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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
19/163

身の上話

「…………んん?」

 ジョーダンを運ぶ相棒ネニュファールの身体の揺れと、葉の隙間から優しく照らす木漏れ日が彼に覚醒を促した。

「……ここは……!?」

 うっすらと開けた目に映るのは生い茂る木……あの遺跡じゃない!そう気づくとネニュの首にもたれかかっていたジョーダンは勢いよく起き上がった。

「あいら……」


ゴン!


「――つ!?」

「……痛ぅぅっ……!」

 はからずもジョーダンは彼の後ろにいたセイにおもいっきりヘッドバットをかますことになった。衝撃でメガネがずれたジョーダンは後頭部を抑え、セイは鼻を擦り、涙目で悶え苦しむ。

「何やってんだよ、お前ら?そんな使い古されたコメディなんかしちゃって」

 彼らの隣、ネニュと並走して歩いているカンシチはいまだにダメージから回復できない二人を見上げ、呆れ返った。

「このボクがキミを笑わせるためにこんなに身体を張ると思うかい……?」

「変なところサービス精神旺盛だから、あり得るかも」

「キミは……ふざけてないでもっとボクの心配をしたらどうなんだ!ボクは戦いに負け……そうだ……ボクは……愛羅津は……」

 再び辛い戦いの記憶を思い出すと、後頭部の痛みは引いていった。代わりに心はずきずきと自分の愚かさを責め立てるように疼き出す。

「まっ、そういうことだ。あんまり楽しく話せる話題じゃないし、今の状況を見ればお前なら察しがつくだろ?」

「あぁ……ネニュがボクをずっと運んでくれたのか……」

「感謝しろよ。わざわざ遺跡の中まで助けに来てくれたんだから」

「そうか……ありがとな」

「ヒヒン」

 ジョーダンは感謝を込めて、ネニュの首筋を撫でると、メガネを直して相棒の背から降りた。

「大丈夫なのか?もっとネニュの背でゆっくりしていた方がいいんじゃない?」

「いや、ボクの身体は問題ないよ。それよりもネニュのエネルギー残量の方が気になる。ボクはどれくらい……」

「ちょうど一日ってところだな。お前は寝てたからわからないだろうけど、定期的に休憩を取ってるから心配ないと思うが……」

「そうか……だったら問題ない」

「じゃあ、やっぱりお前も乗った方が……」

 ジョーダンはゆっくりと首を横に振った。

「ボク自身が歩きたいんだ。歩いていた方が考えがまとまるから」

「そう言えば、お前よく同じところをぐるぐるバカみたいに回ってたもんな」

「キミみたいに普段から何も考えていない人間には、ボクの行動の尊さはわからないだろうね」

「お前なぁ……!」

 カンシチは相変わらず生意気で嫌味なジョーダンに怒りを覚える……のではなく、安堵した。彼がいつもの調子に戻ったことが嬉しいのだ。

 ジョーダンも言葉とは裏腹に朗らかな彼の顔を見て、少し心の痛みが和らいだ。

「カンシチ」

「あぁん?なんだよ?」

「世話をかけたな」

「……ふん!期間限定とはいえ相棒だからな、当然のこと……礼を言われる筋合いはない」

 照れ臭さからそっぽを向くカンシチの姿に、ジョーダンの表情も更に緩まる。

 けれど、それは一瞬のことだった。すぐに眉間にシワを寄せ、険しく真剣なものへと変化する。

 彼はこの先に進むためにけじめをつけなくてはならないことがあるのだ。そのために意を決して口を開く。

「セイ……愛羅津のこと……悪かったな」

 この場に愛羅津がいないというのは、そういうことだ。そしてそうなったのは自分の落ち度であることは明らか。ジョーダンとしては謝ったところでどうにもならないことはわかっていたが、それでも謝罪の意を示さずにはいられなかったのだ。しかしセイの反応が怖いのか、顔を見ることはできない。

 そして、そんな真剣な思いを受けたセイはというと……。

「ん?それは別にいい。それよりもさっきの頭突きを謝罪しろ」

「そっちかよ!ってか、いいのかよ!!」

 予想もしない返答にジョーダンはおさげをぶん回しながら、振り返った。

「愛羅津さんは常々トレジャーハンターという仕事を選んだからには、死に方は選べないと言っていた。どんな悲惨な死に方をしても、それは自業自得だってな」

 いまだに鼻を擦っているセイは愛羅津のことを謝罪するジョーダンを拒絶した……というより、愛羅津の信条を聞いていた彼からしたらそんなことをする意味がわからなかったのだ。

