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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
継承拳武
146/163

創始者降臨

 緑色の獅子に相対する紫の豹……本来はあり得ないこと、何度見ても信じられないが、リンゴの眼前にそれは間違いなく存在していた。

「どうした?さっきまでの威勢はどこへ行った?」

「生憎、そんなあからさまな挑発に付き合ってあげる余裕はないですよ……よりによって最後の修行の相手が師匠なんて……」

「あの巨神、盤古の欠片で作られたというこの元始天尊は血や髪の毛を媒介とし、土で肉体を生成することで、どんな人物でも再現できる」

「では、やはりこのプレッシャー……ただ形だけを真似たというわけではないのですね……」

「この血はお主が知っている老人玄羽ではなく、もっと若い頃に提供してもらったもの。当然、この土人形もその時を再現している。他を圧倒するような荒々しさが迸っておるのはそのためじゃ」

「若かった頃の師匠……!!」

 リンゴは思わず息を飲んだ。確かに形こそ一緒だが、感じる印象は記憶の中の師匠とはズレがあった。なんだかんだ言って修行をつけてくれたあの老人に感じていた穏やかな心強さではなく、刑天や土螻と対峙した時の感じに近い。

 あの時と同じくその身を凍らせるような恐怖と、ほんの少しだけの……。

「恐ろしいか?」

「はい……ですが、楽しみでもあります。年老い、隠居していた師匠はよく愚痴っていました……」


「わし自身の力が極まり過ぎ&骸装通しが便利過ぎて、せっかく作った数々の聖王覇獣拳の技を使う機会が全くない。大抵の敵は技など使わずとも余裕綽々で屠れるし、ちょっと硬い奴も骸装通しで一撃KO……強くなり過ぎるのも考えものだな」


「……ってね」

「そういう意味じゃ、この玄羽は修行の仕上げには打ってつけじゃ。バリバリ聖王覇獣拳を磨き上げていた頃じゃから、バンバン技を使ってくれよう」

「ええ……ですから楽しみだと……」

「うむ。それでいい。時として無理矢理強がって、自分を奮起させることも人生には必要じゃ。お主ならきっとこの修行をやり遂げられるであろう……それがいつになるかはわからんが」

「師匠を前にここまで啖呵を切ったんですから……今すぐにでも終わらせてやりますよ!!」

 もう二度と叶わぬと思っていた手合わせの機会、覚悟を決めた狻猊は真っ直ぐと闘豹牙に飛びかかった!

「先手は自分が!!」

 師匠相手に遠慮することはないと、勢いそのままに拳を繰り出す獅子!

 それに対し、甦った師は、豹は……。

「聖王覇獣拳、大地滑り」


ブゥン!!


「!!?」

 自らが発案した独特の歩法でそれを回避!側面に回り込んだ!そしてそのまま流れるように……。

「はっ!!」

 蹴りを放つ!長く伸びた足は、それが土で固めたものとは思えないほど柔軟にしなりながら、狻猊の金色の鬣へと撃ち下ろされた!

「そんな簡単に!!」

 狻猊は咄嗟に自らの頭と向かって来る蹴りの間に腕を挟み込み、ガードを試みる。


ガァン!!


「――ッ!!?」

 ガード自体は成功はしたのだが、その威力を殺し切れずに吹き飛び、貫通してきた衝撃で視界に一度、星が光った。

「くっ!!?これが拳聖の打撃か……!!?」

「いや、さっきは完全再現すると言ってしまったが、さすがに拳聖の肉体を土で代用するには限界がある。申し訳ないが、打撃や耐久力に関しては、本物よりも劣っている」

「だとしたら、本物の師匠相手だったら、今の攻撃で終わっていたというわけか……」

 背筋が凍った。不完全で、パワーダウンして、このレベルなのかと。

 そして同時に……。

「なんて誇らしい!!それでこそオレが憧れ続けた拳聖玄羽だ!!」

 少年の頃に感じた情熱と喜びを爆発させた!ずっと思い描いてきたが、ついに実現できなかったことが今、現実に起きていることにリンゴは心の底から感謝する!

「出会った頃よりも多少は強くなったこの身、あの時には大き過ぎて理解できなかった拳聖の凄さが少しはわかるようになりました……自分はまだあなたの足元にも及ばない……だけど!せめて一矢報えるくらいの力は付けたと、証明して見せましょう!!」

 歓喜に震えながら狻猊再び突撃!さっきと同じ真っ直ぐ、何のフェイントも入れずに闘豹牙へと向かっていく!

