闘争
「………これは……?」
剣を振り上げた蚩尤の右肩、装甲と装甲の隙間を縫って、光の矢が突き刺さっている。先ほどの肉を突き破る音の正体だ。
「ジョーダン!!!」
「カンシチ!?」
「ボーッとしてないで逃げろよ!!」
「くっ!?」
矢を放ったのは石雀を装着した次森勘七。仮面の下、必死の形相で相棒に呼びかけると、茫然自失だったジョーダンも我に返る。
蚩尤に背を向け、走り出すジョーダン……しかし、そんなことをする必要はなかった。今、蚩尤の視界と思考を支配しているのは惨めな兄弟子ではなく、カンシチなのだから……。
(あの古くさいマシンでは蚩尤の装甲に傷一つつけられない。ならば装甲の隙間を狙うのが、唯一の策。口で言うには簡単だが、実際にやるとなるととてもじゃないが、成功させられるようなものじゃない……だが、奴はやった……!確か、あいつは丞旦について回る輪牟の村の農民だったはず……この神業、狙ってやったのか?それともただの偶然か?)
蚩尤は光の矢を掴み、引き抜き、ぶっきらぼうに投げ捨てた。
(技量か運か……どちらにしても厄介だ。ワタシに敵対するというなら、今のうちに潰しておくのが、ベスト……!奴がその器に見合う道具を手に入れる前に終わらせよう……!)
完全に蚩尤のターゲットはカンシチに移行していた。真っ直ぐ古くさい骸装機に向かって一歩踏み出し……。
バァン!
「ちっ!?」
「まだバカがいたのか……」
撃猫を装着した星譚が強襲!しかし、あっさりと失敗!撃猫のナックルは蚩尤の手のひらに受け止められ、そのまま包み込まれてしまった。
「お前は情報にないが……何者だ?」
「オレは星譚!トレジャーハンターだ!!」
「墓荒らしか。どうりで手癖が悪い」
「トレジャーハンターだって言ってるだろ!!」
「気に障ったか?けれどワタシにとって、どちらでもいいんだよ。やることは変わらないからね……無礼な手にはお仕置きだ……!!」
ビキビキ!!
「ぐ……ぐあぁぁぁぁっ!!?」
蚩尤がほんの少し力を込めると、撃猫のオレンジ色の装甲に亀裂が走り、その下のセイの骨にも同じようにひびが入った。
「二度と悪さできないようにしてやる」
「くっ……くそッ!!?」
ガンガンガンガンガンガン!!
「無駄なことを」
自由な脚で蚩尤を蹴り、脱出を試みるが、びくともしない。むしろ蹴っている撃猫の方が蹴る度に装甲が砕け、より深刻な状況に追い込まれているように見える。
「その情けないマシンで蚩尤の強固な装甲を蹴り続けていたら、脚も使い物にならなくなるぞ」
「心配してくれてありがとよ……!そう思うなら、この手を離して欲しいんだが……!」
「それは無理な相談だ」
「じゃあ、俺が出ないとダメってことだな!」
「「!!?」」
二人の頭上から声が聞こえた。蚩尤は初めて聞く声、セイには耳馴染みのある声、そう愛羅津の声である。
「よいしょおッ!!!」
ドゴオォォォォォォォン!!
