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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
継承拳武
142/163

皇帝の薬

「我が名は玄允。拳聖玄羽の息子にして、聖王覇獣拳の真なる後継者だ……!」

(ううっ……!!)

 自らを敬愛する師匠の息子だと告白した時の顔は否が応でもリンゴの心に媚りつき、絶対に忘れられない存在となった。

「世俗のことなど興味ない。おれはただ昨日の自分より強くなりたいだけだ」

「高々一番弟子程度に聖王覇獣拳の真なる後継者であるおれが教えてもらうことはない。むしろこのおれがお前に教えてやろう……聖王覇獣拳のその先を……!!」

(ぐっ!?ううっ……!!)

 その顔から、その口から放たれた屈辱的な言葉が勝手に脳内をリフレインすると、すでに粉々に砕けているプライドの欠片がさらに踏みにじられているような気がして、心を締め付けた。

「骸装通し」

「リンゴ」

「せめてもの情けだ。貴様は聖王覇獣拳では殺さん。ただの純然たる暴力で終わらせてやる」

「リンゴくん」

「さらばだ、拳聖の一番弟子よ」

「大丈夫か?拳聖の一番弟子」

「はっ!!?」

「おっ、起きた」

 悪夢から覚めたリンゴの視界に入って来たのは思い思いの表情で彼の顔を覗き込む翠炎隊の仲間達と監視役の関敦、慧梵、道鎮、蓮霜の獣然宗の面々、そして見覚えのない老人の姿であった。

「皆さん……お揃いで」

「開口一番がそれかよ」

「いや、状況はよくわかってないし、訊きたいことは山ほどあるけど……」

 リンゴはバンビの姿を確認した。彼は細かい傷が身体中に刻まれており、見るだけで痛々しい。けれど、その顔はいつもの彼と何も変わらないふてぶてしくも頼り甲斐を感じるものであり、リンゴの心を安心感で包んだ。

「とにかく無事だったんだな……良かった……」

「まぁ、この通りこてんぱんにやられちまったけどなんとかな。少なくともお前よりはマシだ」

「そうか……」

 仲間の無事を確認したリンゴの視線はほんの少し前に激闘を繰り広げた蓮霜の下へ。

「蓮霜さんもよくぞご無事で」

「見逃してもらったって感じで、思い出しただけでムカムカしてくるけどな」

 実際に思い出してしまったのか、蓮霜は思わず顔を真ん中に寄せて、不愉快そうにしわくちゃにした。

「……そんな顔をしている人に質問するのは気が引けますけど……」

「俺を倒したのはどいつかって話か?それならきっとお前の想像通りの人物だぜ」

「やはり玄允……!!」

 リンゴもまた身を焦がすような屈辱の記憶を呼び起こされ、シーツを巻き込んで拳をギュッと握りしめた。

「あいつ玄允って名前なのか……ん?その名前で、聖王覇獣拳の使い手ってまさか……」

「はい……奴は自分が拳聖玄羽の息子だと名乗っていました」

 リンゴは上半身を起こし、玄允自身が語った彼の素性を皆に説明した。

「……なるほどね。まさかあの玄羽のジジイに子供がいたとは」

「それはわかりませんよ、キトロンくん。あくまで彼の自称でしかない」

「俺がお前らを試すために挑発で言ったアレ……反論できない死んだ偉人の名前を利用した不届き者の可能性だって十分ある」

「実際、灑の国でも処刑されたはずの皇太子、姫陸が生きているだの、この子がそうだのって、色んなところで聞かれるしな」

「我が是の国も同じようなものです。先代や先々代の皇帝の隠し子を名乗る人物は定期的に現れます」

「だからリンゴくん、彼の言うことを真に受ける必要ないと思いますよ」

 みんなが自分に気を遣ってそういう話をしてくれたのは嬉しかった……嬉しかったが、正直リンゴは玄允が本当に師匠の息子かどうでも良かった。

「皆さんの言う通り、あの玄允が拳聖の血筋なのかは証明する手立てはありません。けれど、彼と手を合わせた自分にはわかります……あの武道の才能に関しては間違いなく師匠に匹敵するものを持っていると、自分よりも遥かに聖王覇獣拳を使いこなしていると……!!」

