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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
24/163

潜入

 分厚い雲が空を覆い、月明かりさえ届かない夜、雨が降りしきる中、フードを目深に被った三人の男は枯れ井戸の前に集合していた。全ては雪破に潜入し、皇帝の弟姫炎に会うために……。

「城塞都市に潜入する今は使われていない地下通路の入口は枯れた井戸……ちょっとベタすぎやしねぇか……?」

 カンシチは昔、小説かなんかで読んだような状況とシンクロする今の自分がなんだか可笑しくて、苦笑いを浮かべた。

「ベタでも何でもいいさ。ちゃんと雪破の中まで繋がっているならな」

 一方、セイは至って冷静だ。これまでトレジャーハンターとして活動していたおかげかはしゃいでもいないし、臆してもいない。

「そうだね。賛備子宝術院の情報はかなり古いものだったから、道が塞がっているかもしれない。そうでなくともこの雨だ、地下に水が貯まっている可能性もある」

 こちらもクールなジョーダン。考えられる失敗パターンを淡々と述べる。

「まぁ、多少の水なら骸装機で強引に突破できるだろ?」

「杏湖と違って、強力な起源獣もいないだろうしね。水だけならなんとかなるはずさ。限度はあるだろうけど」

「んじゃ、ごちゃごちゃ考えてないで、自分達の目で確かめて見ようぜ!案ずるより産むが易しって言葉もあるしな。まっ、なるようになるさ」

 カンシチは井戸の縁に足をかけ、そのまま中へと……。

「スト~ップ!」

「うおっ!?」

 飛び降りようとした瞬間、フード付きのマントを掴まれ、カンシチは逆方向に引っ張られる。そしてそのまま為す術なく雨でぐちゃぐちゃになった地面に尻餅をついた。

「うへぇ~、下着までべちゃべちゃ……何しやがんだ、ジョーダン!」

「安心しろ、地下に水が貯まっていたらすぐにボク達もキミと同じ状態になる」

「そうじゃなかったら、おれだけが下半身気持ち悪いって思いながら、じめじめとした地下を歩くことになる……」

「……そうなるね」

「てめえ……!」

「落ち着け、カンシチ。そんなに下着が濡れるの嫌なら、文句を言う前に立て」

「ちっ!わかってるよ、セイ……」

 セイに促され、立ち上がると濡れた下着が下半身に吸い付き、カンシチはその気持ち悪さに再び「うへぇ~」と、顔を歪めた。

「で、おれにこんな不快な思いをさせた理由はなんだ?」

「理由も何も最終確認をしておこうと思ってさ。思いきってやってみる、なるようになるだろ精神は個人的に嫌いじゃないし、大事だと思うけど、やれることがあるならやっておかないと」

「まぁ……それは……」

 思いのほか普通のジョーダンの注意というか提案に、自分の方が間違っているような気になったカンシチはバツが悪そうに頬を掻いた。

「それで確認というのは……」

「まずははぐれた場合はどうするか」

「それはネニュや宝術院から借りたマウを待機させている場所に集まるって決めたじゃねぇか」

「それはそうなんだけど、ボク達はこの辺りに土地勘がないし、雨雲のせいであまり周りの景色も見れてないから、ネニュ達のところにもたどり着けない可能性もある……というわけで!テレテッテッテー!」

 ジョーダンは誇らしげに懐から二本のメガネを取り出した……珍妙なデザインの。

「なんだ、このダサいメガネは……!?」

「失敬な!天才科学者丞旦様お手製のスーパーなメガネだよ!」

「スーパー……スーパーダサいってことか?」

「機能に決まってるだろ!これにはボクの相棒のネニュファールの位置情報が随時送られてくる。だから、こいつのレンズに映るナビゲートに従えば、バカでも集まれるって寸法さ!」

 ジョーダンは腰に手を当て、胸を張った。そのせいで雨粒を顔面に受けているのだが、気にならないのだろうか……。

「そうか……それは素晴らしい発明、素晴らしい気遣いだ」

「だろ!だろ!だから、ほれ!早く着けてみんしゃい!」

「いや、オレは結構」

「なんでだよ!」

 セイは眉一つ動かさず手のひらを突き出し、ジョーダンの思いやりを拒絶した。

「オレは立派なトレジャーハンターになるため、愛羅津さんから訓練を受けて来た。一度行った場所への道筋は完璧に覚えられる」

「集合場所が敵に見つかる可能性だってある!そうなったら移動するネニュファールが集合場所だ!だからそれを探知できるこのメガネが……」

「それは……トレジャーハンターが持つ特有の嗅覚かなんかでなんかあれして、なんかいい感じに見つけるから大丈夫だ」

「そんなふわふわした説明しかできないのに大丈夫なわけあるか!!ほら!強がってないで、メガネをかけてごらんよ?暗視ゴーグルの機能もあるから、この暗闇でも世界がくっきり見えるよ」