「聖王覇獣拳、大地滑り」

 それに対する師匠の行動も先ほどと同じ!足の指と上半身の不規則な揺れを見事に活用した独特の歩法により、弟子の側面に回り込む!

「はっ!!」

 そして蹴り!これもさっきと同じ軌道を通って、狻猊の頭に撃ち下ろされた!

「師匠……さすがにあなた相手だとしても同じ手は食らいませんよ!!」

 それを読んでいた狻猊は蹴りに合わせて拳を振り抜く!

「聖王覇獣拳!剣砕き!!」

「ふん」


グッ!ヒュッ!!ドゴオッ!!


「――がっ!?」

 けれど闘豹牙は蹴りの軌道を急遽変更。カウンターを避けて、脚は獅子の胴体へとめり込んだ。

(あのタイミングで軌道を変えられるとは……!?だが!!)


ガシッ!!


 痛みをこらえ、狻猊は闘豹牙の脚を掴んだ……が。

「はっ!!」


ガァン!!


「――ぐあっ!!?」

 もう一方の足で蹴りを入れられ、あっさり脱出!

「はあぁぁぁぁッ!!」

 闘豹牙はすぐに体勢を立て直すと、ラッシュを仕掛ける!

「この!受けて立ってやるよ!!」

 それに狻猊は真っ向から立ち向かう!


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


 響き渡る打撃音!師匠と弟子の殴り合いは一見すると、拮抗しているように見えた。だが、実際は……。

「ふん」


ヒュッ!ヒュッ!パシッ!ヒュッ!!


 狻猊の攻撃は全て闘豹牙に捌かれ……。


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「ぐうぅッ!!?」

 逆に闘豹牙の攻撃は全て狻猊の肉体を捉えていた。殴り合いではなく、一方的に殴られているだけだったのだ。

(くっ!?全然、師匠の動きを捉え切れない……!そりゃあ通常攻撃だけで十分と豪語するはずだ……こっちはまだ未熟者なんでね、技に頼らせてもらいますよ!)

 狻猊は足に力を集中させる。そして……。

「聖王覇獣拳!巨星震脚!!」


ドンッ!!ゴゴゴッ!!


 ありったけの力を込めて大地を踏む!地面は局所的な地震を起こし、足元を揺らされた闘豹牙は僅かに体勢を乱した……いや。

「巨星震脚……返し」


ドンッ!!ズズッ……


「――な!?」

 あろうことか闘豹牙は狻猊の起こした踏み込みによる揺れを同じ踏み込みによる振動で相殺した!弟子の技を同じ技によって打ち消してしまったのだ!

(同じ威力の衝撃をタイミング良く撃ち込むことで相殺……こんな方法で巨星震脚を攻略するなんて……いくらなんでも拳聖過ぎるだろ!!)

 そのとんでもない人間のやっていい領分を遥かに超えた絶技に、さすがのリンゴも尊敬を通り越して、あまりに理不尽だと憤慨した。

「聖王覇獣拳」

「!!?」

 そんな怒れる弟子に師匠は容赦なく追い討ちをかける!直角に曲げた右肘を振り上げながら、獅子の頭上から飛びかかった!

(凶鬼断ちか!本物よりパワーダウンしてるとはいえ、斬撃に当たるのは……まずい!)


ブゥン!!


(だから絶対に当たってやるもんか!!)

 狻猊は撃ち下ろされた右肘を少しだけ後退することで避けた……これでこの攻撃は避け切ったと、勘違いをしてしまった。

「連拳」

(!!?)

 獅子の眼が捉えたのは、右肘の撃ち下ろしの勢いのままにしゃがみ込み、左の拳を引いて構えている豹の姿……。

 その姿は彼の良く知るあの技の構え!

「爪翔撃だと!?」

「鬼爪」


ドゴオォォォォォォォン!!


「――ッ!!?」

 下から撃ち込まれた拳によって、狻猊の頭は背骨が引っこ抜けるかと錯覚するほど、跳ね上げられた!

(まさかこんな連続技が聖王覇獣拳にあったなんて知らなかった……って言ってる場合じゃない!!ノックダウンされるには、早過ぎるだろうが!!)

 危うく夢の世界に旅立ちそうになったが、なんとか意識を繋ぎ止めた狻猊は顎を引き、再び前を見据えた。

「聖王覇獣拳」

「!!?」

 するとそこには両拳を引き、力を溜める闘豹牙の姿が……。

(魔獣狩りか!!?この技はヤバい!!本物には及ばないと言っても、あれの威力なら、まともに食らえば命も危うい!!絶対に躱さなければ!!)

