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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
継承拳武
132/163

霧の中へ

「………どうして止める?」

 狻猊は掌底を当てなかった。撃ち下ろしこそしたが、陸吾に触れるギリギリで寸止めしたのだ。

「拳聖の弟子と認めてもらうには、これだけやれば十分でしょ。それともここまで完璧にしてやられたのにまだごねるような物分かりの悪い人間なんですか、あなたは?」

「フッ……だな」

 陸吾は飛び起きると、待機状態の指輪に戻った。戦闘態勢を解除したということは……そういうことである。

「今までの非礼を詫びよう。この俺に土をつける実力……間違いなくお前は拳聖玄羽の弟子だ」

「ようやくわかってくれましたか」

 そう言って蓮霜に微笑みかけられると、狻猊も緊張を解いた。

「ようやくと愚痴りたいのは、こちらの方ですよ」

「関敦さん」

「軍人ではあっても、武人ではないワタシからしたらマジで意味のわからない不毛な時間でしたよ。はあ……」

 心の底から辟易していますよとこれ見よがしにアピールするように関敦は怪訝な顔でくそバカデカいため息をついた。

「悪かったな。だがこちとら軍人ではなく、純粋な武人なんでな……これは必要な儀式だったんだ」

 蓮霜の言葉に彼と激闘を繰り広げた狻猊、そして観戦していただけのスピディアーがウンウンと相槌を打った。

「……なんか多数決で負けそうな雰囲気ですね」

「わたしはあなたと同じ気持ちですよ」

「おれっちも見てて楽しかったけど、同時にバカだな、こいつらって思ってたからこっち派」

「良かった……まともな感性の人間が猛華にまだいて。彼らや我らが典優将軍のような人ばかりだと、未来はあまりに暗い」

「なんかそこまで言われると、申し訳ない気持ちになってくるな……」

「そう思うならこんなところで足を止めてないで、早く行きましょう」

 関敦撃猫はすたすたと歩き出すと、言葉通り先に……は行かずに、羅針盤を持っている尸解仙の下へ。

「キトロン君のことは信用してますが、一応ね。あって困ることはないですから。もちろん持っていっていいですよね?」

「あぁ」

「はっ!」

 蓮霜に顎で指示されると、尸解仙は関敦に羅針盤を渡した。

「どうも。これで霧の迷宮を抜ける準備は万端ですね」

「では、行きましょうか。ここでやることは全て終わったみたいですし」

「ですね。でもその前に……」

 狻猊は改めて、蓮霜の前に背筋を伸ばして真っ直ぐ立った。

「ありがとうございました」

「ん?礼を言われるようなことはしてないと思うが。むしろ関敦のように嫌味の一つでも言っていいところだぞ」

「それはさっき謝ってくれたじゃないですか。それにあなたの誘いに乗ったのは、自分の意思です」

「フッ……お前も生粋の武人というわけか」

「まだ道半ばですけどね。そのことを改めて痛感させられました……」

 リンゴの脳裏に甦るのは陸吾に攻撃を防がれた場面……。

(強角や凶獣昇天は陸吾の尻尾に傷一つつけられなかった。もちろん相手が強かったのもあるが、もし自分がもっと強かったら、あのまま防御を突破して、決着がついていたんじゃないだろうか……もしムーアクラフトを倒したという聖王覇獣拳の使い手なら、今回の戦いも……)

 自分の不甲斐なさを痛切に感じるとともに、心の中の名も知らぬもう一人の聖王覇獣拳の継承者の存在がさらに大きくなっていくのを感じた。もしあいつと相対することになったら自分は勝てるのだろうか……などと思うと、自然と拳に力がこもった。

(自分はあいつに……)

「狻猊?」

「あ!すいません……」

 蓮霜の声で我に返った獅子は立派な金色の鬣のついた頭をペコペコと上下させた。

「大丈夫か?なんか慧梵様に会わせるの不安になってきたぞ」

「あの……今は疲れてるからあれなだけで、その時が来たらちゃんとしますから」

「だといいが。とにかく慧梵様に失礼のないようにな。お前が下手こくと、通した俺の評価が下がるんだから」

「それはもう……善処します」

「あと“カワムラ”先生にもよろしくな」

「はい……って、え?」

「……誰ですかそれは?」

 訳がわからずすっとんきょうな声を上げる狻猊を尻目に、何かを感じ取った関敦がマスクの下で眉間に深いシワを寄せながら、割って入った。

「ずいぶん前からこの崑萊山で歴史の研究をしている学者先生だよ」

(歴史……学者……まさか!?)

