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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
18/163

逃走

「とりあえず……」

「成功だね……」

「離脱だ……」

「うん……」

 計画を見事にやり遂げた幼なじみコンビ。だが、彼らの顔に清々しさはなかった。心を支配する不快感から逃げるようにターゲットから剣を引き抜き、距離を取る。

「……大丈夫か……星譚……?」

 絞り出すような声、朱操達の剣が開けた穴からとめどなく滴り落ちる血液、どう考えても言っている本人が一番大丈夫じゃないのは明らかだった。

「愛羅津さん……どうしてこんな……」


「やりましたよ!!宰相様!!!」


「!!?」

 遺跡に興奮のあまり裏返った高い声が響く。あの卑屈を形にしたような男、黄括の声だ。

「狙い通り!ドンピシャ!きっと手負いの仲間が襲われたら、助けに来ると思っていました!全てはわたくしの!この黄括の策です!!宰相様!!!」

 枝のような細い手足を忙しなく動かし、上司に自分の功績をアピールする。彼からしたら窮地に陥る上司を助ける最高のアシストのつもりなのだから。しかし……。

(余計なことを……そんな下らない真似をせずとも、この蚩尤が負けるはずなかろうに……!お前が行ったのは、世紀の愚策だ……!)

 当の蚩尤は彼を一瞥もせずに、心の中で愚かにも程がある部下を罵った。とはいえ、彼の行動をいち早く認識しておきながら、止める素振りさえ見せなかったこの男もまた共犯、少なくとも黄括を見下し責める権利などないのだが。

「あいつ……あいつが……!!オレを利用して、愛羅津さんを……!!!」

 星譚の身体を蝕んでいた鈍痛が怒りによって塗りつぶされる。敬愛する師匠を罠にかけた黄括に天誅を下すと、心に決めた……この身がどうなろうとも。

「あいつだけはオレの手で……!!」

「星譚!!」

「!?」

 怒りに身を任せ、黄括を殺しに行こうとしたバカ弟子を血塗れの師匠が一喝する。

「冷静な判断力が……トレジャーハンターに……一番必要なことだと教えたはずだぞ……」

「ですが!あいつは愛羅津さんを……!」

「予測できなかった俺のミスだ……こういう策を使う可能性も……頭を冷やして考えれば、予見できたはずなのに……偉そうに言ったが、俺自身がどこか舞い上がっていたってことだな……そしてその結果がこの様さ……」

 手のひらにべっとりとついた血を見て、愛羅津は苦笑いをした。ほんとどの口が言ってるんだと。

「お前は俺のようになるなよ……」

「そんなセリフ!まるで……」

 別れの挨拶だった。悲しいかな冷静さを取り戻した愛羅津はこの先の未来を、自分が生きてここから出られないことを悟ってしまったのだ。

 だが、自分は助からずともせめて弟子と、きっといずれ彼と強固な絆で結ばれるであろうあの二人だけは助けねばならないと、最後の力を振り絞る。

「行け!星譚!!トレジャーハンターの敗北は宝を手に入れられないことじゃない!自分の命を守れないことだ!!お前にそう口を酸っぱくして言い続けてきただろう!!」

「くっ!?……わかりました……!」

 本心では最後までお供したかった……けれど、誰よりも憧れた男にそうまで言われたら、怒りも屈辱も飲み込んで、逃げなければと、星譚も覚悟を決める。しかし……。

「盛り上がっているところ悪いが、俺達のことを忘れるなよ……」

「僕達が下された任務は白い奴の撃破、できなければ手負いのオレンジを殺せ……できることなら……」

「両方殺せ、だ!!」

「プロの軍人として、下された任務はどんなものであろうと完遂して見せる!!」

 朱操と徐勇もこの卑劣極まりない仕事への嫌悪感を押し殺し、一斉に飛びかかる。

「てめえらこそおれのこと忘れてんじゃないよ!!」


バシュ!バシュ!!


