地下の決闘
それはジョーダン達が雪破への侵入を試みるより一日前のこと……。
「……というわけで、地下より逆賊どもが御身を拐いに来るようです」
雪破の中心にある城、その謁見の間で黄括は誇らしげに報告をし、色んな意味で人よりも遥かに軽い頭を下げた。
「黄括殿、そなたの言いたいことはわかったが、その情報は確かなのか?」
左右に三人の男を侍らし、立派な椅子に座っている男は素直な疑問を口にした。
「それはもちろん。このわたくしが姫炎様に不確かな情報で提言するわけないじゃないですか」
ニヤニヤと不快な笑顔を浮かべながら黄括は答える。彼は今、この時間が堪らなかった。
「そこまで言うのなら情報源を……」
「いやいや!情報の出所はむやみやたらに教えることはできません!それが例え……皇帝の弟君であってもね……」
「むう……」
黄括の芝居がかった、まるでこちらを小バカにするような態度に姫炎の顔に隠し切れない不愉快さが溢れ出た。彼の横にいる三人も同じく苛立ちで顔を歪めている。
それが黄括にとっては堪らないのだ。自分のような上司に取り入ることで、なんとか地位を手に入れて来た人間が、この国の皇帝の血族を手玉に取っている感覚が、彼の歪んだ自尊心を満たしていた。
「話は以上です。逆賊の処理はわたくしに任せてもらいます」
「あぁ、任せた……というより、私に選択肢などないのだろう?」
「はい。宰相様にこの雪破の警備についてはわたくしが全ての権限を頂いております。当然、あなたの兄上様、この国の皇帝姫山様もご承知のこと……」
「ならば、私に言うことはない……黄括、そなたの好きにしろ」
「はっ!」
手を合わせ、再び深々と頭を下げる黄括。姫炎には見えない彼の顔には醜悪な笑みが張りついている。皇帝の弟さえ凌駕する権力、それが自分達の行動が筒抜けになっているとは知らない間抜けなジョーダン達を罠にかけ、捕らえるだけでさらに強化されることになる……そりゃあ、笑いも止まらない。
しかし、彼の笑みは一瞬で消え去ることになった。一人のバカ息子のせいで……。
「その逆賊討伐の任務!この姫風も連れて行ってはくれんか!!」
「………はい?」
姫炎の横に控えていた見るからに豪快そうな男の想像通りの豪快な声が部屋中に響いた。
その男こそ姫炎の次男にして、黄括の最も苦手としている男、姫風である。
「姫風様……あなた様の手を煩わせるようなことでは……」
「荒事は小さかろうが大きかろうが、全て首を突っ込んでいく!それがこの姫風の生き方よ!!」
「いや、あなた様が出撃するとなると雪破の民が不安に思います!」
「おれが逆賊程度に遅れを取ると言うのか……!?」
「ひっ!?」
人というより、人語を喋れる大きな獣のような姫風に凄まれると、根はただの小心者の黄括の背筋は凍り、身を震わせた。笑顔などいつの間にかどこかに吹き飛んでしまった。
「わ、わたくしが言いたいのはそういうことではなく、皇族の方が戦場に出ることで不安を覚える者もいると……」
「それなら大丈夫だ!おれは負けないからな!!故におれが出て行っても問題ない!!」
「だから、そういう問題じゃ……」
会話になっているようで、全くなっていない。とことんこの二人は波長が合わなかった。
「それではおれは準備をしてくる!!」
「お、お待ちに……!」
「そうだ、待て姫風」
二人の会話に新たな人物が加わる。姫風の隣にいる彼とは真逆の繊細で聡明そうな男、姫炎の長兄、姫水である。
「兄者もおれに行くなと言うのか!?」
「その通りだ。黄括殿の言っていることが正しい」
「そ、そうです!言ってやってください!姫水様!」
「別にあなたのために言っているんじゃない。だからはしゃがないでいただきたい」
「うぐっ!?」
思わぬ援軍に喜んだ黄括だったが、すぐに一蹴される。この兄弟はどちらも苦手だと再認識した。
「風よ、よくよく考えてみろ……豪放磊落という言葉を体現するようなお前とお前の愛機が地下なんて閉ざされた空間で真価を発揮できると思うか?」
「それは……そうかも」
さすがに兄弟、兄姫水は手の施しようのない猛獣に思えた姫風を一言で宥め、一瞬で議論を終わらせてしまった。
「ふぅ……というわけで黄括殿、あとはお任せします」
「おう!色々と悪かったな!!」
「はぁ……それで……」
何はともあれ、黄括はこれで漸く逆賊討伐に、自分の出世のために集中できると……。
「風の代わりに俺が行こう」
「……は?」
姫炎を挟んで兄弟の逆側、今まで黙っていた最後の一人が声を上げた。
その声を聞いた瞬間、黄括の顔が苦虫を噛み潰したような険しいものへと変わる。
終わった議論を蒸し返されたからではない、全身を布で覆った得体の知れない怪しい人物だからでもない、ただただ黄括はこの男のことが大嫌いだからだ。
「灑の国が誇る二振りの銀の剣の片割れであらせられるシュガ様の手を借りるようなことではないと思っているのですが……」
「人は俺をそう言って称えてくれるが、俺はただ戦うことしか知らない一人の戦士だ。気にせず俺をこき使ってくれればいい。同じ成り上がり者同士、“様”もいらないぞ、黄括」
「……はぁ」
今の言葉でさらに嫌いになった。シュガはそんなつもりは毛頭ないだろうが、一言一言その全てが黄括の感情を逆撫でしていた。
(自分は出世なんて気にしてませんって言いたいのか!しかも何が同じ成り上がり者だ!おれはお前と違って、実力がないから必死に上司におべっか使ってここまで来たんだよ!お前みたいな才能溢れる人間がおれのような凡人を理解したように話すんじゃねぇ!!)
