仇
「やるぞッ!応龍!今がその時だぁッ!!」
いつもと同じく眩い光と共に、いつもよりも鈍く輝く黄金の龍が顕現する。
その青い二つの眼は憎しみに塗れながら、仮面の男を捉える……。
「ふっ……相変わらずせっかちな奴だ」
龍に睨まれても、宰相諸葛楽は動じない。仮面に手を当て、準備を整える……龍を、旧友を狩る準備を。
「屠れ『蚩尤 (しゆう)』」
穏やかな声で囁くと、諸葛楽の身体も光に包まれた。そして次の瞬間、スマートで優雅な彼に似つかわしくない逞しく強靭な青銅色の鎧がその身を覆った。
「出たな!角付き!!」
「角はあなたのマシンにもついてるでしょうが。この骸装機には蚩尤という立派な名前がついているんです」
「名前なんてどうでもいいんだよ!!応龍槍!!」
怒りのままに槍を召喚し、抉るように突きを繰り出す!スピード、パワーともに申し分ない出来。しかし……。
ガアァァァァン!!
「くっ!?」
「ふっ」
金属がぶつかり合う音が遺跡の中にこだました。黄金の龍の渾身の槍は、青銅の獣の盾によってあっさりと防がれてしまった。
「てめえ……!」
「軍神の盾……さすがにあなた相手には指一本というわけにはいかないだろうとは思っていましたけど、これを出さなければいけないとまでは思いませんでしたよ」
「上から目線で……!」
「あぁ、それはあなたの専売特許でしたね。失礼……ついでに軍神の剣」
盾の影から剣が飛び出す!狙うは黄金の龍の青い眼。だが……。
「その程度!!」
応龍は後ろに跳躍し、あっさりと回避。再び二人の心のように、物理的にも距離ができた。
「宰相様!」
「ご無事ですか!?」
「後ろに下がってください!」
蚩尤の下に慌てた顔で黄括、朱操、徐勇の三人が駆け寄る。今彼らの目の前で行われたのは、この灑の国の行く末を変える出来事になったかもしれないことだったのだから無理もない。
当の諸葛楽は青銅色の仮面の下で涼しい顔をしているが。
「後ろに下がるのは、お前達の方だ」
「しかし!」
「今の一撃をお前は受けられたか?」
「っ!?」
「今、ワタシとこうして話していられるのも、あいつが手加減してくれたおかげだというのが、よく理解できたろ?」
「……はい」
「朱操……」
渋々朱操は宰相様の指示に従い、後退すると、幼なじみも彼に続いた。
「さて第二ラウンド……と思ったが、あちらもお話中か」
蚩尤と同じく応龍の周りにも三人の男が集まっていた。
「おい!?いきなりどうした!?」
「あいつを殺そうと思っただけだ、愛羅津」
「殺す?なんでそんなこと……?」
「あいつが先生の……ボクの師匠の仇だからだ、セイ」
「仇……灑の国の宰相がジョーダンの仇……」
「そうだ……カンシチ、お前……!」
「ひっ!?」
普段は優しくこちらを見つめる応龍の眼が今はつり上がって、自分を射殺そうとしているように見え、カンシチは思わず震えた。
「お前、宰相の名前ぐらい知っておけよ……!」
「いや、だから政府の中心、お偉いさんにしか知られていないんだって!おれみたいな片田舎の人間には、この辺を取り仕切っているあのひょろガリの黄括の野郎ぐらいしか……」
「それでも反乱を起こそうというなら、なんとか調べておくべきだったな。奴が噂の宰相だとわかれば、下らん問答などせずともお前の味方をしてやったのに……」
「いや、でもこうしてターゲットと出会えたんだから、結果オーライってことで……?」
変なところで肝っ玉の座っているカンシチは怒れる龍の顔をとぼけた表情で覗き込んだ。
「ふん!まぁ、そういうことにしといてやる。だから下がっていろ……ボクがここであいつを倒せば、お前の目的もほぼ達成だろ……?」
「そんなこと………あるか」
カンシチは胸の前で両手をポンと合わせた。
