ロマンチスト
「面倒な仕事はとっとと終わらせるに限る……つーことでちゃっちゃっと死んでくれや!!」
バシュウン!バシュウン!バシュウン!!
戦いの過程に対しては特に興味を持たない嘲風は躊躇することなく引き金を引き、銃を乱射した……が。
「その提案、丁重お断りします」
ヒュッ!!キィン!!ヒュッ!!
錫鴎は回避や剣によって斬り払い、その身に弾丸を触れさせることはなかった。
「さすがだな」
「夢に出るほど、あなたの狙撃は見続けましたから」
「だよな。やっぱり普通に撃つだけじゃ仕留め切れないか」
「では、諦めて降参してくれますか?」
「冗談。もしかして嘲風がただの偵察索敵機だと思ってんのか?」
「個人的にはそうだと嬉しいんですが……」
「残念。懐麓道の作った九つの傑作特級骸装機の一つは戦っても、もちろん強いんだよ!!」
ビュン!ビュン!ビュビュン!!
「!!?」
突如、嘲風はそのまま背中から羽のような小型のメカをいくつも射出!錫鴎を取り囲んだ!
「これは……」
「安心しろ、そいつ自体に攻撃能力はねぇよ」
「ではただのこけおどし?」
「すぐにわかるさ!!」
バシュウン!!
嘲風は再び銃を発射した……錫鴎ではなく、その斜め後方を飛んでいる自らが射出した小型メカに。
「どこに撃って――」
キィン!!
「――る!!?」
弾丸が小型メカに命中すると、反射され、今度こそ錫鴎へ!
「くっ!?」
咄嗟に回避運動を取る錫鴎!しかし……。
ガリッ!!
「――ッ!!?」
避け切れず。その装甲を削り取られてしまった。
「この羽虫は跳弾を誘発し、ターゲットの死角からの狙撃ができるのか……!?」
「正解。瞬時に弾丸の軌道と相手の位置情報を計算し、最悪の場所に最悪のタイミングでぶち込む……索敵感知に使う鋭敏なレーダーはこんな使い方もあるんだよ!!」
バシュウン!バシュウン!バシュウン!!
立て続けに発射された三発の弾丸!それは別々のメカに向かい……。
キィン!キィン!キィン!!
それぞれが反射され、三方向から錫鴎に襲いかかる!
「この!!」
キィン!ガリッ!ガリッ!!
「くっ!?」
結果は三発中二発命中。また二の腕と太腿を抉られてしまう。
「いやはや……本当に凄えな、あんた。初見で一発防ぐとは、恐れいったよ」
「痛いのは嫌いだから、攻撃を当たらないようにする練習ばかりしてきた成果ですかね……」
「気持ちはわかるぜ、俺も同じだもん。だけど俺の場合は攻撃を避けることよりも、相手に何もさせないで一方的に嬲り殺すことを考えてきた」
「その集大成がこの不愉快な籠ですか……」
「嘲風を手に入れた時は震えたね。俺の理想のマシンだって。そして実際に使ってみたら、ご覧の通り……負け無しよ!!」
バシュウン!キィン!ガリッ!!
「――ぐっ!?」
地面に放った銃弾が羽メカを中継して、下から錫鴎の頬を抉った。
「また避けるか。まぁ、別にいいぜ。当たるまで延々に続けてやんよ」
「生憎、わたしはあなたの楽しみに付き合うつもりはありません!!」
錫鴎が地面を渾身の力で蹴り出し、急加速!向かう先は……。
(包囲網から抜け出す気か?それとも本体である俺を直接潰すつもりか……?いや、あいつの狙いはきっと……)
「はあっ!!」
(やっぱり中継先を潰すつもりか!)
凄まじい剣幕で錫鴎が斬りかかったのは手のひらほどの大きさの小型メカ!アンミツはまずは一つでもこの厄介な反射台を減らそうと考えたのだ!しかし……。
ヒュンッ!!
「ッ!!?」
しかし、小型メカはその見た目に違わぬ機敏な動きで、斬撃を避け、錫鴎の横に回り込んだ!
「悪いが、俺のかわいいお供をやらせはしない!!」
バシュウン!!キィン!!
嘲風はそのメカに向けて銃撃!例の如く跳弾し、錫鴎の眉間に……。
「わたしだって……やられてたまるか!!」
錫鴎は咄嗟にしゃがんで跳弾を回避した……が。
「反射できるのは一回って決まりはないぜ」
キィン!!
「!!?」
避けられた弾丸がまた別の小型メカによって反射!角度をつけて、急降下!そして……。
ガギィン!!
「――ぐあっ!!?」
錫鴎の太腿を貫く!今度は装甲だけではなく中身もまとめて!噴き出した血が地面に真っ赤な斑点をいくつも描いた!
