師匠
「オラアァァァァッ!!」
スピディアーは深紅の槍を捻り込むように薄固に向かって突き出した。
「やれやれ、あなたも懲りませんね……夫諸」
ブゥン!!
それに対しターゲットとなった薄固は眉一つ動かさずに愛機を纏いながら、ひらりと躱した。
「くそ!もう一回!!」
それでもスピディアーはめげずにすぐさま反転し、もう一撃……。
「ほっ」
ガシッ!!ブゥン!!ドゴオッ!!
「――ぐあっ!!?」
夫諸は鋭い反射神経と、それとは真逆の柔らかな動作で突きを掴むと、その突きの勢いを無駄なく利用しスピディアーを投げ、背後の壁に叩きつけた。
「くっ!?また……!!」
「獣然宗でも話しましたが、あなたのような猪突猛進なタイプとわたくしの作り上げた戦闘スタイルは噛み合いが良すぎる。万に一つも勝ち目はありませんよ」
「この世に絶対なんかねぇ……それを証明してやるよ!」
スピディアーは今度こそと突っ込む……ことはせずに、ジリジリと距離を詰めた。城の高そうな床に足裏を擦りながら、ゆっくりと。
「さすがに同じことを繰り返す愚かさには気づきましたか」
「あれだけやられればな。てめえの技、要は聖王覇獣拳、清流投げだろ?」
「イエス!」
その言葉に対し、夫諸のマスクの下で薄固は満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり努力の成果をわかってもらえるというのは、嬉しいものですね。あなたの言う通り、わたくしはその清流投げを、清流投げだけを徹底的に磨き上げ、あらゆる攻撃をいなしながら、相手を倒す術を身につけた」
「そこに関しては素直に認めるよ。これだけの技、一朝一夕できるもんじゃない」
「ありがとうございます」
「で、てめえはその技を何のために身につけた?」
「え?何のために?」
「そこが一番大事だろうが」
「大事も何も自分が楽しく生きるためしかなくないですか。強くなる意味なんて」
「楽しく生きる……お前にとって、それがこの生き方なのか?」
「はい」
(こいつ……!)
薄固は悪びれもせずに、自身の生き方と選択を肯定する。その真性としか言えない態度にバンビは恐怖し、そして静かに怒りを燃やした。
「……確かにお前の言ってること自体は間違ってねぇよ。楽しく生きる以上にこの世に大切なことはない」
「ええ、わかってくれましたか」
「だが!それが誰かの楽しいを奪うことになるなら話は別だ!悪いが、拳幽会について、その力を振るい、多くの人の楽しいを奪うというなら、オレは全身全霊をもってお前を倒さなくちゃならねぇ!!」
「それは残念。わたくしは生き方を変えるつもりも拳幽会から離れるつもりもありませんから。だってここにいれば、あなたのようにいたぶり甲斐のある人がそっちから寄って来るんですからね!!」
「この……外道が!!」
こいつをこれ以上野放しにしてはいけない!怒りと使命感に背中を押され、スピディアーは一気に加速、夫諸の懐に踏み込んだ!
「はあっ!!」
そして再び突きを放……いや。
(柄じゃねぇが、ちょっとばかし小細工させてもらうぜ)
踏み込みから突きを繰り出すと見せかけて、本命はその踏み込み。夫諸の足をそのまま踏み砕いてやろうとしたのだ。しかし……。
「おっと」
ドォン!!
「ちっ!!」
夫諸はその浅はかな考えを見破っていた。足を引いて、あっさりと回避。さらに……。
「意表を突くなら、もっと上手くやらないと……ね!!」
ガンッ!ドゴオッ!!
「ぐあっ!!?」
すぐさま逆にその足をスピディアーの攻撃を空振りした足に絡ませ、連動させるように角の生えた頭を手で押すことで、いとも簡単に転ばした。
「わたくし的には踏むんなら足よりも……頭の方ですね!!」
そしてそのまま間髪入れずにスピディアーの顔面に向けて足裏を撃ち下ろした!
「アホが!!」
ガァン!!
「――うあっと!?」
けれど、スピディアーが頭突きで迎え撃ち、逆に体勢を崩すことに成功!
「今なら!!」
そこからさらに下から上へ、顎に向けて突きを放つ!
「残念、今じゃない」
ガシッ!ブゥン!!
「――ッ!?」
けれども、完全に不意を突いたと思われたその突きでさえ夫諸には通じなかった。
地面に寝そべっていたスピディアーは自らの攻撃のパワーを利用され、空中に放り出された。
「思ったよりも飛びましたね。やはりあなたの力は規格外」
「こんな状態で褒められてもな!!」
ザクッ!!
餓血槍を天井に突き刺すと、身体のバネを使い、先ほどの意趣返しだと言わんばかりにスピディアーは夫諸は顔面に蹴りを繰り出した!
「よっ」
ブゥン!!
