盗賊退治しよう!①
「やっぱ活気があるな~、『葉福 (ばふく)』は」
キトロンは人で溢れかえる往来を見て、素直な感想を口にした。
「葉福は昔からこの周辺の交易の要ですからね。危険な起源獣もこの辺りにはいませんし、人がこぞって集まってきます」
「話には聞いていたけど、王都に負けず劣らずだな。少なくとも陰曲や慄夏とは比べものにはならない」
「お前、人の故郷をなんだと……!!」
「まぁ、慄夏はそう言われても仕方ないよな。あの拳聖玄羽が隠居に選んだ場所だもん。活気とは無縁だよ」
キトロンの発言にバンビは憤り、リンゴは心の底から納得した。
「んで、この葉福で何をするんだい?アンミツさんよ」
「正直特に何も決まっていません。ただ王都以外にもこの灑の国には栄えているところがいっぱいあるとリンゴくんに見せたかっただけですから」
「それなら十分に堪能しましたよ。そして、師匠と同じく自分も街の喧騒が得意でないことも再認識しました。何もない片田舎だとバカにしていた慄夏がまた少し好きになりましたよ、本当」
そう言ってリンゴは葉福という都市自体を一笑に付した。とてもじゃないが、自分はここには住めないなと
「思ってたリアクションと違いますが、故郷を愛する心が芽生えたなら、まぁいいでしょう」
「じゃあ、目的は果たしたし、ここでは足りない物資を補給するだけでおしまいか」
「なんだ?物足りないのか?」
「いやいやバンビちゃんよ、おれっちは安心してるんだよ。最初に訪ねたお前さんの曲陰はともかく、それ以降の場所は予期せぬバトルの連続だったからな。ここらで一息ついてもバチは当たらんだろ」
「自分もキトロンに賛成。刑天との戦いは、さすがに身も心も疲れたよ」
「かくいうオレも」
「もちろんわたしも」
「「「はぁ……」」」
往来のど真ん中でやたらと体格のいい男三人がため息をつく姿はぶっちゃけ不気味だった。周りの人達は怪訝な顔で訝しんだり、逆に目を合わさないようにしながら、通り過ぎて行く。
「では、ここにしばらく滞在し、英気を養うってことで」
「「異議無し」」
「そんじゃ、早速宿を探そうぜ。もち飯が美味いところ」
「それならいっそのこと領主に挨拶に行きましょう」
「領主様にですか?」
「はい。わたしはともかく君とキトロンくんは先の慇との戦争で活躍しましたし、バンビくんは言うまでもなく名門万家の跡取り。それだけ名のある人物が数日滞在したのに、挨拶もしに来なかったというと、雑に扱われたと、気分を害する人もいるでしょう」
「それって器、小さくねぇか?」
「小さいですよ。きっと君のお父様なら全く気にしないでしょう。なぜなら万修様は自分に自信がおありだから。そうではなく肩書きやお偉いさんとの繋がりでしか自分を誇れない悲しき者達はそんな些細なことにいちいち腹を立てたり、落ち込んだりするものです」
「そういうもんか」
「そういうものです」
「ちなみにここの領主様というのは……」
「わたしがこんな提案をしたことで察してくださいな」
「ですよね~」
リンゴは元々乗り気じゃなかったが、さらに行く気を無くした。
「ここの領主『文玩』はそんな自信がなく、器の小さい男の代表例です。自分が何を成したか、何をしたいかよりも有名人の知り合いがいることを自慢して、虚しい快感に浸る残念極まりない人物」
「そこまで言いきりますか……というか、そんな人間が何で領主なんかを続けていられるんです?」
「政務自体はそつなくこなすんですよ。そこにもっとプライドを持ってもらえると、周りも本人も幸せになると思うんですが、どうにもね……最近のゴタゴタで元々軍事や武力を持っている人物が評価され易いきらいがある猛華の性質がより強まっていますから、きっと自分のことを過少評価し、ストレスを溜めていることでしょう」
「武官が活躍できるのも、きちんと文官が国を治めてくれているからなのに」
リンゴの言葉にバンビは腕組みしながらウンウンと力強く頷き、全力で同意を示した。
「君達のような人ばかりだといいんですけどね。文官を軟弱者扱いする武官もいれば、武官を筋肉バカ扱いする文官も少なくないですから」
「自分は決してそうならないと約束しますよ」
「オレも」
「フッ……あなた達と話していて、文玩にはやはり会っておくべきだと強く思いました。あなた達の周りには、幸いにも自らを信じる心や、コンプレックスとの向き合い方に長けている人物ばかりです」
「玄羽のじいさんとかジョーダンとかジョーダンとかジョーダンな」
「だからこそコンプレックスに押し潰された人間とはどういうものなのか、そういった人達とどう関わればいいのか学べる良い機会になるやもしれません」
「でしたら早速向かいましょう。領主のいるところ、葉福の城に」
