったのだが、シュガにとっては間違いなく挑発であり、侮蔑だった。

「訂正してもらおうか」

「訂正?その姿、どう見ても血獣人でしょ?」

「否!俺は“仙獣人”!!誇り高き『ミリョ族』の仙獣人だ!!」

「ミリョ族……確か訓練と儀式で獣人への変身能力を得るという戦闘民族……」

「あぁ、俺達ミリョ族は幼き頃より鍛え抜かれ、そして齢十八になると、三ヶ月間起源獣の血液だけを飲んで過ごす」

「他のものは?」

「当然口にしない、血だけをひたすら飲むのだ。そうすることによって人の血液と起源獣との血液が混ざり合い、仙獣人となる」

「その儀式をやると誰でも仙獣人とやらになれるのかい?」

「それも否!力に目覚めることができるのは先祖たちが何代もかけて、体質を変化させたおかげだ。それでも儀式の最中に落命する者や、いくら血を飲んでも仙獣人になれない者もいる。そういう才能のない者を排除し、さらにミリョ族はより洗練されていくのだ」

「そんなこと続けていたら、どんどん数が減っていっちゃうんじゃない?」

 再びジョーダンの発した言葉によってシュガの表情が変化する。今度は悲しみを感じているような、憂いを帯びた表情だ。

「……お前の言う通りだ。ミリョ族の数は年々減り続けている。ただでさえそんな状況だというのに、仙獣人に目覚めてから一族を出て、武者修行の旅に出ることになっているのだが、そこから戻ってこない者は逆に増えてしまっている。骸装機などの科学の発展を目の当たりにし、一族を見限る者、それらと戦い、敗北し命を落とす者、そして俺のように……」

「外の世界で忠義を尽くすに値する人物に出会う者……か?」

 シュガはコクリと頷いた。

「そうだ!俺は姫炎様に命を救われ、あのお方のためにこの力を振るうと決めた!だから!今この場でお前と相対している!我が主君に甘言で惑わし、破滅の道を歩ませようとする邪悪なる龍の首をこの手で刎ねるためにな!!」

「ひどい言われ様だな……!」

 シュガの身体から威圧感が放たれると、応龍も神経を研ぎ澄ませ、再び構えを取った。

「ではそろそろ……」

「試合再か……いっ!?」

 ほんの一瞬、まさにまばたきをした瞬間に銀狼は金龍の眼前に迫っていた……拳を振り上げながら。

「ハアッ!!」


ドボオォォォォォン!!


「危ね!?」

 応龍はかろうじて回避に成功、シュガの拳は空を切り、地面に炸裂した。しかしその威力は凄まじく地下通路全体を揺らし、泥と水を天井高く柱のように巻き上げる。

「なんてパワーとスピード……!まるで愛羅津の狴犴のよう……」

「誰だか知らんが、そいつよりも俺の方が強くて速いぞ」

「――ッ!?」


ガギィン!!


「ぐっ!?本当に危ないな!!」

 分析する暇もなく側面に回り込まれた応龍だったが、今回も槍で防ぎ、事無きを得る。

「正面から受け止めるのではなく、うまく力を逸らし、いなされるような防御……派手で大雑把な見た目に反して地味な小技もしっかりとしている」

「細部にも拘るのが、天才というものだよ……!」

「素晴らしい心構えだ……では!その技術でどこまで耐えられるか見せてもらおうか!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!


「ちいっ!?」

 両手から最小限の軌道を通って放たれる速射砲。応龍はなんとか反応するのがやっと。いや……。


ガギィン!ガギィン!!


「どうした?その程度かゴールデンドラゴン!!」

「くっ!?」

 防ぎきれていない!致命傷こそ免れているが、ジョーダンの精神を削っていくように、自慢の装甲を抉り、砕いていく。

「ほらほら!このままではジリ貧だぞ?」

「言われなくても、今全力で脳ミソで動かしてるよ……!」

「そうか……ならばそんな健気なお前に一つ忠告しておいてやろう」

「忠告……だと?」

「スタミナ勝負しようとしているなら、自らの墓穴を掘ることになるぞ。注射一本で力を得て、変身する度に大量の食事を必要とするあんな猿真似の劣化版、紛い物の血獣人と違い、我ら仙獣人は一日中、常に変身していられる。持久戦なら分があるのは俺の方だ」

「一日中って……風呂入る時も、寝る時もか……?」

「風呂入る時も寝る時もだ!我らが人の姿に戻るのは、伴侶の前と死んだ時のみ!」

「ならあんたの!人間シュガ様の顔を拝むために気張りましょうか!!」

 応龍は多少のダメージを覚悟し、攻撃に転じた。しかし……。

「甘いな」


ガァン!