「よし!そうと決まればジョーダン!諸悪の根源宰相様を退治してやれ!!」
「だから……最初からそのつもりだ!愛羅津、セイも邪魔をしてくれるなよ!」
「へいへい」
「ふん」
カンシチ達も下がり、遺跡の大部屋の中心で再び応龍と蚩尤の二人が相対した。
「話は終わったかい、兄さん?」
「あぁ……待ってくれたことに礼は……言わない……お前なんかに言ってたまるか……!」
「ずいぶんと嫌われたもんだね」
「あれだけのことをしておいて……!」
「三年も前のことだろ?」
「ボクにとっては過去じゃない!今でも鮮明に……あの光景がボクの心に焼き付いて離れないんだよ……!!」
「先生!ラク!!どこだ!?どこにいる!?」
真っ赤に燃え盛る炎の中、ジョーダンは師と弟弟子を探していた。
「くそ!?ここが最後……生きていてくれよ!!」
ドアを蹴破り、一際大きな部屋に入ったジョーダンの目に飛び込んだのは、想像もしなかった、したくなかった光景であった。
「なっ!?」
「やぁ……遅かったね」
炎の中、だらりと力を失った恩師の首を掴む大きな角を持った青銅色の骸装機。
常時、忙しなく動き続けるジョーダンの思考は一緒で停止に追い込まれ、その場で立ち尽くした。
「おい……それって……その声って……!?」
必死に言葉を絞りだし、目の前の悪魔を指さす。「嘘だよ、ドッキリでした」と言ってくれることを願って……。
だが、願いとは儚く、叶わないものである。
「あぁ、これか……これはもういらない」
「――ッ!?」
青銅色の骸装機は恩師を炎の中へと投げ捨てる。その瞬間、ジョーダンの中で何かがキレた。
「ラァクゥッ!!!」
「やる気かい?無駄なことを」
黄金の龍へと姿を変えた兄弟子を、弟弟子は迎え撃った。
「あの時……あの炎の中でお前を殺せなかったのが、ボクの人生最大の汚点だ……!」
「可哀想に……それを拭いさることは永遠にできない」
「言ってろ……死ぬまでな!!」
応龍は先ほどと同じように槍を構え、突進する。
「無駄だ」
蚩尤も同じく盾を構え、防御の体勢に……。
「遅い!!」
応龍は方向転換、盾を持ってない右手の方に周り込む!
「喰らえ!!」
無防備になった蚩尤の喉元に槍を放つ!これが決まれば、彼の復讐劇もエンディング……だが、そうは問屋が卸さない。
ガアァァァァン!
「――ッ!?盾だと!?」
蚩尤の幹手の中にあった剣が盾へと姿を変え、左手にあった盾が……。
「お返しだ」
剣に変わり、黄金の龍の胴体を薙ぎ払う。
ザッ!!
「ちいぃっ!?」
応龍はかろうじて反応し、うっすらと自慢のゴールドボディーに跡をつけるだけで済んだ……この攻撃は。
「まだだ!!」
「この程度では終わらんか……ならば軍神の槍」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!!
「ぐっ!?」
右手の盾を槍に持ち替えた蚩尤は左手の剣と共に応龍にラッシュを仕掛ける。暴風雨のような猛攻、それでも応龍はなんとか槍一本で防いでいく。
「さすがだよ、兄さん。あの時とは大違いだ」
「試作中、言うなればあの時の応龍は“零式”!今の応龍はお前を!蚩尤を倒すためにボクの全てを注ぎ込んだ完成版!“壱式”だ!!」
ガァン!!
「……ほう」
応龍は自分に迫る槍も剣も力任せに弾き返した。両手を上げた蚩尤は完全に無防備な状態を晒す。
「もらった!!」
今度こそと龍は獣の腹に槍を突き出す……が。
「甘いぞ、丞旦」
チッ……
「……何?」
蚩尤は僅かに、本当に数ミリ程度身体を傾ける。すると、槍の切っ先は青銅色の装甲を貫くことなく、その上を火花を散らしながら滑って行き、何もない空間にたどり着いた。そして……。
「軍神の鉄槌」
ゴォン!!
