墓荒らし①
「とーうちゃーく!!!」
古びた建物の前でジョーダンは身体を目一杯広げて、喜びをこれでもかと表現した。
「遂に来たな、カンシチ!!」
「遂にじゃねぇよ……」
一方のカンシチは全身から不平不満が溢れ出している。上機嫌な期間限定の相棒の姿にムカついて仕方ない。
「はっはー!そんな顔をするなよ!そもそもここに来たのはキミのせい……いや、キミのおかげなんだから」
「だから、余計に腹が立つんだよ……!」
「自分を責めるのは良くないよ!人生楽しんでこうぜ!!」
「お前……!」
柄にもなく親指を立て爽やかに笑うジョーダンの姿は今のカンシチにとっては何よりも悪質な挑発だった。
「ネニュ!」
「ヒヒン」
「お前はここで待機だ。目立つから隠れていなさい」
「ヒヒン!」
了解したと嘶くと、頭蓋骨と大きな風呂敷を背負ったネニュファールは森の中へと消えて行った。
「んじゃ!ボクらは早速中に入りましょうか!」
「あぁ……こうなったらとっとと終わらそう……」
「そうそう!キミの望みを叶えたいなら、それがベストだ!行こう!行こう!」
ジョーダンはスキップをしながら、建物の中へと入って行く。カンシチはその姿を見て、さらに後悔を募らせた。
「どうしてこうなった……」
それは遡ること三時間ほど前のこと……。
「くそっ!?こいつ!!」
「ニャアッ!!」
カンシチは父の形見である石雀を装着し、四足歩行の起源獣と激闘を繰り広げていた。
「『ヤーマネ』一匹ごときに苦戦しすぎだよ。よくその実力であの自称エリートくんに突っかかって行ったね」
「うるせぇ!!」
同じく応龍を装着したジョーダンもヤーマネと、しかも三匹同時に戦っていたのだが、こちらは圧倒的な力でねじ伏せ、気を失った獣の中心で手持ちぶさたを解消するために無駄に槍をぐるぐると回しながら、嫌味を言うぐらい余裕があった。
「ほらほら、早くしないと日がくれるよ」
「この……ちょっと強いからっていい気になりやがって……!」
「ニャアッ!!」
カンシチはヤーマネの鋭い爪や牙の餌食にならないようにするだけで必死だった。しかし、いつまでもそれを続けられるかというと……。
「ニャアッ!!」
ガリッ!
「ぐっ!?」
石雀の胸に一本の線が走った。遂にヤーマネの爪が防御を掻い潜ったのだ。
「言わんこっちゃない。キミのスタミナや集中力だと長時間の戦闘は無理だ。時間が経てば経つほど状況は悪化するよ」
「言いたい放題言いやがって……!!」
ただその指摘が正しいことはカンシチ本人が一番わかっていた。
(このままだと本当にヤバいのは確かだ。早く決めねぇと……)
脳ミソをフル回転させながら、カンシチはぴょんと後ろに跳躍した。すると……。
「ニャアッ!!」
「――ッ!?」
ガリッ!!
「くっ!?」
ヤーマネも大きく、そして速く前方にジャンプしてその勢いのまま石雀の頬を爪で抉った。
「あらら……そいつの動きを観察していれば、不用意なバックステップはカモにされるだけだってわかるだろうに」
「だから、お前は黙ってろ!!」
激昂するカンシチ。おしゃべりなジョーダンに対してではない、今彼の言ったことを理解できていなかった自分にだ。
(あいつの言う通り、動きをきちんと観察していれば、対処できたはずだ!そんなこともわからないのか、おれは!いや、わかっていたはずだ!確か前にもどこかで同じようなことを……)
「獲物の動きをじっくりと観察しろ。相手の癖を見抜ければ、必ず狩れる」
(親父か!!)
カンシチの脳裏に甦ったのは幼き日の父との思い出だった。
(そうだ……親父が狩りに連れて行ってくれたことが何回かあった……その度にターゲットの動きをよく見ろって言われてきたんだった!何で忘れてた、おれ!!)
