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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
林江漫遊記
109/163

国の危機を救おう!①

「見えてきたぞ!おれっち達の最終目的地!泰宿がよ!!」

 遠くにそびえ立つ今まで訪れた都市のどこよりも立派な城塞を見て、キトロンは興奮し、声を上げた。

「あぁ……」

「そうだな……」

 そんな彼とは対照的にリンゴとバンビは足取りも重ければ、テンションも低い。沈んだ顔をしながらとぼとぼとなんとか頑張って歩いているような状態であった。

「ったく……まだ葉福のことを気にしてんのか?」

「そりゃするだろ。あんな後味の悪い幕切れ……」

「ゆっくり休むつもりだったのに、なんだか居心地悪くて逃げるように出てきちゃったくらいだからな……」

 改めて事の末路を思い出すと、さらに二人の顔色は曇った。悪人と言えど、死なずに済むなら死なないで欲しい、救えるなら救いたい、内心ではそういう風に考えていると自分たちでも初めて知った。ましてや注意していればどうにかできる状況だったなら尚更……。

「気持ちを切り替えろよ。終わっちまったことをいつまでもぐちぐち言ってても何にもならないぞ」

「キトロンくんの言う通りです。あの時点でわたし達ができる最善は尽くしました。あなた達が思い詰めることないですよ」

「アンミツさん……」

「ですから、無理矢理にでも前を向いてください。自分は元気だ、幸せだと言い聞かせることも時には大事だとわたしは思います」

「はい……」

 今の話はどうやら右から入って左に抜けて行ったようだ。リンゴの返事には全く覇気がなかった。

「こりゃ本当に重症だな」

「時間が癒してくれるのを待つしかないですかね……」

「だな。それか泰宿でなんか楽しいことがあれば……ん?」

 道の脇に人だかりができているのを見つけた。しかも集まっている人間がどうやら普通じゃない。

「あれ、軍人だよな?」

「ええ、泰宿所属の人達でしょうか?」

「なんか……ただ事じゃないみたいですね……」

「話を訊いてみましょうか」

「はい」

 アンミツを先頭に一行は軍人達に近づいて行った。

「ん?おい……」

「どうした?」

「なんか妙な奴らが……」

「あぁ……怪しいな。お前ら何者だ!!」

 それに対し、軍人の一人が腰の剣に手をかけ、威嚇するように声を張り上げた。妙に体格が良く迫力もあるリンゴ達のような人間が神妙な面持ちで接近してくるのだから、そういう対応になっても当然だろう。