完全なる逆恨み、自分のコンプレックスを八つ当たりさせているだけなのだが、黄括にとってはそれが真理だ。こんな男の手など死んでも借りたくないと心の底から思う。
ただ一方で黄括という男は感情と理性を切り離せる打算的な部分も持っている。
(だがしかし、相手は朱操や徐勇を何度も退けている手練、しかも朱操はダメージから回復しきってない上に、新たなマシンとのアジャストも済んでいない……不愉快だが、背に腹は変えられんか……)
意を決して黄括は大嫌いな男の方を向き直した。
「シュガ殿、あなたの言葉に甘えさせてもらいます。どうかわたくしめに力をお貸しください」
劣等感に蓋をし、姫炎にしたように手を合わせ、頭を下げ、最大限の礼を尽くす。
「うむ。我が主、姫炎様の恩に報いるためにも貴殿の剣となりて、必ずや逆賊を斬り捨ててくれよう!」
シュガはパンッと手のひらに拳を打ち付けた。
そして話は現在へと戻り……。
「ぐうぅ……!色々と我慢したことがやっと報われると思ったのに……!こんな侮辱を受けるとは……!!」
黄括はくそダサメガネに勝手に出鼻を挫かれ、勝手に身悶えしていた。
「よくわからんが、あいつの精神にダメージを与えられたなら、くそダサいメガネがくそダサいデザインである甲斐があったな、ジョーダン」
「いまいち納得いかないけど、キミの溜飲が下がったなら良かったよ、セイ」
自分より取り乱す人間を見ると気持ちが落ち着くと言うが、ジョーダン達は黄括のおかげで冷静さを取り戻していた……一人を除いて。
「確かにあの黄括が苦しんでいるのは、ざまぁみろって感じだけど、あの人数相手にどうするんだよ!?」
カンシチは空気を読んだのか、くそダサメガネを外してジョーダンを問い詰めた。
「どうするって言ってもねぇ……この通路の存在に気づいて待ち伏せしている可能性も考えていたけど……さすがにこの人数は予想外だったね……」
ライトの後ろの暗がりにいるので、正確に把握できないが、蠢く影の数から相当な人数が控えているようだった。
「そ、そうだ!メガネがダサいかどうかなんてどうでもいい!おれが宰相様から預かった部隊の全てをこの地下に集めている!お前達三人だけではどうにもできまい!わかったら大人しく投降しろ!!」
黄括も黄括で追い詰められたジョーダン達の会話でメンタルを回復させる。するとすぐにいつも通りの卑屈で傲慢な性格の悪さを存分に発揮した。
「さぁさぁ!返答を聞かせてもらおうか!ゴールデンドラゴン!!」
「うーん……」
ジョーダンは顎に手を当て、虚空を見上げた。その仕草は黄括には無力さ打ちひしがれているように見えて、彼をさらに増長させる。
「はっはー!天才と聞いていたが、その程度か!この黄括の知略には手も足も出ないか!!」
「いや、出そうと思えば出せるけど」
「強がりを!みっともないぞ!!」
「いやいや、あんたも遺跡で見たでしょ?ボクの応龍の必殺武器、嵐龍砲」
「あぁ、あの宰相様の蚩尤には全く通用しなかった奴か」
「まぁ……事実だから否定しないけど……」
「あの子供騙しの竜巻で、この状況を打破できると思うのか?」
「うん。蚩尤に効かない威力でもこの地下通路を崩落させて、みんな仲良く生き埋め心中できるくらいの威力はあると思うよ」
「ははは!そうか!心中か!……心中!?」
黄括の顔色が暗い地下でもわかるぐらい見事に青ざめていった。
「ま、ま、まさか自棄になって……!?」
「あぁ、こうなったら死なばもろとも……」
「ひ、ひいぃ!?」
ジョーダンは限界まで口角を上げると、さらに黄括の血の気は引いていく。
「惑わされるな黄括、ただのハッタリ、奴は自分だけならともかく仲間を犠牲にできる人間じゃない」
「ハ、ハッタリ……?」
