拳幽の中の拳聖
光が収まり、その中から出て来たのは九つの尻尾を持つ……が、そのうちの三本を切り取られ、今は六本しかない骸装機であった。
「それがあんたのマシンか」
「陸吾っていうんだ。カッコいいだろ?」
「あぁ、できれば修復が完璧に終わった状態の姿を見たかったと思うほどにな」
「やっぱ尻尾が斬られているのが、気になるか?」
「狻猊にやられたのか?」
「あんまり言いたくないけど……イエス」
「だとしたらたかが知れてるな。おれと業天馬の敵じゃない」
「おいおい、そういうことは……おれの力を見てから言えよ!!」
そう高らかに宣言すると、その証明のために陸吾は拳を抉り込むように打った!
「見なくてもわかるさ」
それに張り合うように業天馬もまた拳を力いっぱい握り込み……繰り出す!
「オラァ!!」
「はあっ!!」
ドゴオォォォォォォッ!!
「ひいっ!?」
拳が衝突することで発生した衝撃波が大気を揺らし、迂才がビビり散らかす!それはさておき肝心の勝負の方は……。
「――ッ!?」
「ふん」
業天馬が打ち勝った!陸吾の腕がひびを入れながら、弾かれる!
昨日の狻猊は引き分けだったのに、業天馬は陸吾に真っ正面から力で押し勝ったのだ!
「ちっ!?パワーはそっちが上かよ!?」
「否。パワーもだ」
「ほざくなよ!!スピードなら俺の方が!!」
即座に気持ちを切り替え、動く陸吾!拳を引くと同時に天馬に向けて足を振り上げた!長い脚が鞭のようにしなり襲いかかる!
「うりゃあぁッ!!」
ブゥン!!
「ちっ!!」
「そんな攻撃、当たるものか」
けれど業天馬はしゃがんでハイキックを回避!
そのまま脚を伸ばすとまるでコンパスのように地面に円を描く!足払いを敢行した!
「はっ!」
「このぉ!!」
ブゥン!!
だが、それを陸吾は跳躍して躱す!そしてすぐさま……。
「オラァ!!」
空中から業天馬の頭に向かって、今度こそと蹴りを放つ……が。
「ふん!」
「だから――」
ドゴオォォォッ!!
「ちいっ!!」
「当たらない」
けれども、これも不発に終わる。業天馬が後ろに下がったことで、陸吾の蹴りは地面に炸裂した。
「そろそろわかっただろ。全てにおいて、おれが上だと」
直後、業天馬は即座にまた前進!踏み込むと同時に、まだ完全に体勢を立て直せていない陸吾に拳を放った!
「だから舐めてんじゃない!!」
バシッ!!
「フッ」
こちらも不発!陸吾は腕で自らに迫るパンチを難なく捌き、はたき落とした!
「喰らえ!!」
お返しのアッパー!業天馬の顎に下から拳を……。
バシッ!!
「くっ!?」
「残念」
やられたらやり返す!天馬はアッパーを斜めから手刀で弾き、軌道を変えた!
「この野郎……!!」
言葉とは裏腹に陸吾は後ろに跳躍、再び間合いを取った。
「終わりか?獣然宗の強者よ」
「まだまだ……!ようやく目が覚めて来たところだぜ……!」
陸吾はうねうねと残っている六本の尻尾をこれ見よがしに動かした。とある意図を秘めながら……。
「次はそいつで手数を増やすか?さっきお仲間がまとめてやられたことを覚えているなら、やめるべきだ」
「そう言いながら、実際はお前自身がやめて欲しいんじゃないのか?」
「おれが?狻猊に斬られるようなものに恐れを為すと?笑わせるな」
業天馬は言葉通り、一笑に付した。
その姿を見てマスクの下で蓮霜もまた嗤った。
「ずいぶんと狻猊を敵対視してるみたいだが、俺からすればお前とあいつは似た者同士だぜ」
「……何?」
男の顔から笑みが消える。
それを察した蓮霜はさらに口角を引き上げながら、口を動かす。
「実は今まで俺が繰り出した攻撃は昨日その狻猊にやったことまんまだったりするんだな」
「今までの……全てか?」
「あぁ、一挙手一投足、全く同じだ。んで、それに対するお前の反応もまた昨日の狻猊と全く同じだった」
「ッ!!?」
笑みが消えた男の顔が今度は憤怒と憎悪によって塗りつぶされた。
(効いてる効いてる。っていうか予想以上だな。ぶっちゃけ最初のパンチのぶつけ合いの結果はまるっきり違うし、スピードも僅かだが狻猊を上回っている気がするけど……わざわざ教える義理なんかねぇし、黙っておこう)
計画通りに相手の心をかき乱せたことを喜ぶ蓮霜。
けれど、それこそが彼の最大の過ちだった。
「そうか……狻猊と一緒か……このおれがあの後継者気取りのアホと……なるほどな……」
(ん?)