「わたし達は決して怪しい者じゃありません」

「口ならばなんとでも言える!!」

「わかっていますとも。だからこうして身分を証明できるものを提示します……よっと」

 アンミツはカード状のものを懐から取り出して、軍人達に突き出した。

「なんだそれは……これは!?」

「どうした?何が書いてあったんだ……って!これは皇帝陛下の署名と血判!?」

 先ほどまで怪訝そうな顔をしていた軍人達はそれを見た瞬間、表情が一変、驚いた顔をしながら、カードとアンミツを何度も見比べるように視線を移動させ続けた。

「そんなものを持っているとはお前ら……いや、あなた方は一体……?」

「わたしの素性に関しては後々……まずはあなた方、軍人がこんな道端で何をしているのか教えてくれませんか?」

「それは……」

 軍人達はお互いの顔を見合わせると、目と目で会話し、しばらくすると頷き合った。

「……わかりました。ただし他言無用でお願いします」

「外に漏れたら、まずいことなんですか?」

「ええ……民が動揺します。こちらへ……」

 軍人達に連れられ、さらに道から外れていくと、木の幹の側に、布にくるまれた人間大の何かが二つほど寝転がっていた。

 それを見た瞬間、沈んでいたリンゴとバンビの評価が一層険しくなる。

「これは……」

「もしかして人間の死体か?」

「はい……私達の同僚の死体です」

「軍人の?」

「実は最近ここ泰宿周辺で怪しい人物や、是の骸装機を見たと頻繁に通報がありまして……」

「是の骸装機って撃猫ですか?」

「ええ、ですから警備を強化していたのですが……」

「朝になっても戻って来なければ、連絡もないので、こうして来てみたら、この木に……この木に吊らされていました……!!」

 軍人達は悔しさを堪えようとしたが、堪え切れずに拳を小刻みに震わした。

「そんな酷いことを……」

 一方、リンゴやアンミツは彼らを気の毒に思いながらも、冷静に木の枝を確認する。確かに縄が結ばれていたような跡があった。

「……犯人に心当たりは?」

「いえ、全く……」

「物取りがわざわざ軍人を狙うとも思えませんし、彼らが殺されるほど恨みを買っていたという話も聞きません……ですから、きっと……」

「もしや皆さんは是の仕業だと?」

「ええ!きっとそうに違いありません!」

「撃猫が目撃されたのが何よりの証拠です!!偵察に忍び込んだのを見つけられて、こんな蛮行に走ったに違いない!!」

「さすがにそれは考え過ぎじゃ……いくらなんでもそんな短絡的な行動……」

「そういう男なんですよ!最近泰真の将軍に襲名した『典優 (てんゆう)』という男は!」

「是の典優……どこかで聞いたことがあるような……?」

 リンゴは首を傾げ、記憶の引き出しを検索した。しかし、一向に何もヒットしない。当然だ、彼が知っているのは、典優ではなく、似た名前の男のことなのだから。

「もしかしてそれは典許のことではないですか?慇と是の戦いで戦死したという……」

「そうだ!典許だ!懐麓道の機体を使うと聞いて、印象に残っていたんだ」

「典優はその典許の縁戚にあたる人物です。冷静な典許と違い、非常に好戦的なので前皇帝には危険視され冷遇、慇との戦いにも同行を許されなかったと」

「ただ新しい皇帝にはその武力を認められ、こうして国境沿いの要所に置かれることに」

「まぁ、それこそ典許を始め、多くの優秀な人材を失いましたから、背に腹は変えられないってだけかもしれませんが」

「尊敬する典許を殺した慇はもちろんこの灑に対しても、かなり強い敵対心を持っているらしいですから」

「正確には、灑というより狻猊という骸装機に対してだけどな」

「狻猊だって!!?」

 突然、出てきた愛機の名前にリンゴは飛び上がりそうになるほど驚いた。

「ど、どうしたんですか、急に……?」

「いえ、すいません……自分が……自分はちょっと骸装機について調べているもんで、狻猊のことも最近……」

「そうでしたか……」

「それに何で一体の骸装機にそこまで執着するのかなって……」

「その昔、典優は独断で慇に攻め込んだんですよ。今回のように国境周辺で小競り合いがあって、それに腹を立ててね」

「ですが、結果はかつての狻猊の装着者、慇の四魔人の一人、花則にこてんぱんにやられて、命からがら是に戻る醜態を晒すことに……」

「奴が前皇帝に冷遇され始めたのもそれがきっかけです。慇との戦いに連れて行かなかったのも作戦など無視して、花則にリベンジしようとするって危惧されたのでしょうね。しかし、その花則は我ら灑との戦いで戦死し、永遠に奴の悲願が達成されることはなくなった」

「だから、せめて花則の使っていた狻猊には一矢報いたいってわけか……」

 リンゴは懐にしまってある狻猊をギュッと握りしめた。

「新しい装着者があの拳聖玄羽の一番弟子というのも、思うところがあるんでしょう。元々玄羽様の生まれは是ですから」

「祖国を捨てた人間の技を継ぐ者が、ずっと追い求めてきた仇のマシンを手に入れたとあっちゃ、気が気じゃねぇよな」

(キトロン……他人事だと思って……)

