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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
継承拳武
138/163

真なる後継者

(こいつがムーアクラフトの言っていた青い骸装機なのか?それとも……)

 狻猊は臨戦態勢を維持しながら、業天馬の爪先から頭頂までまじまじと観察した。

 目の前にいるこれがここ最近ずっと自分を悩み苦しめていた存在なのかどうか見極めようとしているのだ。

「……想像以上、いや想像以下の情けなさだな」

「!!?」

 その消極的な姿を見て、業天馬は心底がっかりした。これがあの拳聖玄羽の弟子の姿なのかと。

「このおれがそんなに怖いか?力量を正確に測ろうとする冷静さは褒めてやってもいいが、いくら何でも臆病過ぎる。それでは天下の翠炎隊の名前と拳聖の一番弟子という看板が泣くぞ」

「くうっ!?」

「ごちゃごちゃ考えてないで、とっととかかって来いよ」

 天馬は人差し指を上に向けて、ちょいちょいと動かした。あからさまな挑発だ。

 その瞬間、狻猊の覚悟も決まる。彼は今は獣然宗のことも翠炎隊のことも一旦横に置き、目の前の男の思惑に全力で乗ってやることにした。

「いいだろう!答えは戦いの中で見つける!!」

 意を決した緑の獅子は地面が抉れるほど蹴り出すと、一気に距離を詰め、勢いそのままに拳を振り下ろした。その威力、速度ともに申し分ない。一切の悩みなどない完璧と言っていい一撃であった……が。


ブゥン!!


「ッ!?」

 空振り……業天馬はあろうことかほんの少し動いただけで、必要最小限の動きだけで狻猊のパンチを紙一重で躱した。

「いいパンチだ、筋がいい、武道家としての一定の基準を超えている。だが……拳聖玄羽の弟子としては物足りないな」

「くっ!?一度避けたくらいで!!」

 また挑発をまともに受け止め、苛立ちを募らせた若獅子は感情の赴くままにラッシュを繰り出した。これもまた現在狻猊が放てる万全の攻撃であった。けれどまたもや……。


ブンブンブンブンブンブンブンブン!!


 業天馬は捉えられず。装甲の表面を掠めることもできずに、虚しい風切り音だけが二人の間に鳴り響く。

「これで何回避けられたかな?」

「ちいっ!まだまだぁっ!これならどうだっ!!」

 狻猊は更に拳のスピードを上昇させる。さらにその上、合間合間に蹴りまで織り込み始めた。鍛え抜かれた肉体と最高峰のマシンが奏でる極上のコンビネーション!これに対応できる者などいない!……はずだったのだが……。


ブンブンブンブンブンブンブンブン!!


「ッ!?」

 これだけやっても結局、指一本さえ触れることはできなかった……。

「わかるか?この拳が当たるか当たらないかの髪の毛一本分の僅かな差……それがおれと貴様の間にある決して埋まらない絶対的な差だ」

(ちっ!悔しいが、そう言われても仕方ない出来だ。だが自分にはまだ……)

「そろそろ聖王覇獣拳を使ってみたらどうだ?」

「!!?」

「何を温存している?手札を隠して勝てるような相手ではないぞ、おれは」

(そうは言っても……!!もしこいつが本当に聖王覇獣拳の使い手だとしたら、対応されてしまうかも……不用意に技を使うのは避けたい……)

 リンゴには論理的に聖王覇獣拳を封じている理由があった……あったが、実際は違う。

 彼が師匠から受け継いだ技を使わない本当の理由とは……。

「聖王覇獣拳が信じられなくなったか?」

「違う!?師匠の技は……」

「では、それを自分が使う資格があるか疑問に思い始めたんだな」

「ッ!!?」

 業天馬はリンゴの心を見透かした。

 彼は拳幽会、そして獣然宗の蓮霜との戦いの中で自分自身の力量を、武の才を信じられなくなっていたのだ。

 そんな状態でもし聖王覇獣拳の使い手かもしれない相手に遅れを取ったらと頭の片隅で想像してしまうと……どうしても技を使うことを躊躇してしまうのだ。

「どこまでも失望させてくれるな……いいだろう、そっちがその気なら使わざるを得ない状況まで追い込んでやる」

 瞬間、狻猊の態度に辟易していた業天馬の拳が消えた。


ガァン!!


「――!!?」

 パンチ一閃!業天馬の拳は迫り来るラッシュをくぐり抜け、金色の鬣に彩られた狻猊の頭部を見事に撃ち抜いた。

(速い!!?自分が一切反応できなかった!!?)

「覚えておけ、これがパンチの打ち方だ」

 先ほどのお返しにと、業天馬も連打を仕掛ける!それは……。


ガンガンガンガンガンガンガンガン!!


「ぐううっ!!?」

 狻猊の放っていたものとは異なり、全弾命中!緑色の装甲を滅多打ちにした!

