拳幽到来
狻猊が気を吐いているのと、同じ頃スピディアーは……。
「ウオラァッ!!」
ザシュッ!!
「――ぐわあぁぁぁっ!!?」
彼もまた不届きな襲撃者を相手に大太刀回りを繰り広げていた。今もまたヴォーインを豪快に薙ぎ払い、愛槍に鮮血を吸わせていたところだ。
「はんっ!!手応えねぇな!!まさに朝飯前だ!!餓血槍にとっては絶賛朝飯中だけどな!!」
「舐めた口を!」
「きくなぁ!!」
「おりゃあっ!!」
ザシュッ!ザシュッ!ザシュッ!!
「――がっ!?」「――ぎっ!?」「――ぐっ!?」
三人がかりで襲いかかって来たヴォーインも三連突きで迎撃。間髪入れずにまた彼の撃墜スコアが更新された。
「その体たらくじゃ、バカにされても仕方ないだろ。なのによ……」
「くそ!?」
「どうしたどうした!そんなもんなのか獣然宗!!」
「ぐうぅ!!?」
「貴様らなど我ら拳幽会の敵ではない!!」
「ちっ!!」
スピディアーが周囲を見渡すと、自分とは真逆に苦戦を強いられている尸解仙の姿が……。
(質はほぼ同等、数では勝っているっぽいのに、ここまで押されるとは……蓮霜や慧梵様の不在が響いているな。あまりに獣然宗の士気が低過ぎる……!)
バンビもこの光景を見て、アンミツの言葉の意味を悟った。
ただ彼は少しだけリンゴと考えが違った。
(ここはとっとと終わらせるべきだ……敵将を討ち取ってな……!!)
バンビは味方を鼓舞することよりも、敵の指揮官を速やかに排除し、決着をつけるべきだと判断した。
彼の判断は決して間違っていない。
(どこにいやがる……?敵のお偉いさんは……)
再びぐるりと旋回しながら、周囲を観察した。すると……。
「……いた」
戦場の中で一人涼しい顔をして佇んでいる男を発見した。
その男の名は薄固、バンビの見立て通り、この拳幽会襲撃部隊の作戦指揮を取る男である。
(あいつを討てば、全て終わる!終わらなくても、敵さんの士気はだだ下がりだろうさ!!)
そうと決まれば善は急げ!スピディアーは尸解仙のピンチにも、猛り狂うヴォーインにも目もくれず薄固に向かって駆け出した!そして……。
(喰らえ!!)
槍の射程に入るや否や自慢の膂力を存分に生かした突きを繰り出した!
「お目が高い」
カッ!ブォン!!
「――ッ!?」
槍が命中しようとした瞬間、薄固の全身が輝き、その眩い光に包まれながら跳躍。槍は何もない虚空に炸裂する。
「野郎……!!」
渾身の一撃を躱され、悔しがるバンビから少し離れた先に、スピディアーと同じく木の枝のような角を頭から生やした機械鎧を装着した薄固が着地する。
「――なっ!!?」
その姿を見た瞬間、マスクの下でバンビは驚愕の表情を浮かべた。
「翠炎隊の万備さんですね?お初にお目にかかります。わたくしは拳幽会に身を寄せている薄固という者です。そしてこれが我が愛機……」
「夫諸だろ……?」
「ご存知でしたか」
「あぁ、もちろん知ってる。このスピディアーを作る時に参考にしたマシンの一つらしいからな……」
「道理で。似ていると思ってたんですよ」
「そして、最近になって灑の国で保管していたのに盗まれた骸装機だ……この盗人野郎……!!」
バンビが驚愕した理由、それは薄固の装着した骸装機のことを知っていたからに他ならない。
このマシンの行方を彼ら翠炎隊はずっと追っていたのだから……。
「そうか……てめえらが夫諸を盗んだのか……!!」
「盗んだ?人聞きの悪いことを言わないでください。夫諸がわたくしを選んだのですよ。この通り、ぴったりです」
薄固は悪びれもせずに自らごと夫諸を抱き締め、自分のものだとアピールした。
「盗人猛々しいとは、このことだな……!」
「倉庫で埃を被っているよりも、こうしてわたくしに使われている方が有意義だと思いますが」
「もしてめえが夫諸で良いことしてたら、個人的には心の中で頷いていたかもな。だが罪は罪だ!どんなに素晴らしい活動をしていても、それを破ったら罰せられなければならない!!それが法治国家というものだ!ましてや盗品を使って、更なる悪事をこうして働いているとなると……何一つ許せるところなんてねぇだろ!!」
そう自分なりの正義の啖呵を切って、スピディアーは餓血槍の切っ先を夫諸に向けた。
その姿を見て、マスクの下で薄固は……嗤った。
「いいですね。あなたのような人はわたくし大好きですよ」
「残念なお知らせだ。オレはてめえみたいな奴は大嫌いだ……」
「そうなんですよ。得てして、わたくしの好きな人はわたくしのことを嫌うのですよ。何ででしょ?」
「その慇懃無礼な態度のせいだろ!!」
スピディアーは今度こそと深紅の槍に持てる力を全て乗せて突き出した!大気を突き破り、その切っ先は音の速度を超え、その破壊力は自分を超える大きさの岩やオリジンズすら一撃で砕いてしまうほどの強烈なものだ。
それに対し、夫諸は一歩も動かない。ただ堂々とその場に立ち尽くす。防御や回避する素振りなど一切見せようとしない。
なぜならそんな必要ないから……。
「ウオラァッ!!」
グンッ!!