一行は賑やかな往来を抜け、城へと歩みを進め、門の前までやって来た。そこで……。
「約束のない奴を領主に会わせるわけないだろ!!」
「そこをなんとかお願いする。この通りだ」
「なら、せめて頭を下げろ!!そんなふてぶてしい態度で絆されると思っているのか!!?」
「だけどもオイラ、尊敬してない奴には頭下げたくない」
「お前はどこまでも……!!」
門番と揉めに揉めている見知った小さいが分厚い背中を見つけた。
「おい、リンゴ……あれって……」
「あの堂々としたというか、ズレている感じは間違いないな。ペペリさんだ」
「ん?キトロンとリンゴじゃねぇか?何でお前らこんな所にいるんだ?」
「「こっちの台詞だよ!!」」
リンゴとキトロンは仲良くツッコんだ。
「基本的にコシン族は雪破から出ないはずだよな?なのに遠路遥々葉福まで……」
「理由があれば出て行くさ。つーか、オイラの場合は慇との戦い以降ちょいちょい理由が無くても出かけてるけどな」
「え?そうなの?」
「外の世界で刺激を受けるのも悪くないと思ってよ。オイラ、一族きってのもフッ軽だし」
「それは知らんけど……」
「で、この葉福にも刺激を求めに来たのか?」
「ん?お前……」
「なんだよ?」
「…………」
「いや、マジでなんだよ!?」
ペペリはバンビを隅々まで観察した……無言で、微動だもせずに。
「おい!キトロン!リンゴ!こいつ、一体何なんだ!?」
「何なんだと言われても……」
「おれっち達もちんぷんかんぷん」
リンゴとキトロンは仲良くお手上げだと、ジェスチャーした。
「ま、まぁ、よくわかりませんが、とりあえずわたしが領主との面会を取りつけてきますね」
このまま付き合っていても埒が明かないと感じたアンミツは懐からカードのようなものを取り出しながら、門番に近寄って行った。
「失礼、門番さん。わたし達こういう者なのですが……」
「ん?んんッ!!?」
「それは皇帝陛下直々の――」
「お前、槍使いだな」
「うおっ!!?」
うんともすんとも言わなかったペペリが突然、再起動!油断していたところに声をかけられ、バンビは飛び上がって驚いた。
「き、急に話しかけるなよ……!」
「こんなんで驚いてたら、蘭景の奴と会ったら死んじまうぞ」
「蘭景って確か界踏覇空脚に選ばれて、主に諜報活動で先の内戦や慇との戦争に貢献……じゃなくて!オレがよく槍使いだってわかったな!」
「んだな。蘭景は地味だけど、よく働いてくれた」
「その話はいいんだよ!その前の話!」
「あぁ、オイラが葉福に来たのは……」
「戻り過ぎ!その後!あぁ!!話が全然噛み合わねぇ!!マジで何なんだ、こいつ!?」
「さぁ?」
「おれっち達もちんぷんかんぷん」
リンゴとキトロンは再びお手上げジェスチャーを繰り出した。
「何でオイラがおめえが槍使いだってわかったっていうと……」
「また急に話通じてるし……いいけど」
「オイラ達は人のための道具を作るためにデザインされた種族だからな。なんとなく身体つきを見れば、身長体重、そんで、そいつがどんな仕事をしているかくらいはわかる」
「へぇ~、そりゃあ凄い」
「けんど、それ以上の情報をキャッチするのは人間と同じく経験と才能だな。ありがたいことにオイラはその二つに恵まれたからわかる……おめえがその身に宿した大き過ぎる力に困っているってな」
「――なっ!?」
見事に長年の悩みを言い当てられ、バンビは驚愕のあまり大口を開けて、後退りした。
「おっ、やっぱり当たりか」
「あぁ……よくわかったな……」
「筋肉に変なコリが見えた、力を抑えようとしてできる奴だ。あと腰に差しているのは鋼梟だろ?それだと、おめえのフルパワーには耐えられんわな」
「……その通りだ。なんとか加減して槍を振るってきたが、いつも肝心なところで……!!」
故郷陰曲での狻猊との初対面から初バトル、そして刑天とのギリギリの戦闘、あの時の不甲斐ない自分を思い出して、バンビは恨めしそうに自らの拳を見下ろした。
その痛ましい姿を見てペペリは……。
「やっぱ武人って人種はバカだな」
「「はぁ!!?」」
ペペリは心底呆れ、あまりにも素直過ぎる感想を述べた。
そのあまりにあんまりな発言にバンビはもとより武の化身のような人の一番弟子も黙ってはいられない。
「さすがにその言い方はないんじゃないかい?ペペリさん」
「ん?言葉を間違えたか?こういう時はバカじゃなくて……アホか」
「「ほぼ一緒だ!!」」
今度はリンゴとバンビが仲良くツッコんだ。
「マジでそれはないから!」
「即時撤回してもらいたい!」
「別に望むなら撤回でもなんでもしてやるよ。オイラが言いたいのは武器を作る側と使う側の感性の違いだからよ」
「感性の……」
「違い?」
(この間抜けな仕草……やっぱりバカ扱いが妥当じゃねぇか?)
