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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
継承拳武
122/163

拳聖の影

「ようやく終わったか?」

「あぁ、待たせたな」

 狻猊が振り返るとそこにはヴォーインの山に腰をかけて、餓血槍で肩を叩き、退屈そうにしているスピディアーがいた。

「途中何回も手助けしてやろうかと思ったぜ」

「見ての通り、その必要はなかった」

 狻猊は爪先で足元に倒れている紫色の撃猫を小突いた。しかし……。

「いや、そんな姿で言われても説得力ねぇよ」

 強がったところで若獅子はいまだ脱臼したままで、両腕をブラブラと垂れ下げている。端から見ると間抜け極まりない姿だ。

 バンビはそのなりで何をカッコつけているんだと、心の底から呆れた。そして同時に苛立った。仲間であると同時にライバルである彼にはどこまでも強くあって欲しいと思っているのだ。

「これはまぁ……ちょっとな」

「ちょっとなんだよ?オレの見立てでは、もっと楽に勝てる相手に見えたが、何で遊んだ?そんでその下らん慢心のせいでピンチになってんだ?リンゴくんよ~」

「絡むな絡むな!別に遊んだつもりはないっての」

「じゃあ、この体たらくはなんだ?理由があるなら、説明して欲しいんだが?」

「わかったよ……だけどそれは全員集合してからな」

「リンゴくん!バンビくん!!」

「おうおう!派手にやったな!」

 二人の下に翠炎隊のメンバー、アンミツとキトロンが応援の警備隊と保護対象の辺壱を連れてやって来た。

「これはなんと……!」

 仲間である二人からしたら、ありふれた当然の光景であるが、何も知らない一介の考古学者である辺壱からしたら、倒れる骸装機の中心で佇む狻猊とスピディアーの姿はとても信じ難く、そして恐ろしく、息を飲むほどのおぞましいものであった。

「辺壱先生」

「は、はい!!?」

「安心してください。こんなものを見させられると、血も涙もないとんでもない人達に見えますが、彼らは根は優しい人ですから」

「根はってなんだよ、根はって。枝も葉も優しいでしょうが」

 バンビはアンミツの評価が気に入らない、間違っているとブー垂れた。

「はぁ……」

「緑色の彼はあの拳聖の弟子なんですよ」

「なんと!彼が噂の……」

「どうも」

「ほう……彼が玄羽様の」

 辺壱の顔から恐怖の色が吹き飛んだ。

 リンゴとしては名前を聞いただけで人を安心させる師のことはとても誇らしいが、まじまじと見られるのは少し気恥ずかしかった。

「こちらは大丈夫そうですね……では、皆さんはここで居眠りしてる人達を拘束してください」

「「「はっ!!」」」

 アンミツの指示に従い、警備隊の者達は思い思いにヴォーインや紫の撃猫の下に向かって行った。

「さすがに手際がいい。わたし達が手伝うことは無さそうですね」

 作業が滞りなく行われているのを確認すると、アンミツは両腕をブラブラさせた狻猊の顔を見上げる。

「お疲れ様です」

「別に大したことは……」

「いや、だから説得力ないって」

「それ、肩が外れてるんですか?」

「はい。あと肘も」

「わたしに任せてください。狻猊を解除して」

「あ、はい」

 言われるがままリンゴは狻猊を脱ぐと、アンミツは彼の左腕を掴んだ。

「久しぶりですから、ちょっと痛いかもしれませんが……よっと」


ガゴッ!!


「――ッ!!」

 当のリンゴ以外の人間にも聞こえるような音を立てて、彼の肩の骨は元々あった場所に回帰した。

「ありゃ……やっぱ痛かったですか」

「ちょっとだけ……」

「子供の頃、岳布は脱臼癖があったんですよ。ちょっとした衝撃、下手したら自分の剣を振った勢いで、外してしまっていたんですよ」

「それで友人であるアンミツさんはその脱臼を治す手伝いをしていたわけですか」

「ええ、ですがずいぶん昔の話ですし、個人差みたいなものもありますから、やはりここはきちんと専門家に見せるべきですね……やっておいてなんですが」

「いえ、片腕でも使えるようになっただけでもありがたいですよ」

 治療された左手の親指を立てながら、気を遣って優しく微笑みかけるリンゴの顔を見て、アンミツも思わず笑みを浮かべた。

「では、お言葉に甘えて君の腕のことは後回しに、次は……」

「おれっちを褒め称える番だな!!」

 キトロンは小さな胸を限界まで張る……というより、むしろ仰け反った。

「はいはい凄い凄い」

「いよっ猛華一」

「……心がこもってねぇな……」

「君が保護対象をうまいこと誘導してくれたことには感心していますよ。ですが、これも後回し……」

 アンミツが辺壱の方を向くと、他の翠炎隊のメンバーも彼に視線を集中させた。

「う!!?」

 皆、修羅場をくぐり抜けて来た一流の戦士、しかも戦闘を終えたばかりで、まだ高ぶっている者もいる。そんな者達の注目を一身に受けて、一介の考古学者でしかない辺壱がたじろいでしまうのは当然だろう。