先ほどまでの怒りはどこへやら。業天馬は静かに構えを取り直した。
この泰然自若とした仕草に、蓮霜の顔から笑みが消えた。
「……意外と冷静じゃないか」
「自分でも驚いている。初めての感覚だ。苛立ちもあるレベルを超えると、逆に冷めていくものなんだな」
「つーことは、ちゃんと俺の嫌がらせは効いていたってことだな。安心したぜ」
「安心?いいや、お前が決してやってはいけないことをした。このおれとあんな紛い物を比較するなどあってはならないことだ。その罪は重いぞ」
「罪だと?仮に俺が罪人だったとしても、お前に裁く権――」
「聖王覇獣拳」
「――り!!?」
一瞬で、まさに瞬く間に業天馬は陸吾の懐まで踏み込んで来た!そして……。
「爪翔撃」
身体ごとぶつけるように飛び上がりながら、アッパーカット!
「陸吾!!」
咄嗟に顎と迫る拳の間に一本の尻尾を潜り込ませ、陸吾は攻撃を防ごうと試みたが……。
ドゴオッ!!
「――ぐっ!?」
業天馬は尻尾ごと撃ち抜き、陸吾を吹き飛ばした!
(尻尾をクッション代わりにし、さらに少しでも威力を減らすために跳躍したというのに……なんて破壊力だ!!?)
空中を舞う陸吾のマスクには稲妻のような亀裂が放射状に無数に入っていた。その奥に隠れている蓮霜の頬に冷や汗が伝う。
(やはり拳法家相手に接近戦では分が悪い!ここは昨日と同じように……距離を取らせてもらう!!)
陸吾が尻尾を伸ばす!それは縦横無尽に動き回り、四方八方から業天馬に襲いかかる……が。
「ふん。小賢しい」
ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!
あっさりと避けられ、さらに……。
「聖王覇獣拳、邪鬼穿ち」
ザブシュッ!!
「――何!?」
業天馬の力を集中させた人差し指にカウンターで貫かれ、さらにさらに……。
「大渦投げ」
ブォン!!ドゴオォォォォォンッ!!
「――がはっ!!?」
その引っかけられた人差し指一つでぶん投げられて、地面に叩き落とされた。さらにさらにさらに……。
「掌隕石」
「!!?」
倒れる陸吾に接近すると、容赦なく掌底を撃ち下ろした!
「このぉ!!」
ドゴオォォォォォンッ!!
しかしこれは陸吾が残った尻尾をバネのように使い、地面から飛んで移動することによってギリギリで回避、事無きを得た。
「はぁ……はぁ……」
蓮霜の息が大きく乱れる。
昨日の狻猊戦では見られなかった光景だ。
それだけこのたった数秒にも満たない攻防が彼の精神力と体力を大きく削ったのだ!
「自分の罪を自覚したか?」
「罪は知らねぇが、ちょっと調子に乗って煽り過ぎたと後悔してる」
「そうだ。下らない挑発などしなければ、適当にあしらうだけで済ましてやったものを……バカな男だ」
「一方でちょっと喜んでいる自分もいる」
「……は?」
「俺と陸吾とやり合える奴が来ることなんて今までなかったのに……まさか二日連続で現れるなんてよ!!最高にテンション上がるぜ!!」
蓮霜の言葉は嘘ではないと、証明するように陸吾から放たれる力が増していくのを、男は感じ取った。
「僧侶の前に武人か……その意気だけは認めてやろう。だが、どれだけ特級骸装機を活性化させたところでおれには届かない」
「おいおい……さっき言ったばかりだろ?そういう台詞は……俺の力を味わってから言いやがれ!!」
陸吾は先ほどと同じく尻尾を伸ばしながら、自分自身も突撃していった。
「何度やろうと結果は同じだ」
業天馬は尻尾を迎撃しようと、拳を繰り出そうとした瞬間!
グルン!シュルッ!!
「よし!!」
尻尾は軌道を変えて、その拳自体に絡みついた。さらに……。
「もう一丁……いや、四丁だ!!」
シュルッ!シュルッ!シュルッ!シュルッ!!
さらにもう一方の腕、両足、そして首に尻尾が絡みつき、業天馬の動きを止める!
(これなら昨日の狻猊のように骨を外して脱出することもできない!このまま身動きできない奴を――)
「聖王覇獣拳」
「――!!?」
「身震気衛」
ブルルンッ!!