「――がはっ!!?」
逆に無防備になった龍の脇腹に、新たに呼び出したハンマーを叩きつける。
応龍はまるで木の葉のように宙を舞い、受け身を取ることなく、地面に墜落した。
「これがワタシとあなたの差だ、兄さん」
「はぁ!……はぁ……はぁ……」
蚩尤は勝ち誇ったように、呼吸を整えるので精一杯の黄金の龍を見下ろした。
「百歩……いや千歩譲って、あなたの開発力とワタシの開発力、この蚩尤と応龍が同等だとしよう。そうなると“中身”が勝敗を決めることに当然なるのだが……この諸葛楽の技量は遥かにあなたを上回っている」
「そんな……こと……!」
「わかっていますよね……散々手合わせして、散々負けてきたからねぇ……!」
「くっ!?」
「あなたは所詮マシンパワーを傘に着て、弱いものイジメをするぐらいしかできないしょうもない人間なんだよ……!」
「ラアァクゥッ!!」
その一言が最後に残っていたジョーダンの理性を消し去った。
諸葛楽は知る由もないが、この短期間で白澤と狴犴に一方的にやられ、ジョーダンは鬱憤が溜まっていた。そして、そうなった理由が彼自身にあると無自覚に正確な指摘してしまったのだ。
「そこまで言うなら、マシンパワーで圧倒してやる!応龍!“嵐龍砲”展開だ!!」
立ち上がり、足を肩幅に広げると、黄金の龍の背中から二枚の翼が出現する。それはただの翼ではなく、ファンが埋め込まれていた。
「ほう……まだ、そんな隠し玉を持っていたか」
「この嵐龍砲が応龍最大の武器!お前をこの世から消す必殺兵器だ!!」
翼についているファンがそれぞれ逆の方向に回転し始める。最初はゆっくりだったが、みるみるスピードを速めていく。
「二つのファンが生み出す二つの竜巻!圧倒的力に飲み込まれ、引き千切られ、自分のしたことを後悔しながら、地獄に堕ちろ!」
ジョーダンは全身に力を込め、高らかに自分の必殺技の名を叫ぶ!
「嵐龍砲!発射!!!」
ブルオォォォォォォォォン!!!
龍の翼から宣言通り二本の竜巻が発生し、地面を抉りながら目の前の蚩尤に向かっていく。そして……。
ブルオォォォォォォォォン!!!
これまた宣言通り、蚩尤を飲み込んだ。
「宰相様!?」
「なんてすごい風だ……」
「朱操!徐勇!宰相様もいいが、おれのことも守ってくれよ!?」
「くっ!?わかってますよ、上司様……!」
朱操と徐勇は黄括の前に盾のように立ち、攻撃の余波というには凄まじ過ぎる暴風から上司を守った。
「セイ!カンシチ!」
「オレは大丈夫です!!」
「おれも……なんとか……!」
「よし!このまましゃがんでやり過ごせばいい!!」
風は愛羅津達にも及んでいたが、彼らは咄嗟にしゃがみ、風に曝される面積を少なくして耐えていた。
まさに嵐が過ぎ去るのを待つ両陣営。そして遂にその時が訪れた。
「ぐっ……でりゃあぁっ!!」
ブルオォォォン……
先ほどとは逆にファンは徐々にスピードを緩め、それに比例するように竜巻は小さくなっていく。ファンが完全に止まると、残ったのは、削られ舞い上がった埃のベールだけだ。
「はぁ……はぁ……やったか?」
ジョーダンの全身を虚脱感が襲う。ただ立っているだけのように見えるが、あれだけの風を発射したのだから、彼自身も吹き飛ばされないように必死だったのだ。
だが、それだけの苦労をした甲斐は……なかった。
「……やれやれ、こんなものを“必殺”と宣うか」
「なっ!?」
薄くなる埃のベールの先に見えたのは、ボロボロの盾を持った蚩尤であった。
「この軍神の盾を破壊できたのは、褒めてやろう。まぁ、他の情けない骸装機なら今ので終わっていただろうし……及第点、いいマシンなんじゃないか?」
「先生の真似してんじゃねぇよ!!」
恩師を小馬鹿にしたような態度に、ジョーダンの疲れは吹き飛び、再度嵐龍砲の構えを取る。
しかし彼のマシンは、応龍の方が限界だった。
「もう一発やるぞ!応――」
パァン!
「――龍!?」
黄金の龍はその姿を現した時を、巻き戻すように装甲を光の粒子に、そして最後は主のメガネへと形を変えた。
「過剰出力によるオーバーヒート、その結果機能停止……前言撤回、そのマシンはくそだ」
「ぐっ!?」
言い返してやりたいが、何も言えない。現実として今の応龍は欠陥品の謗りを受けても仕方ない醜態を晒してしまったのだから……。
「残念だよ、丞旦……一緒に切磋琢磨した身としてはそんな無様な姿は見たくなかった」
「誰よりも無様な生き恥晒してるお前だけには言われたくない……!」
「そうか……では、そんなワタシの栄光を天から恨めしそうに眺め続けろ」
蚩尤は自分への失望で立ち尽くす丞旦にゆっくりと、まるで嬲るように近づいていき、逆手に持った剣を大きく掲げる。
「さらばだ、愛しい我が……兄弟弟子よ!」
ザシュ!!
肉を突き破る不愉快な音が遺跡の中で反響した……。




