盗賊退治しよう!④
「兄ちゃん……」
「そんな顔をするな、宇静……」
縄でがんじがらめにされた董兄弟。泣きそうな顔の弟を兄が静かに宥めた。
「他の連中は……必要ないか」
狻猊が辺りを見渡すと、最初の威勢はどこへやら、盗賊達は茫然自失状態でへたり込んでいた。
「さて……これどうしましょうか?」
「すでに葉福には連絡を入れているので、援軍の兵がマウ車を連れて来てくれるでしょう」
「それが来るまで、こいつらの監視か。ったく、まだ気が抜けねぇ……なっと」
鋼梟を待機状態の剣に戻したバンビはけだるそうにストレッチする。
「緑の……」
「どうした?お兄ちゃん」
「お前に兄と呼ばれる筋合いはない」
「では改めて……董宇航、どうした?」
「……さっきからなんなんだ、こいつは」
「うーん……」
董宇航の眼前でキトロンが空中で腕を組み、胡座をかき、難しい顔をして捕虜をじっと見つめていた。
「キトロン、何か気になることがあるのか?」
「いやさ……こいつら言うほど悪い奴じゃないんじゃねぇか?」
「盗賊だぞ?」
「盗賊だけどもだ。お前も戦ってみて、そう感じなかったか?」
「それは……」
リンゴは内心蛇連破をあそこまで使いこなすこの兄弟に一定のリスペクトを感じていた。武を極めようとする者として、あの動きは一朝一夕では身につかない、きっと真面目に鍛練した結果だと。
「その様子だと、おれっちと同じ意見みたいだな」
「あぁ、それでも盗賊は盗賊だ。何かの気の迷いで今はそう思っているだけかもしれない」
「人間ならその通りの可能性の方が高いでしょうね。戦闘中に分泌したアドレナリンが、心を妙に高ぶらせ、冷静な判断力を失わせているって」
「やっぱり……」
「ただ感受性が異常に発達しているキトロンくんが言うなら……」
「…………」
錫鴎は狻猊と目配せし合い、意思を共有した。
「……お前達、そもそも何で盗賊なんてやってるんだ?」
「その方が世のためにはマシだからだ」
「人のものを盗むことがか?」
「すっとぼけやがって……!!」
董宇航はギロリとこちらを見下ろす狻猊達を敵意剥き出しで睨み付けた。
対して、リンゴ一行はというと、彼の言葉の意味を理解できずきょとんとしていた。
その顔が盗賊の頭に疑念を抱かせる。自分もこいつらも色々と勘違いし合っていたんじゃないかと。
「お前ら……マジで何も知らないのか?」
「今の言葉も何のことだかわからないくらいにはな」
「だが、中央から派遣されたって……?」
「成り行きでそうなったが、別にお前達を退治するために葉福に立ち寄ったわけじゃない」
「だとしたら……」
「兄ちゃん、オイラもこの人達が悪い人だとは思えない」
「宇静……」
弟の純粋な瞳を見て、兄は閉ざしていた心を開こうと決心した。
「……お前らがそのルツ族の眼を信じているように、俺も弟の眼を信じている。だから全てを話そう……お前達は俺らのことをここに来るまで知らなかったんだよな?」
「あぁ、一切何も」
「おかしいと思わないか?これだけ被害が出ているのに、中央に連絡しないなんて」
「確かに……」
「わたしは勝手に評価を落とさないために、できるだけ自分の手で解決したいと、領主文玩が黙っているものだと解釈していました」
「そういう捉え方もあるか……つーか、ずる賢いあいつのことだから、いざとなったらそれで逃げるつもりだったな。その前に部下に責任を擦り付けようとすると思うが……」
卑屈そうな文玩の顔が脳裏に浮かび上がり、宇航は思わず顔をしかめ、不快感を露にした。
「その口ぶりですと、文玩殿が報告を怠ったのは、何か別の訳があったと?」
「この辺りが定期的に盗賊が涌くって話は?」
「その文玩に聞いたよ。交易品狙いの不埒な輩が昔から絶えないって」
「奴はその葉福の土地柄に目を付けた。盗賊に盗られたってことにすれば、交易品を自分の懐にすっぽり入れられるんじゃないかってな」
「「!!!」」
「はぁ!?その話、マジなのかよ!?」
「その表情……本当に知らなかったんだな」
驚愕と嫌悪感を隠そうともしないバンビの態度に、宇航は漸く本当に彼らが無関係だということを確信した。
「ここ何年かの盗賊被害のうち、凡そ二割から三割は奴のでっち上げだ」
「そんなにですか……」
「知っての通り、この国はかなり乱れていたからな。中央政府はちょっとした盗賊程度のことなど構ってる暇などなかった」
「そこに奴はつけこんだのか……!」
「俺達はその小狡い悪巧みを利用することにした。無茶苦茶やっても、奴は自分の悪事の露見を恐れて、内々でどうにかしようと思い、きっと上には報告しない。だが、なんとかしようとしても今の葉福に残っている役人に俺達を止められる奴はいない。気概のある奴はみんな追い出しちまったからな」
「まさか……?」
狻猊の言葉に宇航は力強く頷いた。
「この盗賊団は奴に楯突いたり、自分の地位を脅かすかもと疎まれ、難癖つけられて奴に葉福から追放された者達によって組織された。あと……この辺りの戦災孤児な」
「戦災孤児……」
