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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
林江漫遊記
116/163

国の危機を……

「ぐっ……!?があ……!?」

 土螻は穴の空いた腹を押さえ、ぽたぽたと地面に血痕を残しながら、しばらく後退すると、膝を着いた。

 その姿を見た狻猊は……。

「自分の勝ちだ……って、言いたかったんだけどな……ぐあっ!?」

 狻猊もまた流血する腹を手で覆いながら、地面に膝をついた。

「まさか魔天穿滅蹴りにカウンターを合わせてくるなんて……!!」

 土螻も狻猊の後ろ回し蹴りを喰らいながらも、槍を繰り出し、彼の脇腹に突き刺していたのだ。

「焦り過ぎだ……お互いにな。おれはお前の不意の覚醒と攻撃に、てめえは想定外の体力の低下とダメージに……お互い、勝負を急ぎ過ぎた」

「結果、引き分けか……」

「あぁ、一番しょうもない結末だ……!!」

 マスクの下で典優は悔しさから歯を食いしばった。

「……いや、まだ自分は……!!」

 一方、狻猊はボロボロの身体に鞭を打ち、立ち上がる。リンゴはどうしても目の前の男に勝ちたくなっていた。仮にその結果、自らの命が尽きたとしても……。

「はっ!本物のバカだな!まぁ、おれも……変わらんか……!!」

 狻猊の闘志に当てられ、土螻も立ち上がり、槍に付いた血を振り払う。

「ここからはお前を倒すまで決して止まらない……!」

「そんな長くかかんねぇよ……すぐにおれがお前の息の根を止めてやるからな……!」

「では……」

「とことんやり合おうか!!」

 両者、決着をつけるために走り出そうとしたその時!


「そこまでだ!!」


「「!!?」」

 突然、誰かの声が響き渡り、二人を制止した。典優には聞き覚えがなく、リンゴには馴染みのある誰かの声が……。

「何だ?この声は……」

「自分は知っている……蘭景さんですよね!?」

「いかにも」

 二人の間に神々しさを感じさせる長靴を履いた男のような女のような、マスク姿の人間が降りて来た。

「ううっ……!!」

 傍らに縄で縛られ、布を噛まされて、動くことも喋ることも封じられた祖球を抱えながら。

「どうして蘭景さんがここに……?それに何で祖球さんをあんな風に……?」

「それは祖球がこの戦いの原因の一つだからですよ」

「アンミツさん!」

「どうも」

「キトロン!」

「よっ!!」

「そして………」

「………」

「どちら様?」

「万備だ!訳あって戦闘中に新型を受領した!!」

 狻猊の下にいつもの……若干一名、いつもとは違う姿だったが、いつものメンバーが集結した。全てはこの不毛な戦いを終わらせるために……。

「えーと……それで祖球さんが、この戦いの原因ってのは?」

「所謂マッチポンプをやろうとしたんですよ、彼は」

「マッチポンプ?」

「ここ最近泰宿で起きていた異変は彼の仕業だったんですよ」

「まさかあの兵士の殺害事件も……!?」

 錫鴎は残念そうに首を縦に動かした。

「何のためにそんなこと……!?」

「自分が泰宿の領主になるためですよ。ご存知の通り、今の領主朱公英は覇気を失い、かなり消極的な事なかれ主義になっていましたから。こうやって是が攻めて来たら、まず対処できない。そうして彼が慌てふためいている時に、自分が颯爽と指揮を取って解決できれば、その手腕を評価されて、領主になれると思ったのでしょう」

