エピローグ:継承拳武
絡南での拳幽会との決戦から一月、リンゴは故郷慄夏にある玄羽の屋敷で過ごしていた。
昼間は裏の修練場で体と技を鍛え、夜はまた修練場に佇み、とある人物の来訪を待ち続ける。
「……来たか、玄允」
そしてついにその日、待ち人である玄允が彼を訪ねて来た。
「おれが来ることがよくわかったな」
「自分がお前の立場なら、旅立つ前に挨拶がてら師匠の屋敷を見に来ると思った」
「で、案の定おれはノコノコとやって来てしまったわけか。我ながら単純だな」
玄允は思わず自嘲した。
しかし、それはほんの一瞬、すぐに真剣な眼差しとなって、リンゴを真っ直ぐ見つめた。
「……それでお前はおれを捕まえるつもりか?」
玄允の問いかけに対し、リンゴは首を横に振った。
「上からは当然捕まえろとお達しが来ている」
「なら、それに従った方がいいんじゃないか?」
「三度目の正直という言葉がある。お前とは二度戦い、なんとかお互い二度とも生き残れたが……」
「次はどちらかが、もしくは両方死ぬことになるかもしれん……か?」
リンゴは今度は首を縦に振り、肯定の意を示した。
「二度戦い一勝一敗……お前と決着を着けたい気持ちは山々だが、今の自分には……翠炎隊にはまだやることがたくさんある」
「こちらもだ。我が師羅昂のために東奔西走して来たが、奴が死んだ今、おれはおれのために世界を周りたいと思っている」
「より強くなるためにか?」
「より強くなるためにだ」
二人の聖王覇獣拳継承者はそう言って微笑み合った。
「一応言っておくと、今回の一件は民の混乱を避けるために内々で処理されることになった。それに伴い、最終的に羅昂を止めるために拳を振るったお前は大人しく恭順するなら罪に問わないことになっている」
「このおれに灑のために働けというのか……なんとまぁ節操のない」
「臨機応変と言って欲しいな。もし素直に投降するなら、監視の意味も込めて我ら翠炎隊に編入することになるが」
「断る。おれの意志は固い」
「だよな」
「だが、灑と獣然宗に迷惑をかけたことは忘れてない。いずれ必ずこの借りは返す」
「そうしてくれ。特に獣然宗、灑と是から寺の再建費用が払われたらしいが、いまだに元始天尊が土で作った簡易施設に住んでいる人が多いらしいから」
「心に刻みつけておこう……」
玄允は寂しげな表情を浮かべながら、リンゴに背を向けた。
「もう行くのか?」
「一目だけ父の終の住処を見たかっただけだからな」
「そうか……」
「今日のところはこれでお別れだ。だが、忘れるなよ」
「あぁ、いつになるかはわからないがお前との決着はつける」
「その時まで死ぬなよ。迂才のことで是は皇帝一派の権限が強まり、一気に国が纏まる可能性もある。そうなったら、いよいよ慇と灑に攻め込んで来るやもしれん」
「逆にさらに混乱してひどいことになる可能性も十分あるがな。個人的にはむしろ今回の一件で何もダメージ受けてない慇の方が気になる。もしかしてこうなることを見越して拳幽会を裏で支援してたりして」
「………」
「え?マジか……」
冗談交じりに適当に言ったことが的を射ていて、リンゴはドン引きした。
「義理があるから何も語るつもりはないが、お前にも借りがあるから一つだけ……あの慇の新しい皇帝は我ら武人とは対極にいる男だ。気をつけ過ぎるということはない」
「わかった。警戒を強めるように進言しておく」
「下らん謀略に飲まれてくれるなよ。同じ聖王覇獣拳の継承者として、こちらの格も下がる」
「わかったって……ん?今、同じ聖王覇獣拳の継承者って……」
「またな、リンゴ」
そう言うと玄允は振り返りもせずに闇へと駆け出す。漆黒の闇の中へと……。
「まったく……変に照れ屋なところも師匠に似てるな」
ふと感じた懐かしさに頬を緩めながらリンゴは好敵手であり、聖王覇獣拳の明日を背負う友の背を見送った。
拳聖玄羽の一番弟子、林江。
拳聖玄羽の息子、玄允。
この後、今よりも遥かに強くなったこの二人が慇や是を相手に大暴れをし、拳聖の再来、新たな拳聖と呼ばれることになるのだが、それはまたの機会に……。