「何ぃ!!?」
それは震えであった。
業天馬は全身を目にも止まらぬ超高速で震わせることによって尻尾の拘束を弾き、その隙に脱出、こちらに来る陸吾に向かって駆け出したのだ!
(あんな方法で脱出するとは……だが、まだ勝負は終わっていない!まだあいつには陸吾のもう一つの武器を見せていない!!)
この一撃で意表を突き、決着をつけるという強い覚悟を乗せて、陸吾は拳を振り抜いた!
「オラアッ!!」
「そんなもの……聖王覇獣拳、剣割り」
陸吾のパンチに合わせ、業天馬は急停止!そして迫る拳を挟み込むように、肘と膝を動かす!
(よし!!)
その光景を蓮霜は待ち望んでいた。
(やはり昨日の狻猊と同じ動き!あの時はギリギリで気付かれたが、今日こそはこの爪で決めてやる!!)
陸吾の拳はこのタイミングであったら間違いなく業天馬のカウンターによって止められ、下手したら完全に破壊されるかもしれない。しかし、拳から飛び出す鋭い爪が青の天馬の腹部を突き刺し、大ダメージを与え、あわよくばそのまま勝利……その捨て身の策こそが蓮霜が思い描いた絵図であった……あったのだが。
「その拳から何か出るのか?」
「……は?」
刹那、業天馬一歩後退。
少し遅れて陸吾の拳から爪が飛び出す。
その結果……。
バギイィィィィィィン!!
「ッ!!?」
拳ではなく爪の方が天馬の肘と膝に挟まれ、粉々に砕かれてしまった!
それは蓮霜の策も粉々に、もろくも崩れ去ったことを意味していた……。
「やはり間合いの取り方からして、何か仕掛けがあると思ったが……大当たりだな」
「くっ!?」
「切り札を失ったお前に最早勝機はない。諦めて、我が拳で眠りにつけ」
返す刀で業天馬は拳を振り抜く!
(これは……躱せない!!だが、もしもの時のために、尻尾を一つ残しておいたんだ!こいつのパワーからして、ダメージは免れないが、致命傷だけはなんとか……)
それに対し、陸吾は先ほどと同じように尻尾をクッションにして防ごうとする。
蓮霜のこの考えは正しかった。
これが先ほどと同じ普通の打撃であったなら、深手を負い、相当追い詰められることにはなるだろうが、この一撃だけで敗北に至ることはなかっただろう。
蓮霜の考えは正しかった。
これが普通の打撃であったなら……。
「聖王覇獣拳…………骸装通し」
ボオンッ!!
「………がはっ!?」
打撃の衝撃は尻尾を通り抜け、さらには骸装機自体の装甲さえ貫通、それどころか蓮霜の皮膚や筋肉、骨さえ超えて、内臓に大きなダメージを与えた。
「聖王覇獣拳の代名詞であるこの技に敗れたことを誇りに思え、獣然宗の強者よ」
(こいつは……強い、強すぎる!!?俺よりも、そして林江よりもずっと……!!高い身体能力に、間合いの違和感だけで、こっちのかくし球を看破する観察力と頭脳……この男の武才はもしかしたら拳聖に匹敵する……)
ドサッ!!
肉体のダメージ許容範囲を超え、意識が強制的にシャットダウン。陸吾は前のめりに倒れ、そのまま立ち上がることはなかった。
「……とどめは刺さないんですか?」
薄固がそう問いかけると、業天馬を腕輪の状態に戻しながら、汗一つかいていない涼しげな顔の男は首を横に振った。
「別に獣然宗に恨みがあるわけではないからな。そこまでしないでもいいだろう」
「なんとお優しい」
「………そんなんじゃないさ」
明らかに皮肉の混ざったその言葉に男は僅かに眉をピクピクとひくつかせたが、陸吾との戦いで疲れているのか、それとも先を急ぎたかったのか、反論しなかった。
「シンドイ、ヴォーイン達は?」
「タイミング良くやって来ましたよ」
嘲風が後ろを親指で差すと、そこにはズラリとヴォーインの集団が並んでいる。
「ならばよし。これより我ら拳幽会は獣然寺に侵攻する!!」
「「「はっ!!」」」
「奴らに恨みはないが、田伝と奴の持っている神遺物を隠し立てするなら、容赦はしない!我らの力を存分に振るい、二度と逆らう気が起きないほどの恐怖を刻みつけてやれ!!」
「「「はっ!!」」」
「拳幽会……進軍!!」
「「「応ッ!!」」」
一糸乱れぬ動きで霧の中を進んでいく拳幽達。翠炎隊との決戦はすぐそばまで迫っていた……。