「――ッ!?」

 逆にカウンターで顔面にナックルを喰らってしまった。

 戦況はシュガ優勢、それは本人達はもちろん遠目で見ていた者たちにも明らかで……。



「さすがシュガ様だ!」

「ふん!当然の結果だ!この灑に、いやこの猛華にシュガ様に勝てる者などおらぬ!」

 この国の英雄の活躍を満足そうに、安心しきって兵士たちは眺めていた……が。

「いやいや、あの下品な金色は頑張っているぜ。目も死んでいないし、もう一波乱あるかも」

 そこに水を差す声が……。兵士たちは顔を強張らせ、その声の方を振り向く。

「なんだお前は?」

「シュガ様が負けると思……う!?」

「おっと!」

「むぐっ!?」

 男の顔を見た瞬間、兵士達は叫び出しそうになるが、男が咄嗟に兵士達の口を手で抑えたので、最悪の展開は防げた。男にとって、そうなってしまっては色々と台無しなのだ。

「観戦中はお静かに。デカい声で有名なおれでさえこうやって声を抑えてるんだからな。お前達も手を離しても叫んだりするなよ?」

 兵士たちはうんうんと頷いた。

「それじゃあ……ほい」

「「ぷはッ!?」」

 兵士たちは一息に酸素を脳に送り込み、自らの記憶と今目の前にいる男を照らし合わせる。間違いなく“あのお方”だった。

「き、姫風様!?なぜこちらに!?」

 男の正体はこの国の皇帝の血族、姫風その人だ。声も身体もバカがつくほどデカい彼が息を潜めて、兵士の群れに紛れ込んでいたのである。

「なぜって、そりゃあこの国のチャンピオンとも言える人が、突然涌いて出てきた新進気鋭のチャレンジャーと戦うってんだ、一人の男として見たいと思うのは当然だろ?」

「そ、そんなことで城から抜け出して……」

「おれにとっちゃ、それだけで十分すぎるさ。つーか、おれのことはいいよ。いいところ見逃しちまうぜ!」

「は、はい!」

 姫風は兵士たちの肩を組んで、視線を銀狼と金龍に戻した。強引な行動だったが兵士たちに嫌悪感はない。むしろ皇帝の血筋にあるお方とこうして並び立って同じものを見れることが誇らしかった。

 姫風という男はこういう人たらしの部分がある。それを可能にしているのは、彼の人を見極める才能だろう。その才能が今一番注目しているのが、丞旦だ。

(これで終わりじゃ、兄貴の目を掻い潜ってきた甲斐がない。頼むぜ、ゴールデンドラゴン、せめてシュガさんに“アレ”を使わせてみせろ……!)



 知らない間に勝手に姫風の期待を背負わされたジョーダンと愛機応龍だったが、残念ながら事態は好転していなかった。

「ハアッ!!」


ガリッ!!


 黄金のボディーに引っ掻き傷というにはあまりに深い溝が彫られる。それは姫風と兵士たちが話している間に何度も繰り返された光景だった。光沢のあった龍の鱗は見事にズタズタのボロボロにされている。

「このままだと自慢のボディーがボロ雑巾となり果てるぞ」

「くそ!?綺麗なものをぐちゃぐちゃにしたいという倒錯した性癖の持ち主なのか、誇り高きシュガ様は!?」

「まだそんな減らず口が叩けるなら、もう一段ギアを上げてもいいな!!」


ガリッガリッガリリッ!!


 シュガのハンドスピードがさらに増し、今まで以上の速度で応龍の装甲は削り取られ、キラキラと地下の暗闇に破片が舞った。だか、実は装甲以上に磨り減っているものが……。

(ヤバいな……スタミナ以上に集中力が切れかけている……今のところ、致命傷だけはなんとか防げているが、このままではやられるのも時間の問題だ……!!)

 外側よりも窮地に陥っていたのは、ジョーダンの精神であった。ミスすなわち即死亡という極限の状況下で、戦い続けられる時間は思っているよりもずっと少ないと龍は感じ取っていた。

(かといって、焦って手を出しても、それこそ寿命を縮めるだけだ……なんとか奴を出し抜く方法を限界を迎えるまでに見つけないと……!)

