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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
継承拳武
133/163

接触

「うおおっ!凄ぇなぁ!!獣然宗!!」

 キトロンは驚嘆の声を上げた。

 霧を抜けた先にあったのは、今まで見て来た野生の景色とは、真逆の質素だが、立派な建造物……門であった。

「確かに……想像していたスケールを遥かに上回っている……」

「意外と凄い的な噂は聞いていたけどよ……」

「百聞は一見に如かずですね。とりあえずこれを見れただけでも、わざわざ起源獣から逃げながら、ここまでやって来た甲斐があったと思えます……」

 リンゴを始め、他の翠炎隊もその威容に圧倒され、ポカンと間抜けに口を開けながら、門を見上げた。それだけ彼らの予想を上回っていたのだ。

「ワタシも初めて来た時は、そんな感じになりました。ですが、この門を堪能したいなら、待ち構えているあの方達に挨拶してからにしましょう」

「あ」

 関敦に促され、視線を落とすと、門の前に男が二人立っていて、こちらに気づくと会釈して来た。

「そうですね。あの人達の解説があった方がより楽しめそうですし」

「お気楽な。観光に来たのですか、あなたは」

「結構前に亡くなった師匠のことを報告するだけですから、ぶっちゃけ観光みたいなものですよ」

(さすがにこんな雑なカマかけには引っかかりませんか)

 獅子を模した仮面の下に必要以上にのんきに笑うリンゴの顔を感じ取り、間敦は対照的に口を尖らせた。

「ここまで来たら、骸装機を脱いでも大丈夫ですよね?」

「ええ。礼儀的にも、脱いだ方がいいでしょう」

「では……狻猊戻れ」

 リンゴの呼び掛けに応じ、緑色の獅子の鎧は主の身体から離れると、光の粒子に分解、さらに札の形に再構成され、手の中に収まった。

「エネルギーと損傷度は……」

 札の表面、文字のような絵柄のような部分を軽くなぞると、そこから空中に無数のグラフが描かれた映像が投影された。

(結構な長丁場だったから、エネルギーの消費が激しいな。装甲のダメージはそうでもないけど、こうなると完全修復まで、思ったより時間がかかるか?まぁでも明日の昼には終わってるだろうし、何よりしばらくは戦うことはないから、問題ないよな)

 そんなことを思いながら、リンゴは待機状態になった愛機を懐に仕舞う。

「行きましょうか」

「はい」

 他のみんなもそれぞれ機械鎧を待機状態に戻し、素顔を晒すと、軽く髪など整えながら、待ち構える二人の男の下へと歩き出し、そしてすぐに彼らの前にたどり着くと立ち止まった。

「お待たせしてしまってすいません。連絡した翠炎隊、そして拳聖玄羽の弟子、林江です」

 リンゴは手のひらに拳を打ち付け、頭を下げる。そして、後ろに控えているメンバーも彼に倣ったのだが……。

「こんな奴らのために……」

(え?)