振り下ろされた戦鎚は遺跡にまた大きなクレーターを作り出した。それはつまり目標の蚩尤に当たらなかったということでもある。
「くっ!?」
「……素晴らしい威力だな」
しかし一番の目的、弟子の救出には成功した。回避のために蚩尤は手を離さざるを得なかったのだ……蚩尤にとっては雑魚一人ぐらい取り逃がしたところで、なんともないのだが。
「星譚……大人しく下がっていろ」
「愛羅津さん、オレも戦います……なんて言うほどバカじゃないですよ……!」
師匠の指示を聞かずとも、星譚は拳に走るどうしようもない痛み、拳ほどではないがずきずきと悲鳴を上げる脚の感覚から、この戦いから不本意ながら降りることを決めていた。
足を引きずり、戦線から離脱する賢明な弟子を背中に感じながら愛羅津は自分の役割を果たすために青銅色の骸装機と向かい合う。
「というわけで選手交代、このトレジャーハンター愛羅津と特級骸装機、狴犴が次の相手だ」
「狴犴……やはりその白いボディーに青い模様!鬼才懐麓道の生み出した傑作骸装機の一つか!!」
蚩尤は今までと打って変わって子供のようにはしゃぎだした。声が上ずり、舐めるように下から上にこと細かに観察する。カンシチやセイのことなど頭からすっぽり抜けてしまったようだ。
「案の定というか……丞旦の同門らしいリアクションだな」
「これを!狴犴をどこで手に入れたんだ!?」
「あぁ……それは聞かない方がいいかも」
昨日のジョーダンを思い出し、仮面の下で苦笑いを浮かべながら、頬をポリポリと掻いた。
「そうか、ならば狴犴と会わせてくれた君の言葉に免じて口をつぐもう」
「そうしてくれると助かるよ」
「今、大切なのはあの懐麓道のマシンとワタシの造ったマシンとの差が測れるまたとない機会が訪れたということだ!!」
「はぁ……やっぱりやる気はやる気なのね……!」
「それはもちろん……!」
空気が一瞬で張り詰めると、お互いに間合いを測るように睨み合ったまま、円を描くように移動する。引きずられた狴犴の戦鎚がジャリジャリと音を立てながら地面に軌跡を描く。
「………」
「………」
無言のまま一周。遺跡にきれいなサークルが出現する。このまま二周目に突入かと思われた……が。
パラッ……
「「!!!」」
不意に今までの戦いの余波で脆くなった天井が一欠片崩れ落ちる。
それが二人の天才が作り出した二つの特級骸装機の戦闘開始のゴングとなった。
「裁け!狴犴!!」
「屠れ!蚩尤!!」
お互い愛機の名前を呼びながら、全速力で突進!
「オラァッ!!」
勢いそのままに狴犴が戦鎚を振り下ろす!
「それはもう見た!」
蚩尤は余裕で回避。剣でカウンターの突きを放つ!
「のろいんだよ!」
速さに定評のある狴犴には通じない。逆にカウンターのカウンター、強烈なボディーブローを繰り出した。
バァン!
「トレジャーハンターとやらはこうなる運命なのか?」
しかし蚩尤にあっさりと受け止められてしまう。当然この後行われるのは星譚が執行されたような残酷なお仕置きだ。
「砕け散れ!狴犴!!」
「させるか!!」
ブルン!!
「なっ!?」
狴犴は地面を蹴り、掴まれた拳を中心に回転した!その凄まじい勢いに蚩尤は手を離してしまう!
「俺はあいつの師匠だぜ……年季が違うんだよ年季が!!」
ガァン!!
