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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
継承拳武
124/163

拳聖の手紙

 林江へ


 この手紙をお前が読んでいるということは、わしはもうこの世におらんのだろう。

 わし自身どんな死に方をしてるかは想像もつかんが……これまで散々好き勝手やってきた拳聖様だからな、きっと最期も好き勝手やって笑顔で逝けたと思う。なので、別に悲しまんでいいぞ。



「師匠、あなたは最期まで本当に自由で……そして最強でしたよ。っ!!」

 リンゴは感極まりそうになり、目頭を押さえた。

「気持ちはわかるけど、泣くのは後な。今は先行け、先」

「わかっているよ、キトロン……」

 無粋な妖精に急かされ、弟子は感情を心の奥に押し込むと、一呼吸おいてから再び師匠の手紙を読み始めた。



 もしこの手紙を偶然発見しただけなら、ここまでで読むのをやめてもらって構わない。

 しかし、もしお前が考古学者の田伝や聖王覇獣拳に近い技を使う者について調べるための手がかりを探して、これを見つけたならば、この先も読むといい。



「リンゴくん……!」

「ええ……やはり師匠はこの事件について何か知っていたようですね……」



 始まりはわしが是の国にいた時のことだ。

 わしは武の頂を目指し、各地を放浪し、道場破りの真似事をしていた。もちろん連戦連勝で次々と強敵を撃破していったのだが……ある日、わしは“羅昂”という男と出会った。

 羅昂もまたわしと同じく武を極めんがために、各地で強者達と手合わせし、わしと同じく勝利を積み重ねていた。

 そんなイケイケな二人が出会ってしまったら、当然どちらが強いかという話になり、自然と決闘することになったのだが……まぁ、奴は強かった。

 最初は吹かしだと思ったが、構えを見ただけで本物だと理解し、拳を合わせた瞬間、わしと肩を並べる才の持ち主だと思い知らされた。

 決闘は夕方に始まり夜明けまで続いた。

 結果は引き分け。二人とも立ち上がることができなくなるという、お互い人生で初めての経験をした。だが……不思議と嫌な気はしなかった。

 わしも羅昂も自分と同じレベルで武を語り合える相手を欲していたのだ。そして心のどこかでそんな奴は現れないと思った矢先に我らは出会った。

 以後、わしと羅昂は時にライバルとして戦い、時に同じ志を持つ同志として言葉と拳を交わし合い、研鑽に励んだ。

 それからしばらく経ち、わしが自らの技を“覇獣拳”としてまとめ始めた頃、奴の様子は徐々に様変わりしていった。

 自らの技を“凶王拳”と標榜し、相手を必要以上に痛めつけるような残酷なやり方を好むようになっていったのだ。

 今から思い返すと、そうなった一因はわしにあったのだろう。当時のわしはとにかく伸び盛り、日に日に力を増していた。

 対して羅昂の奴はわしと比べて自分は成長できていないと感じ、焦っていたのだろう。それが本当に才能の限界だったのか、それとも嫉妬心により、精神を乱していたからなのかは、今となっては確かめる術はないが、とにかく奴はわしから距離を取り始めたのだ。

 それからまた少し時間が経った頃、是の国ではお偉いさんや金持ち連中が次々と殺害される事件が相次いだ。当初は、わしもずいぶんと治安が悪くなったなくらいにしか思わなかったが、偶然道端で無惨に殺されている死体を発見し、確信した……この傷は羅昂の凶王拳のものだと。

 調べてみるとどうやら奴は裏社会の人間に唆され、その拳を暗殺などという世にも下らないことに使っていた。

 あやつを止められるのは当時実力的にも、関係性的にもわししかいないと思い、国中を奔走し、奴を雇っていた組織を壊滅させ、ついにわしは羅昂と再び相対することになった。

 二度目の決闘は一回目以上の激闘になったが、わしは辛くも勝利することができた。

 そのまま奴を殺すこともできたのだが、やはり一時的とはいえ友と呼んだ男……わしはあいつがいずれ悔い改めてくれることを信じて、右腕と左脚、左目を破壊し、拳法家としての奴だけを始末するだけに留めた。

