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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
継承拳武
134/163

接敵

 リンゴ達翠炎隊が獣然寺に到着してから、一夜が明けようとしていた。

「やっぱりこの山で迎える夜明けはいいな。身も心も洗われるようだ」

 元々霧が深く荘厳で神秘的な印象の強い崑萊山であるが、特にこの時間帯、朝の日差しに照らされている時は格別であると、蓮霜は思っていた。

「蓮霜様」

「ん?」

 声をかけられ振り返ると、そこには九体の尸解仙が槍を持って並んでいた。

「交代の時間か」

「はい。寺に戻り、お休みください」

「別に必要ねぇんだけどな。昨日から妙に昂っちまってるし、その原因であるお弟子さんと顔を合わせたりなんかしたら……止まらねぇかもしれねぇしよ……!!」

「「「――ッ!!?」」」

 蓮霜から放たれる強烈な闘気に部下達は背筋を凍らせ、ブルルと身体を震わせる。彼の実力と苛烈さはこの山中に轟いているのだ。

「おっといけねぇいけねぇ。悪いな、脅かすつもりはなかったんだが」

「いえ、陸吾に選ばれ、獣然宗を守る使命を担う者ならば、我らを気合で怯ませるくらいのことはしてくれませんと」

「ただもし拳聖のお弟子さんと顔を合わせても、無闇に飛びかかるようなことはなさらないでください。我が獣然宗の品位が傷つきますから」

「わかってるわかってる」

 本当にわかっているのか問い詰めたくなるような軽薄な態度と表情で、部下達の肩を叩くと、蓮霜は寺に戻る準備を……。


ザッ……


「!!!」

 瞬間、再び蓮霜から闘気が迸り、一気に場の空気が張り詰めた!

「ど、どうされましたか……?」

「今の足音、聞こえなかったか?」

「足音ですか……いえ、自分には何も……」

「わたしも特には……」

「俺には聞こえた」

「聞き間違いでないなら、小型の起源獣かなんかでしょうか?」

「いや、これは人の足音だ。長年、こうして寺への道を守る仕事を続けて来たんだ……聞き分けくらいできるようになる」

「では……」

「あぁ……来るぜ、お客さんが。アポなしでな」

 蓮霜の言う通り、すぐに彼らの前に四人の男達が姿を現した。

「へぇ~、これが噂の」

「思っていたより人数が多いですね」

「………」

 そのうちの三人は屈強な肉体を擁し、態度も落ち着き払っていて、見るからに強そうだった。

「おい!あいつらこちらを睨んでいるが、大丈夫なんだろうな!?」

 打って変わって、残りの一人の男は明らかに運動不足の醜い小太り。しかもおどおどと周りを見渡すその仕草は見る者を皆苛つかせる不愉快な人物と評するしかないほどの愚劣な姿と仕草をしていた。

「お前達、ここに何の用だ……?」

「ひっ!?」

 蓮霜はあえて不躾に、高圧的に問いかけた。その威圧感に気圧され、小太りの男は飄々とした男の影に隠れる。

「迂才様、ちょっと凄まれたくらいで、そんなビビり散らかすのは、貴族としてどうかと思いますよ」

「うるさいぞ!『申戸偉(しんどい)』!!拳幽会からとは別に、わたしのボディーガード役として大金を払ってやっているのを忘れたか!?つべこべ言わずにわたしを守っていればいいんだよ!!」

「へいへい」

 シンドイは辟易しながらも、仕事はちゃんとしますよと、迂才の盾になるように彼を背後に隠した。

「おい、そこのお前」

「ん?迂才様は渡しませんよ」

「そんなしょうもない男などいらん」

(こいつ……!!でも、怖いから何も言えん……!!)