「だから、ボクのせいじゃないと……ボクの戦いに巻き込まれたのに……」

「そうすることを選んだのも、あの人の意志だ。別に無視することもできたのにな」

「でも……」

「お前が愛羅津さんのことで罪を感じなければいけないなら、オレも同罪……いや、オレの方がずっと悪質だ。オレを守るために致命傷を負ったんだから……」

「うっ……!?それは……」

「だから気にするな、オレのためにも」

「ッ!?」

 ジョーダンはもう何も言えなくなってしまった。また視線を前方に戻し、歩くことに集中……しようと思ったのだが、どうしても聞きたいことが心に浮かんで来た。

「……なぁ」

「頭突きの謝罪をする気になったか?」

「そうじゃないよ!……ボクはただキミと愛羅津がどうやって出会ったのか聞きたいなぁ~って……」

「オレと愛羅津さんの?」

「嫌ならいいけど……」

「嫌なことあるか……あの人と過ごした日々はどれもかけがえのないものだ……」

 脳裏に浮かぶは彼の優しい笑顔と頼り甲斐のある背中、その光景を刻みつけるためにも話すべきだとセイは思った。

「オレと愛羅津さんが出会ったのは、家族で旅をしていた時だ」

「旅?キミの故郷の是の国で出会ったんじゃないのか?」

「ん?オレが是の出身だって話したか?」

「えっ!?セイって是の生まれなのかよ!?」

 何かあったらいつでも仲裁に入れるように聞き耳を立てていたカンシチが意外な事実の発覚に驚き、くるりとターンをして後ろ歩きの体勢になった。

「そのリアクション、やっぱり言ってないよな……」

「聞いてない、聞いてない!よくわかったな、ジョーダン!」

 不思議そうな顔でこちらを見つめる二人に、ジョーダンは「はぁ……」とため息をつき、呆れ返った。

「ボクのことを褒め称えてくれるのはありがたいけど、ちょっと知識があればそんなことすぐわかるんだよ」

「知識?」

「是の国の王都の名前は?」

「確か……『治星 (ちせい)』……あっ!」

「星の名字はその王都に由来している。名前を聞いた時から、少なくともルーツは是にあると思っていた」

「でも、それだけではオレが是の出身だと断言まではできないだろ?」

「今言ったように先祖が是出身だって判明しただけだね」

「なら……」

「撃猫は是の主力量産機、マイナーチェンジを続けているが、キミの愛機は比較的新しいモデルに見える。で、是は骸装機の輸出をすることがほとんどないから、それを持っているってことは少なくともここ数年、多く見積もっても十年以内に是に滞在していた期間があるってこと。だとしたらセイの年齢から考えて、子供の頃に住んでいた可能性が高い。ね?ちょっとした知識があれば、これくらい簡単だろ?」

「「おお~っ!」」

 カンシチとセイは感嘆の声を上げた……が。

「はぁ……これぐらいの推理もできないと、灑の国に変革をもたらすことも、立派トレジャーハンターになることも到底無理だぞ」

「「うっ!?」」

 自分達の浅はかさを咎められることになってしまった。

「そもそもキミ達は……」

「あぁ~!あぁ~!話が逸れたけど、セイと愛羅津さんは旅で出会ったんだな!」

「お、おう!そうだそうだ!話を戻そう!」

 これ以上嫌味ったらしくお説教されては敵わんと、カンシチとセイはかなり強引に話の軌道修正を試みた。

「まったく……まぁ、確かにこのままじゃ話が進まないか……」

 それは功を奏したようで、ジョーダンは口をつぐみ、再び聞き手に回った。

「えーと、それじゃあ改めて……オレの家は両親とオレと弟、そして祖母の五人家族で治星で商いをやっていたんだが、オレの子供の頃は腐敗した貴族連中の酷さがピークに達していたんだ」

「そうか……前皇帝時代の末期か」

「あぁ、オレはあまり記憶にないが、とにかくやれ賄賂だ、圧力だでうちの家族も嫌気がさして、王都を出て、旅商人になることを決めたんだ。ちなみにせっかくだからって、その時ばあちゃんが取引のあった工場からくすねて来たのがこの撃猫だ」