 その時、頭上から不愉快さがにじみ出た男の呟く声が聞こえた。

「今、何か……?」

「い、いえ!何も言ってませんよね!?『道鎮(どうちん)』先輩!」

「あぁ……」

 道鎮と呼ばれた男は隣の慌てふためく対照的に眉一つ動かさずに手を合わせ、お返しにと頭を垂れた。

「改めまして、拙僧は道鎮。そしてこちらが……」

「『楊亮(ようりょう)』です。以後、お見知りおきを」

「よろしくお願いします」

「ワタシ達がこの獣然宗総本山、その名もまんま『獣然寺』での、皆さんのお世話をさせていただきます。何か用があったらすぐに仰ってください」

「では、早速よろしいですか?」

「はい、なんでしょうか?……って、とっとと慧梵様に会わせてくれって話ですよね」

「まぁ、はい、そうですね」

「わかりました……と、言いたいところなんですけど……今はちょっと……」

「………」

 楊亮はバツの悪そうな顔をして、道鎮は無言で目を伏せた。

「……何かトラブルでもあったんですか?」

「トラブルと言えばそうなんですけど、そこまで深刻なものじゃないんでご心配なく」

「ここで立ち話もなんですから、中に入り、しばらく宿泊することになるお部屋まで歩きながら、お話ししましょう」

「わかりました」

「それでは……門を開けろ!!」

 楊亮の声に応じ、巨大な門がゴゴゴと音を立てて開くと、その奥に巨大な建物が見えた。

「あれが獣然寺ですか……」

「はい。ですが、あそこにはいきませんので悪しからず。今日のところは離れの方で我慢してください」

「では、参りましょうか」

「あ、先輩!もうせっかちなんだから!皆さんついて来てくださいね」

「はい」

 無愛想な道鎮を先頭に一行はついに獣然宗の総本山に足を踏み入れた。そこには……。

「「「……………」」」

「「「はっ!はっ!はあっ!はあっ!!」」」

「「「でえぃ!はあっ!!」」」

「昨日の食事の何が良くなかったんだろ?」

「さぁ?」

 瞑想する者達、拳や棒を振るい、鍛える者達、そして普通に談笑している者達がところ狭しと蠢いていた。

「………なんていうか」

「意外と喧しいでしょ?」

「え?いや、別にそんなことは……」

「誤魔化す必要なんてありませんよ。ここを訪れた人はみんなそう思いますから。ねぇ?関敦さん」

「だな」

「かくいうワタシも初めて見た時はあまりにイメージとかけ離れていて、度肝を抜かれたものです」

 昔を懐かしみながら、楊亮は苦笑いを浮かべた。

「きっと皆さん、あそこにいる人達のように、みんな無言で瞑想していると思っていたのでしょう?」

「ええ、あそこは想像通り……ですけど……」

「問題はあっちだな」

 バンビは一心不乱に肉体と技を鍛える僧兵達を見て、実家のことを思い出した。

「うちの道場顔負けだ。いや、むしろあの鬼気迫る感じはうちよりも上かも」

「起源獣と共存などと謳っておりますが、彼らと話など通じるわけではないですから。何かあった時に逃げるなり、彼らを傷つけないで追い返すためには、強くなくては」

「……ですね」

「この登山で嫌というほど、わからされたよな、オレ達」

「心中お察しします。俗世に疲れ、ここの門を叩く者、この寺から離れ、修行の旅に出て戻ってきた者……どちらも話を聞いてみると、この崑萊山の登山が一番きつかったという人も少なくありませんから」

「今から下山する時のことを考えると億劫ですよ……」

「起源獣に遭遇しないことを祈るしかありませんね」

「是非ともそうあって欲しいものです」

 リンゴの後ろで他のメンバーが凄まじい勢いで首を縦に振った。

「けれど、これで謎が解けました」

「謎?」

「獣然宗の強さの秘密ですよ。過酷な山で生活しながら、これだけ鍛えているなら、そりゃあ蓮霜さんも義命さんも強くなるはず」

「あの二人を獣然宗の代表だと思って欲しくないな……!」

「うっ!?」

 今まで黙っていた道鎮が低く怒気をはらんだ声を響かせるとリンゴは思わず気圧され、たじろいだ。

「道鎮先輩!」

「ふん!」

「すいません……ですが、先輩の言う通り、あの二人はここでもかなり特殊というか異端の存在なので、あれをスタンダードだとは思わないでくださいね」

「わかりました……」

 その後は会話はピタリと止まり、一行は黙々と歩き続けた。

「ここが皆さんのお部屋です」

「質素だが、小綺麗でいいじゃない!!」

 到着するなり妖精は自分はこのもてなしに満足していると身体全体で表現するように部屋中をぐるりと一瞬飛行した。

「お食事は後程持って来ます。お風呂の方は食事の前に入られますか?」

「ええ、大分汗をかいたんで、できればすぐにでも」

「でしたら、すぐにご案内します。外で待ってますからご準備を」

 そう言って楊亮と、その隣にいるいまだに不機嫌そうな道鎮は踵を返し、部屋の外に……。

「待ってください」

 部屋の外に行こうとしたが、リンゴが呼び止めた。

「どうされましたか?」

「いえ、慧梵様に会えない理由を聞いていなかったので……」

「あぁ、すいませんすいません。すっかり失念していました。肝心なことを……申し訳ありません」

 楊亮はペコリと頭を下げ、自身のいたらなさを謝罪した。

「いえ、別にそれはいいんですけど……それで慧梵様は?」

「実は昨日の夜より体調を崩していまして」

「え……」

 リンゴ達の脳裏に最悪の考えが過る……が。

「ただの食あたりだ。死ぬようなことはない」

「そうですか……良かった」

 道鎮が不躾にそれを否定してくれたおかげで、すぐに胸を撫で下ろした

「食あたり……さっき昨日の食事どうの話している人がいたのはこういうことだったのですね」

「はい。単純に慧梵様の食したものの鮮度が悪かったのか、言ってもかなりご高齢の方なので抵抗力などが弱っていて、そうなったのかは定かではありませんが、今は寝込んでおります」

「自然との共生を掲げている獣然宗には医学や薬学を齧った者も多い。そいつらの見解では薬草を煎じたものを飲んで二、三日も安静にしていれば、元気になるそうだ」

(そのレベルなら、こいつを使っても大した恩にはなりませんかね?けれど、どんなに小さくとも恩は恩ですから……どうしましょう)

