届かぬ想い、届いた拳
「…………ちっ」
それは玄允が舌打ちしたのと、ほぼ同時だった。
バゴオォォォォォォォォォン!!
元始天尊を覆っていた土の鎧が一気に弾け飛び、ボロボロと崩れ落ちた。
一見すると凄まじい威力の打撃がその破壊力を存分に発揮したように見えるが、骸装通しとなると話は別だ。
「おれもまだまだ未熟だな……装着者まで、衝撃を伝えられなかったか……!!」
仮面の下で悔しさに顔を歪ませながら、業天馬は足を僅かに引き摺りながら今までよりもゆっくりとした動作で後退、間合いを取った。
「驚いたぞ。まさか骸装通しまで会得しておるとは。しかもこの貫通力……足に自滅ダメージが入っていなかったら、そのまま儂をKOできておったかもな」
「それを言うなら、あんたこそ病み上がりのはずなのに、よくぞそこまで動ける。素直に感心すると同時に、実力が伴っているとはいえ、これからもこの老人が猛華屈指の戦士として君臨し続けると思うと……ゾッとするな」
「そう思うなら、主のその力で引きずり下ろしてみるがいい」
元始天尊は身体中に力を漲らせると、それに呼応するように周囲の砂利や、先ほど作った球の破片が周囲に浮かび上がった。
「そうさせてもらう……と、言いたいところだが、もう我らが戦う理由は無くなったようだ」
一方の業天馬は力を抜き、不愉快な感触が残る拳をほどくと、臨戦態勢を解いた。その時……。
「玄允様!!」
「「!!?」」
どこからともなく蛇を模したような骸装機が何やら箱を持って、業天馬の隣に降り立った。
「装着できたのだな、修蛇」
「はい。あなた達にいただいたこの力のおかげで任務を見事成功させることができました」
「……ん?」
(今の声は……)
元始天尊もリンゴもそのマシンの姿形よりも、そこから発せられる声に反応した。
その声は慧梵にとってはずっと慣れ親しんだものであり、リンゴにとっては昨日今日と何度も聞いたものであったから……。
「主は……その骸装機を装着しているのは……楊亮だな?」
「………はい」
(やっぱり……!!)
修蛇を纏った楊亮は罪悪感があるのか、元始天尊の方を向かずに背中越しに返事を返した。
「……儂が体調を崩したとたんにこの騒ぎ……獣然宗の中に裏切り者がいるとは思っておったが、よりによってお主とはな」
「お世話になったあなたに毒を盛ったことは謝ります。けれど、ワタシはもうこの獣然宗を信じられません」
仮面の中の楊亮の瞳は失望感に分厚く塗り潰され、光を無くし、暗く濁っていた。
「そうか……我らが教えを……」
その絶望に打ちひしがれた瞳を悟った慧梵もまたマスクの下で申し訳なさそうに、目を伏せた……伏せたが。
「……信仰は自由だ。獣然宗に疑問を持ったというなら引き止めるつもりはない。他の所に行っても、達者でやれよ……と、本当なら言ってやりたいんじゃが……そう送り出すには、主はちとやり過ぎじゃろ……!!」
「「「!!?」」」
元始天尊の身体から今まで以上のプレッシャーが放たれると、その場にいる者は例外なく戦慄した。味方であるリンゴも含めてだ。
「え、慧梵様……!!」
「楊亮、せめて少しでも良心が残っているなら、その箱を、魔進真心を置いていけ」
「……え?あっ!!?」
慧梵の言葉でようやくリンゴは修蛇の持つ箱の存在と、その重要性を把握した。
そして同時にそれを回収するために別れた仲間達の顔を思い出すと、苦しみを凌駕するほどの焦燥感が溢れ出してきた。
「みんなは!!?その魔進真心を、カワムラ先生のところに向かったみんなは!!?」
「……さぁね。そんなこともうどうでもいい」
「この……!!」
リンゴは激昂した!
自分自身のプライドや聖王覇獣拳のために燃やす闘争心とは別に、彼は仲間のためにそれ以上に熱い想いを滾らせることができる人間であるのだ!