「それにそんなふざけた真似など、この俺が、シュガがさせるわけはないだろ」
「そ、そうだよな……」
子供を諭すようなシュガの穏やかな言葉に黄括の血色がみるみると戻っていった。その様子を見て、ジョーダンは「ちっ!」と舌打ちをする。
「あ~あ~、せっかくいい感じにいたぶれてたのに……」
「楽しんでいたところに水を差して悪かったな」
「でもボクのこと買いかぶりすぎじゃない?本当に自暴自棄になってるかも……」
「目を見れば、正気を保っているかいないかぐらいはわかるさ」
「さすがはこの灑の国にその名を轟かすシュガ様だ」
「噂のゴールデンドラゴン様に名前を知って頂いているなんて光栄だな」
両者の視線がぶつかり合ったその刹那、二人の心と身体はシンクロし、同時に口を開かせた。
「「あいつとはボク(俺)がやる……!」」
「ちょっ!ちょっと待てよ!ジョーダン!あいつ、じゃなくてあの人はシュガ様だぜ!マジで言ってるのかよ!?」
この灑の国出身のカンシチにとってはシュガは生ける伝説だ。ジョーダンの強さには一目置いているが、今回ばかりは本気で止めに入った。
もちろんカンシチに言われたところでジョーダンは大人しく止まるような人間じゃないが。
「ボクがやると決めたからにはやるよ。銀の剣より金の龍の方が凄いってキミも言っていたじゃないか?」
「あの時はお前を説得するために、口からでまかせを……」
「でまかせじゃなく、紛れもない事実だと証明してあげるよ」
「だけど……」
「もうボクのことはいいから、キミはキミのことに集中しなよ。シュガとボクが戦うってことは残ったマッチアップ的にキミは朱操の相手をすることになるんだから」
「朱操と……」
「輪牟の村、そして杏湖に続いて三度目の対戦、二度あることは三度あるじゃなくて……」
「三度目の正直にしろってことだな……!」
「イエス」
覚悟の決まったカンシチは新たな愛機を強く握り締めた。
「というわけだから、余った徐勇はよろしくね、セイ」
「ふん、気に食わんが仕方あるまい」
セイも手甲を着けて、準備万端だ。
「あちらは今すぐにでも始めたそうだな」
「シュガ殿……ここはやはり数の力で押し潰すべきでは……?」
「広いと言っても閉ざされたこの空間では、数にものを言わせる戦法は最大限の効果は発揮できない。最終的に討ち取ることができたとしても、かなりの犠牲が出るはずだ。宰相様から預かった部隊を消耗させるのは貴殿の評価を下げることになりかねない」
「そ、それは確かに……」
「俺に手柄を取られると思っているなら、心配なさらず。全て自分の指示だと報告して構わない。俺は出世など興味がないからな」
「……そうですか。ならばお任せいたします。どうかご武運を」
何もわかっていない無粋な男の提案にもシュガは淡々と論理的に退けた。その代わりさらに嫌われることになってしまったが。
なんとも言えない苦々しい顔をしながら、黄括は後ろに下がって行った。
「残りの二人はお前達に任せる。あっちもその気らしいしな」
「……了解しました」
「任せてください」
朱操も徐勇もこの組み合わせに不満がないわけではないが、あのシュガに頼まれたとなると何も意見などできない。ましてや失態を犯したばかりとなると尚更だ。
こうしてこの地下での決闘のマッチアップが決定した。
「さてと……じゃあ行きますか!」
「「おう!!」」
ジョーダン達は雨避けのフードを脱ぎ捨て……。
「嵐を起こせ!応龍!!」
「おれとは初陣だからな!気張っていこうか!鉄烏!!」
「撃猫……!!」
愛機の名を叫びながら飛び出した!
対してシュガ達も……。
「灑の国姫炎が配下、シュガ参る!!」
「鋼梟!!」
「いこう!鉄烏!!」
覇気を滾らせ迎え撃つ!