「――ッ!?これは……」

「農民か!?」

 二人の襲撃を、任務の達成を邪魔するため光の矢が二本発射された。二人は何なく回避するが、その間に矢を放った石雀とジョーダンがセイ達と合流してしまう。

「愛羅津さん!!」

「カンシチか……」

「話は聞いてました……おれ達はここから逃げさせてもらいます」

 カンシチもこんなセリフなど言いたくなかった。だが、輪牟の村の一件で自分の力の無さと考え無しに行動を起こしたところで上手くいかないということを嫌というほど理解していた。

「実はお前が一番クールで土壇場に強いのかもな……」

「そんなことは……」

「謙遜するな……これで最後なんだからよ……」

「ぐっ!?そうですね……その言葉に相応しい活躍ができるように頑張ります……!」

「そうそう……それでいい……褒め言葉ってのは素直に受け取っておくもんだ……なぁ、丞旦?」

「ボ、ボクは……」

 肩越しに見えたジョーダンはまるで別人だった。昨日の自信に満ち溢れ、饒舌に、そして強気に自分を天才と嘯く男の姿は見る影もなく、目が泳ぎ、言葉につまる恐慌状態に陥っていた。

「情けない顔するなよ……らしくなさ過ぎるぜ……」

「でも……ボクがここに来ようなんて思わなければ!ボクが怒りに囚われて、完全適合できないのに嵐龍砲なんて使わなければ!」

「今さら過ぎたことを言ってもしょうがねぇだろ……」

「そんな割り切りできるはずがない!ボクは残って、あなたと共に戦う!!」

「はぁ……こりゃ、ダメだな……カンシチ」

「……うす」

 愛羅津が目配せすると、カンシチは全てを察した。

「ジョーダン……」

「カンシチ!ボクはなんと言われようと……」

「少し眠ってろ」


ドスッ!


「が……はっ!?カン……シチ!?」

 石雀の拳がジョーダンの腹に深々と突き刺さると、一瞬で彼の意識は闇へと沈んだ。

「まったく世話の妬ける奴だ……なっと」

 石雀はジョーダンを担ぐと、出口の位置を確認した。

「じゃあ……短い間でしたけど、お世話になりました」

 本来ならもっとちゃんとした別れを告げたいところだが、状況が状況なのでカンシチはペコリと軽く頭を下げるだけで済ました。

「一日も経ってないつーのに、こんなことになるなんてな……まっ、楽しかったから、良しとしよう。俺こそありがとな、カンシチ、丞旦」

 愛羅津も振り返らずに手を軽く振って、簡単に本当に最後の挨拶を終わらせる。

「セイはもう言うことないのか?」

 話を振られたセイは首を横に振る。

「オレはもう十分話した……大切なことをたくさん教えてもらった……だから、もういいんだ」

 セイの言葉を背中で聞き、愛羅津は仮面の下で微笑んだ。だが、その表情はすぐに険しいものに、命を懸けて自分の子供を守る獣のような激しいものへと変わる。

「行け!自分の信じた道を突き進め!!」

「「はい!!」」

 声と同時に石雀と撃猫は急旋回、瀕死の狴犴に背を向け、出口へと一目散に走り出した。

「俺としても納得のいかない任務だったから、別れの挨拶ぐらいはさせてやろう……だが!」

「ここから黙って見逃してやるつもりはない!!」

 既に終わった狴犴は無視し、二体の鉄烏が逃げる獲物に追いすがる。

「くそ!?あいつらしつこい!!」

「拳と足さえ無事ならあんな奴らなんて……!」

「おれだってジョーダンがいなきゃ……って、そんなもしもを考えても仕方ない!逃げろ!逃げろ!!」

 舌は動くが、足取りは重い。あっという間に二人と気を失ったお荷物一人は鉄烏の射程に……。


「ヒヒン!!」


「なに!?」

「この白いマウもどきは……」

「ネニュファール!!」

「ヒヒン!!」


ガァン!ガァン!!


「「――ッ!?」」

 出口から嘶きと共に、白い巨体が飛び出し、鉄烏に体当たりをかます!不意の攻撃に鉄烏は吹き飛ばされ、再びカンシチ達と距離ができた。

「なんだこいつは!?新手の敵か!?」

「ちげぇよ!頼りになる味方だ!!」

 戸惑うセイと喜ぶカンシチ、対照的な表情の二人が揃って純白の巨体を見上げた。

「よっしゃ!地獄に仏とはこのことだぜ!よいしょ!!」

 カンシチはジョーダンを雑にネニュファールに乗せると、続いて自分も石雀を脱いで機械の獣に跨がった。

「セイ!お前も早く!!」

「オレも乗るのか……!?」

「お前が一番乗る必要があるだろうが!足怪我してんだからよ!!」

「ぐっ!?そうだな……選択肢など今のオレにはない……!」

 突然現れた謎のマシンへの不信感は拭えないが、背に腹は変えられないとセイは撃猫を解除し、カンシチの手を取った。

「よし!これでみんな乗ったな!」

「あぁ……」

「ネニュファール……応龍が機能停止したら、駆け付けるようにプログラムされていたのか……いや!相棒のピンチを察して助けに来てくれたんだよな!三人も乗せて大変だと思うが、MAXスピードで頼むぜ!!」