「その足じゃ、もう籠から逃げることも、俺自身を叩くこともできない。つまり詰みだ。意外と呆気なかったな」
「勝ち誇るのは、少し早いんじゃないんですか……?わたしの心はまだ折れていない……!!」
そう言うと、錫鴎は二本の剣を構え、力強い眼差しで嘲風を睨み付けた。一方、大地を踏みしめる足には力が入っておらずに小刻みに震え、立っているのがやっとのようだった。
「カッコいいね~。その構えも堂に入ってるよ。けれど、あら不思議、ちょっと視線を下ろすと生まれ立ての起源獣のようにぷるぷると足を震わしてみっともないったらありゃしない」
「反論できませんね。ですが、勝負を決めるのはみっともないかどうかじゃありません……!」
「ふーん、んじゃ試してみるか!!」
バシュウン!バシュウン!バシュウン!!
再びの弾丸三連射!当然先ほどと同じく、それぞれ別々のメカに向かい……。
キィン!キィン!キィン!!
それぞれ反射されると、これまた先ほどと同じく三方向から錫鴎を襲う!ただ先ほどと違ってターゲットは手負いだ!
(これで決まった!)
勝利を確信する嘲風。
この状況、この優勢でそう思ってしまうのは当然だろう。
けれどもそれは少し甘い見立てだったようだ。
「はあぁぁぁッ!!」
ガリッ!ガリッ!キィィィンッ!!
「……は?」
嘲風は、シンドイは目を疑った。
二発の弾丸はさっきと同様に錫鴎の装甲を削ったが、残る一つが……ターゲットを貫くはずの銃弾が自分に向かって飛んで来ているのだ!
なんと錫鴎が嘲風がやったことをそっくりそのまま剣で再現、刃を最適な角度最適な角度で弾丸にぶつけ、反射し、あろうことか打ち返して来たのだ!
「――な!?」
チッ!!
「――にぃ!!?」
自らの放った弾丸が頬の装甲を掠めた嘲風。結局、錫鴎が弾き返した銃弾は目を凝らさなければ気づかない程度の傷をつけることしかできなかった。けれども……。
「……あり得ない……絶対にあり得ない……!!」
物理的ダメージは見ての通りそれほどでもなくとも、シンドイの受けた精神的ダメージは計りしれない。頭の片隅にもなかった曲芸を超えた神業としか形容できない絶技で反撃されたのだから、それはもう……ショックだった。
「あり得ないって……こうして実際にやっているのに……」
そんな狼狽する彼を見て、アンミツはしてやったりとマスクの下で不敵な笑みを浮かべた。それがまたシンドイの精神をさらに追い詰める。
「普通思いついてもできねぇんだよ、こんなこと……!いきなりこんな無茶苦茶な……」
「いきなりではありませんよ。さっきも言いましたが、あなたの狙撃のことは夢に見るほど考えていました、どうやって攻略するかと必死にね。今やったこともプランとしては獣然寺にいる頃から温めていたものです」
「だとしても跳弾を使った攻撃はついさっき初めて見たばかりだろ……それにここまで早く対応するなんて……」
冷静になって考えれば考えるほど、目の前の男の底しれなさに肝が冷えた。そして同時にその不安と恐怖から、殺意がとめどなく溢れ出る……。
「……殺す。あんたみたいな怪物に目をつけられていたら、夜も眠れない。だからここで確実に殺す……!!」
「そうですか。けれどその前にわたしが先にあなたを殺します。あなたの撃った弾丸をそっくりそのままお返しして胸か額に穴を開けてね」
「ならば俺はその何倍もてめえに穴を開けてやる!!」
バシュ!バシュ!バシュ!キィンキィンキィン!!
三度発射された三発の弾丸はまたまた小型メカを経由して、錫鴎に。
「はあっ!!」
ガリッ!ガリッ!キィィィン!!
「ぐっ!!?」
それをまた二発受けながら、一発剣で弾き返す。
ガリッ!!
「ちっ!!」
反射された弾丸は先ほどよりも深く嘲風のマスクを抉った。
(たった一回だけで、ここまで精度を上げて来るか!!だが一発返しても、二発食らっていたら先に奴の方が力尽きるのが道理というもの!奴の反撃が俺の急所に届くまでに仕留められる!!)
嘲風は痛みを伴う勝利への道筋を思い描くと、それを一刻も早く実現するために引き金を……。
「幻妖覇天剣」
ザンッ!!