「リンゴくん……」

 仮に玄羽の息子でなかったとしても、聖王覇獣拳での戦いで敗北したのは揺るがない事実……その唯一絶対の揺るぎない事実こそが何よりもリンゴを苦しめていたのである……。

「……すいません。皆さんもそれぞれ大変なのに、自分のことを心配してもらって」

「いえいえ、別にお気になさらず」

「助け合うのが仲間ってもんだろ!翠炎隊、フォーエバー!!」

 キトロンはリンゴの目の前まで飛んで来ると、ビシッと小さな親指を立てる。

「じゃあ、お言葉に甘えてお願い聞いてもらおうかな」

「なんだなんだ?おれっちにできることなら、何でもやってやるぜ!」

「とりあえず今の状況を簡潔に説明してくれるか?」

「それは……アンミツの仕事だな」

 キトロンは腕を下ろすと、そそくさと後退し、苦笑いを浮かべるアンミツの肩に座った。

「では、ご指名があったので簡潔に……まず今は拳幽会の襲撃があった次の日の昼です」

「つまり自分は丸一日寝てたってわけですね」

「ええ」

「逃げた拳幽会の行方は?玄允は足を痛めていたから、そんなに速く移動できないはず」

「その件については……道鎮さん」

「もちろん探しておる、無事だった僧兵総出でな。崑萊山は我らの庭だから……すぐに見つかると思ったんだが……」

「相手の中に懐麓道の作った索敵・感知能力特化型のマシンの使い手がいる。霧の迷宮をものともしない、ルツ族顔負けの奴がな」

「きっとそいつの能力によってこちらの動きを悟られているんだろ。全く網に引っかからない」

「今日からおれっちも探索に加わるけど、ぶっちゃけ見つけられる自信がねぇな。ほとんどの奴と面識ないし、なんか気配を消すのが上手そうなのがちらほらいたし、楊亮に関してはたまにいる天然ものくさいし」

「天然もの?」

「おれっちは集中して相手を見たら、いい奴か悪い奴か、おれっちに対して敵意があるかないか、隠し事してるかどうか……そういうのがなんとなくわかったりするんだけど、たまに何も読めない奴がいるんだよ。理由はわかんねぇが、とにかく楊亮はそれだ。だから裏切りに気付けなかったし、そういう奴だからこそ拳幽会もあいつに目を付けたのかも」

「すまない……誰よりもずっと奴と一緒にいた拙僧が真っ先に看破すべきだったのに……」

 道鎮は申し訳なさそうに、目を伏せた。もし奴の本心と裏切りに気づいていれば、誰も傷つくことはなかったかもと思うと、身が引き裂かれるような思いだった。

「道鎮さんが気に病むことはないですよ」

「そう言って貰えると助かるが……」

「過去のことよりも未来のことです。ということで、奴らの足取りを掴めてないのはわかりましたが、それにしてはのんびりし過ぎてませんか?慌てて事を起こしても、ろくなことにはならないのはわかりますが、さすがにもう少し焦った方が……」

「それについてはカワムラ先生……いや、田伝先生に説明願いましょうか」

「あぁ……」

 唯一、見覚えのない老人もまたバツが悪そうな顔をして前に出たが、リンゴには彼よりも気になる男が……。

 リンゴは関敦の方をチラチラと横目で確認する。

「ん?ワタシに情報が漏れるのを心配しているなら必要ないですよ。あなたが寝てる間に説明は受けましたから」

「そうですか……ちなみにこの一件に関しては是はどう動くつもりですか?」

「とりあえずは静観ですね。我が国の汚点、迂才のせいで今回、獣然宗が被害を被ったことはお詫びしますし、彼が拳幽会の力を使って、是で無茶苦茶にしようとするのなら、全力で止めます。しかし、奴らとあなた達の戦いに関しては……ぶっちゃけ知ったことかって感じですかね。むしろ内心では敵国、灑の戦力をいい感じに削ってくれとさえ思っています」

「ええ~……」

 関敦の意見は是の人間としては筋が通ってはいたが、やはり灑の国の人間からすると受け入れ難く、リンゴを始め翠炎隊のメンバーはビミョーな顔をした。

「……と、冗談はさておき」

「冗談だったんですか」

「半分は」

「半分は本気なんですね……」

「あくまでワタシ個人の意見ではの話です。こんな大事、ワタシ一人で勝手に決められるわけないので、獣然宗の人達に典優将軍への使いを頼みました。ですから、今の段階では是は特に動くつもりはないと」

「是の動向に関してはわかりました。では、お待たせしてしまって申し訳ありませんでした、田伝先生」

「謝るのは私の方だ。疑心暗鬼になんて陥らず、君達にすぐに会えば、こんな結果にはならなかったかもしれないのに……本当にすまない」

 田伝は深々とベッドの上のリンゴに頭を下げた。彼もまた道鎮同様、自らの至らなさがこの一件を起こしてしまったと強い後悔と罪悪感に苛まれているのだ。

「頭を上げてください、田伝先生。さっきも言いましたが、大切なのは過去よりも……」

「未来だったな」

 田伝は頭を上げると、ゴホンと一回咳払いをして、気持ちと場の空気を切り替えた。後悔と罪悪感はあるが、それに苦しんでいるだけでは何も解決しないこと、より大きな後悔を生むことを年の功で知っているのだ。