「じゃあ、何か?俺に質問があるのか?スリーサイズに関してはノーコメントで通させてもらうぜ」

「それも興味ない。俺が訊きたいのは、今お前、拳幽会って言ったか?」

「あぁ、言ったぜ」

(こいつらが最近、灑の国で暴れてるっていう……)

 蓮霜はさらに警戒レベルを上げる。

 それを見て、また別の男が二人の間に割って入った。

「失礼。わたくしは『薄固(はくこ)』と申しますが、蓮霜さんですね?」

「そうだが」

「あなたがわたくし達のことをどう聞いているのかは存じませんが、こちらは獣然宗と争う気はありません。ただこの先にいる獣然寺に訪ねたい人がいるだけなんです」

「そいつが誰だか知らんが、会いたいならアポを取ってから来るべきだったな。基本的に獣然宗は飛び込み客お断りだ」

「そこをなんとか。どうにかなりませんかね」

 言葉こそへりくだっているが、薄固は頭を下げるどころか、眉一つ決して動かすことなく直立不動を維持した。慇懃無礼とは彼のような人間のことを指すのだろう。

「不遜な奴め。人にものを頼む態度じゃねぇだろ」

「気を害したなら謝ります」

「だから言葉と顔と身体の動きが合ってねぇんだよ。つーか、穏便に話を進めたいなら、そいつに殺気を飛ばさせるのをやめろ」

 四人組の最後は羅昂と面会していた精悍な男。その男は鋭い眼差しで蓮霜を睨み付け、今にも飛びかかりそうな迫力を醸し出していた。

「薄固、こんな奴に頼む必要はない……強者が弱者の顔色を伺う必要などな」

「あ?」

「シンドイ、お前の力を見せてみろ」

「あいよ」

 男に促され、シンドイは懐から取り出した……札のようなものを。

「それはまさか……!?」

「見渡せ『嘲風(ちょうふう)』」

 主人の呼び掛けに応じ、札は光の粒子に分解、そして羽の生えた機械鎧に再構成、シンドイの全身に装着されていった。

「懐麓道の九つの傑作の一つか……」

「おっ、物知りだね。それとも知り合いに使い手がいるとか?」

「ちょうど昨日な」

(狻猊か……!!)

 蓮霜の言葉を聞いた瞬間、精悍な男の顔が僅かに苦味走った。

「シンドイ、奴らが先に来てるなら、おれ達も急いだ方がいい」

「わかりました……よ!」

「!!」

 嘲風は構えを……。

「……なんてな」

 取る振りをしたが、結局取らずに人差し指をこめかみの辺りでぐるぐる回し始めた。

「……何のつもりだ?ふざけているのか?」

「まさか。俺は適当に見えて、仕事はきっちりやる男よ……」

 そう語るシンドイのまさに眼前、嘲風のマスク裏のディスプレイのレーダーが何かを捉えた。

「……ビンゴ。人の集まっている場所がわかったぜ」

「何!!?」

「嘲風のコンセプトは感知・索敵能力特化。そんじょそこらのルツ族も裸足で逃げ出す代物さ」

 そう誇らしげに言うと崇めろ、讃えろと言わんばかりに嘲風は腕を広げ、胸を張った。

「この山の霧対策は万全ってわけか」

「ぶっちゃけそのためだけに雇われたようなもんだしね、俺」

「ふん、何の考えも無しに霧に突っ込むアホだったら、見逃してやったのに……こうなっては力づくにでも止めないダメじゃないか……!!」

「ありゃ?あちらさんをやる気にしちゃったみたい。でも、ここから先は依頼に入ってないんですけど……」

 嘲風はチラチラと男に視線を送る。

「わかっている。ここからはおれの仕事だ」

 すると男はけだるそうに腕輪を嵌めた手を、顔の前に翳した。そして……。

「叩き潰せ……『業天馬(ごうてんま)』」

 その真の名前を呼ぶ!

 腕輪は光を放ちながら、鮮やかな青色の機械鎧へと変化し、男の全身を覆っていく。

 装着者と同じく精悍かつ無駄のない美しいフォルム……業天馬というマシンは惚れ惚れとするような均整の取れた姿をしていた。

(雰囲気からただ者じゃないとは思っていたが、こいつも特級使いか。どうやら俺でないと、止められないみたいだな……!!)