「さぁどうする?このまま我が拳に圧殺されるか、それとも拳聖の技にすがりつくか?」

「自分は……!!くそ!!」

 覚悟を決めた……というより、業天馬の宣言通りそうせざるを得ない状況に追い込まれた狻猊は拳の雨の中、僅かに身体を捻った。そして……。

「聖王覇獣拳!旋風ゴマ!!」


ブオォォン!!


「フッ……それでいい」

 その場で高速回転!それによって発生した風圧で業天馬を吹き飛ばす……までもなく、技の発動を目敏く察知した彼は後ろに跳躍し、影響外に逃げていた。

(こいつ、旋風ゴマを読んでいた。やっぱり……!だとしても、もうやると決めたんだ!!)

 回転を止めた狻猊は構えを取り直し、間合いを計る。そして……。

(まずはセオリー通りに……やらせてもらう!!)

 一気に踏み込む!ありったけの力で地面を踏み抜いたのだ!

「聖王覇獣拳!巨星震脚!!」


ドンッ!!ゴゴゴッ!!


「………」

 その凄まじい力に地面は局所的な地震を起こし、足元を揺らされた業天馬は僅かに体勢を乱す。そこに……。

「山崩し!!」


ドッ!!


「………」

 背中から体当たり!業天馬は腕をクロスし防御したがその衝撃によって更に姿勢は悪化。後退り、軽く仰け反った。

 そんな青のマシンに緑のマシンは容赦なく、拳を振り上げる!

(このまま何もしないなら、頭を撃ち抜く!もし強引に反撃を仕掛けて来るなら、剣砕きか清流投げでカウンター!どちらにしても、致命的なダメージ!!さぁ、お前はどっちを選ぶ……!!)

 相手にとって最悪の選択肢を突きつけたと思っている狻猊は業天馬の僅かな動きも見逃すまいと、目を凝らした。

「………」

 一方、最悪の選択肢を突きつけられたはずの業天馬は涼しい顔で僅かに腕に力を込めた。

(打って来る!!)

 それを敏感に読み取った狻猊は意識を相手の腕に集中、そこから放たれるであろうパンチの軌跡を瞬時に脳内コンピューターで弾き出す。

「はっ!!」

 そして、そのイメージ通りの軌道を通って、業天馬のナックルが狻猊に迫った。

「ドンピシャ!!剣――」

 若獅子が相手の腕が砕け散る未来を頭の中で描きながら、カウンターを放ったその時!


バッ!!


「!!?」

 業天馬が握っていた拳を開き……。


ガシッ!!


「――なっ!!?」

 そのままカウンターを繰り出す狻猊の手首を掴んだ。

「考え自体は悪くない。だが……それを実現できる動きのキレではない!」

 業天馬は獅子のパンチの勢いを利用し、空に向かって彼を……ぶん投げた!

「聖王覇獣拳、清流投げ」


ブォン!!


(自分が……自分が清流投げで投げられた!?聖王覇獣拳で!?カウンターにカウンターで合わせられただと!!?)

 空中に放り出させれる狻猊。逆さまの視界がリンゴの屈辱を倍増させた。

(くそ!だが、これで確定した……奴がムーアクラフトの言っていたもう一人の聖王覇獣拳の使い手だ……使い手だとしたら!!?)

 同じ使い手だからわかった。この後の業天馬の行動が、きっと自分ならと恐る恐る視線を地上に向けると……。

「聖王覇獣拳……」

「こいつ、やっぱり!!」

 業天馬は逆立ちの状態でこちらに足の裏に向けていた。聖王覇獣拳の中のとある技を放つ前の構えだ。

「くそ!!これ以上、好き勝手やらせてたまるか!!」

 敵の意図を理解した狻猊は慌てて、それでいて繊細に身体を動かし、こちらも相手に向かってきれいに揃えた足裏を向けた。そして……。

「聖王覇獣拳!凶獣落とし!!」

 真下に向かって一直線にドロップキックを放つ!

「凶獣昇天」

 対する業天馬も腕と身体のバネを使って、自らをミサイルの如く撃ち出した!

 同じドロップキック、同じ聖王覇獣拳に属する技、それが今、空中で交差する!

「ふん」


ゴッ!ドゴォッ!!


「――な、なんだと……!!?」

 撃ち勝ったのは業天馬、撃ち負けたのは狻猊……それが聖王覇獣拳同士の初めての激突の結果だった。

 弾き飛ばされた緑の獅子はヒラヒラと空中を舞い、その姿はまるで木の枝からこぼれる落ち葉のようであった。

(さっきみたいに出し抜かれたわけでもなく、自分の技が正面から一方的に……)

 茫然自失のリンゴ。純粋な力勝負、技の精度の比べ合いで負けたことがただただショックだった。

「聖王覇獣拳」

「!!?」

 そんな彼に追い討ちをかけるべく業天馬は次の技の準備に取りかかっていた。全身を連動させ、瞬間的に脚に驚異的な破壊力を生み出す!