「ニャアッ!!」
ガリッ!
「――ッ!?」
自分で自分を叱りつけていたら、またヤーマネに今度は肩を傷つけられた。
(反省は後まわしだ!今はこいつを仕留めることだけに集中しろ!動きはもう十分、痛いほどわかった……!なら……)
石雀は再度、後ろに跳躍した。
「バカが!?さっき注意しただろ!?」
ジョーダンは思わず声を荒げた。話を聞いていなかったのかと。
「ニャニャニャッ!!」
先ほどと同じく前方に、石雀に飛びかかるヤーマネの鳴き声も罵っているように聞こえた。顔もどこか勝利を確信して笑っているように見える。しかし……。
「よっと!!」
「ニャ!?」
爪が届こうとした瞬間、石雀は自ら倒れ、ヤーマネの真下に潜り込んだ。
「こいつで決める!!」
手に持っている剣を投げ捨て、代わりに弓を召喚する。
弓を構えると光の弦が張られ、それを引くと同じく光の矢が出現した。そして……。
「おりゃあッ!!」
矢を放つ!
ザシュ!!
「ニャ……!?」
光の矢はヤーマネの顎から侵入し、脳天から抜けて行った。獣は勝利の幻想を抱きながら空中で絶命し、頭から地面に着地する。
「ふぅ……なんとかなった……なっと!」
石雀は起き上がると、身体についた土埃をはたき落とした。
「やるじゃないか。見直したよ」
「思ってもないことを……」
「いやいや本当に、心の底から思っているよ」
黄金の龍はぱちぱちと拍手してカンシチの勝利を称えるが、日頃の行いのせいかバカにしているようにしか思えない。
「でも、一つ疑問があるんだけど……」
「ん?なんかおかしいところあったか?」
「なんで弓なんだ?剣でも問題なく倒せただろ?」
「あぁ……昔、親父と狩りに行ったことを思い出してな。弓もその時に習ったから、なんとなくだ」
「その割に扱いが上手かったじゃない」
(というか、ぶっちゃけあの動きは……)
実のところジョーダンが一番感心したのは、一連の弓を使う動きであった。遠目から見ていた彼にはカンシチの動きは無駄のない理想的なものに見えた。
「お前がそんなに褒めるなんて……気色悪いな」
だが、やはりカンシチには素直に受け取ってもらえない。土埃を落とし終えたカンシチはその場でストレッチを始める。
「こんなに言っているのに信じてもらえないとは、さすがにショックだよ」
「そう思うなら、今後は言動に注意するんだな……ん!」
「じゃあ、信頼を得るために必要な情報だけ伝えるけど……」
「んんッ!!なんだよ?」
「空から起源獣がキミのことを狙ってるよ」
「そう……か!?」
「キィーッ!!」
腰に手を当て、仰け反っていたカンシチの視界が捉えたのは、ジョーダンの策略によって白澤に襲いかかった起源獣と同種のものだった。
「キィーッ!!」
「危な!?」
再び自ら倒れ、強襲を回避する石雀。せっかくキレイにしたのに台無しだ。
「あれは『ビトント』だね……まだ諦めてないようだ。戻って来るよ」
「他人事かよ!」
「だってあいつのターゲットはキミだもん。ボクには関係ない」
「本当、性格悪い……」
「敵はボクじゃないだろ?文句を言う暇があったら、また天才的な弓捌きで仕留めてみせなよ」
こういうむやみやたらに人を煽るから信用失っているのだが、きっと一生直らないのだろう。それに今回に関しては不発のようだ。
「言われなくてもやる……というか、やった」
ザシュ!!