 その姿を見た刹那、自分がどうにかしないといけないと判断した蓮霜は完全に臨戦態勢に移行。愛機の陸吾を……。

「蓮霜様は下がっていてください!!」

「……は?」

 陸吾を呼び出そうとしたら、部下の尸解仙がカットイン!青の特級骸装機の前に立ちはだかった!

「お前ら、何をやってる!!?」

「蓮霜様は昨日の今日でお疲れになっている!」

「陸吾もまだ……」

「ならば、我らがこいつらを排除するのが妥当!!」

「バカ!!お前らじゃそいつには……」

「行くぞ!皆の衆!!」

「「「応っ!!」」」

 蓮霜の必死の制止も振り切り、彼のことを慮った尸解仙軍団は無謀にも業天馬に向かって行った!

「愚かな。分をわきまえるという言葉を知らんのか」

「その言葉!そっくりそのまま返すぞ!!」

 先手は当然尸解仙!シンプルゆえに最も自信のある攻撃、槍を突き出す!

「無理だよ、お前では」


ヒュッ!ガシッ!グイッ!ドゴッ!!


「――!!?」

「「「――なっ!!?」」」

 業天馬は槍を回避、掴み、引き寄せ、そして頭突きをした。

 一連の動きはあまりに流麗かつ素早く、食らった尸解仙は自分が何をされたかも理解できないまま意識を断たれ、周りで見ていた者達も仲間が膝から崩れ落ちた理由を理解できなかった。

「さて……これでさすがに理解できたか?お前達とこのおれの圧倒的な力の差というものを?」

「くっ!?」

「ふざけるな!!たかが一人をまぐれで倒したくらいで、賊風情がいい気になるなよ!!」

「そうだ!一人倒されてもまだ数は我らが上!戦況は依然我らが有利!!」

「囲め!数の利を生かすんだ!!」

「「「応ッ!!」」」

 尸解仙言葉の通り、尸解仙軍団は散開、そして業天馬を包囲した。そして……。

「八方向からの攻撃……貴様に防げるか!!」

 皆、一斉に槍を突き出す!

「ふん」


ヒュッ!ヒュッ!パンッ!パンッ!ヒュッ!パンッ!ヒュッ!ヒュッ!


「――な!!?」

「何ぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!?」

 あろうことか青の骸装機はそれらの槍を全て躱し、捌き切ってしまった。

「いい突きだ、悪くない。だが、おれと業天馬を倒すには物足りない」

「くっ!?」

「惑わされるな!!有利なのはこっち……こっちなんだ!続けていればいずれ……!!」

「いくらやろうと結果は変わらんが、お前らごときに付き合ってやるほどおれは……暇じゃない……!」

「――な!?」

 業天馬は一瞬で一体の尸解仙の懐まで潜り込んだ。

(ちっ!?この距離、槍では……!!?)

 槍では対応できないと即座に判断した尸解仙は槍を投げ捨てる……のだが。

「判断自体はいいが、遅い」


ゴォン!!


「……がはっ!!?」

 それと同時にボディーブローを叩き込まれてしまった!

 肺から強制的に空気が排出され、身体が直角に曲がり、頭が許しを乞うように垂れ下がる!そこに……。


ドゴッ!!


「――ッ!?」

 無慈悲なアッパーカット炸裂!意識を空の彼方まで吹き飛ばした!

「見えてるぞ」


ドゴッ!!


「――ぐはっ!?」

 さらに後ろに勢いよく足を伸ばし、背後から奇襲を仕掛けようとしていた別の尸解仙を撃破!さらにさらに……。

「よくも!!」

「この野郎!!」

「うおりゃあぁぁぁぁっ!!」

「有象無象が」


グルン!ガンガンガァン!!


「「「――ッ!?」」」

「いくら束になろうと無意味」

 三方向から同時に飛びかかって来た相手を一回転しながら、拳で蹴りで肘で顎に打撃を叩き込み、脳ミソを揺らし、意識を闇の底に沈めた。

(奴の注意は前後左右に割かれている……だったら上からなら!)