しかし、これも空振り。夫諸はピョンピョンと小気味よく後ろに跳躍し、距離を取った。
「破れかぶれの攻撃ではわたくしに触れることさえできませんよ」
「わかってるよ。だからお前にこうして離れてもらったんだ」
攻撃が不発に終わったバンビだったが、その顔に悔しさはなく、むしろ狙い通りだと宣言し、愛槍を捻って天井から降りると、改めて構えを取る。
その脳裏には獣然宗でのとある記憶がリフレインしていた。
それはリンゴが眠っていた時のこと……。
「お主はまだ自分の力を存分に活かせていない」
「……はあっ?」
いきなり不躾にそう言い放った慧梵に、リンゴの眠るベッドの横に座っていたバンビは意味がわからないと首を傾げる。
「いきなり何を言うかと思ったら……その問題はスピディアーと餓血槍のおかげでとっくに解決してんだよ」
バンビはこれ見よがしに指輪を見せつけた。
「今までのことはアンミツから聞いておる。そいつやそこに立て掛けてある槍のおかげで、ようやく手加減することなく、戦えるようになったことは」
「だったらわかっているはずだろ。オレはこの力でどれだけの敵を倒してきたか」
「じゃが、今回は負けた」
「うぐっ!?」
面と向かって屈辱的な事実を突きつけられると、身体中の傷が疼いた気がした。
「あいつは今までの奴とは違うんだよ。このオレの力を利用して、逆に強力な投げを決めてくる……力押しでどうにかなる相手じゃない」
「それも勘違い。お主の力を完璧にいなせる技術を持った相手に、こちらも付け焼き刃の技術で挑もうとすると、今以上に酷いことになるぞ」
「じゃあ、力任せの戦いを続けろって言うのかい、あんたは?」
「その通りじゃ。力に対抗するために技は生まれた。しかし、真に絶対的な力というものは全ての技を超越し、破壊する。そして、お主の中にはその圧倒的な破壊の力が眠っておる」
「オレの中に……」
思わずバンビは胸に手を当て、自らの身体に問いかけた。
「お主、槍を壊さぬように手加減することに関しては試行錯誤してきたが、より強い力を出すことに関しては何もやってきておらんじゃろ?」
「そんなことはないと思うが……まぁ、必死になって、やってはこなかったかもな。普通に力を込めて、槍を繰り出せば大抵の敵は倒せたし」
「ならば、今日からはそれをやれ。どうすればより強い力が槍に込められるか、どう身体を動かせばより速い突きが放てるかを一から見直すんじゃ。お主の中にある潜在能力を全て引き出す術を見つけろ!技など力で押し潰してしまえ!!」
「慧梵様……」
「うむ……」
真剣な眼差しでこちらを見上げるバンビに慧梵は力強く頷いた……が。
「力を引き出す術ってのも、技の範疇に入るんじゃねぇか?」
「………ん?」
「ん?」
「「んんッ!!?」」
こうして二人の会話はいまいち締まらない感じで終わりを迎えた。
(一応言われた通り、力の使い方ってのを見直してみたが、なんだかあのじいさんのことが信用できずに、下らない策を使っちまった。んで、結局あのじいさんの言う通り、あっさりと破られた……!!)
スピディアーは悔しさから思わず槍を握る手に力が入った。
(だったら、慧梵様のお言葉に従いましょう……オレの中に眠る力を全部引き出して、奴をあの小癪な技ごとぶち抜く!!)
さらに息をフゥーとゆっくり吐きながら腕に力を込め、足でしっかりと床を踏みしめると、槍の切っ先と腰を少しだけ落とした。
(これは……今までと違いますね)
その姿を見て、今日初めて夫諸のマスクの下の薄固の顔から笑顔が消えた。精神性はともかくとして、技量的には拳幽会、ひいては猛華でもトップクラスの実力を持つ超一流の戦士の本能と経験がバンビの身に起きたただならぬ変化を察知したのだ。
(雰囲気が今までとは全く異なる。わたくしの本能が危険だとアラームを発している。これはこちらも本気で迎え撃たねば……!!)
そしてこれまた今日初めて両手を前に、片足を引いて、構えらしい構えを取った。
「やっとやる気を出したか、この野郎」
「ずっと闘志バキバキでしたよ。こんな感じなので伝わりづらいだけで」
「そうかい、見当外れの指摘して悪かったな」
「いえいえ、もう慣れっこですから、お気になさらず」
「そうはいかない。この失態への埋め合わせに……苦しませずに一瞬で終わらせてやる!!万家流槍術奥義!剛烈!!」
それは万備の人生で最高の突きであった。
獣然宗で慧梵の言葉を信じ、関節の動き一つ一つを見直し、連動させることを意識したことによって、今まで彼が限界だと思ってた以上の破壊力と速度が槍の切っ先に集約されていた。
もう一度言う、それは万備の人生で最高の突きであった。しかし……。
(少しでもタイミングと身体の動かし方をミスれば、わたくしは死ぬ……だからこそ今までよりも冷静に、今まで通りに!!)