「どうりで……妙にみんな若いと思った」
辺りを改めて見渡してみると、盗賊の中にはまだ十代半ばといったところの少年も珍しくなかった。
「国が援助しているのは知っている。だが、それでも取りこぼしというのは起こるものだ。援助金欲しさに寄って来た顔も見たこともない親戚に有り金全部むしり取られ、放り出されることも珍しくない。かくいう俺達兄弟も親を起源獣に殺されて、同じような目に合った」
「だから、兄ちゃんは理不尽な目にあったみんなに少しでもお金を分けてやろうって、どうせ領主のものになるなら、そっちの方がずっといいって、だから……」
「宇静、下らん同情を買おうとするな。俺達のやったことは理由はどうであれ罪だ。そういう意味じゃ文玩と変わらん。この仕事を始める前に言ったはずだろ?」
「う、うん……」
宇静は何か言いたげだったが、口ごもった。きっと頭の悪い自分が何を喋ったところで、それこそ言い訳にしかならないのだろうと、その程度のことを理解できるくらいには彼は頭が回った。
「というわけで、これが俺達が盗賊をやっている理由だ。お前らのことは遂に痺れを切らした文玩が自分の息のかかったお偉いさんに頼んで、手配してもらったもんだと思ってた。溜め込んだ金の一部は自分の出世と保身のための賄賂として使っているって知っていたからな」
「文玩が隠蔽したくとも、そんなに盗賊が頻繁に現れているなら、なにかしら耳に入るものだと思っていましたが、もしかしたら賄賂で王都に情報が行かないように工作していたのかもしれませんね」
「思い返してみれば、初めて会った時の領主は自分達のことを恐れているような感じがしました」
「後ろめたいことがあったんなら納得だ。きっとオレ達のことを自分の汚職の調査に来たと勘違いしたんだろうぜ」
「で、やっぱりおれっちの言った通り、こいつら思ったよりも悪い奴じゃなかったってことだ!」
キトロンは自慢気に胸を張ったが、他の三人はガン無視して、顔を見合わせた。
「んで、どうするよ?多分、こいつら引き渡したら、全員証拠隠滅のために死刑だぜ?」
「そんなことはさせませんよ。彼らにはきっちり生きて罪を償い、その後に人生をやり直してもらいます」
「では、もっとも罪深い人を糾弾しましょうか」
「……というわけで、あなたの身柄を拘束させていただきたい」
「な!!?」
アンミツに隠していた事実を突き付けられて、文玩の顔は一瞬で真っ青に様変わりした。
「お、お言葉ですが、証拠はあるのですか……!?そんなもの、罪を少しでも軽くしたい盗人どもの嘘だとか思わないんですか……!?」
「もちろんその可能性も考慮していますよ。ですから、彼らの言葉の真偽をきっちり確かめようと言っているんです」
「今、シュガさんが信頼する磨烈さんと、そういう企みに鼻が効く張昆を連れて王都からこちらに向かっている。自分が無実だというなら、堂々と調査を受け入れろ。そうでないなら……」
「言い訳でも考えておくんだな」
「そ、そんな……」
もう逃げられないと悟った文玩はその場でへたり込んだ。
「上手く、上手くやっていたのに……」
「悪事がいつまでも露見しないなんてことはない。なるようになる人間は誠実に自らの道を歩いて来た人だけだ。あなたも政務能力は低くはなかったのだから、真面目に業務をこなしていれば……」
「わたし程度の仕事ができる人間なんてごまんといますよ。せっかく手に入れたこの葉福の領主の座もそのうち誰かに……そうならないために裏金を作り、必死に媚びを売って来たのに……」
惨めに泣き崩れる文玩を見て、リンゴはこの葉福に来たばかりの頃、アンミツとの会話を思い出していた。
「あなた達と話していて、文玩にはやはり会っておくべきだと強く思いました。あなた達の周りには、幸いにも自らを信じる心や、コンプレックスとの向き合い方に長けている人物ばかりです」
「玄羽のじいさんとかジョーダンとかジョーダンとかジョーダンな」
「だからこそコンプレックスに押し潰された人間とはどういうものなのか、そういった人達とどう関わればいいのか学べる良い機会になるやもしれません」
(ほんの少しこの人に自信があれば、ほんの少し自分を認めてあげることができたのなら、きっとこんなことをしなかっただろう。拗らせた劣等感というのは、ここまで人を堕とすものなのか)
そして同時にいつも不敵に笑い、背筋を伸ばし、肩で風を切って歩いていたおさげメガネのことも思い出す。
(ジョーダンさんは自分のことを天才だと言い聞かせて、奮い立たせていたけど、あれがあの人なりのコンプレックスとの戦いだったんだな。時には無理矢理にでも自分を褒めてやるのが大事ってことなのかな……)
文玩という男はアンミツの言う通り、今までリンゴの周りにはいなかったタイプの男であった。だからこそ学ぶことがあるというあの時の言葉をこの瞬間、若き獅子は強く実感した。
「それでは文玩、行きましょうか」
「……はい」
すっかり生気をなくした文玩はゆっくりと立ち上がろうとした。その時!