「――ッ!?」
着地と同時に今度は足を軸にして回転、後ろ回し蹴りを放つ。蚩尤は咄嗟に右腕でガードするが衝撃を殺し切れずに後退する。
再び……と仰々しくいうほど時間は経っていないが、ほんの一瞬の攻防を終え、狴犴と蚩尤は再度距離を取って睨み合った。
「さすがのパワーとスピード……懐麓道の最高傑作の看板に偽り無しだな……!」
どちらかと言えば、今のところ負けている蚩尤であったが、何故か嬉しそうだった。いや、彼からしたら自分の作品が憧れのマシンとここまでやり合えているだけで十分なのだろう。
「楽しんでもらえているようで何より……とか思えるような寛大な気持ちも余裕も俺にはないな……!」
一方の愛羅津の表情は真逆の険しいものだった。彼は今の攻防に強烈な違和感を覚えていた。
「お前……その右腕どうした?」
「右腕?ワタシの右腕がどうかしたのかい?」
蚩尤はこれ見よがしに右腕をブンブンと回してみせた。そんな真似をするのは愛羅津の疑問に、彼が恐れていることに気づいているからだ。
「どうしてそんな風に動かせる……?お前、ついさっき右肩、おもいっきりカンシチに射抜かれていただろうが……!」
愛羅津は自分の記憶と目の前の現実の違いに戸惑いを隠せなかった。彼の経験上、あれだけ見事に肩を貫かれていれば、回すどころか動かすことさえできないはずだ。
「さぁ……なんでだろうね?」
「それが蚩尤の完全適合の能力……丞旦の言っていた再生能力か?」
「君の質問に答えてやる義理などないが……今のワタシは機嫌がいいから一つだけ教えてやる……ワタシは完全適合できないよ」
「何!?あれだけの力が、完全適合しないで出せるだと!?」
蚩尤の返答は愛羅津の困惑をさらに加速させる。一瞬で目の前の青銅色の鎧が得体のしれない怪物に変化したように感じた。
「浅はかなんだよ、どいつもこいつも。特級骸装機の価値が完全適合できるかどうかでしか判断しないなんて」
「他にもあるっていうのか……俺達の知らない価値が特級には……?」
「あぁ……ワタシはそれを見いだし、そしてこの蚩尤を………ん?」
蚩尤の雄弁な舌が突如として動きを止めた。視界の端、狴犴の背中越しに蠢く二つの影を捉えたせいだ。
「一つ、弁明させてもらう」
「弁明?急に悔い改めたのか?」
「いや、ワタシは後悔するようなことを今までしてこなかった。そして今も後悔しないために弁明するのだ」
「よくわからねぇけど、何か言いたいことがあるなら聞いてやるよ」
「では言わせてもらう……ワタシはお前と、狴犴とこのまま戦い続ければ間違いなく勝っていただろう」
「あ?どこが弁明だ?宣戦布告にしか聞こえねぇぞ?」
「そんなんじゃない。ワタシはただ弁明しているのだ。ワタシはこのまま戦っても、お前に負けることなど決してない」
「だから、何を……」
「今から起こることはワタシの指示ではない」
「!!?」
その一言が耳に入った刹那、愛羅津は全てを察した。
彼の長年の経験か、はたまた類い稀なる勘の鋭さの仕業か、それとも愛弟子への想いか……。
彼にこの後の惨劇を、残酷な未来を理解させた。
「星譚!!逃げろ!!」
「……えっ?」
師匠の戦いを遠目で観戦していた星譚には何がなんだかわからなかった。だがしかし、彼もすぐに理解することになった。
何が起きているのか把握するためにゆっくり振り返ると、そこには光を反射する鋭い剣を持った赤と水色の骸装機二体が飛びかかって来ていた。
「なっ!?」
「その首!朱操がもらった!!」
「申し訳ないけど……これも仕事なんだ!!」
赤の鉄烏はご存知朱操、水色の鉄烏は彼の幼なじみ徐勇だった。彼らは息を潜め、手負いの星譚に近づき、射程に入った瞬間、躊躇なく剣を振り下ろした!
「しまっ――」
最早回避不能、自分の死が不可避だと悟った星譚だが、生命の本能による反射行動か、撃猫のオレンジ色の腕でガードを固め、目を瞑った。
ザシュ!ザシュ!!
「ッ!?」
当然、二回剣が肉を刺す音が聞こえた。もちろんそれは自分が刺された音だと星譚は思った。しかし、一向に痛みは感じない。
死ぬということはこういうことなのかとも思ったが、先ほど蚩尤にやられた拳と足はずきずきと生きていることを証明するように鈍い痛みを発信し続けている。だとしたら……。
「……ん?何が……」
星譚は恐る恐るゆっくりと瞼を開いた。そこには……。
「――!!?あっ……愛羅津さん!!?」
腕を広げ、自分の盾となって二本の剣に貫かれる大きな白い背中があった……。