夫諸は胴体に迫る切っ先を無視し、上下から槍の柄を挟み込む。
そして、その力の流れに逆らわないように身体を翻し、槍を持ったまま一回転。
その横回転エネルギーをまるで穏やかな川の流れのように縦方向に加わる力に変換。
スピディアーを持ち上げ、頭から叩き落とした。
ドゴオォォォォォォン!!!!
「――ッ!!?」
角が砕け、全身に亀裂が入り、そこから血液が噴き出す……。
それは万備の人生で最高の突きであった。
しかし、この至高の一撃を前にし、生存本能を刺激された薄固もまた人生最高の投げを披露したのである。
バンビの最高の突きの力を余すことなく返す最高のカウンター投げを……。
「薄固流拳法奥義、剛烈返しとでも名付けましょうか」
皮肉を倒れ動かなくなったスピディアーに吐き捨てると、夫諸は踵を返し、背を向け歩き出した。
「ここ何年かで最も楽しく有意義な時間でしたよ、バン……バンなんとかさん。あなたのことは一生忘れません」
「バンビだ、バカ野郎……!」
「……おや?」
「早速忘れてるじゃねぇか……!!」
今にもかき消されそうな弱々しい声に、夫諸が振り返ると、そこには自慢の角が折れ、血塗れのスピディアーが愛槍を杖代わりにしてやっとのことで立ち上がり、こちらを睨み付けていた。
「思っていた以上に丈夫ですね」
「猛華一のタフガイだからな、オレは……」
「かもしれませんね。今のあなたの姿を見れば、その言葉も納得できます。ですが、このわたくしを相手にするにあたっては、それは自慢にはならない。ただ苦しみが長引くだけです」
「あぁ……今まで散々無茶してきたが、いっそのこと死んだ方が楽なんじゃねぇかと思ったのは今日が初めてだ……」
「でしたら、その感情に従いなさい。あなたを介錯してあげるほど、わたくし達は親しくないんですから、無駄に手を煩わさないでくださいな」
「そうはいかねぇよ……痛み以上に心の昂りが止まらねぇんだからよ……!」
「はあっ?」
「今の突きはオレの人生最高の一撃だった……だが、この次に放つ突きは間違いなく、それを更新する……!!」
スピディアーは再び腕に力を込めると、足でしっかりと床を踏みしめ、腰を少しだけ落とし、先ほどと同じ構えを取る。
けれど、その傷だらけの身体では先ほど放っていた威圧感までは再現できなかった……。
「さっきの力強さと美しさを両立した構えは見る影もないですね。いいでしょう、あまりに見苦しいので、特別に介錯してあげますよ」
対する夫諸もまた両手を前に開き、片足を引いて、スピディアーの渾身の一撃を完全攻略した時と同じ構えを取った。
「ありがてぇ……あんたはオレと戦えた時間を有意義だと言ったが、オレも同じ気持ちだ……あんたとのバトルはオレの人生で最良の時間だった」
「では、最良の時間に包まれたまま、その人生を終わらせてさしあげましょう」
「終わらないさ……オレは!翠の炎は決して消えることはない!!」
スピディアーは槍を引き、大きく踏み込んだ!
頭の中にさっき投げられた記憶を流しながら……。
(あんたの動きはこのオレが目指していたものそのものだった!力を淀みなく身体に流すあんたの動きは!それをこの身で受けた今のオレなら撃てる!この身に宿る全ての力を引き出した正真正銘、最高の一撃を!!)
スピディアーは地面に再び足をつけると同時に、大地を蹴り出す力を上半身へと流し、それをまた槍を握った腕へと流す。
(オレ自身の血を吸ったことで、餓血槍がより手に馴染む!これならいつも以上に捻りを加えても!あの狻猊の蹴りのように!!)
その腕を聖王覇獣拳、魔天穿滅蹴りを思い出しながら強引に捻っていく。
それは万備の人生で最高の突きであった。
そして万家流槍術の新たなる奥義であった。
「万家流槍術新奥義!!廻烈!!」
「名前を変えたところで!!」
夫諸は先ほどと同様胴体に迫る切っ先を無視し、上下から槍の柄を挟み込もうとした……が。
ガッ!!ガギャン!!
「………は?」
槍が纏う凄まじいという形容詞が生ぬるいと感じるほどの回転の力によって、柄を掴もうとした夫諸の腕が弾かれ、全ての指が引き千切られた。
視界の中を飛ぶ自分の指を見ても、薄固は自分に何が起こったかわからなかった。そしてそのまま……。
ドグシャアッ!!
胸にデカい穴を開けられ、自身が敗北したことすら認識できないまま絶命した。
「あんたはオレの人生において最も強い敵だった。そしてそれと同時に誰より尊敬すべき師匠だった。だから……感謝を込めて宣言通り、苦しませずに一瞬で終わらせてやったぜ」
スピディアーが餓血槍を抜くと、夫諸は膝から崩れ落ち、二度と動くことはなかった……。




