墓荒らし③
男は顎に蓄えた髭を触りながら黄金の龍を一瞥すると、ボコられる寸前だったツレに視線を移した。
「ヤバかったな、星譚」
「すいません……手を煩わせてしまって……」
情けなさからか星譚は目を合わせられなかった。男はそんな“らしい”反応をするツレの姿に笑みを浮かべた。
「それで……次はあんたがやるの?」
いつの間にか地面に突き刺さった愛槍を引き抜いていた応龍は挑発的に言い捨てた。冷静を装っているが、内心とどめの瞬間に邪魔されたことに相当腹が立ったのだろう。
「おう!次は俺がお前と……どうしようかね……」
挑発に対しても男は笑顔だった。それがジョーダンをさらに苛立たせたのは言うまでもない。
「なんとなく訊いてみたけど、ボクはやる気満々だからね。あんたに選択肢はないよ」
応龍は槍をぐるぐると回し、腰を落とすと構えを取り、切っ先を男に向けた。
「そんなに俺がムカつくか?」
「あんたの行為も確かにイラついたよ……だが、それ以上にボクはボク自身に憤っている……!」
「ほう……」
ジョーダンの言葉に興味を覚えた男は髭を撫でるのを止め、僅かに前のめりになった。
「それは俺が石を投げたことに対処できなかったことにか?」
「大まかに言うとそうだね。でも正確には違う。ボクはキミのツレ……セイと戦闘する前から乱入者が来ることを予想していた」
「俺が……星譚に仲間がいることが事前にわかっていたのか」
「あぁ彼は……」
「オレ“達”はそいつを手に入れるために長い時間をかけ、ここまで来て、命懸けで戦ってきたんだ」
「……って、複数形でしゃべってたからね……チームで動いているんだろうと。それに実際に戦って見て、あの大きな起源獣を倒せる力があるとは思えなかった」
応龍は親指で最初に星譚が座っていた起源獣を指さした。
「なるほど……確かにその異常にでかくなった『ノイシ』を倒したのは俺だ」
「だから、ボクは警戒していた……いつでも目の前にいる奴よりも強い奴が乱入することを……」
「……ッ!!」
オレンジ色のマスクの下で悔しさから星譚は歯ぎしりをした。
(あいつはオレと戦いながら、そんなことを考えていたのか……!なのにオレは見事に手玉に取られて……!あいつがオレを倒すことにだけ集中していたら、オレは……)
ある種のハンデをもらっていたことを知り、情けなさと怒りで熱くなると同時に、背筋が凍った。
「そうか……つまりお前は俺という存在を認知しながら、さっきの石にうまく対処できなかった……そのことに苛立ってるわけね」
「あぁ……あの瞬間、ボクの頭からあんたの存在は吹き飛んでいた……星譚の実力が予想以上だったせいでね」
(オレの実力が……って、何ちょっと喜んでるんだ、オレは!!)
不意に褒められ星譚の険しい顔つきが緩んだ……が、すぐに思い直し、頭をブンブンと振って、“喜”の感情を頭から追い出した。
「『愛羅津 (あいらつ)』さん!!」
「ん?どうした、星譚……って、言うだろうことはわかるけどな」
「オレと奴との戦いはまだ終わっていない!加勢は結構!そこで黙って見ていてください!!」
「まぁ、お前はそういう奴だよな」
その言葉がよっぽど嬉しかったのか、「くっくっくっ」と笑いながら、黄金龍の目を真っ直ぐ見つめた。
「というわけで、勝手に戦いを中断させておいてなんだが、俺のツレときっちり決着をつけてくれないか?えーと……」
「丞旦だ、愛羅津。ボクもちゃんとどちらが上か決めないと気持ち悪いと思っていた」
「そうか……なら、後は二人に任せるよ、丞旦、星譚」
二人の思いを確認すると、愛羅津は再び髭を撫でながら、後退して行った。
そして再びジョーダンとセイ、応龍と撃猫が向かい合う。
「片手間でオレの相手をしやがって……」
「だから、最後はキミに夢中だったってば」
「気色悪い言い回しをするな!いちいち癪に触る……!」
「そんなつもりはないんだけど、腹が立つっていうなら、黙らせてみなよ」
「……言われなくても……そのつもりだ!!」
撃猫は今まで一番力強く地面を蹴り上げ、今まで一番のスピードで応龍に突撃した。
「オラァ!!」
拳が唸りをあげる!正真正銘星譚の全てを乗せた一撃!だが……。
パァン!