「では改めて……君はもっと焦るべきだと言ったが、魔進真心を奪ったからすぐにどうこうなる話ではないんだよ」

「そうなんですか?どういった理由で……?」

「あの神遺物が身体を作り変えるには、それなりの時間を要するんだ。その期間はおよそ一ヶ月。羅昂の下に届ける時間があるだろうから、実際はもう少し長い」

「なるほど……だからみんなそんな落ち着いて……」

「さらに言えば、羅昂が魔進真心を使用するというのは、ある意味ではチャンスなのだよ」

「チャンス?」

「君は師匠からの手紙で羅昂と魔進真心のことを知った時に、とっとと壊してしまえばいいと思わなかったかい?」

「思いました。そうすれば問題は解決するのにって。けれど同時に、そうしないのはきっとできない理由があるのだとも思いました」

 田伝は力強く首を縦に振り、リンゴの言葉を肯定した。

「その通りだ。正確に言うと魔進真心は壊さなかったのではなく、壊せなかったんだ。あれの硬度は、国際硬すぎて加工なんてムリムリ素材に匹敵するほどのものだから」

「毎度聞く度に思いますが、本当にわかり易いけど、バカみたいな分類ですね、わかり易いけど」

「試しに拳聖玄羽が三時間ほど殴り続けてみたが、傷一つ付けられなかった。なので私達は破壊することを諦め、隠すことにしたんだ」

「今の説明で魔進真心が現存している理由はわかりましたが、チャンスというのは」

「文献によってとある条件を満たすと、魔進真心の硬度が低下することはわかっていた。その条件というのが……」

「魔進真心を使用すること……」

 田伝は再び大きく頷いた。

「肉体を作り変えるためにエネルギーを消費し、使用者の肉体と同化することによって、魔進真心の硬度は落ちる……そう文献に書いてあった。なので私達は適当な罪人でも捕まえて、そいつに魔進真心を使用することで破壊しようなどと考えたが……」

「それはいくらなんでも……ちょっとひど過ぎませんか……?」

「だよね。私達も結局、人道的にどうしたものかと考えを改め、その案は実行しなかった。それに硬度が低下すると言っても、どの程度のものか見当がつかんかったしな」

「つまり奪われてしまったなら仕方ない、むしろいい機会だから羅昂に使わせて、破壊できるようにしてしまった方が得策……ってことですね?」

「もちろん使用する前に奪還できるなら、それに越したことはないが、そういう考えもあるって話だ。しかも羅昂は高齢でかなり衰弱してるとすると、魔進真心の負担はかなりもの……きっと使用したらおいそれと移動はできないはず。そうなったら、奴を守るためにいまだに全容が把握できない拳幽会が集まり、一網打尽にできる可能性も……さすがにそれは私達に都合が良すぎる展開だがな……」

 田伝はそう言いながらも、密かに心の中で今語った言葉通りの展開になっておくれと祈っていた。

「ですが、その都合のいい展開を実現するためにも最善を尽くすべきです。今もまさに蘭景さんが拳幽会の本拠地を見つけるために飛び回っているはずです。ですから私達も今、自分のできることを一生懸命やりましょう」

「自分のできること……」

「リンゴくんはまずは休んで、傷を治してください」

「それならこれを飲めば一発ですよ」

「え?」

「受け取れ」

「おっと!?」

 関敦が懐から出した小瓶をリンゴに投げ渡して来た。

「これは……何ですか?」

「別に怪しいものではない。灑の国の人間でも聞いたことがあるはずだ。我らが皇帝陛下が、正確には皇帝に脈々と神農が作り出した薬だ」

「え!?これが噂の!?」

「マジか!?」

「そんな貴重なものを……」

 一人を除いて驚きを隠せない翠炎隊の面々。本来なら灑の軍人である彼らには決してお目にかかれない代物なのだから当然だ。

「え?何、そのリアクション?おれっち知らないんだけど!それ何なのさ!カンちゃん、教えてプリーズ!!」

 驚きのリアクションをしなかった一人というか一匹……翠炎隊で唯一その存在を聞いたことがなかったキトロンは関敦の顔の横まで移動すると、説明を要求した。

「簡単に言うと、我が是の王家に伝わる鎧を仕立て直した特級骸装機、神農は毒を取り込んで、薬に変換することができるんですよ。普通じゃ作れないような、素晴らしく効く薬をね」