「ウオラァ!!」
「ウリャア!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン……
朱操の鋼梟の剣とカンシチの赤い鉄烏の弓についた刃が何度もぶつかり合い、火花を散らした。
「あれだけ痛めつけてやったというのに、ずいぶんと元気じゃないか……!」
「お前こそあれだけ痛めつけられたのに、ずいぶんと元気じゃないか?」
「貴様!!」
「この!!」
ガギィン!!
渾身の一撃同士が正面から衝突し、至近距離でのつばぜり合いの形になる。
「農民だと思っていたが、盗人に転職したのか!ええ!!」
「ただ落とし物を再利用しただけさ!!」
「落とし物はちゃんと届けないと駄目だろうが!!」
ガギィン!!
「うあっ!?」
朱操鋼梟が力任せにかつての愛機を弾き飛ばした。
「この!ケチケチすんなよ!お前も新しいマシンを手に入れたんだからよ!!」
体勢を崩しながらも、カンシチ鉄烏は矢を放ち反撃する。しかし……。
「そうだ!馬乾殿の鋼梟を受け継いだからには、お前ごときには遅れはとらん!!」
鋼梟は矢に怯むどころか、自分から突っ込んでいき、全て剣で叩き落とした。
「弓に自信があっても!距離が取れないこの場所なら!!」
勢いそのままに接近し、鉄烏の首へと剣を薙ぎ払う!
「食らうかよ!!」
「何!?」
カンシチ鉄烏は攻撃を受ける瞬間、開脚し下に逃れた。さらに流れるような動きでまた弓を構え……。
「おりゃ!!」
バシュ!!
「ぐっ!?」
下方向から発射された光の矢を鋼梟はかろうじて回避する……が、完璧とまではいかず、頬の装甲を大きく抉られてしまった。
「どうした、エリート?こんなもんか?」
「盗人ではなく曲芸師だったようだな……!」
「そんなつもりはないけど……お前を惑わせられるなら悪くないな……!」
カンシチと朱操の二人の暑苦しい性格を体現するような激しい戦いが行われている横では、セイと徐勇が静かな攻防を繰り広げていた。
「ハアッ!!」
徐勇鉄烏の鋭い突きが撃猫を襲う……が。
「遅い」
あっさりと回避される。しかし、そこで終わり、撃猫は反撃に転じられなかった。
「オレがケガしている右腕の方に回り込んで……かわいい顔してえげつないな」
「こんな顔してるから舐められないように、手段を選ばず、結果だけを求めるんだよ!!」
再び突きを放ち、再び避けられ、再び反撃を受けないように撃猫の右側に回り込んだ。
「そんな考えだから、あの日、満身創痍のオレを狙えという黄括の指示にも従ったのか……?」
「………」
撃猫の全身から憤怒の感情が溢れ出たが、徐勇は動じない。その程度で揺らぐぐらいのちっぽけな覚悟で軍人をやっているわけじゃないのだ。
「僕はプロフェッショナルとして上の指示には従う!例えそれが人道に反していてもだ!」
「考えることを放棄しているだけだろうが!!」
「なんとでも言え!僕は僕なりのやり方でこの国を守ってみせる!お前達のように混乱を撒き散らすような奴らはどんな手段を使っても排除してやる!!」
そして本日のメインイベント、黄金の龍、応龍VS銀の剣、シュガも大いに盛り上がっていた。
「おりゃあッ!!」
大気を切り裂き、応龍の槍が唸りをあげる!
「ふん」
ヒュッ!!
それを難なくいまだにフードを被ったまんまのシュガは避ける。
「噂に違わず装着者も骸装機も上々だな」
「はっ!一撃も掠りもしてないのに、そんなこと言われても嫌味にしか聞こえないよ……!」
話している間にも応龍は絶えず攻撃を繰り出しているが、シュガには触れることさえできずにいた。
「お前の気分を害するつもりで言ったつもりではないのだが……」
「だとしたら余計に……タチが悪いんだよ!!」
ビリッ!
「ほう……」
ジョーダンが感情を剥き出しにした瞬間、それに呼応するように応龍の突きのスピードが上がり、ついにシュガを捉えた!……とは言っても彼の来ていたフード付きマントを破り、その下にある銀色の体毛を僅かに散らしただけだったが……。
「その姿……」
応龍は思わず攻撃の手を止めた。そう、シュガの身体は銀色の毛で全身が覆われていて、所謂普通の人間の姿をしていなかったのである。
「さぁ、ここからが本番だ、ゴールデンドラゴン……!」