「!?」
応龍の手のひらに受け止められてしまう。
「つっ……今回も予想を越えてきたね。こんなに手が痺れるとは思わなかった」
「貴様!!」
「これで終わり」
ゴォン!!
「――ッ!?」
拳を受け止めていた手を離すと、一瞬でそれは見えなくなった。
何も理解できぬまま腹部に衝撃を感じ、足から地面の感触が消える。何故か遠ざかる黄金の龍が手のひらを突き出している姿を見て、自分は掌底を喰らい、吹っ飛んでいるんだと理解したところで、星譚の意識は途切れた。
「ふぅ……これで少しは気が晴れたかな」
言葉とは裏腹に、応龍から放たれる威圧感は増していた。彼にとって本番はこれからなのである。
「さて……今度こそあんたの番だよ、愛羅津」
黄金龍の青い瞳でギロリと睨み付けられると、愛羅津はめんどくさそうに頭を掻いた。
「マジでやるのか?」
「あぁ」
「何のために?話し合いって選択肢も……」
「ない」
「どんだけ好戦的なんだよ」
「普段はそうでもないよ……だけど、相手が特級骸装機なら別だ」
「……へぇ……」
感心しながら愛羅津はおもむろに札のようなものを取り出した。
「俺の愛機が特級だと何故わかった?」
「科学者のはしくれとしては、こんなセリフ言いたくないけど……勘だ」
「勘ねぇ……俺には……いや、自分で気付くのを待つべきだな」
「ん?……何を言っている?」
「いずれわかるさ……お前がこの戦いに生き残れればな……!」
愛羅津は札を頭上に投げると……。
「裁け!『狴犴 (へいかん)』!!」
愛機の名を叫んだ!札は無数の光へと分裂し、愛羅津の下に流星のように降り注ぐ。光は白地に青い模様の入った装甲へと姿を変え、愛羅津の身体を覆った。
「……つーわけで、これが俺の愛機の狴犴だ……って、どした?」
何故か応龍は構えを解き、腕をダランと下げて、呆然としていた。今、攻撃したらあっさり終わるんじゃないかと、卑怯な考えが愛羅津の頭を過るが、必死に堪えて声をかけた。
「おーい?マジでどうしたんだよ?俺の狴犴のカッコ良さに心がとろけちまったのか?」
「何で……」
「ん?」
「何で!あんたが『懐麓道 (かいろくどう)』作の狴犴を持っているんだ!!!」
「いいっ!!?」
あまりの応龍の剣幕に、せっかくカッコ良く登場したのに狴犴はたじろいだ。
「どうしてだ!?答えろ、愛羅津!!」
「どうしても何もその懐麓道のジジイにもらったんだよ……旅の途中で出会って、腹を空かせて、持ち合わせもないからって言うから、飯を奢ってやって、そのお礼に」
「ハアアァッ!?あの天才懐麓道の最高傑作と謂われる九つの特級骸装機を、飯のお礼にだと!!!」
応龍は手と足をガチャガチャと忙しなく動かし、さらに声を張り上げた。
「声でけぇな……」
「でかくもなるさ!あの天才懐麓道の……」
「それ今聞いたばっかり!!少し落ち着きなさいよ!!」
「くっ!?ふぅ……ふぅ……」
「そうそう……クールダウン、クールダウン……」
愛羅津はこのままでは話にならないと思い、必死に宥める。その甲斐あって、ジョーダンはなんとか冷静さを取り戻した。
「ふぅ……悪かった。見苦しいところを見せた……」
「まぁ、気にするな。この話を聞くと骸装機好きはだいたい今のお前と同じ状態になる」
「だろうな……猛華大陸で最も優れた骸装機開発者、懐麓道……ボクはもちろん先生や弟弟子も尊敬し、彼の造った骸装機を超えるマシンを生み出すために日々切磋琢磨していた……それがまさか飯のお礼だと……!」
「弁明じゃないが、俺も最初は断ってたんだぜ。でも、ジジイが“優れた道具は使い手を選ぶ。ここでお前と出会ったのも、きっと狴犴の導き……”とか言うもんだからさ」
「あんたが懐麓道の傑作に相応しいとは……」
「試してみろよ」
「――ッ!?」
一瞬で空気が張り詰める。その威圧感こそ愛羅津と狴犴の組み合わせが正しいことを何よりも雄弁に証明していた。
「そんなにあのジジイを尊敬しているなら、ちょうどいいチャンスだろ……ぶつけて来な、お前の全力」
「……そうだ……その通りだ……!確かにボクと応龍の立ち位置を測るのに、こんなに相応しい相手はいない……!!」
ジョーダンの身体に熱が戻っていく。しかし、先ほどのように周りに当たり散らすようなものではなく、研ぎ澄まされた青い炎のような熱が……。
「改めて……来いよ、ゴールドドラゴン」
「“応龍”だ……その名前……一生忘れられなくしてやるよ!!」
応龍は槍を構えてとっし……。
「――なっ!?」
応龍の視界から一瞬で狴犴は消える。
「さっきの詫びに先手を取らせてやろうと思ったがやめた。よくよく考えたら、そっちの方が失礼だもんな」
「くっ!?」
応龍が語りかけられた方、自分の背後を振り返ると、そこには戦鎚を掲げた狴犴の姿があった。
「ジジイ曰く、狴犴のコンセプトは圧倒的なスピード……そして!」
ドゴオォォォォォォン!!
