適合と融合
師匠とのまさかの形での再会、そして手痛い洗礼から一晩が経った。
「準備は万端か?」
「全然」
リンゴの目の下には濃いクマができており、寝不足なのは誰から見ても明らかであった。
「もう一日休むか?」
「いえ、このままだと今日も眠れないので。自分が安眠を取り戻すためにはあの師匠の土人形に勝つしかないんで」
そう言うとリンゴは懐から札を取り出した。
「わかった……ならば早速始めよう」
元始天尊もまた小瓶を取り出し、拳聖の血を昨日よりも多めに地面に垂らす。
「はあっ!!」
ゴッ!ズズズ……
「…………」
そして杖から精神エネルギーを大地に注ぎ込み、土で闘豹牙を再び作り出した。
「相変わらずカッコいいな。だけど自分の愛機も負けてはいない。やるぞ!狻猊!!」
リンゴも機械鎧を身に纏い、戦闘態勢へ。
昨日に引き続き、緑色の獅子と紫色の豹が時空を超えて対峙した。
「媒介である血液は昨日より多めに使用したから、時間切れで幕引きとはならんじゃろ。この戦いの終わりは……」
「どちらかが倒れるまでってことですね」
「イエス。やめるんなら今のうちじゃぞ?」
狻猊は金色の鬣で彩られた頭を横に振った。
「覚悟は一晩かけて決めてきました」
「そうか……ならば何も言うまい。好きにせい」
「はい……好きにやらせてもらいます……!!」
元始天尊が離れると、師匠と弟子の間に流れる空気が急激に重たくなっていった。それは稽古をつけるという類いのものではなく、紛れもない死合いの空気……。
(さてと……とりあえず一晩中かけて、考えたプランを実行しますかね)
ボオウッ!!
そんな中、先に動いたのはやはり狻猊。二度と会えないと思っていた師匠の胸を借りるつもりで、両手にその体表と同じ翠色の炎を灯した。
(完全適合が二段階あるって言葉の意味は結局わからなかったけど。昨日はインファイトでやられたから、まずは距離を取って……)
「はあっ!!」
ボオォォォォォォォォォッ!!
狻猊は右手のひらを突き出すと、体表と同じ翠の炎を闘豹牙に向けて噴射した。
「聖王覇獣拳、大地滑り」
けれど師匠はそれを言葉通り大地を滑るような動きで回避した……が。
「まぁ避けますよね。あなたの息子と名乗る玄允が避けられたんだから、当然あなたも余裕で躱せるはず……なので二の矢を撃たせてもらいます!!」
狻猊は闘豹牙の回避先に左手を向けると、再び炎を噴射しようとした。今しがた放ったものとは少しだけ変化を加えて……。
「炎よ……広がれ!!」
ボオォォォォォォォォォッ!!
宣言通り、炎は今まで狻猊が放っていたようなピンポイントに照射するような形ではなく、薄く広範囲に広がり、闘豹牙の視界一面を覆った。
(これだけ大きく広げれば、回避はできない!!)
「聖王覇獣拳双拳……焔砕き」
ボッ!!
あろうことか闘豹牙は右拳を上から、左拳を下からまるで豹の顎のように目にも止まらぬスピードで突き出し、その圧倒的速度とパワーで衝撃波を放つと、視界一面に広がっていた炎を一撃でかき消した!
「やっぱり使いましたね……焔砕き……!」
「!!?」
闘豹牙の背後から聞こえる狻猊の声……獅子はそうなることを読んでいた!いや、そうなるように仕向けたのだ!
(焔砕きは聖王覇獣拳の中でもかなりの大技!使った直後には隙が生まれる……そこが自分にとって数少ない勝機!!)
狻猊は技の発動直後で身動きが取れないはずの闘豹牙に容赦なく、蹴りを繰り出した!
「聖王覇獣拳!聖豹蹴撃!!」
「骸装通し」
「!!?」
それは全く予期せぬ、にわかには信じられない光景であった。
闘豹牙は狻猊の蹴りが命中するであろう脇腹の逆側に自ら拳を、聖王覇獣拳の代名詞たる骸装通しを撃ち込んだのだ。
ボッ!!ガァン!!