 恨めしそうに妖精を睨んだが、どこ吹く風とキトロンは楽しそうに笑っていた。

「お話はわかりました。わたし達はこれから泰宿に向かうので、詳しいことはまたそこで聞かせてもらいます」

「はっ!どうかお気をつけて!」

 頭を下げ、顔を上げるとほぼ同時にリンゴ一行と軍人達は背を向け合い、軍人は遺体の下へ、リンゴ達は元いた道に戻るために歩き出した。

「なんつーか、また厄介事に巻き込まれそうな匂いがプンプンしてきたな」

 バンビは心底かったるそうにため息をついた。

「まぁ、今回も荒事になるとまだ決まったわけではないですから、それに……」

「「それに?」」

「いえ、なんでもありません。急いで泰宿に向かいましょう」

「はい……」

 すたすたと先頭を歩くアンミツの後ろで、彼の態度の意味がわからないリンゴとバンビは顔を見合わせ、小首を傾げた。その表情は間抜けではあったが、先ほどまでの悲愴感はすっかりと消えていた。

(リンゴくんもバンビくんも気持ちの切り替えができたようですね。死人が出ていることなので、喜ぶのは不謹慎ですが、わたしの罪悪感も少しはまぎれました)



 一行は泰宿に到着すると皇帝の署名を使い、一目散に城へと入城。領主と面会することになった。

「ワタシがこの泰宿の領主、『朱公英 (しゅこうえい)』です。そして彼がワタシの補佐をしてくれている……」

「『祖球 (そきゅう)』です。以後、お見知りおきを」

 祖球と名乗った利発そうな男は深々と頭を下げた。

(朱公英……こいつどこかで?うーん……誰だっけかな……!!)

 キトロンは椅子にどっしりと構える領主の顔を見て、既視感を覚えたが、その答えを見つけられずに一人悶々としていた。

 そんな妖精を尻目に領主は一行と話を始める。

「それで安密殿達は何ゆえこの泰宿に?」

「実ははっきり言って、特に泰宿に用事があるわけではないのですよ。あくまで我らはこの灑を見て周りたいだけなので。ですが、道すがら同僚の遺体を発見したここの軍人に会いまして……」

「聞いております。そのことについて訊きたいことがおありだと。しかし、残念ながらワタシどもとしても、突然のことで何が何やら……」

 朱公英はどうしたものかと額に手を当て、首を横に振った。

「それはわたし達もわかっています」

「でしたら、何を?」

 アンミツがリンゴにアイコンタクトを送ると、彼は力強く頷き、一歩前に出た。

「自分達が訊きたいのは、領主様が今、この件に関してどう思っているのかです」

「ワタシが?」

「はい。もし、巷で噂されているように是の仕業だったとして、どう対処するのかと」

「そういうことですか……」

 リンゴの言葉を聞いて、朱公英は表情を険しくした。

「ワタシとしては不確定な噂話で右往左往すべきではないと考えています。ですので、現時点では何か特別なことをするつもりはありません」

「ですが、仮に何らかの企みが是にあって偵察行動を続けており、それが露見したとして自棄になって攻めてくるようなことがあるのでは?」

「もしやあなたは……近隣から援軍を集め、守りを固めろと仰っているのですか?」

「はい。自分はもしものことを考え、一応の準備はしておくべきだと考えています」

「ワタシの見解とは違いますね。ここで下手に動けば、余計な刺激を相手に与える可能性が高いと。それはとても大きなリスクだと、ワタシは思っています。泰真の将軍典優はかなり感情的な男と聞いているので」

「だからこそ暴発することを念頭において、今のうちに動いておくべきでは?」

(ちっ!)

 食い下がるリンゴに朱公英は内心イラついていた。というか、心の有り様が隠し切れず表情に漏れ出し、めちゃくちゃ不機嫌そうだ。

「朱公英様……出過ぎたことを言っているのは重々承知しています。けれど、ここは最悪の状況を考え、防備を固めておくべきです」

「申し訳ありませんが、ワタシの心は変わりません」

「ですが!」

「お言葉ですが、あなたは少しナイーブになり過ぎているように見受けられるのですけれど?」

「うっ!?」

 痛いところを突かれた。実際、ついさっきまで文玩のことで落ち込みまくっていたリンゴからすると、その意見に反論などできるはずもない。動揺が顔に出て、あからさまにたじろいだ。