 最後尾で、関敦は息を潜め、懐に大事に仕舞ってある典優から持たされたとある物を擦りながら、思案を巡らした。

「それじゃあ、慧梵様に会えるのは、元気になってからと」

「ええ、皆様方に急ぎの用がなければですが。もしどうしてもと言うなら明日にでも……」

「いえ、こちらは別に。ねぇ?」

「はい。三日でも一週間でも待ちますよ」

(ぶっちゃけその慧梵とかいう奴はどうでもいいからな。おれっち達的に大事なのは……)

「でしたらカワムラ先生という方にはお会いできないでしょうか?」

(こっちだよな)

 本題をリンゴが切り出すと、翠炎隊に僅かに緊張が走るが、それを関敦に気取られぬように必死に抑えた。

「カワムラ先生のことをご存知で?」

「いえ、ついさっき蓮霜さんに聞いたばかりです。けれど灑の国にもいたことがあるというので、お話しなどできたらいいかな……と」

「そうでしたか。ですが……」

 楊亮が気まずそうに道鎮に目配せすると、ずっと不機嫌な顔をしている男はさらに顔をしかめながら、重い口を開いた。

「今、カワムラ先生は誰にも会いたくないそうだ」

「それは……どうして?」

「さぁ?理由があるなら拙僧が知りたいわ」

「元々、気難しい方なんですか?」

「そんなことはない。拙僧達にも気軽に話しかけてくれるし、飯や風呂の準備の手伝いもしてくれる気のいい人だ」

「そんな人が何で……?」

「よくわからないが、ここ一月ほどかなりナイーブになっていてな……」

(きっと自分の教え子達が襲われているのを、知ったんだ。自分のせいで大切な教え子達が……)

 自分が同じ立場だったらと思うと、リンゴは胸が締め付けられた。

「こちらとしてもかなり心配していて……」

「実は気晴らしになるかと思い、あなた方のことを話したんですよ。それこそ灑にいた頃の思い出話でもしてみればいいと。けれど……」

「拒絶されたんですね?」

「ええ……カワムラ先生曰く、本当にあなたが拳聖の弟子かは疑わしいと、そんな奴とは話したくないと」

「また偽物扱いですか……」

 これにはリンゴも乾いた笑いしか出て来なかった。

「何から何まですいません」

「別に楊亮さんが謝ることはないですよ。体調不良はどんなに注意していても、どうにもならないものですし、カワムラ先生が警戒するのも理解できます。なので、自分達は落ち着くまで、いくらでも待ちますよ。ですよね?アンミツさん」

「そうですね。わたしも今は焦るべきではないかと……」

(つまりオレ達、翠炎隊はしばらく様子見の待機に徹するってことね)

(了解了解。キトロンくんはこの山にいる奴らと違って空気の読める起源獣ですよ)

 全てを察したバンビとキトロンからのアイコンタクトを確認すると、リンゴとアンミツはお互いに顔を見合わせ、頷きあった。

「というわけで、自分たちはゆっくりさせてもらいます」

「むしろしばらくお手間をかけさせることになると、わたし達があなた達に頭を下げるべきかもしれませんね」

「そんなそんな、お気になさらずに。いくらでもいてくださいね」

「では、そのお言葉に甘えさせていただきます」

「はい。では、荷物を整理したら外に。お風呂に案内しますから」

「そう言えばそんな話してましたね」

 楊亮はリンゴと笑い合うと、今度こそ部屋の外に出て行った……もちろん道鎮とともに。

「……想像していたより、ずっといい人達そうですね」

「どうだかな。今はまだ猫を被ってるだけじゃないのか?」

 道鎮は楊亮の見解を、険しい顔で否定した。

「やはり先輩は俗世の人間は易々とは信用できませんか」

「人間の嫌な部分をずっと見せつけられてきたからな。あいつらに救う価値などない……!」

 金や暴食に浸り、力を持っているのに助けを求める弱者を蔑ろにする貴族達のおぞましい姿を思い出し、道鎮は怒りと憎悪で思わず身震いした。

「そんな人ばかりではないと思いますが……」

「お前と同じ事を言って、ここを出た義命はどうなった?その力を利用された挙げ句、命を落とし、白澤という獣然宗の重要な戦力を慇に奪われた。あのバカが……!!」

 更なる怒りに歯軋りする道鎮。しかしその目の奥には悲しみが……。

「先輩、親友でしたものね、義命さんとは……」

「そんなんじゃないさ……」

 そっと呟く言葉には先ほどまでの力はなく、ただただ寂しげであった。

 道鎮という男はこの翠炎隊との出会いをきっかけに、親友義命と同じく心底嫌っていた俗世の戦いに巻き込まれていくことになる……。


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