 最悪の未来を予見した狻猊はそれを何としてでも避けるために、両足に力を込め……。


ガク……ガクガク……


「――なっ!!?」

 しかし足は言うことを聞いてくれなかった。

 何度も脳から電気信号を送るが、小刻みに震えるだけで、決して指示に従おうとしない……。

(そりゃああれだけ綺麗に顎に入れられたら、足に来るよな。なんだったら意識があるだけで誇ってもいいくらいだ……だが、意識があるから師匠は……)

「双拳」

(とどめを刺しに来る!!)

「魔獣狩――」

(万事休すか!!?)

 弟子の人生を終わらせる一撃を師匠が放とうとしたその瞬間であった。


ボロボロ……ドサアァァァァァッ!!


「………え?」

 闘豹牙の装甲が剥がれ、色がくすんでいったと思ったら、ただの土へと戻り、跡形もなく崩れ去った。

「これは……元始天尊の力を解除して、止めてくれたんですか?」

 質問に対し、元始天尊は長い頭を横に振った。

「この他人を再現するタイプの土人形は、媒介にしたものの量によって、稼働時間が増減するのじゃ」

「つまりあの血の一滴ではここまでだったと?」

「個人的には予想よりも早いが、まあそういうことじゃな。拳聖の再現のために一気にエネルギー消費してしまったんじゃろ……命拾いしたの」

「………はい、きっと日頃の行いが良かったんでしょうね……ふぅ……」

 などと冗談など言いながら、狻猊は崩れ落ちるように地べたにへたり込んだ。興奮状態によって分泌された脳内物質で誤魔化していたが、本当に限界ギリギリ、倒れる寸前だったのだ。

「一応、訊いておくが……すぐにでも再戦できるぞ?」

「いや、今度こそ本当に殺されちゃいますって。足元に及ばないどころの話じゃない……あの拳聖に挑むのに、万全を期さなかったのは、驕りが過ぎました。今日のところは疲労回復に専念します」

「賢明な判断じゃな。そんな賢いお主に一つアドバイスをしてやろう」

「慧梵様がですか?珍しい」

「いや、正確にはかつて聞いた玄羽の言葉をそのまま伝えるだけじゃ」

「師匠の言葉……!!」

 リンゴは狻猊を待機状態に戻すと、前のめりになり、真剣な眼差しで元始天尊を見上げた。

「聖王覇獣拳についての話ですか?」

「いや、特級骸装機についてじゃ」

「特級の……?」

「玄羽は知っての通り、安定性が低いからと特級骸装機についぞ袖を通すことはなかった。まぁ、さっきのお主の話を聞くと、それは建前で奴なりのハンデのつもりだったかもしれんが」

「セイさんとジョーダンさんが愚痴ってました。特級装甲を使うだけで、紅蓮の巨獣とやり合えるなら、本気出せばもっとスムーズに内戦も慇との戦いも終わらせられただろうに……って」

「それに関してはこれからの時代の行方は若者達に決めさせるのが筋だと思ったのと、あくまで自分は一人の武道家であり、政には極力関わりたくないという矜持のせいだろうけどな……って、話が逸れたな。とにかく玄羽は特級骸装機は使わなかったが、その研究自体は怠らなかった」

「敵として相対することは十分想定できますもんね」

「うむ。そうして特級のことを調べていくうちに一つの真理にたどり着く。それは……」


「特級骸装機の完全適合には二段階ある」


「完全適合が二段階ある……!?」

 リンゴは師の言葉が理解できずに、ただそっくりそのまま繰り返した。

「……それって一体どういうことなんですか?」

「サービスはここまでじゃ。それを考え、答えを導き出すのもまた修行。ただ一つ言えるのは、この言葉の真意を理解できんと、きっと土人形と言えど闘豹牙には永遠に勝てん」

「……わかりました。一晩、じっくり考えてみます」

「では、飯にしよう!飯!」

 慧梵も元始天尊を杖の形に戻すと、風呂敷に包まれた弁当に老人とは思えぬ軽い足取りで向かっていった。

(完全適合が二段階……)

 一方のリンゴの足取りは重い。ダメージと疲労もあるが、それ以上に新たに提示された難題にエネルギーを持っていかれているからだろう。

 けれど、彼は気づいてないだけで、実は答えを知っているのだ。

 何度も何度も、そしてつい最近もそれを目にしているのだから……。


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