「ヒヒン!!」

 ネニュは「任せておけ!」と力強く嘶くと、今来た道を全速力で逆走し始めた。

「ちっ!?くそ農民に続いて、くそマシンが邪魔をしおって……捕まえてスクラップにしてやる!!」

 体勢を立て直した朱操は遠ざかる白い巨体を追跡……。

「おいおい……俺はまだご存命だぞ」

「――ッ!?」

 視界が別の“白”に覆われる。狴犴が眼前に立ち塞がったのだ。

「この死に損ないが!!」

「そんなに俺が鬱陶しいなら……ちゃんと殺しておかないと!!」


ゴォン!


「――がっ……!?」

 赤い鉄烏の剣を紙一重でかわしてからのカウンター一閃!狴犴の拳がエリートの鼻っ柱を精神的な意味でも、物理的な意味でも叩き折る!

 鉄烏はそのまま壁に激突、そして強制的に解除、待機状態に戻されてしまう。装着者の朱操の視界は“白”から“真っ黒”、ブラックアウトした。

「朱操!!?」

 いとも容易く撃破された幼なじみの姿に叫び声をあげる徐勇……そんな暇ないのに。

「仲間思いなのは結構だけど……よそ見してる場合じゃないぜ」

「!?」

 既に狴犴は徐勇の水色の鉄烏の懐に、即ち今さっき彼の幼なじみを一蹴した拳の射程圏内に入っていた。

「このぉ!!」

 半ば自棄になって繰り出される斬撃が当たるはずもなく、徐勇にも……。

「オラァッ!!」


ドゴッ!!


「――ぐあっ!?」

 カウンターが炸裂!拳が直撃した腹部から鉄烏は崩壊し、徐勇も幼なじみと同じく壁に叩きつけられ、気を失った。

「これで二人……あとは」

「ひ、ひいぃぃぃぃっ!?」

 狴犴にギロリと睨まれると、気圧された黄括は腰を抜かした。愛羅津にとっては卑怯な策で自分をここまで追い込んだ最悪の敵とも呼べる存在だが、あまりに情けない姿を晒されると、怒る気にもなれなかった。

「あんな奴に出し抜かれたのか、俺は……まぁ、今は相手にしてる時間もないし放っておこう。お前もやる気を取り戻したみたいだしな、蚩尤……!!」

「あぁ……続きをしよう、狴犴」

 そう返事をする蚩尤の声には隠しきれない喜びの色が現れていた。

「バカのおせっかいのせいで、台無しになったと思ったが……そこまで動けるなら、上等。ワタシ自身の手で決着をつける価値がある」

「喜んでもらえたようで、どうも。でも残念だけど勝つのは俺だぜ」

「その状態でまだそんな減らず口を訊けるとは、大した奴だよ。だが、お前がこの蚩尤に勝つことは万に一つもあり得ない。ケガがなくとも、そのマシンの弱点は露呈しているのだからな」

「弱点?装甲のことを言っているのか?」

「その凄まじいスピードとパワーを両立するために何かを犠牲にしなくてはならない。だとしたらそれは防御力だと考えるのが普通だ。実際、鉄烏の攻撃ごときで致命傷を負うほど脆弱……お前が万全だとしても攻略法などいくらでもある」

「さすが丞旦の同門、よく分析できてる……けど」

「!!?」

 狴犴の姿が一瞬で消えたかと思ったら、蚩尤の目の前に現れた!

「ちょっと甘いんじゃないの?」

「この!!」

 咄嗟に蚩尤は剣を狴犴の額に振り下ろ……。

「邪魔くさい!」


バギン!!


「なっ!?」

 剣は裏拳一発で粉々に砕け散った。キラキラと舞い落ちる破片が呆然とする蚩尤のマスクを映し出す。

「まだまだぁ!!」


ドゴ!ドゴ!ドゴォン!!!


「――がッ!?」

 更に狴犴は目にも止まらぬスピードで蚩尤の胴体に三発のパンチを立て続けに叩き込む。

(なんだ!?何が起きた!?三発連続……いや!三発同時に拳を叩き込むスピードなど、ワタシの想定を遥かに上回っている!?)

 吹っ飛んでいく蚩尤、彼の頭の中では予想を越える現実に思考がパニックを起こしていた。

(一体、何を間違った!?何か見落としていることが……)

「呆けてるんじゃないよ」

「なっ!?」

 高速で吹っ飛ぶ蚩尤を、あろうことか狴犴は先回りし、待ち構えていた。もちろん追撃のためにだ。

「オラァッ!!」


ゴォン!!