「…………え?」
槍が夫諸にぶつかる刹那、視界がぐるりと回転、突然足から地面の感覚がなくなり、全身が浮遊感に包まれた。そして……。
ドゴオォォォッ!!
「――がはっ!?」
地面に頭から落下した!攻撃していたのは自分のはずなのに、刹那で攻守は逆転し、受け身も取れずに頭から地面に叩きつけられたのだ!
「……な、何が起きた……!?」
「きっとこういうところがダメなんでしょうもね」
「!!?」
スピディアーが起き上がると目の前に夫諸が立ち、こちらを見下ろしていた。それはそれはサディスティックな眼差しで……。
「どうにもわたくしの好きになるタイプの人とは、相性というか戦闘スタイルの噛み合わせが良すぎるんですよね。つまりカモなんですよ、あなたみたいな直情的な人は」
「くっ!!?」
敵の指揮官を倒すというバンビの判断は決して間違っていなかった。
しかし、その指揮官が自分を圧倒する力を持つことを想定しなかったのは……間違いだったと断じる他ない……。
「こっちだ!!」
門の前で激闘を尻目に道鎮を連れられ、アンミツ達はカワムラ先生こと、田伝の下へと全力疾走していた。
「まだですか?」
「慌てるな!もうすぐ――」
刹那、アンミツは目の端に何か光るものを捉えた。
「危ない!!」
グンッ!バシュウッ!!
「――ッ!?」
反射的に道鎮の首根っこを掴んで、引っ張ると、彼の目の前を弾丸が通過した。
「こ、これは……!!?」
「あれま……もうちょっとだったのに」
まるで悪戯に失敗した子供のように無邪気に喋りながら、銃を担いだ嘲風がヴォーインを引き連れて、アンミツ達の前に姿を現した。
「あなたは……拳幽会の幹部ですか?」
「待遇的にはそんな感じだが、正式に所属してる訳ではない。俺はただの雇われ兵士さ。あとこいつも拳幽会じゃないんでよろしく」
「おい!?わざわざ紹介せんでも!?」
そう言って後ろに隠れていたこの場にそぐわない鍛えるとは無縁の弛み切っただらしない肉体を持つ男、于才を親指で差した。
「お前は!?」
「うっ!?関敦!?」
于才と顔を合わせた瞬間、基本的に無表情な関敦の顔が怒りと憎悪に歪み、于才は于才で関敦を見つけると同時に表情を恐怖と驚きで引きつらせた。
「どうしてお前がここに!!?」
「それはこっちの台詞ですよ。典優将軍と皇帝陛下に対する稚拙な謀略が露見して、姿を眩ましていたお前がなぜ獣然宗の寺に……?」
「それは……」
于才は若干潤んだ瞳でちらりと嘲風を見上げ、助けを求めると、マスクの下でシンドイは小さくため息をついた。
「おっとそこまで!どんな因縁があるかはわからないが、今は俺の雇い主なんでね。あんまし怖い顔で睨まないでくれるかい?」
「そうされても仕方ないことをこいつはしたんですよ。ごちゃごちゃ言ってないで、こちらに引き渡してください」
「ふーん… よくわかんねぇが……交渉決裂ってこったな!!」
「!!?」
嘲風は目にも止まらぬスピードで関敦に狙いを定め、即座にトリガーを引いた。
バシュウッ!キィン!!