「夜でも目が効くように訓練もされてるから問題ない」

「それでも限界があるだろ?絶対こっちの方がいいから、ちょっとだけでいいから」

「ちょっと、いやかなり気持ち悪いぞ、お前……!」

「着けてみぃや!痛くないから!気持ちええから!!」

「いい加減に……!!」

「おおう!本当に滅茶苦茶よく見える!!」

「「!?」」

 ジョーダンとセイのメガネをかけるかけない論争が本格的な喧嘩へと発展しそうになった瞬間、高揚したカンシチの声が二人の闘争心を鎮めた。

「カンシチ……お前……」

「セイ、これ本当凄いぜ!凄いダサいけど凄い見える!」

 カンシチはくそダサい珍妙なメガネを着けては外し、裸眼との差を楽しんでいるようだった。そのバカみたいな姿にセイも完全に毒気が抜かれた。

「はぁ……そりゃあ、良かったな」

「あぁ!ダサさに目を潰れば最高だぜ!セイも試しに一回着けてみろよ!」

「いいって、どうしてもオレの美的センスがそれを身に着けることを許してくれない」

「セ~イ~!」

 ジョーダンが唸り声を上げて、恨めしそうにこちらを睨んでいるが、セイは無視を決め込んだ。

「だから、オレには必要ない。実際に愛羅津さんから鍛えられて、方向感覚と夜目には自信があるしな」

「そっか……お前は優秀だもんな。強い奴には選択肢がある……けど、おれのような弱者にはない……!例えどんな辱しめだろうが、目的を果たすために必要だというなら受け入れてやるさ……!!」

「カンシチ……」

 ダサいメガネのレンズの奥のカンシチの眼光が鋭く輝いた。このくそダサメガネを受け入れることは彼なりの覚悟なのだ。

「辱しめとはひどい言われ様だな。けれど、キミの覚悟は理解しているつもりだよ。あれを受け入れた時からね」

「あぁ……こいつな……」

 カンシチは腰に差した剣の柄を人差し指でピンピンと弾いた。

「もっとごねると思っていたよ、あの憎き朱操の鉄烏を使えって言われたら」

「おれだって思うところがないわけじゃない……石雀だって親父の形見だしな、これまで長い間一緒に過ごした思い出がある」

 同じく腰に差した短刀を今度は優しく撫でた。

「だけど、気持ちだけでどうこうできる問題じゃないって、嫌というほど教えられたからな……ムカつくあの野郎のお下がりだろうと、少しでもお前達に近づけるなら喜んで使うさ……!」

 再び鉄烏に戻り、柄をギュッと握りしめる。まるで「頼むぞ!」と懇願しているように……。

「………なんかカッコよくキメている雰囲気出してるけど、くそダサメガネをかけていることを忘れるなよ、カンシチ」

「…………あっ」

 セイの一言で張り詰めていた空気が一瞬で緩む。カンシチはというと耳を真っ赤にしている。

「フッ……何にせよ、覚悟があるなら上等さ」

「お、おう!覚悟はバッチリ!何でも来やがれってんだ!!」

「来たら駄目だろ。あくまで姫炎とかいう奴と話をするための極秘ミッションなんだからな。そいつ以外とは会わない方がいい」

「あっ、そうか……」

「仮に宰相一派に見つかったら、大変だよ?セイの腕は万全じゃないし、キミはまだ鉄烏に慣れてない……こちら側の不安要素が多すぎる上に、雪破には今まで以上に敵も控えているだろうからね」