「ちいっ!!」

 対する狻猊も……全く同じことを、全く同じ技を繰り出した!

「「聖豹蹴撃!!」」


ゴッ!ガギイィィィィィン!!


「――ぐあっ!!?」

 結果は悲しいかなさっきと変わらなかった。

 空中でしなる鞭のような脚をぶつけ合った両者だったが、完全に狻猊は力負けをし、また脚を弾かれた。

「くっ!?全く同じ技でも……!?」

「もう一度言おう……これがおれと貴様の間にある決して埋まらない絶対的な差だ」

「ふざけるなぁ!!」

「おれは至って真面目だよ」

 狻猊の上で業天馬はくるりと一回転すると再び足裏を向けて来た。

「聖王覇獣拳、猛爪連脚」

 空中から放たれる業天馬の猛烈なスタンピング!それに対し、狻猊は……。

「纏鎧刃身!!」

 肘や膝でカウンターを合わせ、逆に破壊しようと試みた。しかし……。

「遅い」


ガンガンガンガンガァン!!ドゴォッ!!


「――がはっ!!?」

 業天馬の踏みつけは狻猊の反応速度を遥かに上回っていた。ほぼ一瞬で数発の蹴りを撃ち込まれ、挙げ句吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

「く……っ!!?くそ……!だが、まだ……!!」

 全身を襲う痛み、心を蝕む屈辱……常人ならとっくに折れていてもおかしくない満身創痍の状況。けれど、リンゴはそれらをなんとか抑え込み、再び立ち上がり、ファイティングポーズを取った。

「闘志はいまだに衰えずか……そこに関しては認めてやろう」

 その言葉は嫌味でも皮肉でもなく業天馬の素直な称賛の言葉だった。

「上から目線で……!!」

 だが、ボコボコにされた上でそんな言葉を投げかけられる方からしたら、挑発と何ら変わりない。リンゴの闘志を更に燃やす燃料になるだけだ。彼の憤りを吸収して、狻猊が熱を放ち、周囲の気温を僅かに上げた。

「迫力が増した?まだ本気を出してなかったのか?」

「いいや、自分はずっと全力だった……もし力が強まっていると感じるなら、それはきっと怒っているからだ……自分の情けなさに……!!」

「そう自分を責めるな。お前はよくやった。このおれを相手にしながら、まだこうして話せているのだからな」

「聖王覇獣拳の使い手がそんな低い志で満足すると思っているのか?師匠から受け継いだ技を最強だと証明するのが、弟子の役目だ!」

「聖王覇獣拳の強さの証明はできただろうが、このおれによって」

「寝ぼけたことを抜かすな!羅昂と世間から集めた情報からでっち上げた模造品の癖に!お前なんかが、聖王覇獣拳の使い手を名乗るんじゃない!!」

「おれが聖王覇獣拳が模造品だと?使い手として相応しくないだと?フッ、笑わせてくれるな」

 リンゴの主張を男は一笑に付した。

 彼からしたらリンゴの言葉は見当違いも甚だしい。彼は自負しているのだから自分こそが聖王覇獣拳の本当の、正統なる後継者だと……。

「林江と言ったな?確かにお前は拳聖玄羽から手解きを受けた一番弟子だ。そこに何の異論もない。実際に拳を合わせ、その技が一定の水準に達していることも認めてやろう。さっき述べた闘志の強さも驚嘆に値する」

「急に何を……?」

「けれど、聖王覇獣拳の使い手、いや後継者として致命的に足りないものがある。拳聖から受け継げなかったと言い変えるべきか?」

「自分が師匠から受け継げられなかったものだと……?」

「才能だよ。天賦の才がお前には欠けている」

「……それは自分にはあると?」

「あぁ、ありがたいことにそこはきちんとおれは受け継ぐことができた……業天馬、仮面解除」

 男は業天馬の頭部装甲を解除し、素顔を晒した。

「お前は……前に会ったことがあるか……?以前どこかで……お前は一体……?」

 その顔にリンゴはどこか既視感を覚えた。懐かしさと言ってもいい。

 とにかくリンゴはその男の顔を見て、不思議な安心感と、心をかき乱すようなざわめきという相反する二つの感情を同時に抱いたのだ。

 その複雑な心境を察した男は、彼に答えを突きつけた。

「おれはお前に会ったことはない。だが、お前は我が父とはずっと顔を合わせ、教えを受けて来た」

「教えをって……まさか!!?」

「我が名は『玄允(げんいん)』。拳聖玄羽の息子にして、聖王覇獣拳の真なる後継者だ……!」


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