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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
継承拳武
162/163

武に生きるということ

「終わったようだな」

 静かになった絡南の城を見上げ、服や顔に僅かに切り傷をつけた蘭景が呟いた。

「くそ……!!」

 その足下でデスクイラルの破片の中で横たわる陳銘は悔しさから地面を叩く。

「間違っても父親のようにうまくいかなかったからといって、自ら命を断つようなバカな真似をするなよ」

「生き恥を晒せというのか!!」

「恥ではない、義務だ。お前には姫炎皇帝陛下の治める灑の国の行く末を見続ける義務がある。父親やお前が壊そうとしたものがどんなものなのかをな」

「私が壊そうとしたもの……」

「憎しみに濁った目ではなく、一人の国民としてこの国の在り方が正しいかどうかを見極めろ。もしやはり気に食わないというなら……また自分を殺しに来い。相手になってやる」



「終わりだ、羅昂」

「くそ……!!」

 謁見の間では、魔進真心が壊され、光沢も逞しさを失い、さらにはバキバキにひび割れ、今にも崩れ壊れそうな姿で無様にへたり込む羅昂を二人の聖王覇獣拳継承者が見下ろしていた。

「もう少しで……もう少しで私の長年の夢が!猛華の頂点に立つことができたのに!!お前達さえいなければ……!!」

 再生の要因を失ったせいか左目は輝きを失ってしまったが、残った右目で自分をこんな目に合わせた者を睨み付け、呪詛の言葉を投げかける。その姿は魔神でもなんでもなく、惨めな人間のものでしかなかった。

「拳聖の技を受け継いだ自分達が力を合わせれば、拳魔神など敵ではない」

「くっ!?生意気な……!!」

「だが、仮に我らが負けていたとしても、きっとあなたの野望が成就することはなかったでしょう」

「最後は正義が勝つなどと使い古された言葉で説教するつもりか!!?」

「いや、そんなんじゃないですよ」

「あんたが野望を成就できない理由、それはただ純粋に……」

「「弱いから」」

「………は?」

 訳がわからず首を傾げる羅昂。まさかあれだけの力を見せつけておいて、ここまで率直な侮蔑を吐かれるとは思っていなかったのだ。

 けれど二人の見解は違った。

「納得いってないようですね」

「当然だ!!お前達だって見ただろ!あの拳魔神の圧倒的な力を!!」

「確かに強かった」

「なら!!」

「だけど、基本的にそっちから仕掛けてきた攻撃は当てられてなくない?せっかくの力、全部空振りに終わってたよな?」

「………え?」

 羅昂の中で先ほどまでの戦いの記憶がフラッシュバックした。言われてみれば……ほとんどの攻撃は防がれていた。

「カウンターと言えば聞こえはいいが、その実、耐久力任せて相手の攻撃を受け切り、直後の隙を狙わなければ、まともにこちらにダメージを与えられていない」

「凶王拳は本来、敵に攻撃させる前に倒すことを是としている拳法のはず。なのに創始者であるあなたは全く実現できていなかった」

「そうだ……凶王拳とはそういうもの……!なのにどうして……ブランクか?長年、再起不能の身体にされていたブランクが私をここまで鈍らせたのか!!玄羽め!貴様どこまでも!!」

 自らの身体を破壊したかつての友であり、ライバルを改めて責め立てる。しかし、これも二人にしてみたら見当違いだ。

「仮に身体が動かせなくても、生粋の武道家ならば、ここまで無様を晒さない」

「はぁ!?何を言っている!?」

「真に武に生きる者ならば、身体を動かせなくとも、頭の中で連日連夜イメージトレーニングをしているはず。もしそれをあなたができていたらもっと動けていたでしょう」

「無茶を言うな!想像だけで武を極めろというのか!?そんな真似、誰にも……」

「少なくとも師匠なら……」

「我が父なら……」

「「できる!!」」

「――ッ!?」

 言っていることははっきり言って無茶苦茶だ。だが、しかし玄羽という人間を、文字通り命が燃え尽きるその時まで、武に全てを捧げてきた男を知っている人間からしたら、それは紛れもない事実であり、それこそが武道家を名乗る者として目指すべき生き方なのである。

「肉体に自由がなくとも、強くなろうと思えばいくらでも方法はあったはずだ。なのにあなたは下らない妄執と師匠への憎しみに目を曇らせ、武の研鑽を怠った」

「仮に我らをどうにかして下したとしても、いずれ別の誰かに倒されていただろう。どれだけ“体”が優れていても“心”と“技”が伴っていない者が勝利できる世界ではないのは、あなた自身が一番わかっているでしょうに」

「師匠があなたにこんな酷いとしか言えない仕打ちをしたのも、武道家としての矜持と情熱を失っていたあんたならきっといつか誰かの手によって殺されると思ったからだ。だからかつての友人として肉体を壊されたという言い訳を与え、普通に生きてくれることを望んだ……その身体は間違った道を進み、身を滅ぼそうとする友を止めるための残酷な優しさだったんだ」

「ふ、ふざけるな!!これが優しさだと!!?これが慈悲だと!!?私が武道家としてとっくに終わっているだと!!?そんなわけある――」


バキバキ……


「――か!!?」

 激昂する羅昂の全身に今まで以上の深い亀裂が入った。それは誰がどう見ても、“終わり”を意味しているのは明らかだ。

「納得がいかないなら、それでもいい。この問答の続きは地獄の底で一人でやってくれ」

「嘘だ!?私が!?拳士の頂点に立つ私がぁ!!?」

「狻猊の作る幻よりも遥かにタチが悪いな」

「あぁ、驕りや嫉妬に惑わされた人間の抱いた夢の最後とはかくも惨めか」

「私はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


パンッ!!!


 羅昂は、羅昂だったものは砂よりも小さい粒子となって弾け飛び、この世にそんな男がいた痕跡すら一切残さないように、跡形もなく消え去った。

「自分が捨て駒にした迂才の奴と同じく、骨の一欠片も残さずに逝くとは……皮肉だな」

「……最後の最後君が締めるの、キトロン?」

「悪い悪い。なんか今回おれっち全然役に立てなかったから、つい」

 いつの間にか狻猊の鬣の横に浮いていたキトロンはペコペコと頭を下げた。

「まったく……まぁ自分達はそんなこと気にしないけど。なぁ、玄允……あれ?」

 苦笑いを浮かべながら、業天馬の方を向くと、彼もまた師匠と同様に見る影もなく消えていた。

「逃げたのか?」

「だね」

「じゃあ、早く追わねぇと!!あいつには訊きたいことが山ほどあるんだからよ!!」

「そんなことをしなくても、そのうちあっちから会いに来るよ」

「え?」

「それに……」


ドサッ!!


「リンゴ!!?」

 狻猊は仰向けに倒れ、大の字になった。

「自分ももうくたくた。一歩も歩けないよ」

 確かにリンゴの身体は疲労困憊の状態だった。

 だが、しんどいだけではなく、その中に不思議な充足感を感じ、マスクの下でリンゴは満足げに笑みを浮かべる。そして……。

「今回もまたなるようになりましたよ、師匠」

 天で今も武を極めようとしている敬愛する師に勝利を報告したのだった。


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