「え?是が攻めて来たのも、祖球さんのせいなんですか?」

「ええ、こちらはまだ確認が取れてませんが、情報筋によると、是でも似たようなことがあったと。ですよね?典優将軍」

「……我が領土、泰真周辺でここ一週間で兵士が七人殺された」

「な!?」

「検死の結果、死因は鉄烏による刺殺だったから、おれは部下の仇討ちにこうしてここまでやって来たのだが……!!」

「ひっ!!?」

 土螻にギロリと睨み付けられると、祖球は顔を青ざめさせた。

「貴様にも言い分があるだろ。自分は公平な人間だからな、語らせてやる」

「ぷはっ!?」

 蘭景は祖球の口を塞いでいた布を外した。

「違う!わたくしは何もしていない!!証拠も何もないだろうに!!全ての責任をわたくしに押し付けて、場を収めるつもりか!?なんと卑しい!!」

 すると、祖球は今までの鬱憤を晴らすかの如く、自分の無実を訴え、逆に蘭景達を責める言葉を並べ立てた。しかし……。

「証拠ならありますよ。葉福の領主、文玩があなたの計画のための資金として横領した金を渡していることを白状しました」

「……え?」

「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!?」」

 文玩の名前を聞いて祖球以上に驚いたのは、リンゴとバンビであった。どこにそんな力が残っていたのかと訊きたくなるほど大きな声で叫んだ。

「え?どういうことですか!?アンミツさん!?」

「文玩の野郎は死んだんじゃねぇのかよ!?」

「わたしはそんなこと一言も言ってませんよ」

「いや!……言ってないか」

 思い返して見れば、アンミツは首を横に振っただけで、彼が死んだとは一言も言っていなかった。

「君達には嘘をつきたくなかったんでね。まぁ、真実を言わなかった時点であまり変わりませんが」

「でも、なんで……」

「悪いとは思ったんですが、彼を暗殺しようとした犯人を突き止めるまでは死んでいることにした方が都合が良かったんですよ」

「なるほど……」

「ちなみにおれっちは気づいてたぜ。文玩の気配が消えてなかったからな。でも、アンミツの旦那が何も言わないから、黙っていた方がいいのかなって」

「さすが先の戦いの功労者。察しがいい」

「へへ!まぁな」

 アンミツに褒められると、キトロンは誇らしげに鼻の下を人差し指でなぞった。

「あり得ない……あの毒を食らって、生き伸びるなど……」

「それに関しては、本当に運が良かった。ちょうどその少し前に偶然、血清を手に入れていたんですよ」

「血清って……おいおい!マジかよ!?」

「マジですよ、バンビくん。文玩の暗殺、いえ、暗殺未遂に使われたのは、グモンダの毒でした。江寧の村を出る時に、村人達が持たせてくれた体液が文玩の命を救ったんです」

「オレ達がやったことが、人の命を救い、この戦いの黒幕を炙り出したのか……」

 バンビは胸の奥がジワリと熱くなるのを感じた。

「バカな……!?」

 一方の祖球の心は冷たく冷えていく。その影響は顔にも出て、さらに彼の顔を青ざめさせる。

「わたしもそう思います。あまりにでき過ぎている。どうやら天はどうしてもあなたの好きにさせたくなかったようですね」

「ぐむうぅぅぅっ……!!」

 祖球はあまりの理不尽さに声にならない声を上げた。

「というわけだ。詳しいことはこいつに聞いてくれ。それで手打ちだ」


ドサッ!


「ぐへっ!?」

 蘭景はまるで粗大ゴミを捨てるように、祖球を土螻の前に投げ捨てた。

「確かにこいつが裏で糸を引いているのはわかった……わかったが、こいつ一人で手打ちだと?下らない権力闘争におれや是を巻き込みやがって……!そんなことが許されると思っているのか!?」

 しかし、土螻は納得いかないといった様子で、引き下がる素振りを見せない。

「フッ……」

 けれども、蘭景は動じず。マスクの下で不敵な笑みを浮かべる。

「……何がおかしい?」

「おかしいさ。自分はこいつのことをこの戦いの原因の一つだと言ったはずだ」

「そういや言ってたな。すると何か?まだ他に原因があるっていうのか?」

「こんな回りくどいことをしないと地方領主にもなれない小物が、灑と是を巻き込んだ計画を立てられると思うか?お前の目を盗んで、国境を越え、兵士を殺せると思うか?」

「それは……」

「お前が怒りに身を任せて独断専行すること、うまく行けば、そのまま戦死することを望んでいる奴が、そちらの国にはうじゃうじゃいると聞いているぞ」

「……腐れ貴族どもか……!!」

「ひっ!!?」

 典優の憤怒が土螻を通し、強烈な威圧感となって放出され、もうメンタルが限界な祖球は顔をひきつらせて、ビビり散らかした。

「そちらの貴族達と現皇帝の関係がよろしくないのは、こちらでも把握している。その皇帝と近い立場にあるお前はさぞ目障りだろう。今回の一件は全て皇帝に傷をつけ、あわよくばお前を排除するためのもの」

「……筋が通っている。聞けば聞くほどそれしかないと思えるほどに……!」

「つまりお前らが我らの権力闘争に巻き込まれたんじゃない。我らが貴様らの下らない権力闘争に巻き込まれたんだ。それを賠償も請求せずに、むしろ土産までくれてやると言っているのに、何の文句がある」

 蘭景の堂々とした言葉に土螻は……。

「……ちっ!おれとしては納得いかないこともあるが……これ以上やっても、喜ぶのは腐れ貴族どもか」

「ひっ!?」

 土螻は祖球を縛り上げている縄に槍を引っかけ、持ち上げ、背を向けた。

「本当にこいつをもらっていってもいいのか?」

「結構だ。こちらには別の情報源がある。だから何も気にせず煮るなり焼くなり好きにしてくれて構わない」

「了解した。煮るし、焼く。だけど決して殺しはしない」

「まっ!?待ってくれ!?わたくしはただ――」

「黙れ」

「――ッ!?」

 土螻に凄まれると、祖球はそれからうめき声一つ上げなくなった。結局のところ、その程度の男、領主の器ではないのだ。

「ふん!お互い国を蝕むゴミ虫どもには苦労させられるな」

「あぁ、めんどくさくてたまらん。しかし、きちんと一匹ずつ潰しておかないと、よけいにめんどくさいことになるから放置はできん」

「その通りだ。やはりまずは国内を安定させるのが先決か……関敦!」

「はっ!!」

 典優が呼びかけると、どこからともなく彼の副官が駆け寄って来た。

「話は聞いていたな?」

「ええ、もちろん。だからあれほど今回の一件はキナ臭いから、早まっては駄目だと注意したのに」

「嫌味は戻ったら、いくらでも聞いてやる。だからとっとと撤退の準備を……」

「もうしてます。灑兵も攻撃をやめているので、すぐに退却できます」

「……そうか」

 副官の話を聞き終えると、土螻はマウを呼び寄せ、跨がった。そして、こちらを見上げている緑の若獅子に目を向ける。

「狻猊、そういうわけだ。決着はまたいずれ」

「はい」

「次会う時は……命尽きるまでとことんだ……!」

「はい……!!」

「ふん……」

 戦士と戦士の約束を取り付けると、土螻はマウを器用に操り、再び完全に背を向けた。そして……。

「是軍!全軍退却だ!!」

 部下を引き連れ、泰宿から去って行った。

 こうして、灑と是の国境付近で始まった突発的な衝突は、両軍とも自国の中にある火種を再認識するという、なんとも言えない痛み分けの形で終わりを迎えたのだった。


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