今度は揃って首を傾げる二人を見て、ペペリの意見に乗りたくなってしまうキトロンであった。
「まっ、これもいい機会だ。武人と一くくりにしたが、今日日おめえ達ほど、あれな奴は中々お目にかからねぇ。せっかくだからオイラの言葉の意味を考えてみろよ」
「え?どういうことなのか教えてくれないのか?」
「自分で考えるのが、大事なんだ。お前らの師匠もそんな風に言ってなかったか?」
「確かに……」
「言ってた……」
リンゴは師匠玄羽に、バンビは父、万修にものの見事に同じことを言われた経験があるので何も言い返せなかった。
「と、くっちゃべってる間に、どうやらお前らの保護者が話を通してくれたらしいぞ」
ペペリに促され、アンミツの方を向くと、親指をビシッと立てていて、その後ろで重厚な門が開いていた。
「んじゃ、領主様に会いに行こうかね」
「っていうか、ペペリさんもついて来るの?」
「当然」
妙に張り切るペペリに不安を覚えながらリンゴは門をくぐった。
「おお~!あなた達が王都から来たシュガ様の使いですか!会えて光栄です!!」
領主文玩はリンゴ達を見るなり、ペコペコと頭を下げ、手を揉んだ。
(威張られても嫌だが、立場のある人がこうもへりくだってるのを見るのも嫌だな。ましてや祖国の要人となると尚更。もっとドンと構えていて欲しい)
文玩の態度はリンゴ達のお気に召すものではなかったが、みんないい大人なので顔には決して出さなかった。
「えーと、それで皆さんは……もしかしてあれですか?」
「あれ?」
「ええ、もしやあれのことで来たのではないのかと……」
「よくわかりませんね。あれとはなんですか?」
「え?あれのことではない……でしたら何故……」
「だからそのあれとやらを教えてください!」
「ひっ!?」
「……あ」
もじもじと煮え切らない態度に苛立ちを募らせていたリンゴはつい声を荒げてしまった。良識のある人間なので、すぐに感情的な行為を恥じる。
「すいません、つい……」
「いえ、わたしもまるではぐらかすように……申し訳ありません」
「えーと、それで結局あれとは何のことなんですか?」
「あの~、お恥ずかしながら最近この辺りで交易品を狙う盗賊団が頻出してまして……」
「盗賊……」
その単語を聞いた瞬間、三人の武人の顔がキリリと引き締まる。
「この葉福はご存知の通り、古来より交易の要所として栄えてきたのですが、そのせいか定期的にこういう不埒な輩が涌いてきまして」
「横からすまんが、オイラが来たのもそのことだ。注文していたものが最近ことごとく賊にやられて届いていない。そのことに文句を言いにきた」
「ちゃんとした理由があったんだ……」
「オイラはいつもちゃんとしてるがな。今、領主様が話したようにこういうことは定期的にあった。だけども、最近はいくらなんでも酷すぎる」
「申し訳ありません……現在巷を騒がしている盗賊団は先の大戦の折に紛失した骸装機で完全に武装し、トップを張る『董宇航 (とううこう)』と『董宇静 (とううせい)』は中々の手練れでこの葉福の兵ではどうにもできず……」
「そりゃあ大変だったな。だけども、それならそこらの兵隊より強いこいつらが……ん?どうした?」
ペペリが視線を向けると、リンゴ達は天を仰いだり、肩を落としたりと、絶賛自分達の運命を呪っていた。
「いや~、いつもなら即断即決するところなんだけどさ……」
「さすがに今回はな……」
「休む気満々でしたからね……」
「じゃあ、この状況を見過ごすんか?」
「いや、だからそれができないから、こんな態度を取ってるんのよ……」
「ここで何もしなかったら、後悔するだろうからな~。人生において後悔しない選択をするのが一番大事だって父上に言われてるからな~」
「というわけでリンゴくん……代表してどうぞ」
「はぁ~……わかりました……よっと!!」
リンゴは気合を入れ直すと、手のひらに拳を勢い良く打ちつけた!そして……。
「今、この瞬間に葉福に立ち寄ったのもきっと天の思し召し!その不埒な盗賊とやら……我らが退治してみせましょう!!しぶしぶね!!」
再び戦場に身を投じることを高らかに、そして嫌々宣言した。