「キ!?」
「……えっ?」
空中でUターンし、こちらを向いたビトントを光の矢が貫いた。浮力を失い、墜ちて行く獣を信じられないといった様子でジョーダンは見つめていた。
「おい」
「……………」
「おい!」
「……………」
「おい!!」
「うおっ!?」
三回目の呼び掛けで漸く我に返ったジョーダンは声のした方を振り向いた。すると、そこには片膝立ちの状態で周囲を警戒する石雀の姿があった。
「ボーッとしてんなよ。つーか、他にはいねぇだろうな?」
「あぁ……多分、大丈夫……」
「そうか」
安全を確認すると石雀は弓を消し、再び剣を握る。そして、最初に倒したヤーマネの死骸に向かった。
「殺したら、喰う。それが狩りの鉄則だ。おれはヤーマネをやる。お前はビトントの方を頼む。もちろん捌けるよな?」
「あぁ、うん」
「さすが天才」
指示を終えたカンシチは慣れた手つきでヤーマネを解体し始める。ジョーダンもビトントの死骸に向かう。
「……これは……!?」
黄金の仮面の下でジョーダンは目を見開いた。
目の前で転がるビトントにはあるはずのものが見当たらなかったのだ。
(背中から矢が出て行った跡はある……だが、矢の入口がどこにもない。あいつが覚醒者で、人知を越えた能力を持っているなら、そんな不可思議な真似もできるだろう……そうでなければ……)
応龍は嘴に指を突っ込み、目一杯大きく開いた。
(やっぱり……入口は嘴の中……!空中で動くこいつが口を開いた瞬間、ピンポイントでスナイプしたというのか……!?)
応龍はゆっくりと振り向き、黙々と作業を続ける石雀の背中を見た。旅を始めて、見慣れたと思ったものが今は全くの別物に思えた。
「なぁ」
「ん?まだ何かあるのかよ」
「キミって、本当に弓に関しては天才なんじゃないか?」
「はぁ……まだ言ってるのか?口じゃなくて手を動かせ」
カンシチは先ほどと変わらず、真面目に受け止めない。毎度お馴染みのジョーダンの悪質な冗談だとしか思っていない。
「素直な称賛を信じてもらえないというのは、結構しんどいものだね」
「何か言ったか?」
「いや、とんだ災難だった……なっと!」
指をピンと伸ばし、八つ当たりするように振り下ろすとまるで鋭利な刃物で斬ったみたいに、ビトントの首と身体が分離した。
「災難か……むしろラッキーだったかもしれないぜ」
「どういう意味だい?食料も無くなってきたから、ちょうど良かったっていうなら、こんな凶暴な奴らじゃなく、もっと楽な奴を狩った方が良かっただろ」
「その楽な奴どころか、この辺りには起源獣はあまり出没しないんだ。みんな遺跡に引き込もってるからな」
「……遺跡?」
仮面の下でジョーダンの眉がピクリと動いた。カンシチは今まさに大きな過ちを犯したのである。せめてここで気付いていれば、結果は変わっていたのかもしれないが、先の戦闘で疲労している彼の頭ではそこまで考えが回らなかった。
「この辺りには煌武帝の十人の忠臣と呼ばれる人の墓があるんだ。そこに起源獣が住みついてる」
「発掘や調査はしてないのか?」
「確か先代の時代に地震か何かで隠れていたのが露になったんだけど、当時の皇帝っていうのがかなり迷信深い人で、偉大な先人にそういう無礼な真似をしたら、良くないことが起きるからって、禁じていたんだよ。今の姫山様もそれに倣っている」
「それを無視するような輩もいるだろう?」
「さっきも言ったように起源獣が根城にしてるから、一般人にはおいそれと手が出せないよ。ほとんど手付かずの状態じゃないか?」
「へぇ……ちなみに十人の忠臣の墓だとしたら、彼らが使っていたというアーティ、神遺物も安置されているはずだけど……」
「それっておとぎ話だろ?まぁ、事実だとしたら一緒に眠ってるだろうな」