 それからわしは修行の一環として是の国に召し抱えられ、起源獣退治に精を出すことになるのだが……多種多様な起源獣を相手にしていくうちに覇獣拳は最小限の動きで、最大限のダメージを与える奴の凶王拳に似通っていったのは皮肉としか言いようがない。

 わしは奴のように道を外さぬようにと戒めを込めて、我が拳を“聖王覇獣拳”と改めた。もちろん煌武帝の十人の忠臣の武器にもかけているぞ。

 さらに時が流れ、羅昂が最後に言っていたようにわしはわしの才を利用、もしくは嫉妬し貶めようとする愚か者達に嫌気が差し、祖国是を飛び出し、この灑の国に来ることになるのだが、そこで考古学者、田伝に出会う。

 田伝は歴史を愛し、教え子に慕われる素晴らしい人物だったが、ここではその話は置いておく。わしは奴が探しているとある神遺物に強い興味……というより恐怖を感じたのだ。


 羅昂を生かしたことに関していくつか懸念があった。可能性としては少ないが奴に与えた再起不能の傷を治す方法が存在するのだ。

 一つは単純に医療技術の進歩。

 いつかはあれだけの負傷でもきれいさっぱり治す方法が確立されるであろう。しかし、それはわしらの寿命が尽きる前にはきっと無理だ。だからこのことに関してはそこまで心配していない。

 二つ目は奴が覚醒者になること。

 知っていると思うが、不治の病に蝕まれたものが自ら死を選び、起源獣に食われようとしたが、その結果受けた傷で覚醒者となり、ついでに病が完治したという事例もある。羅昂も一縷の望みにすがって……と思ったが、同じように病やケガを治そうと起源獣に挑み、そのまま殺された人間の方が遥かに多い。仮になんとか生き残り、能力に目覚めたとしても、それでケガが治るとは限らん。

 さらに言うとわしも何人かの覚醒者とあったことはあるが、多くは望まぬ力に困惑し、その癖わしのように他者からは嫉妬されるなど、あまり好ましい状況におる人間は少なかった。きっと望んだ通りの結果を得るには天文学的数字を超えなくてはならない。

 奴もそんなことは承知しているだろうから、博打とも呼べないこの方法は取らんだろう。だから、これも問題ない。

 そして三つ目、それは自分が覚醒者になって傷を治すのではなく、傷を治してくれる覚醒者を探す方法。

 わしの見立てでは、きっと奴はこの方法を取る。上の方法より遥かにリスクが少ないからな。覚醒者と言ったが、特級骸装機や宝術師でもいい。とにかく奴はきっと血眼になって、自分を元に戻してくれる能力者を探しているだろう。

 だが、これも確率的にはかなり心もとない。治癒能力はあれど、羅昂に与えたダメージを回復させるほどの能力者となると早々いない。その上、いたとしても多くは奴と同じような考えの人物に狙われており、安全のために身を隠しているか、自分を守ってくれる組織に取り入っているから、おいそれと手を出せない。

 総じて懸念と言ったが、ほぼほぼわしは奴の復活はないと思っていた。もし上記の厳し過ぎる条件をクリアして、元の身体に戻ったら、それは天の思し召しとして、受け入れるくらいの気持ちでいた。


 その楽観的な考えを田伝が話してくれた神遺物『魔進真心(ましんましん)』が打ち砕いた。

 曰く、その魔進真心は古代の人間が人工的に覚醒者を作り出そうとして生み出された道具らしい。それを身体に埋め込めば、たちまち肉体を作り変え、人間を超えた強靭無比な存在へと進化するのだと言う。簡単に言えば起源獣の血液を使って、変身能力を得る仙獣人や血獣人のバージョンアップ版と言ったところか。

 田伝はそれを研究すれば、事故で障害を持った人や不治とされる病に苦しめられている人を救えるかもしれないと、目を輝かせておったが、わしは背筋が凍った。

 もし羅昂がこの魔進真心のことを知ったら、必ず手に入れようとする。いや、きっと奴ならいずれその存在にたどり着くであろう。そしてわしと並ぶ才と技術を持った拳法家が人間を超えた肉体を手に入れたら、この拳聖玄羽をもってしても止められないだろうと。