ヒュッ!ザクッ!!


「……へ?」

「………」

「へ?」

 上から急襲を仕掛けた尸解仙だったが、これもあっさり避けられ、槍は地面に突き刺さる。

 ターゲットと襲撃者、二人の気まずい視線が交差すると……。


ドゴッ!!


「――がふっ!!?」

 ターゲットの方が鬱陶しい羽虫を振り払うかの如く、裏拳を振るい、襲撃者を撃退した。

「うっ!?」

「こいつ……強い、強過ぎる……!?」

 ここにきて、ようやく業天馬のとの圧倒的な力量を理解した残った二体の尸解仙は一歩も動けず、槍をガタガタと震わせることしかできなかった。

「恥じることはない」

「!!?」

「な、何を……!!?」

「おれに対して恐れを抱くことさ。弱者が強者を恐れるのは生物として何も間違っていない。お前らは賢く、こいつらそんな簡単なこともわからぬバカだったというだけの話だ」

 そう言いながら、業天馬は倒れる尸解仙の頭を爪先でコツンと小突いた。

「てめえぇッ!!」

「やりやがったな!!」

 怒髪天を衝くとはこのことを言うのだろう。文字通り仲間を足蹴にされた残った尸解仙は先ほどまでの弱気はどこへやら、怒りに身を焼かれながら、業天馬に……。

「もういい、やめろ」

「「!!?」」

 業天馬に特攻をかまそうとした瞬間、蓮霜が引き止めた。今回はちゃんと話を聞いてくれたようで、尸解仙はピタリとその場にとどまる。

「蓮霜様!!」

「止めないでください!!」

「いや、止めるに決まってんだろ。恥知らずにもあれだけの数で囲んでおいて、返り討ちにされた……そんな奴にお前ら二人だけで勝てるわけねぇだろ」

「そ、それは……」

 上司に淡々と事実を突き付けられ、尸解仙の限界突破したテンションは一気に冷め、ショボくれていった。

「お前らがすべきことは一刻も早く、今起こったことを寺のみんなに伝えることだ」

「それは……そうかもしれませんが……」

「かもじゃなくて、そうなんだよ。わかったら、早く行け。お前らの無念は……俺が晴らしてやるからよ……!!」

「「――ッ!?」」

 蓮霜の全身から凄まじいプレッシャーが迸った。

 瞬間、尸解仙達は理解する……彼が自分達以上にぶちキレていることに。自分達がここにいても邪魔にしかならないことに。

「……わかりました」

「ここは……いえ、彼らの処分はお任せします」

「おう、任せとけ」

 尸解仙は蓮霜に一礼すると、反転し、傍らに置いてあった羅針盤をもって霧の中に消えていった。

 そして後を託された蓮霜は目の前で微動だにしない業天馬を激しい怒りの炎が静かに燃え滾る目で真っ直ぐと見据えた。

「……黙って見送るのか?」

「すぐに追うさ……お前をすぐに片付けてからな」

「ほう……!このおれをすぐにねぇ……!!」

 蓮霜はどこまでも舐め腐った態度に、顔をひきつらせ、拳を痛いほど握りしめる。

 一方の拳幽会の男もまた思うところがあるのか、鮮やかな青色のマスクの下で眉間にシワを寄せ、険しい顔を浮かべていた。

「……貴様、狻猊と……拳聖の弟子だと宣うアホと戦ったのか?」

「林江とか?あぁ、戦ったぜ。あいつと知り合いなのか?」

「会ったことはない……だが、いずれ会って教えてやらなければと思っている。本物の聖王覇獣拳というものをな……!!」

 そう憎悪を滲ませながら語ると、業天馬は今日初めて構えを取った。

「生憎、それは無理な話だ。お前はここで俺にボコボコにされて、しばらくまともに立つこともできなくなるんだからよ!!」

 蓮霜は指輪を嵌めた手を突き出すと、そこから眩い光が放たれた……。


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