「「――ッ!!?」」
結果、衝撃は闘豹牙の身体を貫通し、狻猊の蹴りを相殺、逆にダメージを与えた!
(ぐっ!?まさかこんな無茶苦茶な手で一晩考えた作戦が瓦解するとは!!?)
痛む足を引き摺りながら後退!一刻も早く距離を取らなければ、追撃の手が……。
「………!!」
「……ん?」
闘豹牙は追撃をしなかった、否、できなかった。昨日の狻猊の如く、ダメージにより足を小刻みに震わし、立っているのがやっとのように見える。
(無茶苦茶だとは思ったが……本当に無茶をしたんだな。きっとまだ若い頃だから咄嗟に自らの身体に衝撃を貫通させ切ることができなかったんだろう。自分の知っている極まった師匠なら、今の一撃で足を破壊されていたかも……)
最悪の世界線を想像した瞬間、背筋に悪寒が走った。けれど、今はビビってる場合じゃない。
(これでこちらも回復の時間が取れる。とはいえ、また新しい策を練らないとまた昨日と同じ結果になる……)
ジンジンと痺れる足が、嫌な記憶を呼び起こし、マスクの下のリンゴの頬に冷や汗が伝う。
(ぶっちゃけパワーダウンしている土人形相手なら急所への打撃と、こっちの力を利用したカウンター、特に清流投げに注意していれば、早々ノックダウンされないと思っていたけど、骸装通しを使い始めたなら、指一本触れさせることもできないな。それにしてもまさかこんな短期間に骸装通しをまた見ることになるとは……)
脳裏をフラッシュバックしたのはまた思い出したくもない嫌な記憶。業天馬との戦いの映像だ。
(いまだに奴が師匠の息子かどうかは信じられない、信じたくないけど、この若い頃を再現した闘豹牙と戦っている真実味が強まった感じがするな。なんとなく動きが似ている。きっとこの時の師匠が業天馬を手に入れていたら、あのチョウジュウの型みたいなことをやっていたんだろう……)
「特級骸装機の完全適合には二段階ある」
(……あれ?)
その瞬間、脳内で躍動する業天馬の姿と玄羽が語っていた言葉がぴったりと重なった。
(もしかしてあれが二段階目なんじゃないか?特級と完全適合して能力を引き出すのが一段階目、そしてその能力を十全に活かす戦い方ができるようになるのが二段階目にして、本当の意味での完全適合……きっと師匠の言いたかったことはそれだ!!)
答えにたどり着いたリンゴの興奮に呼応し、狻猊は熱を帯び、周囲の気温が僅かに上がった。
(気づいたようじゃの)
その熱に当てられ、全てを察した元始天尊は満足そうに頷いた。
(今までの自分は単純に炎を噴射したり、煙で幻を見せたりするだけで聖王覇獣拳とは全く別のものとして使用していたが、本当は玄允のように能力と技術を融合させるべきだったんだ。だったらまずは……!!)
答えにたどり着いた狻猊は今までのように手のひら……ではなく、拳に翠の炎を灯し、グローブのように纏った。
「単純だけど、炎の拳法使いと言ったら、一番最初はこれでしょ」
若獅子は軽く腕を振り、感触を確かめると、紫色の豹を再び注視する。
闘豹牙もまたダメージを回復したようで、リズムを取っているのか、ぴょんぴょんとその場を飛び跳ねていた。
「ちょうど向こうも回復終わったみたいだし……また胸を貸してもらおうか!!」
炎を拳に纏い、狻猊再突撃!勢いそのままにパンチを繰り出す!
「聖王覇獣拳……」
それに対し闘豹牙も……。
(当然、剣砕きだよな!だが、炎を纏った今の狻猊なら力押しで……)
「清流投げ」
「……え?」
ガシッ!ドゴオォォォォォォォォォン!!