 人間を極めし者は、人間を超えた者に勝てないだろうと……。

 わしは今の話を田伝に伝えた。すると、彼はわしに協力し、羅昂より先に魔進真心を見つけ、保護しようと提案して来た。わしはその話に乗り、二人で文献を調べ、各地に赴き、魔進真心を探した。

 そしてついにそれを手に入れることに成功したのだ。

 当初はそのままわしの側で田伝とともにそれを守り続けるつもりだったが、魔進真心の存在を知ったら、きっと羅昂以外にも奪いに来る奴は出て来るだろうし、拳聖として名を馳せ、注目を浴びる自分が近くにおれば、その存在が露呈する可能性も高まると思い始めた。

 結果、二人で話し合いをし、わしと田伝は離れることにした。

 田伝はわしの紹介で獣然宗のお膝元、『崑萊山(こんらいざん)』に行くことになった。あそこならば、おいそれと羅昂も手出しはできんし、わしが連絡を取った大僧正である『慧梵(えぼん)』は立派な人だ。そして何よりも強い。田伝と魔進真心を預けるには申し分ない。

 一方わしは灑に残り、この慄夏で目を光らせる。けれども羅昂の奴はわしの存在を警戒して、この手紙を書いている日まで、決して尻尾を出さなかった。だが、きっとわしが死んだら、奴はもう何の気がかりもないと、好き勝手暴れ始めるだろう。

 一応言っておくが、だからといってわしの尻拭いをお前に頼もうなどとは思っていないぞ。

 未来を決めるのは生きている者の意志であるべきであり、死人のわしがとやかく言うべきことではない。だからめんどうだと思ったら、羅昂のことは田伝自身と獣然宗に任せてしまってよい……まぁ、この手紙を見つけたということは首を突っ込む気満々なのだろうが。

 これがわしと羅昂という哀れな天才拳士のこれまでの顛末だ。あとのことはお前の好きにしろ。


拳聖玄羽



「……手がかりというか、全部書いてありましたね……」

 リンゴは手紙を畳みながら、後ろを振り返った。

「きっと拳幽会はかつて玄羽様と敵対した羅昂の作った組織……」

「いまだ現世にしがみついてる天才拳士の幽霊の会ってことか」

「自虐的過ぎて、吐き気がするぜ」

 キトロンはベロを出して、不快感を露にした。

「卞士仁の使っていた技が聖王覇獣拳と重なった理由もわかった。奴の言っていた師というのは羅昂だったんだ。師匠と一緒に修行した身なら発想が似るのも当たり前」

「つーか、その手紙の通りなら聖王覇獣拳は凶王拳とやらを吸収して生まれたんだから、ぶっちゃけほぼ同じ流派だろ」

「個人的にはあまり一緒にして欲しくないが、そう言われても仕方ないか」

 頭ではそう思っても、心ではやはり納得できないのか、リンゴは眉を八の字にし、口を尖らせた。

「とにかく今回の一連の事件が、羅昂が玄羽様と田伝先生が見つけた魔進真心を手に入れようとして起こったことだと判明しました。それで翠炎隊としてはどうしますか?」

「それはもちろん……」

「おい、その話は後だ」

「キトロン?」

 妖精は自分達が歩いて来た道をらしくない真剣な眼差しで、睨み付けながら会話を制止した。

「おれっちがこんな風に真面目になる時は、大抵アレだろ」

「……敵か?」

「多分な。なんか嫌な感じがする奴が三人近づいて来る」

「リンゴくん、手紙を隠して」

「はい」

 命じられるがままリンゴは懐に手紙を仕舞った。

「この辺りまで来たら、お前達も気配を感じるだろ?」

「あぁ」

「なんとなくだけどな」

「んじゃ、準備しておけよ。話し合うのか逃げるのか、それともいつもの如く戦うのか……!」

「何であれ、師匠からの手紙を渡すつもりはないよ……!!」


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