 狻猊は関敦に気づかれないように錫鴎に目配せすると、彼もまた気づかれないようにほんの少しだけ頭を動かし、頷いた。

(やはりそのカワムラって人が自分達の探している田伝先生!考えてみれば追われる身なんだから、偽名の一つもつけるか……そのことを蓮霜さんは教えてくれたんですね!)

(……こっちをそんな目で見るな、アホが)

 獅子が感謝の視線を送るが、関敦に感付かれてはいけないので、蓮霜は決してそちらを向こうとはしなかった。

「カワムラ先生ってのは、どこだか忘れたが猛華の外からここの歴史を研究しに来た人だ」

「そんな人が何故ここに?」

「修行の一環として、諸国を回っていたうちの奴と知り合って、その時に、獣然宗に残ってる古い文献を見たいと頼んで来たんだとさ。その話を慧梵様にしたら、どうぞどうぞと快く招き入れて今に至る」

「その時からずっとここに居続けているんですか?」

「たまに護衛を頼んで山から降りることもあったが、基本的にはここを拠点にしているな。ここと同等、もしくはそれ以上の資料があるところとなると、各国の城やそれに準じる国家的施設になるが……言うまでもなく、やれ戦争だの、やれ皇帝の座がなんだのと、とてもじゃないが、カワムラ先生のような得体の知れない人物を迎え入れられるような状況じゃなかったろ」

「耳が痛いですね……反論したくても、紛れもない事実なので一切できない……」

「だからカワムラ先生としても歴史を研究するには、ここ以上の場所はないから留まっているだけさ。本当ならもっと色んなところを昔みたいに尋ねてみたいだろうけどな」

「そのカワムラという人物がどういう人なのかはわかりましたが、その人と彼ら翠炎隊を引き合わせようとするんですか?」

「別に特別何か理由があるわけじゃない。単純に先生が昔、巡った場所に灑の国の王都があったから、話が盛り上がるかなと思っただけだ」

「是の国には来たことなかったのですか?」

「いや、是も灑ほどじゃないけど、滞在していたことがあるらしい」

「なら、前回来た時にワタシにも紹介してくれれば良かったじゃないですか?」

「そん時に、皇帝陛下に話をつけてやるって近づいて来たニセ貴族様に金を騙し取られて、是の人間のことは毛嫌いしてんだよ。だからお前はあまりカワムラ先生の周りをうろちょろするなよ」

(蓮霜さんは関敦さんを田伝先生から遠ざけようとして、作り話をしてるんだろうけど……)

「そういうことだったのですね。わかりました……」

(逆効果っぽいな……)

 簡単に引き下がったように見える関敦だったが、その瞳の奥には強い疑念が渦巻いているように、リンゴには見えた。

「俺から伝えておくべきことは……これぐらいだな。というわけで、とっとと行きな。あんま遅くなると、お前らを出迎える準備をしている奴らが退屈で寝ちまうぞ」

「そう思っていたなら、下らない喧嘩を吹っ掛けないで欲しかったですね」

「それは言わないでくれよ。とにかく早く行け」

「では、失礼します」

 蓮霜に急かされた一行は軽く一礼してから、彼に背を向け、霧の中に入って行く。

 一歩進むごとに霧は濃くなっていき、視界は一面白色に覆われる。

「皆さん、はぐれたらきっと合流は難しいと思いますので、手を……繋ぐのは、恥ずかしいので前の人の肩にでも手をかけてください」

「わかりました」

「先頭はリンゴ君ですね。では、こちらを」

「どうも」

 関敦を羅針盤を渡すと、狻猊の後ろにつき、アンミツに言われた通り肩に手を置く。さらにその関敦の後ろにさらにスピディアー、錫鴎と続き、完全武装しながら列車ごっこをしている大人の集団ができあがった。

「……他にもっといい方法があるような気が……」

「それを考えるより、とっとと目的地について、このアホみたいな状態を解除した方が早いんじゃねぇか?」

「キトロン」

 妖精はまるで自分が車掌だと言わんばかりに先頭車両、つまり狻猊の頭の上に座った。

「おれっちの感覚に任せとけ!最短ルートでエスコートしてやるよ!えーと……あっちだ!!」

「どれどれ……」

 狻猊はキトロンが指を差した方向と、羅針盤が指し示している方向が合っているかを確認する。

「……うん。針もそっちを向いている」

「だろ!そんな道具なんか、おれっちくらいの感知能力があればいらねぇんだよ」

「はいはい、凄い凄い」

「心がこもってないぞ!今までおれっちの力にどれだけ助けられたと思ってやがる!そして、きっとこれからもこの力に助けられることになるんだぞ!!」

「はいはい、凄い凄い」

「リンゴ~!!」

 下らない談笑を続けながら、翠炎隊はさらに霧の奥へと足を踏み入れて行った。


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