ブスッ!!
「――ッ!?」
「「「!!?」」」
何かが急に飛んで来て、文玩の首筋に突き刺さった。
三人の戦士が咄嗟にその何かが向かって来た軌道を視線でなぞると、そこには文玩の部下の一人が筒らしきものを口元につけて、こちらを見ていた。
「吹き矢か!!」
「リンゴくん!バンビくん!奴を取り押さえて!」
「「は――」」
「がはっ!?」
「「――いっ!?」」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
リンゴ達が駆け出そうとした瞬間、文玩が吐血!
不審者を捉えようとした二人は思わず立ち止まり!床にできた血溜まりを見て、別の部下が悲鳴を上げた。
その隙に不審者は部屋の外に出て行ってしまった。
「文玩!?」
「ちっ!!やはり毒矢か!!」
アンミツは文玩に駆け寄ると、すぐさま矢を抜き捨て、恰幅のいい彼を肩に担いだ。
「き、きっとあ、あいつが……」
「喋るな!大人しくしていろ!!」
「わたし……がはっ!?」
「言わんこっちゃない!!」
「アンミツさん……」
「文玩はわたしが医務室に運びます!あなた達は矢を撃った者を!!」
「は、はい!!」
「オレ達の前でこんなふざけた真似しやがって」
言われるがままリンゴとバンビは不審者を追い、部屋を飛び出した。
「どっちに行った!?」
「くそ!武に生きる者でありながら、血を吐いたくらいで取り乱すなんて……!!」
「反省は後だ!!とにかく今は奴を……」
「おい!二人!こっちだ!!」
「「キトロン!!」」
通路の角から顔を覗かせ、キトロンが手招きしていた。二人は即座に彼の元に足を動かす。
「さすが先の大戦で戦っただけはあるな……オレ達なんかより肝が座ってる」
「あぁ……」
「キトロン!野郎はどこに!?」
「それが……」
気まずそうな顔でキトロンが視線を移動させる。
彼の視線の方向、角を曲がると、そこには先ほど吹き矢を吹いた男が首に刃を刺して自害していた。
「証拠隠滅のつもりかよ……くそ!!」
やりきれない気持ちを少しでも発散するようにバンビは自らの太腿をパンッと叩く。
「……で、どうする?リンゴ……」
「どうすると言われても…………とりあえずここは葉福の人達に任せて、自分達も医務室に向かおう」
「そうだな。えーと……お前達、こっちだ!!」
「「はっ!!」」
騒ぎを聞きつけた衛兵達をバンビが呼び寄せる。
「現場保存だっけか?とにかくここに誰も近寄らせないでくれ」
「わかりました」
「おまかせください」
「じゃあ、自分たちは行こう」
「「おう!!」」
二人と一匹は途中で道を聞きつつ、医務室へと向かった。
たどり着いたそこには門番のように屈強な男が立ち塞がっていた。
「中には入れないんですか?」
「大丈夫だと思いますが、毒が伝染する可能性もあるので、念のため人は入れないようにと、安密殿と先生が……」
「そうですか……」
ガララ……
「アンミツさん!」
「リンゴくん……」
話をしていたらなんとやら、アンミツが医務室から出て来る。
その重苦しい顔を見ただけで全てを察してしまいそうになるが、もしかしたらと僅かな希望にすがって、リンゴは口を開いた。
「文玩は……?」
アンミツは無言で首を横に振った……。