 セイは見せつけるように身につけた手甲をフリフリと振った。

「ずいぶんとエキセントリックなばあちゃんだな」

「本当にな。さらに余談を言わせてもらうと、さっきオレの撃猫が新型モデルって言っていたが、微妙に違う」

「はて?最新の撃猫は前にも見たことあるが、色以外変わりないように見えるが……」

「オレのはその最新型の試作版だ。色がオレンジなのもそのせいだ」

「へぇ……後で見せて」

 俄然興味が出たのか、ジョーダンは瞳の奥をキラキラと光らせる。

「やなこった。って、また話が逸れたな。それでオレ達一家は放浪の旅を続けていたんだが……」

「そこに愛羅津が手に入れたお宝を売りにきた!どうだ!おれの推理!!」

「商人とトレジャーハンターの出会いとしては一番ベタな出会いを言っているだけじゃないか……全然、違うしな」

「マジかよ!自信あったのに!んじゃ、正解は……」

「正解は野盗に襲われていたオレ達をたまたま通りがかった愛羅津さんが助けてくれたんだ」

「……昔から変わらないんだな」

「……だな」

 今こうして下らない話ができるのも彼のおかげだと再認識し、ジョーダンとカンシチはしみじみとした。

「あぁ、あの人は昔から変わらない……初めて会ったあの日からオレのヒーローさ……」

 対照的にセイは目を子供のように輝かせた。

 脳裏に鮮明に甦るあの日の愛羅津と狴犴の勇姿は彼にいつでも勇気を与え、進むべき道を示してくれる。

「そんで一目惚れして、弟子入りした訳ね」

「そういうことだ」

「よく許してもらえたな」

「三日三晩頼み込んだら、折れてくれたよ」

「いや、そっちじゃなくてキミの家族の方。長男が家を継がないで、あまつさえトレジャーハンターになるなんて普通は反対するだろ?」

「自分で言うのもなんだが、オレは無愛想だし、数字にも弱かったからな。弟はその逆で愛想が良くて、数字にも強い。気を使って面と向かって言われることはさすがになかったが、両親もばあちゃんも家は弟に継がせるつもりだったと思う。オレ自身もそれが正解だと……もしかしたらオレも弟のために、愛羅津さんに付いて行こうとしたところもあったかもな……」

 言語化したことで、新たな自分の思いに気づき、ずっと会っていない弟に思いを馳せた。

「ふぅ……長々と、しかも途中かなり脱線したが、これがオレと愛羅津さんとの出会いだ」

「キミがあそこまで愛羅津を尊敬していた理由がわかったよ、ありがとう」

「うんうん、なんかとりあえずいい話だったな」

「これで終わり……みたいな雰囲気出してるが次はお前の番だぜ、ジョーダン」

「……えっ?」

 きょとんとした表情でジョーダンはこちらを真剣な顔で見つめているセイを見上げた。

「ボクの番って……」

「オレが愛羅津さんとの出会いを話したんだ……お前も話せよ、諸葛楽とのこと」

「!?」

 空気が一瞬で張り詰める。まるで戦場にいるようなプレッシャーが各々に突き刺さる。

「いやぁ……それはおいおいってことで……」

「駄目だ、カンシチ。お前もわかってるだろ……オレ達はジョーダンとあの男の因縁に既に巻き込まれた。だから聞く権利があるし、聞かなくてはならない」

「それは……そうかもしれない……けど……」

 カンシチは恐る恐るお伺いを立てるようにジョーダンの顔を覗き込んだ。するとジョーダンは再びため息をついた。

「はぁ……セイ、キミの言う通りだ……キミとカンシチはボク達の因縁を知っておくべきだ」

「いいのか?」

「いいも何も、ぶっちゃけあの遺跡でのあいつとの会話がほぼ全てなんだけどね……ボクと諸葛楽は兄弟弟子、そしてあいつはボク達の師匠を殺した……!」

「何のために……?」

「さぁ?こっちが聞きたいよ。ボクは骸装機に対する知見を深めるために諸国を回っていたんだけど、ある時『穿の国 (せんのくに)』に凄い骸装機開発者がいるって耳にしたんだ」