「『斬獄覇魂剣 (ざんごくはこんけん)』?それとも『豪風覇山刀 (ごうふうはざんとう)』?」
「どれかなんてわからねぇよ」
「じゃあ、確かめに行こう」
「そうだ……な!?」
カンシチが慌てて振り返るとジョーダンは応龍を脱ぎネニュファールの下へ向かっていた。
「ちょっと確かめに行くって!?」
「言葉の通りだよ。よっと」
ジョーダンはネニュが背負った頭蓋骨の上に肉を包んだ風呂敷を置いてから、彼に跨がった。
「肉の解体終わってんのかよ!?」
「ボクは天才だからね。っていうか、そこ大事?」
「あっ!?そうだよ!宝術院はどうするんだよ!興味あるって言ってたのに!」
「もちろん行くさ……遺跡に行った後でね」
「そんな暇は……」
「無理だよ、カンシチ。ボクの好奇心を止められるのは、それが満たされた時だけ……わかるだろう?」
「ぐっ!?」
短い付き合いだが、ジョーダンのそういうところは嫌というほど理解していた……していたのに、余計な話をべちゃくちゃとしゃべってしまった自分の愚かさにカンシチは漸く気付く。
「口ではなく手を動かすべきだったのは、キミの方だったね」
「こいつ……!!」
「さぁ!早くしないと置いてくよ!」
「おい!?待てっての!おれ、こんなんばっかりだな!!」
解体した肉をアーティファクトまとめて、駆け出すネニュを必死に追いかけるカンシチ……。これが二人が寄り道をすることになった顛末だ。
「うぅ……おれはなんであんなことを得意気に……」
「まだ言ってるのか?いい加減切り替えろ、うざいから」
暗い遺跡の中、ジョーダンは目を輝かせながら、逆にカンシチは真っ黒な虚ろな目で進んでいた。
「ここまでは順調……ってより、拍子抜けだね」
そう軽口を叩きながらもジョーダンは目を忙しなく動かし、警戒を怠らない。
「……やっぱり何かあったのか?そもそもヤーマネなんかは臆病な起源獣で人間を襲うことなんて滅多にないし……」
「静かに暮らしていたところにずかずか入って来られて気が立っていたってことだろうね。見てみなよ」
「ん?」
ジョーダンが指さす先には人間の足跡がくっきりついていた。
「こいつらのせいでキミはヤーマネ達に襲われ、こんな場所に来ることになっちゃったわけだ」
「許すまじ!墓荒らしめ!!」
遺跡の中にカンシチの怒りの咆哮がこだました。
「まぁまぁクールに行こうよ。じゃないと落とし穴にはまっちゃうよ」
「あぁん?そんなことある訳――」
ガゴン!
「――なっ!?」
カンシチの足から地面の感触が消え、視界が激しく動いた。咄嗟に手を伸ばし、穴の縁を掴む。
「ほら、言わんこっちゃない。そこだけ埃が被っているから、怪しいと思ったんだ」
「先に言えよ!言ってくださいよ!!」
「まぁまぁ……これで少しは頭が冷えただろ?」
「こういうのは、背筋が凍るって言うんだよ……!!」
ジョーダンの手を借り、カンシチは落とし穴から脱出を果たした。
「キミがイライラしているのは、きっとこの薄暗くて狭い通路のせいだな」
「百パー、お前のせいだよ」
「ほら、光が見える。きっと開けた場所に出るんだ。もしかしたら神遺物があるかも」
「おれのことは見えてないのね。わかりましたよ」
はしゃぐジョーダンといじけるカンシチは光の方へと進んで行った。そして、遂に光の先に足を踏み入れる。
「……神遺物はないみたいだけど、珍しいものは見れたね」
予想通り、その先には開けた空間があった。
しかし、そこには予想もしなかった巨大な起源獣……が倒れていて、その上に一人の男がふてぶてしく座っていた。
「キミは何者だい?」
「……墓荒らしだよ……さっき言ってたじゃないか……許さないって……!」
「うぐっ!?」
男の鋭い眼光に射抜かれ、カンシチはたじろいだ。
「口は災いの元……ってことだね」
「本当……反省しました……」