「毒を万能薬に変えるってことか?すげえじゃん!」

「確かに凄いですが、高い効能の薬を生み出すためにはより強い毒を取り込まないといけない。それは神農にとって当然負担がかかる行為なので、一度作るとしばらく使用不能になってしまうんですよ」

「んじゃ、どんどん毒を飲んで、どんどん薬を生み出すってのは無理ってことか」

「特に今のような状況……国内が荒れている時勢ではおいそれとは薬の生産はできません。敵国も知っているような情報はもちろんうちの腐れ貴族達も知っていますから、神農が使用不能になって皇帝陛下が無防備になるのを今か今かと待ち望んでいるんで……はぁ……」

 言っていて、祖国の現状が情けなくなったのか、関敦は思わず深いため息をついた。

「その薬のことは大体わかったけど……ちなみに神農で羅昂を治す薬ってのはできないのか?」

「動かなくなった四肢や欠損した眼球を補填するほどの薬となると、仮に神農自体の能力的には可能だとしても、装着者に相当の負担と才能を求めるでしょうから実質無理でしょうね。歴代でも屈指の実力を持った皇帝が自らの命を犠牲にしてなんとかできるかもしれない……って、レベルの話です」

「なるほどね。だから羅昂は神農を狙わなかったのか」

「きっと一度や二度頭を過ったことはあるでしょうが、是の精兵達を出し抜き、神農を奪った上で、その力を極限まで発揮できる適合者を用意して、それだけやって薬を作っても身体を完全に治せるかどうか疑わしいとなると……リスクとリターンが見合ないとなって断念したんでしょうね。妥当な判断だと思います」

「もしかしたら迂才とかいう奴も、神農をどうにかできないと悪巧みしている間に知り会ったのかもな」

「確かにその可能性も十分あり得ますね」

「うんうん!キトロンくんは完全に今の状況を把握しましたよ!ということで、リンゴ、グイッと飲んじゃって!!」

「そんな軽いノリで飲んでいいもんじゃないでしょ……」

 リンゴはチラリと顔色を伺うように、関敦を見上げた。

「お気になさらずに。本来なら灑の人間相手には使うなと典優将軍に言われているのですが、迂才のせいでこんなことになったと知ったら、あの人も同じ決断を下すでしょう……だから、遠慮せずに」

「効能は儂が保障するぞ。お主を助けに行けたのは、その薬で腹の具合が治ったからじゃからな」

「だとしても自分以外に使うべき人がいるんじゃ……」

 視線を移動させて、傷だらけのバンビの方を向く。

「ん?オレが飲むべきだってのか?冗談!こんな傷くらい父上との稽古で日常茶飯事だ!唾つけて、飯食って、寝ればすぐに治る!!」

 そう言って、自分の逞しさをアピールするようにバンビは力こぶを作った。

「じゃあ、蓮霜さんが……」

「俺も問題ねぇよ。タフという言葉は俺のために……ある!!」

 蓮霜はバンビに対抗するように筋肉を強調するようなポーズを取った。

「だったらアンミツさん……」

「わたしはそもそも怪我してませんから。あの嘲風とかいうマシンを使っていた傭兵もわたし自身も相手の足止めと時間稼ぎを目的として、ひたすらぬるい戦いを続けてただけなので」

「なら、道鎮さん……」

「情けないことに拙僧は楊亮が裏切り、見たこともない骸装機を装着したことで気が動転してしまい、その隙に魔進真心を奪われ、逃げられ……戦闘にすらならなかった」

 改めて言語化してさらに情けなくなったのか道鎮は意気消沈、肩を丸めて小さくなった。

「というわけなので、リンゴくんが飲んで構いませんよ。というか飲んでください」

「うっ!?」

 全方位から飲め飲めと圧力を受けたリンゴはもう従うしか選択肢はなかった。

「わかりました……では、遠慮なく!ん!!」

 リンゴは蓋を開けると、小瓶を口元に運び、上を向き、一息に中身を飲み干した。すると……。

「ん?んんんっ!!?」

 みるみるうちに身体から痛みと疲労感が消え去った。

「どうですか?」

「生まれ変わったような気分ですよ……!今すぐにでももう一戦できるくらいに元気が溢れています……!!」

「それは結構」

「あぁ、これならすぐに修行に移れるな」

「はい。修行でもなんでもドンと……え?修行?」

 戸惑ったような顔でこちらを見上げるリンゴを慧梵は微笑み返した……それはそれは意地悪そうな笑みで。

「寺でやることと言ったら、修行しかないじゃろ!儂が二週間でお主を玄允に勝てるくらい強くしてやるわ!!」


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