宿縁②
「キキーッ!?」
光が収まると起源獣達は何かに怯えるよう……いや、何かに怯えて、一目散にその場から逃げ出した。
「ぐあぁぁっ!?」
応龍は全身を痛みに悶え苦しみながら、地面に転がった。
「あ……あ……」
カンシチはぺたりとその場にへたり込んだ。白澤の変化に恐怖を覚えて……。
(違う……全然、違う!見た目は変わらないが、さっきとは別物だ!初めて見たが、おれにはわかる……あれが……完全適合……!!)
カンシチの言うように白澤の見た目には特に変化はなかった。しかし、何故かさっきよりもくっきり見える。それは彼の周りの空気が澄んでいるからだ。
厳か、神聖、その姿を見れば、誰もが祈りを捧げたくなるような神々しさが今の白澤にはあった。
「くそ……何を……!?」
時間が経ち、痛みが引いてきたジョーダンであったが、渾身の策を一瞬で破られた精神的ショックはむしろより大きくなり、彼の心を苦しめた。それでも……。
「まだ……まだボクと応龍は負けちゃいない……!!」
心は折れていない。天性の負けん気の強さとプライドの高さがかろうじてひび割れた闘志を支えている。
「まだか……いや、もうこの戦いは終わりだ」
対照的に義命は冷静……というより冷めていた。彼の中では今、言ったように終戦しているのだ。
「終わりだと……それを決めるのは応龍の拳だけだ!!」
立ち上がると同時に駆け出す!今まで何度挑戦しても届かなかった拳を今度こそ奴の顔面に叩き込むために。しかし……。
「――ッ!?」
黄金の拳は義命の眼前で止まった。白澤ではなく、義命の……。
「何で……何で武装を解除する!?」
怒りよりも戸惑いが強く出たジョーダンの声に、義命は不敵に笑みを浮かべた。
「何でも何も、私は言ったはずだ。完全適合を使わせたら、お前の勝ちでいいと……この戦い、君の勝ちだ」
「納得できるか!!!」
いまだに拳を引っ込めずにジョーダンは叫んだ。仮面の下の表情は見えなかったが、きっと今にも泣き出しそうな顔をしているに違いない。
「もう一度……もう一度白澤を装着しろ!決着をつけるぞ!!」
「それはできない。自分の言葉を嘘にはしたくない」
「だったら!あの頭蓋骨、もらっちまうけどいいのか!?」
「構わん!!!」
「いっ!?」
義命の迫力に応龍はついに拳を引っ込め、思わず後退りした。
「そ、そんなあっさりと……」
「そもそも私はあれを弔い、ここに埋めるつもりだった。ここを離れていたのも身を清めるために池で水浴びしていたからだ。持って帰るつもりなど最初からない」
「激レアな特級の頭蓋骨をか?」
「その大きさでは骸装機一体も造れん。少なくともあくまで宗教である獣然宗にはそれを生かす技術も知恵もない」
「……ボクならそれがあると……」
「お前があの頭蓋骨を無下に扱うような奴ではないということは戦ってわかった。性格はひん曲がってはいるが、腐ってはいないとな」
「ひどい言われ様だな……」
「一応、褒めている。もしお前が本当に邪悪な心の持ち主なら、今こうして話してられない。白澤の力を受けては無事でいられないはずだ」
「……それって……」
義命は僅かに口角を上げた。
「丞旦、私の旅の目的の一つはお前のような奴を探すためなんだ」
「ボクみたいな清らかな心を持った天才をかい?」
「まぁ、そういうことだと肯定してやろう……お前も気付いているのだろ、この灑に、猛華に不穏な風が吹いていると」
僧侶の顔は再び真剣で険しいものに変貌した。そして力強い瞳で真っ直ぐと返事を急かすように黄金の龍を見つめる。
「……ボクはそんなものは感じていないよ」
「自覚はないか。だが、きっと本能が感じているはずだ。歴史に名を残す事件が起こる時、まるで蜜に群がるように才気溢れた者が集まって来る……」
「今のは完全に褒め言葉だね。あんたの理論が正しければ、ボクという天才がその事件とやらに巻き込まれないはずがない」
「あぁ、お前と……次森勘七がな」
「……えっ?おれ?」
まだへたり込んでいるカンシチは突然名前を呼ばれ、戸惑ったように自分で自分の顔を指さした。
「そうだ。この丞旦と共にいるなら、きっと君にも役目があるはずだ」
「おれの役目……」
心の奥から熱くなる感じがした。表には意地でも出さなかったが、ジョーダンと比べて自分の無力さに打ちひしがれ続けていた。そんな自分を認めてくれた……応龍を圧倒するような男が!