「圧倒的なパワーだ……!!」
振り下ろされた戦鎚は地面に大きなクレーターを作り、かろうじて回避した応龍の目の前に無数の破片が舞う。
「さすがに星譚を退けただけのことはあるな」
「そうだ!ボクの応龍はあの狴犴にも負けてはいない!!」
「それは驕りすぎ」
ガッガッガァン!!
「――ぐっ!?」
先ほど自分が星譚にやったように腹部に衝撃が走り、同じように吹っ飛ぶ。但し先ほどとは違い……。
「さ……三発……!?たった一瞬で三発も攻撃を叩き込まれただと……!?」
三つの足跡で汚された自慢の金色のボディーと屈辱に塗り潰されそうになる心を抑えながら、応龍はなんとか立ち上がっ……。
「四発目……」
「!?」
「行くぞ」
バキバキィッ!!!
「ぐうぅ!!?」
また背後に回り込んだ狴犴は応龍の顔面に向かって蹴りを放つ。
応龍は咄嗟に槍でガードを試みるが、狴犴の足に触れた瞬間、槍は粉々に砕け散った。
勢いそのままに頭部に迫る蹴り、それでも僅かに稼いだ時間で角を一本へし折られるだけで済んだ。
「くそ!?よくも応龍のチャームポイントを……!だが、今は……」
応龍は反撃を試みることもなく、距離を取った。今の彼にはそうすることしかできなかった。たった数秒の攻防でそれを理解させられてしまった。
「このまま逃げ帰るか?俺はそれでも構わないぜ」
「誰が!!」
「闘志は折れずか……だけど、頭ではわかっているはずだぜ、狴犴には今のお前では勝てないってことは」
「はっ!天才の頭脳は、この後ボクにひれ伏したあんたにどんな嫌味を言ってやろうか考えるのでいっぱいいっぱいだよ!!」
「頭より心の声に従うか……面白い!」
狴犴は構えを取り直し……。
「完全適合」
全ての力を解放した!狴犴の白いボディーから強烈なプレッシャーが止めどなく吹き出す。
「ジョ、ジョーダン!!?」
遠目で観戦していたカンシチが悲鳴にも似た声を上げる。彼にも理解できてしまったのだ……この後、何が起こるのか、最後まで立っていられるのは、誰なのかが……。
それでも丞旦は……。
「ボクは負けない!あんたにも!くそ坊主にも!あいつにも!!ボクと応龍は負けるわけにはいかないんだ!!」
それはジョーダンの魂の叫びだった。天才の覚悟に呼応するように風が吹き、応龍の身体にまとわりつく。
「やはり資格は既に持っている……あとはきっかけか……!」
その爽やかな風を身に受けながら、愛羅津はマスクの下で今日一番の笑顔を浮かべた。
「この戦いがそのきっかけになることを願っているぞ、丞旦!!」
「ごちゃごちゃ訳のわからんことを!もう勝った気でいるんじゃない!!」
「生憎、俺は既に勝利のビジョンが見えている!お前の運命は決まったんだよ!」
「そんな下らない運命など打ち砕いてやる!そのための力が“応龍”だ!!」
「ならば、見事やって見せろ!!」
「あぁ!やってやる!!」
「ハアアァッ!!!」
「でやあぁぁぁぁっ!!!」
お互いに向かって全力で跳躍、狴犴は戦鎚を振り下ろし、応龍は拳を突き出した。