「すいません、また怖がらせちゃって……」

「こちらこそ……助けていただいたのに、先ほどから無礼な反応ばかりして……」

「突然こんなことになったら不安になるのも仕方ありません。できることなら、すぐに休ませてあげたいのですが……」

 アンミツがスピディアーに目配せすると、バンビは愛機を待機状態に戻し、懐から名前が羅列された一枚の紙を突き出した。

「この名前に覚えがあるよな?」

「えーと……これは!?」

 刹那、辺壱の脳裏にとある過去の記憶がフラッシュバックする。

「彼らはワタシとともに田伝先生の助手兼教え子をやっていた者達ですよ!皆、今はそれぞれ地方に散らばって、各地の文献や遺跡を調べているはずですが……もしかして彼らも今のワタシのように……?」

 アンミツは非情に申し訳なさそうに顔をしかめながら、首を縦に振った。

「ここに書かれている者達はここ数ヶ月で皆行方不明になっています。最初の方にいなくなった人達はふらりとフィールドワークに出かけてしまいしばらく連絡も寄越さずないような人達なのでずっと放置され、通報されることもなく、そのせいで発覚が大分遅れました」

「さらに言えば、行方不明と認定されても、地方地方で個別に対応されていたので、共通点に気づくまで、時間が……」

「だけど、少し前に家に閉じこもって研究してるような奴が忽然と姿を消して、色々と調べてみたら……これはこれはちょっとおかしいぞと」

「田伝先生で繋がったのですね……」

「はい。それが判明したのが今日です。わたし達は急いで、この王都で田伝先生の教え子を特定し、保護するために動き出したのですが……」

「この有り様。ギリギリ間に合った……と」

「ええ、なんとか。もう少し早く気づいていたら、こんな怖い思いをさせずに済みましたのに。申し訳ありませんでした」

 アンミツは深々と頭を下げた。

「顔を上げてください!こうしてワタシは無事なんですから、何も問題はない!!」

「そう言ってもらえるとこちらとしても救われます」

「だから、救われたのはワタシの方ですって」

「いえいえ、わたし達の方が……」

「いやいや、ワタシの方が……」

「いえいえ」

「いやいや」

「いつまで続けんだよそれ?」

「……ですね。本題に戻りましょうか」

 キトロンに促され、アンミツは顔を引き締め、仕切り直した。

「本題というと、被害者の共通点、田伝先生のことですよね?」

「はい」

「ワタシを襲ったこの連中も先生の居場所を訊いて来ました」

「そうですか……やはり彼を探しているのですね……ちなみにあなたはなんと答えたんですか?」

「あんな不躾な奴らなんかに、尊敬する先生のことなんか教えませんよ……まぁ、実際はワタシ自身も先生が今、何をしているのか、そもそもご存命なのかさえ知らないんですけどね……はぁ……」

 言っていて情けなくなったのか辺壱は肩を落とし、項垂れた。

「そちらは先生について何か情報は掴んでいないんですか?」

「まだ彼の教え子達が狙われているということを把握しただけなので、一切何も……」

「そちらの拳聖のお弟子さんもですか?」

「……え?自分?」

 完全に油断していたところに声をかけられ、思わずリンゴはきょとんとした顔を浮かべ、それを自分の左手の人差し指で指差した。

「そうです、あなたです。拳聖のお弟子さんなら、師匠から何か聞いていませんか?」

「いえ、何も……というか、師匠はその田伝先生とお知り合いなんですか?」

「ええ……なんかフィールドワーク中に起源獣を襲われているところを、修行の最中の玄羽様に助けられ、そこから二人は意気投合。それからはよく玄羽様に護衛を頼んで、各地の遺跡や森や山の中を二人で探索していましたよ」

「そうだったんですか……」

「守る対象が増えるとめんどいからと、基本的に二人っきりで出かけることが多かったのですが、一度だけワタシもご一緒させていただいたこともあります。普段は優しげで気のいい人って感じなんですが、起源獣は一にらみで追い返すし、野盗のアジトを見つけるや否や一人で乗り込んで、退治してしまうし……言葉では言い表しようのないなんとも凄まじい御仁でした」

(師匠……あなたは昔からずっと最強で最高だったんですね)

 楽しい思い出を懐かしみ、先ほどまであった緊張感がほぐれた辺壱の顔を見ると、リンゴは誇らしげに感じた。

「……まぁ、そういうことなので、田伝先生の居場所を拳聖のお弟子さんなら、何か知っているかと思ったのですが……残念ながら、そちらも何も知らないようですね」

「はい。ですが、おかげで次の翠炎隊の目的地が決まりました」

 リンゴが目配せすると他のメンバーは力強く頷いた。

「だな。行くなら、そこしかねぇよな。個人的に一度行ってみたかったし、ちょうどいい」

「ええ。そこにこの事件の詳細がわかるものがあればいいのですが……」

「またあそこか。でも、冬に行くのは初めてだな」

 それぞれその場所へと思いを馳せる。

 だが、誰よりもそこに強い思いを持っているのは、リンゴだろう。

 なんといってもそこは……。

「我らは拳聖玄羽が隠居していた場所、そして自分の故郷である慄夏に向かいます」

 リンゴははからずも生まれ育った場所に帰郷することになった。そしてそこは彼が人生の師と出会い、道を決めることになった場所でもある……。

 そんな思い出の地で彼は拳聖玄羽の後悔と因縁について知ることになるのだった……。


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