「穿……『美坐山脈 (びざさんみゃく)』の向こう、猛華の東だな」

「うん。猛華大陸の真ん中を走る美坐山脈で東と西に分けられるけど、ボクはあっちの出身だ」

「どうりでここら辺、西の奴らとは感じが違ってたのか……」

「それでボクは穿を訪れて、先生に弟子入りした……セイが愛羅津にしたように。その後すぐに同じように弟子入りしに来たのが、ラク……諸葛楽だった」

 ジョーダンは今まで見せたことのない寂しそうな表情を浮かべ、目を伏せた。

「諸葛楽ってのは、昔から遺跡で会った時みたいな感じだったのか?」

 ジョーダンは悲しげに首を横に振った。

「いや……あいつは頭脳も身体能力もボクより優れてて、“本物の天才”って感じだったけど、決して偉ぶることもなく、いつも謙虚で礼儀正しくて、努力家で……毒気が無さ過ぎて逆に心配になるって、よく先生と話してた。本人の前ではこっ恥ずかしくて絶対に言わなかったけど……」

「そんな奴が……」

「本当あんな優しい奴が、急に何であんな酷いことをしたんだろう……買い物から帰ったら、研究所が燃えてて、中に入ったら、弟弟子が先生の首へし折ってるなんて……今でも悪い夢だったんじゃないかって思うよ……」

「ジョーダン……」

 そう話すジョーダンはむしろそうあって欲しいと願っているように見えた。

「マシンも……あの蚩尤の多数の武器を使い分けるってコンセプトも、シンプル・イズ・ベストが信条のあいつらしくないし、権力に取り入るってのもイメージと違う……まるで別人だよ」

「お前と前に賛備子宝術院の話をした時、研究者は研究場所と資金のためなら行動を起こすって言ってたじゃないか。そういうことじゃねぇの?」

「だとしても、わざわざ国の中枢に潜り込む必要を感じない。金が欲しいだけなら、方法は他にいくらでもある。むしろ政など煩わしいだけだ」

「そっか……」

「話を聞いていると、お前は本当はあの男を殺したいのではなく、どうしてそんなことをしたのか知りたいんじゃないか?」

「……かもね」

 ジョーダンは両手で後頭部を抱えながら、セイの方を振り返った。

「キミの方はどうなんだい?キミにとっても師匠の仇になったわけだけど……」

 セイは苦笑いを浮かべながら首を横に動かし、否定した。

「最初に言ったが、愛羅津さんはこういう死に方も覚悟していたはずだ。仇討ちなどそれに泥を塗る行為……オレ自身思うところがないわけじゃないが、そんな野暮な真似はするつもりはない。少なくともあの戦いは正々堂々としたものだったしな」

「じゃあ……卑怯な手を使って水を差した黄括は……?」

 その名前を聞いた瞬間、セイの顔は強張り、拳をギュッと握りしめた。

「正直……奴と相対してみないとわからんな……意外と冷静でいられるのか、それとも怒りで我を忘れてしまうのか……!」

 セイの全身から湯気が昇っているように見えた。彼の心の奥底ではやりきれない気持ちがマグマのように燃え滾っているのだろう。

「ふーん……その口振りだと、またあいつらと戦うつもりなのね」

「当然だ。愛羅津さんのことはともかく、オレ自身はやられっぱなしは性に合わない。わざわざ聞かせてもらったお前と諸葛楽の因縁の決着もこの目で見届けたいしな」

「ってことは、ここからは三人と一匹の旅ってわけか……お仲間増えて良かったな、カンシチ」

 ジョーダンはくるりとターンして、先導するカンシチの方を向いたが、当のカンシチは真っ直ぐと前だけ見ていた。

「おれ達、目的は微妙に違うけど、向かっている方向は同じ。そしておれ達にはそれで十分だ!」

「あぁ」

「だね」

「まずは当初の予定通り、賛備子宝術院

に向かう!ネニュが頑張ってくれたおかげで、あと三日もあれば到着するはずだ!」

「だったら、少し気張れば二日で着くな」

「足ケガして、ネニュに乗ってるくせに生意気だな。だけどその案にはボクも賛成。もう森林浴は飽き飽きだ」

「なら、気合入れて行こうか!!」

「うん」「おう!」「ヒヒン」

 こうして三人と一匹は気持ちも新たに賛備子宝術院に、そしてそれぞれの未来に足を踏み出した。

「あっ!あとボクに腹パンした借りはいずれきっちり倍返しするからね、カンシチ」

「………えっ?」


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