 ジョーダンは意識のほとんどを防御に、そして残った全てをこの状況の打開策を見つけるのに集中させた……させたが。


ガリッガリッガリリッ!!


(うん、無理だな!全然集中できないし、何も思いつく気がしない!つーか、そんなこと考えながら、防げる攻撃の密度じゃない!)

 ジョーダンは早々にアイデアを練るのを放棄した。そんな器用な真似ができるなら、こんな風にはなってないとすっぱり諦めた。

(こうなりゃカンシチを見習ってなるようになる精神だ!天才らしくない原始的な方法だが、そいつにかける!それで駄目ならそれがボクの天命!丞旦はそこまでの男だってことだ!)

 覚悟を決めた応龍が攻撃の隙間を縫って、手に持っていた槍をぐるりと回転させた。

「来るか……!」

 ジョーダンの心中を察したシュガは反射的に身構える。そうしてまたできた隙に応龍は槍を撃ち込む!自らの足下に。

「おりゃあ!!」


ドボオォン!


 槍は水面に波紋を描きながら、沈んでいき、さらに下方、泥の中まで侵入する。それをおもいっきり……。

「よいしょっ!!」

 掬い上げる!


べちゃっ!!


「――ッ!?目が!?」

 泥はシュガの目に入り、視界を一時的に奪った。これが天才らしくない原始的な作戦、所謂“目潰し”だ。

「小癪な!だが、無駄なことだ!仙獣人の真骨頂はパワーやスピードではなく、研ぎ澄まされた五感!視界を潰されたぐらいでどうということはない!!」

 その言葉を証明するようにシュガは視界以外の感覚のレベルを最大限まで上昇させる。皮膚の全てがレーダーとなって、大気の僅かな揺らぎさえ敏感に感じ取る。

「……そこだ!!」


ガァン!!


 攻撃を感知したシュガが手刀で槍をはたき落とした。それはあまりにも簡単で、いやいくら何でも簡単過ぎた。

(手応えがない……突きではなく、投擲していたか……!つまりこれは……)

(囮だよ……!)

 シュガの推察通り、槍は投げられたもので、それに注意が向いた隙に応龍は逆側に回り込んでいた。

(ここまでは上出来……!だがそれで得られるチャンスは一度で一瞬……!必ず一発で決める……!!)

 応龍はナックルを硬く握り、空のように青い眼で狙いを定める。

(狙うは顎……!タフな仙獣人と言えど、元が人間なら急所だろうが!!)

 下から銀色の美しい顎に向けて拳を全力で撃ち込む!威力もタイミングも申し分無し!当たれば一発KOだ!当たれば……。


ガギィン!!


「な……!?」

 地下に響いたのは銀狼の顎の骨が砕ける鈍い音ではなく、金属同士がぶつかり合う甲高い音だった。

 応龍の渾身の一撃は突如現れた銀色の刀身によって防がれてしまったのだ。

「どこに……どこに剣なんて……」

 予想だにしない展開、謎の剣の出現にジョーダンの思考は停止する。そしてその隙を見逃すシュガではない。

「呆けている場合か!!」


ブォン!!


「うおっ!?」

 力任せに応龍を剣で押し飛ばす。それがいいショックになったのか、ジョーダンの思考回路はまた活動を始め、体操選手ばりのきれいな着地を決めると、分析のために距離の離れたシュガを睨み付ける。

「この……って、なんだその構えは……?」

 シュガは目に付いた泥を拭いながら、こちらに剣の切っ先を向けていた。突きの構えとかそういう類いのものではなく、本当にただ雑に力も入れずにこちらに向けているだけだ。ジョーダンはそう思っていた……。

「なんだって……すぐにわかるさ……!」


バキッ!!


「――なっ!?」

 剣は応龍の角を切り落とした。

 シュガが接近したわけではない、彼は一歩も動いていない。

 もちろん応龍が歩み寄ったわけではない、彼も微動だにしていない。

 刀身が一瞬で伸びて、切り落としたのだ。

「その剣は……まさか!?」

 ジョーダンはすぐに答えにたどり着いた。彼が天才だからではない。刀身が伸びる光景を目の当たりにし、今もまた縮んでいく姿を見せつけられては、猛華の人間はそれが幼き日より読み聞かせられた“アレ”であるとしか思わないのだ。

「フッ……当然わかるよな。猛華の民ならこの剣のことは誰でも知っている……煌武帝の十人の忠臣が持っていたと言われる伝説の武器、サイズを自在に変えられる魔剣、『幻妖覇天剣 (げんようはてんけん)』だ……!!」


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