「へぇ……」
発射された弾丸はターゲットに命中することはなかった。アンミツが咄嗟に錫鴎を纏い、即座に剣で弾いたせいで。
「……助かりました」
「お礼は結構。それよりも皆さんは早くカワムラ先生のところへ」
「おいおい!お前は行かねぇのかよ!?」
「残念ながら。どうやら彼を止められるのはわたしだけみたいなんでね」
アンミツは一目見て、嘲風もといシンドイの高い力量を看破していた。
そしてそれは相手も同じだったようで……。
「悪いな、于才さんよ」
「へ?」
「あんたのお守りはここで終わりだ。つーか、あんたを守るためにもこいつをやらないとダメみたいだ。そのために側に居られると困る」
「ふざけるな!わたしがお前にいくら払っ――」
「連れてけ」
「「「はっ」」」
「――むぐっ!!?ぐううぅぅぅぅっ!!!」
シンドイに命じられたヴォーイン達に羽交い締めにされた于才はその場から強制的に退去させられた。
「あちらもやる気みたいですし、皆さんも早く。キトロンくん、後は頼みます」
「お、おう!坊主達ども行くぞ!!」
「ちいっ!!」
後ろ髪を引かれながらも、坊主と妖精も目的地に向かって再び走り出した。
残ったのは二本の剣を構える錫鴎と、一本の長大な銃を抱える嘲風の二人だけ……。
「あなた、雇われてるだけなんですよね?」
「そうだ」
「なら、一つ提案なんですけど」
「何だ?」
「わたしが灑の国に掛け合って、お金を出させますので、こちらに付きませんか?」
「それはそれは素敵な提案だね~」
「でしたら」
「だが、答えはノーだ。この仕事は信用が第一だからな。受けた依頼を反故になんかできない」
「ですよね。訊いておくだけ訊いてみようと思っただけなんで、忘れてください」
「そんじゃ気を取り直して……」
「始めましょうか……!!」
「あれ?カンちゃんがいない」
違和感を感じたキトロンが後ろを振り向くと、翠炎隊の監視役が忽然と姿を消していた。
「どうせさっきの于才って奴を追っかけていったんだろ」
「そう言われればそうか。激オコって感じだったもんな」
キトロンと道鎮の考えは全くの見当違いであった。関敦は于才のことなど無視してとある場所に向かって走っていた。
(この騒動の全容はいまだに掴めませんが、于才が、我が是の国の人間が関わっているのなら、黙って見過ごす訳にはいきません。ワタシもできる限りのことをしましょう)
この関敦の行動がこの一連の事件の結末を大きく左右することになる。
「着いたぞ!そして入りますよ!カワムラ先生!!」
道鎮が目的の部屋の前で急停止すると、ノックもせずに扉を開けた。
するとそこには棒を持ち、鍋を被るという心もとない武装をしている小太りの老人が立っていた。
「おお!道鎮くんか!!」
「はい、お助けに参りました。今すぐお逃げを」
「外では一体何が……!?」
「申し訳ありません。拙僧にも何が何だか。ただ灑の国から来た客人が言うには、先生が狙われていると」
「ならばやはりこれは……」
「羅昂って奴の差し金だ」
「うおっ!!?」
羽の生えた小人が突然目の前に降りて来ると、カワムラは驚きのあまり尻餅をついた。
「あっ、ごめん。驚かすつもりはなかったんだけど」
「いや、ルツ族を見ただけで腰を抜かすとは、私も大分動揺しているな……」
「落ち着くまで待ってあげたいところだけどよ。いつ奴らが来るかわかんねぇから早くここを離れようぜ」
「そ、そうだな!」
「忘れ物は、奴らが狙っている物はきちんと持ちましたか?」
「それはもちろん!」
楊亮の言葉にカワムラは懐をポンポンと叩いて答えた。
「よくわかりませんが、問題無さそうですな。では、早速行きま――」
「待て!!」
「――!!?」
道鎮が入って来た扉からまた外に出ようとしたその時、キトロンが声を荒げ、彼を引き止めた。それは真剣な顔つきで……。
「どうした急に?ゆっくりしている時間はないと言ったのは君の方だぞ」
「わかっている……わかっているけど、一つ確認しなきゃいけないことができた」
「……は?」
「道鎮は今、何が起きているのかわかってねぇんだよな?」
「あぁ……」
「奴らが何でカワムラ先生を狙っているのも」
「それは君達がそう言うから……」
「なら、何で楊亮は奴らの狙いが本当はカワムラ先生の持っているものだって知っていたんだ?おれっち達はそんなこと一言も言ってないのに」
「「!!?」」
皆の視線が楊亮に集中し、カワムラは彼から離れるように後退りした。
「楊亮、どういうことなんだ?」
「それは……」
「カワムラ先生は何も言ってないよな?」
「私は誰にも何も言っておらん。ここでは酒も飲めんし、泥酔して口を滑らしたなんてこともない」
「んじゃ、慧梵様とやらに聞かされていたのか?先輩の道鎮を差し置いて」
「あり得ない……!慧梵様なら拙僧にも必ず伝えてくれるはずだ……!!」
「だったら……」
疑いの眼差しに貫かれた楊亮は……醜悪な笑みを浮かべた。
「最後の最後でミスったな。仕方ない……御披露目といこうか、『修蛇』……!!」
「青い骸装機……!!」
各地で事態が急展開を迎えているのと時を同じくして、ヴォーインの山を積み上げていた狻猊もついに運命の相手と……業天馬と対峙していた。
「会いたかったぞ狻猊。そしてさよならだ」