ボオッ……
「!!?」
その身を焦がさんばかりの激情が握りしめていた待機状態の愛機にも伝わり、熱を帯びる。
(これなら再起動できるかも……いや、オレと狻猊ならできる!!)
リンゴは札を顔の前に翳すと、愛機の名前を叫ん……。
「狻――」
バシュウッ!!
「――げっ!!?」
名前を叫ぼうとした瞬間、突然の銃声によって、強制的に中断!
事前に虫の知らせか経験則で攻撃を察知したリンゴは地面を転がり、狙撃を回避した。
「その様でまだやる気なのかよ。元気というか、身の程知らずというか……」
狙撃手は錫鴎が相手にしていたはずの嘲風!リンゴに呆れながら、銃口から白い煙を燻らせ、業天馬に合流した!
「大将、長居は無用だぜ!目的は達したんだから、とっととズラかろう!!」
「そうしたいのは山々だが……」
「この儂の目が黒いうちは好きにはさせん!!」
元始天尊が手を振るとそれに合わせて周囲に浮いていた破片が拳幽会一行に向かって発射された。
「シンドイ」
「わかってますよっと!!」
バシュウッ!バシュウッ!バシュウッ!!
それを嘲風は一つ一つ銃撃で撃ち落とす!まるでそこに来ることがわかっているように蠢く破片の軌道上に銃弾を発射し、粉々に破砕していく。
(これだけの数を撃ち漏らすことなく迎撃するとは、なんという速撃ち、なんという狙撃精度。だが……!!)
「はあっ!!」
「いっ!!?」
慧梵がさらに感情を昂らせると、発射されていた破片のスピード、数、ありとあらゆる全てが強化された!
バシュウッ!バシュウッ!ガッ!!
「――ぐっ!!?」
初めての迎撃失敗。破片の一つが嘲風の装甲を抉り取った。
「ヤバいな……これは……!!」
「もし一発でもあいつに当てられることができたら、ボーナスを出すぞ」
「その提案、俺を鼓舞するために言ってるならいいけどよ……できないと高を括っての発言なら、性格悪過ぎるぞ……!!」
「…………すまん」
「マジかよ!この野郎!!」
できないと高を括って発言していた玄允は素直に謝り、シンドイは思わずツッコミを入れた。
「おれへの非難は後でいくらでも聞く。それよりもまずは少しでも奴の動きを止めろ」
「そんなら心配ない……あいつが来てくれた」
銃撃を続けながら、マスクの裏でシンドイは不敵な笑みを浮かべた。
「何か楽しそうに談笑にしているようだが、主らそんな状況か!!」
元始天尊はさらに攻撃を苛烈にしようと意識を集中させた。その時……。
「さすがにお疲れのようですね」
「!!?」
「注意力が散漫になってますよ」
背後から夫諸!本来なら目立って仕方ない立派な角を持つ特級骸装機が元始天尊の後ろに忍び寄っていた!
「くっ!!」
元始天尊は目の前の嘲風への攻撃を取り止め、背後の敵に向かって裏拳!
(くっ!?これはなんたる威力……!?)
そのスピードと破壊力は装着者が老人だとは思えないほどのもので、夫諸のマスクの下で薄固は冷や汗を流し、肝を冷やした。
一方で鍛練により無駄を削がれた戦いのための肉体はその攻撃に対処するための動きを無意識に、それでいて的確に実行する。
ガシッ!!ブオォォォン!!
「――なっ!?」
慧梵は一瞬何が起きたのか理解できなかった。突然視界が反転し、身体が浮遊感に包まれた。
彼が自分が投げられたと理解できたのは、下にいる夫諸が業天馬達と合流する姿を確認した時であった。
「早く逃げましょう!あのレベルの相手には二度目は通用しない!!」
「させるか!!」
元始天尊は空中で逆さまになりながら、拳幽会に手を伸ばした。すると、彼ら周辺の地面が盛り上がり、取り囲もうと……。
「シンドイ!」
「おう!!」
瞬間、嘲風の腰の後ろから手榴弾のようなものを取り出し、地面へと投げる!
それと同時に業天馬も同じく大地に対し、掌底を放った!
「シンドイ流処世術奥義!逃げるが勝ち!!」
「聖王覇獣拳!逃走我!!」
カッ!!ボオォォォォォォォォォォッ!!