「うーむ、確かにヤバいな……」

「ということで、そうならないように最後の最後の最終確認をするよ!」

「おう!」

「地下通路が塞がっていたら……」

「無理せず撤退!」

「はぐれたら……」

「ネニュファールの下に集合!」

「敵には……」

「見つからないようにする!!」

「その通り!よくできました!!」

「遠足行く前の子供か……」

 だいぶ慣れたと思っていたが、二人の空気を読めないやり取りにセイは頭を抱えた。

「それでは出発!ボクが先頭で行くからついて来てね」

「おう!早く雪破に潜入して、姫炎様を説得して、鉄烏をあいつのダサい赤色から、この次森勘七のカッチョいいパーソナルカラーに塗り替えてやる!」

「そんなものあるのか?」

「……到着するまでに考えておく」

 何はともあれ三人は目的を果たすために枯れ井戸の中へと入って行った。



 そこは見渡す限り“黒”の世界だった。

 小一時間でも一人でいたら気が狂ってしまいそうな暗黒の中で、びちゃびちゃと水の音だけが反響している。

「浸水は予想より軽いな」

「膝ぐらいまでは浸かると予想していたからな。これは僥倖」

 見えなくとも、踝に感じる冷たさが水の量を三人に教えてくれた。そしてそれは彼らにとって喜ばしいことだ。

「このペースだと予定より早く着きそうだね」

「確か予定では皆が寝静まった真夜中に雪破に入る予定だったな?」

「うん、騒ぎは起こしたくないからね。だから早く着いた場合はこの薄暗くて冷たい地下で待機だ」

「うへぇ……マジかよ……こんなところでじっとしてろなんて……」

「ボクだって嫌だよ。元々子供の頃から大人しくするのは苦手だった」

「オレもだ」

「おれも。だけど個人的に今回嫌なのは、この暗い井戸の中とかなんかさ……」

「なんか?」

「なんか出そうじゃない、お化け」

「「おばっ!!?」」

 慌てて口を抑えるジョーダンとセイ。しかし、残念ながら時既に遅し、彼らの声にならない悲鳴はところ狭しと反響している。

「見事にハモったな……つーか、百歩譲って科学者のジョーダンはいいとして、古代の遺跡を探索するトレジャーハンター様がお化けにビビってどうするんだよ、セイ……?」

「…………わかっていないな。トレジャーハンターに一番必要な資質は臆病であることだ」

「ものは言い様って奴だな。おれ達が出会ったあの墓も実は内心めちゃくちゃ怖かったのか?」

「ふん!怖くなどないさ!……ただ少しだけ心の準備が必要だったがな」

「偉そうに言うことか……」


バッ!!


「よっ!?」「いっ!?」「――ッ!?」

 突如として“黒”が眩い“白”によってかき消された。一瞬マジでお化けが出たのかと叫びそうになったが、それがライトによるものだと三人はすぐに理解した。

 つまり“敵”に見つかったのだと……。

「お化けよりタチ悪いのに遭遇しちゃったね……!」

「敵は……数え切れねぇ!」

 そこは地下通路の途中にある大きな空間だった。大きなライトの後ろに多数の兵士が待機しており、ライトの前には……。

「一人、フードで顔が見えないがヤバいオーラを漂わせている奴がいるな……!」

「あぁ、あとは見知った顔だ……二度と会いたくなかったけどね……!」

 ライトの前に立っているのは四人、セイが指摘した得体の知れないヤバい奴とお馴染みの三人組だ。

「何度も言わせるな……しつこいぞ、朱操……!徐勇……!」

「俺だってお前との因縁など一刻も早く断ち切りたいわ……!」

「……右に同じく」

「そうだ!お前らとの輪牟の村から続く因縁、終わらせてやろう!今日!この場所で!この黄括が!!」

「黄括……!!」

 高揚した声が地下に響き渡る。その不愉快な声を聞くとセイの眉間にはシワが寄り、その不愉快な笑顔を視界に捉えるとセイは拳を固く握りしめた。

 しかし、それすらも今の黄括には自分の成功を彩るエッセンスでしかない。

「そんな恐い顔をしたところでお前達は既に終わっているんだよ」

「ちいっ!?」

 ご機嫌な黄括はライトに照らされた自分の昇進のためだけに存在する哀れな生け贄達を嬲るように、品定めするように一人一人見ていく……。

「バカな奴らめ。宰相様に逆らうなんて身の程知らずな真似を……」

 一人ずつ……ジョーダン、セイ、そして……。

「大人しく従って………ん?」

 そしてカンシチ。珍妙なメガネをかけたカンシチと目が合った。

「な、なんだ!そのふざけたメガネは!!バカにしてんのか!!!」

 くそダサメガネは黄括の逆鱗に触れた。


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