カンシチは熱に浮かされたまま立ち上がり、口を開いた。
「あの!?」
「ん?」
「良かったら、おれ達と一緒に行かないか、義命!?」
「それはごめん蒙る」
「断るのかよ!!」
「勝手に盛り上がって……恥ずかしい奴」
「やめろ!ジョーダン!もういい!!」
カンシチは身悶えしながら、顔を手で覆った。
「誘ってくれたことは素直に嬉しいが、我々は違う形でアプローチで対処していった方がいいと思っている」
「その方がどちらかがやられても、残った方がその不穏な風とやらを止めてくれる可能性がある……か……」
「そうだ」
「坊さんらしくないシビアさだね」
「それほどのことなのだよ」
義命はくるりとジョーダン達に背を向けた。
「私の直感が正しければ、この猛華は混沌に飲み込まれることになる。私はそうならないように発生源を探る。君達は……」
「あんたの指示に従うつもりなんてない。ボクはボクの意志でやりたいようにやる」
「それでいい。考えることも進み方も違うが、きっと同じところにたどり着く」
「また会うことになるってことか……」
「そこまではわからんよ。ただ君達の旅が実りあるものになることと、その末に偉大なる勇者となること……私は願っている」
満足そうな表情を浮かべ、義命は森の奥へと消えて行った。
「まったく……あまりに電波でスピリチュアルなことを言うもんだから、毒気が抜けちゃったよ」
心も身体も疲れ果てたジョーダンは応龍を脱ぎ、大人しく主人を見守っていたネニュファールの下へ、とぼとぼと歩き出す。
「ほら!キミもしっかりして!無駄な時間を使っちゃったんだから!十分休んだだろ!」
「お、おう!」
そしてカンシチに発破をかけて、相棒に跨がった。
「よし!では、早速……」
「なぁ、ジョーダン……」
「まだ何かあるのか……!?」
ジョーダンは不機嫌そうな顔でこちらを見つめるカンシチを見下ろした。
「あの生臭坊主との戦いのことは不愉快だから話さないよ」
「いや、そうじゃなくてお前の後ろにある頭蓋骨のことだよ」
「あぁ……」
カンシチが頭蓋骨に目線を移すと、ジョーダンも振り向き、そっとそれを撫でた。
「これがどうしたんだ?」
「いや、あいつが言ってたじゃん……骸装機一体も造れない量だって」
「そのことか。あいつの言った通り、この量じゃ無理だね。特級は一つの個体から造らないといけないから、まとまった量が必要なんだよ。特級骸装機が忌避されるのは、適合できる奴じゃないと動かせないとか、暴走の可能性があるからと言われてるけど、技術者から言わせるととにかく造るのがめんどくさいんだよ。下級とかと違っていろんな起源獣の死骸を組み合わせられないからさ」
「じゃあ、それ何のため……にッ!?」
カンシチが再びジョーダンに視線を戻すと、先ほどまでの不機嫌な顔が嘘のように消え、眼鏡を光らせながら満面の笑みを浮かべていた。
「今、言った不平不満を全て解決するプランがこの天才丞旦にはあるのだよ、カンシチくん」
「なんかろくでもないこと考えてるな……義命の言った不穏な風の発生源ってこいつのことじゃないのか?」
「下らないこと言ってないで、早く行くぞ!ネニュ!」
「ヒヒン!」
「お、おい!?」
義命とは別の方向にジョーダン達も走り出す。その先に何があるか、義命の話したことに不安を覚えながら……。
応龍と白澤の戦闘に一応の決着がついた頃、灑の国政府陣営でも争いが起きていた。
ただ、どこか爽やかさのあった応龍達とは真逆で、より一方的で残酷なものだが……。
「石楠花ェッ!!!」
獣の首がごとりと床に落ちると、主人は悲痛な叫び声を上げた。
「役に立たない獣の居場所など、この国にはない。下級兵士の餌にしてやるのが、一番有意義な使い方だろう」
一切の慈悲も持たずそう語るのは青銅色の大きな角を持った骸装機だった。たくましいボディーの奥から、それに似つかわしくない穏やかで、しかしとても冷たい声が、そして大斧からポタポタと滴る獣の血の音だけが部屋の中に響く。
「よくもおれの相棒を……!!」
「馬乾殿!どうか落ち着いてください!!」
「そうです!あの方は……」
「ええい!止めてくれるな!朱操!徐勇!石楠花を殺られて!その上あんな暴言を吐かれて!耐えられるおれではない!!」
「馬乾殿!!」
「鋼梟!!」
後輩の制止を無視し、馬乾が腰に下げた剣を引き抜き、機械鎧を召喚すると、その勢いのまま相棒の仇に飛びかかる。
「あの世で石楠花に詫びて来い!!」
槍が大気を切り裂き、青銅色の骸装機に迫る。それは馬乾の人生において、最も鋭く、最も速く、最も強い一撃であった……が。
バリィン!!