「「――ッ!!?」」
拳幽達を激しい閃光と土煙が包み、元始天尊やリンゴからその姿を隠した!
「……どうなったんだ?」
「………」
事態を把握できてないリンゴの目の前で元始天尊が着地すると、同時に光と煙が収まり、土でできたドームが現れる。
それを見て、マスクの下で慧梵は……。
「ちっ!まんまとしてやられたの……!!」
舌打ちをする。
その瞬間、土のドームが崩れたが中には誰もいなかった……。
「そんな……魔進真心が奪われたのか……!?」
「残念ながら、そのようじゃな」
絶望に顔を歪めるリンゴの下に元始天尊を待機状態である杖の形に戻しながら、慧梵が歩み寄って来た。
「あなたが慧梵様……」
「うむ」
長い頭と髭面で老人のような姿が特徴の元始天尊だったが、その中身である慧梵は白髪の長髪で髭も臍の辺りまで伸ばした老人然とした老人であった。
「こんな対面になってお互い散々じゃの」
「はい……できることなら、もっと落ち着いた状況で挨拶したかったです。けれど……!」
リンゴは周囲を見渡すと満身創痍の身体に鞭を打ち、立ち上がった。
「幹部には逃げられても、下っ端がまだ残っている。まずはそいつらを片付けないと……いや、それよりも今すぐ魔進真心を追うべきか……!?くそ!?どうすればいい!?」
身体は無理矢理動かせているが、頭の方はいまいちなようで、リンゴはふらふらと千鳥足になりながら、頭を抱えた。
そんな姿を見て、慧梵は……。
「主が今、すべきことを教えてやろう」
「……え?本当ですか!?」
「あぁ」
「なら早く教えてください!!自分は一体何をすれば……」
「お主はがすべきこと、それは……」
「それは……」
息を飲むリンゴ。その瞬間……。
「二度寝じゃ」
ゴッ!!
「――がっ!!?」
杖で腹をおもいっきり叩かれた。
(慧梵様……くそ……魔進真心も奪われ、聖王覇獣拳の使い手としてプライドも壊されて……オレは……)
ドサッ……
限界まで張り詰めていた緊張の糸はその最後の一押しによって、完全に切られ、それでなんとか支えていた意識は一気に闇の底へと沈んでいった。
「すまんの。じゃが、お主のような人間はこうでもせんと止まらんじゃろ」
慧梵は地面に横たわるリンゴに謝罪を述べると、先ほどの彼のように周囲を見渡した。
「……目的は達した。我らのことは好きにするがいい」
「こいつ……!!」
役目を終えた拳幽会の下っ端達はリンゴがどうこうする必要もなく、武器を捨て、両手を挙げて、素直に投降し始めていた。
(やはり捨て駒か……あやつらから情報を訊き出すのは無理そうじゃな……ん?)
そんなことを考えていると口の端に何かが流れる感触がした。透明な唾液ではなく、真っ赤な液体が……。
慧梵は口から血を流したのだ。
(本当に末恐ろしい奴じゃったな……まさか元始天尊のあの分厚い防御を貫いて、骸装通しを成功させるとは……)
業天馬の最後の攻撃は慧梵に届いていた!技を放った玄允さえ気づかないレベルであったが、分厚い壁を通り抜け、元始天尊の装甲さえ超えて、確かに内臓にダメージを与えていたのだ!
(もう少し衝撃をしっかり通せていたら、病み上がりの儂では耐えられなかっただろうな。まぁ、背後からの奇襲を察知できないくらい痛めつけられれば今は十分か……)
状況と自らの体調を確認した慧梵は腹を擦りながら再び視線をリンゴに戻した。
(お主があやつに勝つためには、自分自身の肉体と聖王覇獣拳、そして愛機、その全てを向き合い直さなければならない。そのためにも今は休め、拳聖の一番弟子よ……)
頭上を見上げると、ムカつくほどの青い空が澄み渡り、どこまでも広がっていた……。
こうして崑萊山で行われた拳幽会との戦いは、翠炎隊・獣然宗の完全敗北で幕を閉じた。