「ぐあっ!?」

 向かって来る蚩尤をタイミングよく力任せに蹴りあげると、地面と平行に移動していた青銅色の巨体は方向転換、垂直に飛んでいく。このままだと天井に激突するはずなのだが……。

「よっと」

 狴犴がまたしても先回りする。踵をこれ見よがしに高く上げ、またやって来る蚩尤に向かって……。

「もう一丁!!」


ドゴォン!!


 ハンマーのように撃ち下ろす!蚩尤は文字通り急転直下、天から地面に叩き落とされた。

「ぐっ……何故だ……!?何故こんなふざけた真似ができる……!?ワタシの推定したスペックを何故凌駕しているのだ!!?」

 全身に亀裂の入った蚩尤は激昂した!狴犴の強さにではなく、それがどういう理由で実現されたものなのか理解できない自分のふがいなさに。

「いい線いってたんだぜ、あんた」

「狴犴……!!」

 瀕死のはずなのに明らかに余裕を持って、上から話す愛羅津に蚩尤は更に苛立ちを募らせた。

「いい線だと……惜しいという無能を慰める為のゴミのような言葉をワタシにかけるか……!」

「そんなつもりじゃなかったんだが……実際にあんたは一つのことを除いて、狴犴の能力を完璧に見抜いていたと思うぜ」

「一つでも欠けていたら、完璧とは言わないだろうが……!」

「ん?そう言えばそうか。ミスを指摘してくれたお礼にヒントをくれてやるよ」

「そんなもの!必要ない!!」

「まぁまぁ、あんたは狴犴は強大なパワーとスピードを得る為に防御を削ったと言ったが、実はもう一つ削ったものがある。それが狴犴を完璧に理解するための最後のピースだ」

「もう一つ……むっ!!」

 さすがにヒントをもらったら早かった。蚩尤はその明晰な頭脳ですぐに答えにたどり着いた。

「稼働時間か……!」

「正解!」

 狴犴は人差し指で蚩尤を指さした。

「圧倒的なパワーとスピードを得る為に防御と稼働時間を削る……懐麓道のジジイ曰く、狴犴の真のコンセプトは“究極の短期決戦型の骸装機”だ」

「なるほど……最初に戦った時は、今後のことを考えて、全力を出していなかったのか……」

「そういうこと」

「だが、べらべらとそんなことを話していいのか?攻略法を、お前とそのマシンがバテるまで待つ、時間稼ぎという最も原始的で効果的な方法を取ることができるぞ?」

 余裕が蘇ってきたのか、蚩尤は挑発するように頭を傾けた。

 しかし愛羅津は動じない。そんなこと承知の上だ。

「俺が狴犴の全てを話したのは、そんなちんけな策じゃどうにもできないっていう自信があるからだ」

「虚勢にしか聞こえんな」

「そんなんじゃないさ。ただ……ただ俺は死にかけだから……後先考えなくていい今の俺以上にこの狴犴の力を引き出せる奴はいないんだよ!!」

「また消えた!?」

 そしてまた蚩尤の目の前に手負いの白い野獣が現れる。

「これが今、命を燃やし尽くそうとしている者の力だ!!」


ガァン!ガァン!!


「……ぐはっ!?」

 頭部と腹部に再び狴犴の拳が炸裂する。まさに決死の覚悟で戦う愛羅津はこの世で最も狴犴の装着者に相応しい男だった。今の狴犴は懐麓道が想定していたスペックさえ凌駕しているのだから。

「この!命を燃やすだと!そんな奴が命を超越したワタシに!蚩尤に勝てるなどと思い上がるな!!」

 先ほどから一方的にやられっぱなしの蚩尤が漸く反撃に転じた。腕を力任せに振り、狴犴を後退させる。あくまで距離を取らせるのが狙いだ。

「軍神の矢!!」

 右腕を突き出すと青銅色の装甲がグニャリグニャリと変形し、腕全体が矢……というより大砲へと形を変えた。

「喰らえ!!」


バシュバシュバシュゥゥゥン!!


 砲口から無数の光が飛び出し、まるで流星群のように狴犴に降り注ぐ……が。

「満を持しての隠し芸にしては……退屈だな!!」

 流星群の間隙を縫い、狴犴は蚩尤に接近!そして……。

「オラァッ!!」


ガァン!!


「ぐっ!?」

 頭の横の角を掴み、それを引き寄せつつ飛び膝蹴り!蚩尤のマスクのひびが更に深さを増す。

「まだ……まだまだ!!」


ドゴッ!!