「……なっ!?」
馬乾の目の前に槍の破片が舞い散る。彼の想いを乗せた最高の一撃はいとも簡単に防がれてしまった。しかも……。
「そんな……」
「指一本で馬乾殿の攻撃を……」
青銅色の骸装機は大斧を持っている逆の手、その手の人差し指だけで槍を受け止め、そして砕いたのだった。
「くそッ!?」
鋼梟はすぐに後ろに跳び、距離を取った。それは武器を失い、無防備になった状態で反撃を受けないためだ。
しかし、そもそも青銅色の骸装機はそんな素振りなど一切見せていない。
「どうした?お前の相棒への想いはその程度か?まさかその槍と共に砕けてしまったとは言うまいな」
心の底から蔑み、馬乾の心を嬲るような言葉。当然、馬乾はさらに怒りを燃やし、自らの全てを懸けて、この男を倒そうと決意を固める。
「槍がなくとも、まだおれには拳も足もある!!どんな手を使ってもお前だけは……」
「はて?拳?そんなものどこにある?」
「何をふざけたこと……をッ!?」
「「!!?」」
目の前の男の言うように、拳はどこにも見当たらなかった。鋼梟の、馬乾の腕は両方とも肘から下が無くなっていたのだ。
「おま――!?」
「我ながら褒めてあげたい……痛みを感じさせる暇など与えずに切り落とすことができた。さらに性能が上がったな」
いつの間にか手に持っていた剣で二本の腕を重ねて、串刺しにしていた。勝負は決した……いや、最初から勝負にはなっていなかった。
「この……!?」
「まだやる気か?その心意気には感服するよ」
「拳がなくとも、せめ――」
ザンッ!!
「――て」
「ば……」
「馬乾殿ぉ!!?」
大斧一閃。誇り高き戦士馬乾は相棒の仇に一矢報いることもできずに、頭上から縦に真っ二つにされて絶命した。
「悲しいな……弱者は何も守れない、自分の命も、意地さえも」
戦い……というより処刑を終えた青銅色の骸装機は、青銅色の仮面へと形を変える。
その仮面を被った男は背こそ高いが、線の細い優男で、とてもじゃないが歴戦の勇士である馬乾を倒せるとは思えなかった。
「黄括」
「は、はい!!」
物陰で隠れて様子を伺っていた卑屈という概念を人の形に整えたような男は、名前を呼ばれると飛び出して行った。
「片付けを頼む。あと噂の黄金の龍とやらの追撃の準備を」
「はっ!……ですが……」
「なんだ?」
「追撃の任は朱操達に任せて、わたくしや宰相様は……」
「つまりお前はワタシの意見に文句があると言っているのだな?」
「いえいえ!!滅相もございません!!すぐに支度を始めます!!」
仮面の奥でギロリと目を光らせ、睨み付けると、黄括は顔中から汗を吹き出し、逃げるようにその場から離れた。
「ふん。お前達もしっかりと準備をしておけ。ついて行きたいと言ったのは、お前達なのだから」
「「は、はっ!!」」
朱操と徐勇は身体の震えと尊敬する馬乾を目の前で殺された怒りを必死に抑えながら頭を下げた。
「ワタシは部屋に戻る。何か……文句があるなら尋ねて来るといい」
「いえ!『諸葛楽 (しょかつらく)』様に文句など……」
「強さはともかく世渡りはそれなりにうまいようだな」
諸葛楽は朱操の答えに満足して、闇の中へと消えて行った……旧き知り合いの名前を口ずさみながら。
「いつか来るとは思ったが……遂に来たか、丞旦……!!」
彼が醜悪な笑みを浮かべると、不愉快な風が吹き抜けた気がした。