「……え?」
引き金を引こうとした瞬間、銃が真っ二つに切断された。どこからか伸びてきた刃によって……。
「これは……この剣はまさか!!?」
そして今度は逆に縮んでいく刃を目で追っかけると、予想通り最悪の存在が立っていた。
それは起源獣がこの世界に出現する前に存在していた狼という獣によく似ていた。
その鋭い眼光に睨まれると肝が縮み上がり、その鋭い牙や爪を見つめていると恐怖心が刺激され、背筋に悪寒が走った。
一方でその銀色の毛並みはうっとりと見とれてしまうほど美しく、そのスマートで均整の取れた立ち姿は気高さを感じさせた。
それが灑の国、二振りの銀色の剣の片割れ、シュガその人である。
「何でお前がここに……!?王都で皇帝のお守りをしているはずだろ……!?」
「そんなもん蘭景が流した嘘に決まっているだろうが。灑の国の一大事に俺が出ないで、誰が出るんだ」
シュガはモフモフの胸を張って、高らかに言い放った。
「だが、だとしても俺の嘲風なら、あんたほどの男がいればすぐに感知でき……まさか!!?」
マスクの下で目を見開きながら問いかけるシンドイに、錫鴎は、アンミツは首を縦に振った。
「あなたに感知されないためにシュガには絡南の外、念には念を入れてかなり遠くで待機してもらいました。そしてこの奇襲を成功させるためにあなたの注意をわたしに向けさせた」
「俺との因縁に決着をつけるために、殺気を飛ばしたのは……?」
「嘘です。別にあなたに因縁など感じていない」
「他の奴らを先に行かせたのは……?」
「時間が経てば、シュガが援軍に来てくれるので、必要なかったから」
「奴らの影響で感情的になってきたってのも……?」
「大嘘です。わたしは兵士……勝つために最も効率的な方法を選ぶ生粋の兵士です。戦いにロマンを求める彼ら戦士とは違う」
「この俺に弾丸を跳ね返し、穴を開けて殺すってのは……?」
「それもただあなたの意識を引き付けるための口から出任せ。まぁ、できたらそれはそれで良かったのかもしれないですけど、多分このまま続けていたら勝つにしても、かなり痛い思いをしなくちゃいけないので、ここは楽させてもらいます。というわけで、シュガ!!」
「おう!!」
シュガは銀色の毛を靡かせながら、嘲風に向かって走り出した!
「くそ!!」
もちろん嘲風もそれをただ見ているわけはなく、新たに拳銃を召喚し、それで……。
「遅い!幻妖覇天剣!!」
ザシュ!!
「――ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!?」
引き金を引く前に、伸びた刃によって腕を切り裂かれ、せっかく召喚した拳銃を落としてしまった!
「くそ!?こうなったら、中継メカを直接……」
「残念ですけど、全部落とさせてもらいましたよ」
「なっ!?」
ほんの一瞬、シュガに気を取られ、錫鴎から目を離した隙にかわいいお供達は無惨に斬り刻まれ、ただのスクラップに成り下がっていた。
「お前、足は……?まさかそれも嘘……?」
「はい。痛みますけど、これぐらいなら。まぁ、あなたにとどめを刺す程度は余裕ですよ」
「このくそ人間があぁぁぁぁぁぁッ!!」
「金のために人の命を犠牲にするあなただけには言われたくない。シュガ」
「おう!!」
「「双凄刃」!!」
ザンッ!ザザンッ!!
「――ッ!!?」
前後からシュガと錫鴎に同時に斬撃を叩き込まれた嘲風は待機状態の札に戻り、意識を断たれたシンドイは地面に突っ伏した。
「あなたを殺す的なことも言いましたけど、あれも嘘です。裏社会御用達の傭兵さんには色々と聞きたいことがあるんでね」
何も聞こえていないシンドイを見下ろし、宣告すると、錫鴎は剣を振り、刀身に付いた血を払った。
「これでお前のミッションコンプリートはだな」
「ええ……もっと早く来てくれればさらに完璧だったんですがね」
錫鴎は全身の傷を見せつけるために腕を広げた。
「そう言うな。これでも全速力で来たんだから」
「まぁ、あんまり早く来すぎても、うまくいかなかった可能性もありますしね。これはこれでベストタイミングだったのかも」
「そうそう結果オーライだ。それよりも早くリンゴ達の援軍に行こう」
「いえ……」
シュガの提案に錫鴎は首を横に振った。
「本当にあいつらに全部任せるつもりか?リアリストのお前らしくない」
「確かにわたしは結果だけを求める生粋の兵士、戦いで意地や信念を優先するロマンチスト達とは全く別の存在です。けれど……だからこそたまには彼らの思いを汲んであげたいと思うのです」
「その結果、最悪の結末を迎えてもか?」
「確実にそうなるというなら、彼らの意思など無視して、援軍でも不意討ちでも何でもしますよ。だけど、彼らなら……彼らなら最高の結果を手にして戻って来てくれると信じてますから」
「信じてますか………何がリアリストだ。お前も十分ロマンチストじゃないか」
「そんなわたしだからこそ翠炎隊を任せたのでしょ?」
「あぁ……そして俺の目に狂いはなかった。あとは……」
シュガは錫鴎に微笑みかけたが、すぐに真剣な眼差しになって、そびえ立つ城を見上げた。
「あとはお前らだリンゴ、バンビ。俺やアンミツの期待に応えてくれよ」