「……どうやらもうワタシに言うことはないようですね」

「……はい」

「でしたら、客室を用意してありますので、祖球、案内してあげなさい」

「はっ!!」



「どうぞ」

「ありがとうございます……はぁ……」

 案内された客室で祖球が淹れてくれたお茶を啜るが、その程度でリンゴの中にこびりついた先ほどの問答で生じた迷いを洗い流せるはずもなく、嘆息が漏れ出る。

「すいません、我らが領主様が……」

「いえ、祖球さんが謝ることじゃないですよ。それにあの人の言っていることが、間違っているとも思えませんし。ただ少し消極的というか、臆病というか……」

「わたしも朱公英殿の意見には一理あると思います。ここで動くリスクというのは、無視できるものではありません」

「じゃあ、アンミツさんも静観を決め込むことが正解だと?」

 リンゴの問いにお茶で喉を潤したアンミツは首を横に振った。

「いいえ、わたしもリンゴくん同様、最悪の事態を考えて、少なくとも周辺の城には連絡だけでも入れておくべきだと思っていますよ」

「だったら、自分に助け船の一つでも出してくれれば良かったんじゃないんですか?」

 リンゴは恨めしそうにアンミツの顔をジーッと見つめた。

「そんな顔をしないでください。今、言ったように朱公英の言い分にそこまで穴がない時点で、わたしが助けに入っても彼は折れなかったでしょう。彼の置かれている状況を考えれば、事なかれ主義に走るのも無理はないですし」

「領主の置かれている状況って……何か問題を抱えているんですか祖球さん?」

「領主様個人ではなく、その血筋に問題があるというか、出てしまったというか……」

「血筋?」

「“朱”家の人間なので……」

「朱……あ!あいつ、朱操の親戚か!!どうりでどうりで!!」

 領主の顔を見てからずっと抱いていた疑問が解消され、キトロンは満面の笑みを浮かべた。

「朱操……蚩尤に付いて、慇に亡命した奴か……」

「そして先の大戦では紅蓮の巨獣に取り込まれたところを、カンシチさんに倒された……」

「領主様も昔はもっと覇気に溢れる人物だったのですが、一族の中からそんな裏切り者を出したことでどうにも肩身が狭くなり、そのせいで疑心暗鬼に……」

「そんなしんどい状況じゃ、アンミツさんの言う通り、保守的になるのも無理はないか……あの人のことを何も知らないのに、食ってかかって、挙げ句臆病者扱いなんて……ひどい奴だな、自分は」

 リンゴは自分の無知と無神経さを恥じた。

「リンゴさんが気に病むことはないですよ。あなたの提言も何も間違っていないのですから」

「祖球さん……そう言ってもらえると救われます」

「きっと事件の詳細がわかっていけば、また領主様の考えも変わるでしょうし、今は待ちましょう」

「ええ、まだあの遺体の検死結果もわかっていませんからね。自分も焦り過ぎてました。少し頭を冷やします」

 そう言って、心を落ち着けるために再びお茶を口元に運んだ。

 だか、悲しいかな彼が頭を冷やす時間などなかったようだ。


バァン!!


「「「!!?」」」

「失礼します!!」

 客室の扉を勢い良く開けて、息を切らした兵士が入って来た。

「なんだ急に!?ノックもしないで、お客人に失礼じゃないか!!」

「すいません!祖球様!しかし、緊急事態なので、どうかご容赦を!!」

「緊急事態?それはここにいるみんなにとってか?」

「はい!お客様の耳にも入れておいた方がよろしいかと!!」

「だったら、早く話してください。こうしている時間がもったいない」

「では……」

 リンゴに急かされた兵士は片膝をつき、頭を下げながら、呼吸と頭の中を整えると、重い口を開く。

「国境の向こう!是の泰真から典優出陣!!こちらに進軍しています!!」

「な!?」

「なんだって……!!?」

 やはりこの旅に安息の時間はないのかと、リンゴを始め一行は自らの忙し過ぎる運命を呪った……。


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