「かはっ!?」

 着地すると同時に旋回、第一ラウンドのリベンジと言わんばかりに後ろ回し蹴りを放つと、今度は防御されることなく、蚩尤の胴体を捉え、吹っ飛ばした。

「ぐうぅ……いい気になりおって!軍神の矢!最大出力だ!!」

 今回は狙ったわけではないが、また距離ができたことを利用して、右腕にエネルギーを溜める。

「この威力!攻撃範囲ならスピードなど関係無い!!」

 その言葉は狴犴が回避を選択することを想定した発言であった。常人ならその言葉通りに行動するだろう。

 しかし、今の愛羅津は普通の状態ではない。

「俺の最後の相手だ……腕の一本ぐらいくれてやるよ」

「なん……だと……!?」

 狴犴は回避するどころか前進、今にも強力無比な光線が発射されようとしている砲口に左手を突っ込んだ。

「発射!発射中止――」


ドゴオォォォォォォォォン!!!


「――だっ!?」

 行き場を無くしたエネルギーが暴発を起こした結果、遺跡は震え、分厚い黒煙のカーテンに覆われた。

(右腕部被害甚大……!だが、まだこれでもマシか……もう少し判断が遅れ、エネルギーを逃がしていななかったら、二の腕から下が無くなっていたはずだから……)

「俺の命も!攻撃も終わってないぞ!蚩尤!!」

「なっ!?」

 黒煙を切り裂き、再び姿を現したのは白い野獣、狴犴!但し、先ほどと違い肘から下の左腕を失っているが……。

「その状態でまだやるか!?」

「この程度で止まれるなら、トレジャーハンターなんてやってねぇよ!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン……


「ぐあぁぁぁぁぁっ!!?」

 片腕だけのラッシュ。しかしその攻撃密度は両手の頃と変わらない……いや、それどころか両手だった時よりも速く、強く激しくなっている!


ガンガンガンガンガンガンガンガン……


「ぐうぅ……!?」

 五体満足の蚩尤は片手の狴犴に手も足も出なかった。青銅色の装甲がべこべこにへこんでいく。

「オラオラ!まだまだいくぜ!!」

「何故……何故だ!?何故、これほどの力が出せる!?」

「さっき言っただろうが!短期決戦型の狴犴と、命の終わりをド派手に飾ろうとする俺の合わせ技だ!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン……


「くっ!?」

「それに……あいつらが俺に力をくれた!!」

「あいつら……!?丞旦達か!?」

「そうだ!懐麓道のジジイが道具と人は巡り合わせだと言っていたが、人と人も同じだ!きっとあいつらが出会ったのには訳がある!大きな事を成し遂げる人間ってのはそういう出会いがあるもんだ!!」

「買いかぶりすぎだ!」

「少なくともお前よりかは人を見る目がある!俺は星譚を!丞旦を!カンシチを信じる!あいつらを送り出すのが、俺の天命だ!!」

「ロマンチストが!!」

「ロマンがなけりゃトレジャーハンターなんかやってない!ロマンを持たなきゃ男に生まれた意味がない!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン……


「ぐっ!?」

 砕けた青銅色の装甲がところ構わず撒き散らされる。自慢の角も折れ、満身創痍の蚩尤、彼の敗北、そして狴犴の勝利は目前まで迫っていた。

(ヤバい……!このままでは負ける……!全てを捨ててここまで来たのに、まさかこんなところで、ワ……)


ピタッ……


「…………な?」

 突然、本当に突然拳の暴風雨は止んだ。蚩尤の眼前、もしこれを振り抜いていたら歴史が変わっていただろう拳は目と鼻の先で動きを止めた。

「まさか……」

 さっきまで狴犴の全身から迸っていた“熱”が消えてなくなっていた。それはつまり……愛羅津の命が完全に燃え尽きたことを意味している。

「あと数ミリ拳を突き出していれば、あと一秒、その命が現世にとどまっていれば、この勝負貴様の勝ちだっただろう。見事なり狴犴、見事なり愛羅津。しかし、天は我を、この蚩尤を選んだ……!!」

 トレジャーハンター愛羅津はかつてこの猛華大陸を救った英雄の墓で志半ばで絶命した。

 彼がただの名も無き者として歴史から抹消されるか、それとも新たな英雄達に後を託して命を燃やした者として刻まれるかは、今森の中を必死に逃げている三人の男次第であろう。

 ジョーダン達の戦いはここから本当の意味で始まったのだ。闘争から逃走、そしてまた闘争へ……辺境の村から始まった反乱は新たな段階へと進んでいく。


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