狻猊はパンチを繰り出した腕を、炎を纏っていない前腕を掴まれ、勢いをそのまま利用されて地面に叩きつけられた!
「ぐうぅ……!!」
「聖王覇獣拳……」
「!!?」
無様に仰向けに倒れる獅子の視界の中に紫の豹の姿が入って来た……腕を振り上げる拳聖の姿が。
「掌隕石」
「狻猊!!」
ボオウッ!!ドゴオォォォォォォン!!
掌底は地面に大きなクレーターを作った。
「ギリギリセーフ……」
肝心の狻猊はと言うと、手のひらから炎を地面に噴射し、闘豹牙の間合いから離脱していた。
(ったく!何やってんだオレは!あんだけ清流投げに気をつけろって思い返したばかりなのに!似たようなこと業天馬にやられたばかりなのに!アホかオレは!!)
ボオウッ……!!
自らの間抜けさに憤るリンゴの感情の昂りに合わせて、拳に纏う炎がさらに燃え盛った……が。
(これ……疲れるからやめた)
すぐに鎮火。狻猊は炎を消し、いつものスタイルに逆戻りした。
(想像以上にエネルギー消費が激しい。しかもあの状態を維持するとなると結構な割合の意識をそっちに割かないとダメだし。今のオレには無理だな。そもそも狻猊はそんな単純なマシンじゃない)
リンゴの頭の中にある男の名前が浮かんだ。会ったこともない愛機の前の持ち主の名前が。
(お手本にすべきは幻惑の花則!注目すべきは火力ではなく撹乱能力!炎ではなく、煙の方!土螻と相討ちになったのだって、そっちをうまく活用できたからだ。つまり、オレがやるべきことは、オレが纏うべきは……)
モク……モクモク……
狻猊の全身から灰色の煙が立ち昇った。そして全身にそれを纏わせながら、獅子は……。
「聖王覇獣拳、大地滑り改(仮)」
足裏を使い、独特の挙動で闘豹牙の周りを旋回し始める。
(大地滑りをしつつ、煙で分身なんか作れたら最高なんだけど、ぶっつけ本番でできるわけないから、とりあえず今はこれで……!)
「………」
闘豹牙は一切動かなかった。ただひたすら相手の出方を伺い続ける。
(きっとさっきの攻撃で倒し切れなかったのが悔しかったんだな。だから、意地でもカウンターでオレを倒そうとしている。こういうところは凄い師匠っぽいな。若い時から、いや若いからこそ余計に負けず嫌いなのかな)
土人形に確かな師匠の面影を見て、マスクの下で思わず笑みが溢れる。
だが、それは一瞬のこと。すぐに顔を引き締めると……。
(一番弟子として、その誘い……乗ってあげましょう!!)
狻猊、今度は煙を纏って再々突撃!師匠の背後から襲いかかる!
「これがオレの今の実力です!師匠!!」
撃ち下ろされる狻猊の拳!
「剣砕き!!」
そしてそれを迎え撃つ闘豹牙の拳!
師と弟子、両者の拳がここに激突……。
ボワァ……
「!!?」
両者の拳がぶつかり合った瞬間、狻猊の拳が煙となって霧散した。
狻猊は自らの身体の上に幻を被せ、その幻にパンチの動きをさせただけだったのだ!
「小細工……弄させてもらいました」
煙の奥から出て来た本物の狻猊は腰を落とし、掌底を引き、カウンターを空振りした闘豹牙に狙いを定め、技を放つ準備をしていた。
(常時炎を出し続けられないなら瞬間的に使えばいい!掌隕石のインパクトの瞬間に爆発させるように吹き出せば、それが師匠から受け継いだ技と狻猊の能力が融合した進化した聖王覇獣拳!名付けて!!)
「焔発勁」
ドッボオウッ!!
「――ッ!?」
掌底が叩き込まれると同時にそこからリンゴの燃え滾る感情を形にしたように凄まじい勢いと熱量を持った炎が噴出、闘豹牙の身体を容赦なく貫いた!




