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No Name's Dynasty  作者: 大道福丸
第一部
10/163

宿縁①

 二人の前に現れた男は僧侶らしく頭を剃り上げ、僧侶らしいだぼっとした袈裟を纏い、僧侶らしくないたくましい身体をしていた。

「噂?獣然宗について、話していたのか?」

 眉をひそめて、質問する僧侶に対し、ジョーダンとカンシチは一瞬お互いを見合い、意志を確認した。

「いや……確かにちょっと獣然宗のことが話題には出たんだけど……」

「それだけ。特にあんた……あなた達に何かをしてもらおう……もらいたいなんてないです。お気になさらず……」

 ほんの少し前に出会っていたなら、カンシチは額を地面に擦りつけて、協力を頼んでいたことだろう。しかし、ジョーダンとの問答で考えを改めた今の彼は一刻も早く僧侶との話を切り上げたかった。

「そうか……その感じだと、あまりいい噂を話していなかったようだな」

「そ、そんなことは!?」

 完全に心を見透かし、ため息をつく僧侶にカンシチは慌てて取り繕う。

「別に責めているわけではない。私達の教義が理解できない人間がいることは重々理解している。そしてそれを押し付けるような真似は獣然宗は、少なくとも私はしたくないと思っている」

「はぁ……」

 拍子抜けするほどいい人っぽい僧侶にカンシチの心は揺らぎ、隣のジョーダンに目線を送った。

 ジョーダンは「簡単に絆されるな、バカ」と、首を横に振り、さらにカンシチを押し退け、前に出た。

「布教が目的じゃないってんなら、何のためにいるんだい?こんな森の中、観光に来る人間なんていないでしょ?」

 高圧的かつ嫌味ったらしいジョーダンの言葉に僧侶の顔が強張った。カンシチは心配そうにその様子を眺めていたが、もう時すでに遅し、だ。

「人に目的を尋ね、怪しむが、君達こそ何でこんなところにいるんだ……?」

「ボク達は……観光だよ」

「観光?今、そんな奴いないと言っていなかったか?」

「ボク達のような酔狂な奴が他にはいないだろうって意味さ」

「私は人を見る目があると自負しているが、君達二人の瞳に強い意志を感じる……とてもじゃないが観光客のものではない」

「くっ……!?」

「へぇ……」

 心の奥底に勝手に覗かれ、カンシチは恐れを抱き、ジョーダンは苛立ちを覚えた。

「坊さんっていうのは、他人のプライバシーを暴くのも仕事なのかい……?」

「そうではないが……いや、少し出過ぎた真似をしたな。不快な思いをさせたなら謝罪しよう」

「謝罪はいらないよ。ただボク達はもうここから去る。黙って見送ってくれ」

 ジョーダンはくるりとその場で旋回すると、ここに来る時よりも大荷物を背負った相棒の方を向いた……が。

「待たれよ」

「……あぁ?」

 僧侶に呼び止められ、ジョーダンは顔だけ振り向き、横目で睨み付けた。

「なんだ?まだ何かあるのか?」

「あぁ……その機械の獣が背負っている頭蓋骨は置いていけ」

「何?」

 予想外の言葉にジョーダンは再び身体ごと僧侶の方へと向き直した。

「この頭蓋骨を何で置いていかなきゃいけないんだ?ボクが見つけたものだぞ」

「先に見つけたのは私だ。そこの大きな木の根に立てかけてあっただろ?私が見失わないようにそうしたんだ」

「所有権は自分にあると?」

「そういう言い方は気に食わないが、まぁそんなところだ」

「ジョーダン、ジョーダン……」

 カンシチがそっとジョーダンの耳元に囁く。

「なんだ?取り込み中だぞ」

「見たらわかるさ。つーか、あいつが先に見つけたっていうなら譲ってやれよ」

「やだね。どうせこの特級の頭蓋骨で戦力を増強するつもりなんだろ。起源獣は殺さないが、すでに死んでいる死骸を利用するのはOKなんて納得いかない」

「いや!お前、それは別に気にしないとか言ってなかったっけ!?」

「そんな昔のことは忘れたよ。ボクの天才的脳ミソは都合よくできている」

「お前って奴は……」

「それを抜きにしても、ボクは“しろ”と言われたことに“ノー”と返してやりたくなる性分なんだよ」

「ただの天の邪鬼ってだけだろ!!」

「そうとも言うね」

「どうやら話はまとまったようだな」

 途中から囁くどころか、普通の会話以上のボリュームで話していた二人、目の前にいる僧侶にもばっちり聞こえていた。

「盗み聞き……って責めるのは、さすがに難癖か」

「聞くなという方が難しい」

「まぁ、手間が省けたとポジティブに捉えよう。ボクの意見は今、聞いた通りだよ」

「そうか……では、見極めさせてもらおうか……」

「見極める?上から目線なのはこの際置いておくが、何を?どうやって?」

「もちろん“これ”でだ」

 僧侶は右手を上げて、手首につけた数珠を見せつけた。

「やはりそれは……」

「君のその眼鏡と同じだ。だから妙に気が立っていたんだろ?」

「全部お見通しってか……」

「おれは全然わかってないから説明して欲しいんだけど……」

 完全に一人置いてきぼりを食らっているカンシチは二人の顔を交互に見て、「説明してくれ!」と目で訴える。しかし……。

「その通りさ……そいつとやってみたかった……!」

「無視かよ!!」

「ならば期待に応えようとするか……!」

「坊主!あんたもか!?」

「そう言えば名乗っていなかったね、ボクは丞旦。天才骸装機開発者さ。こいつは次森勘七、凡人の中の凡人だ」

「ようやく触れたと思ったら、ひどい言われよう!!」

「私は『義命 (ぎみょう)』。言わずもがな獣然宗の僧侶だ」

「あっ!ご丁寧に、どうも。次森勘七です」

「愛機の名前は……すぐにわかるか」

「愛機?あぁ!そういうことね!カンシチくんも理解しましたよ。バカどもに巻き込まれないように下がりますよっと」

「行くぞ!義命!!」

「来い!丞旦!!」

「嵐を起こせ!応龍!!」

「見極めろ!『白澤 (はくたく)』!!」

 毎度お馴染みの空のような青い眼、木のような二本の角を持った黄金の龍が現れ、その前に初めましての穢れを知らない、いや、拒絶するような純白の骸装機が立ちはだかる。

「先手はもらう!応龍槍!!」

 応龍は槍を召喚し、白澤に躊躇なく飛びかかり……。

「でやあぁぁっ!!」

 高速のラッシュを放つ!自称エリートの朱操、そして彼の上司である馬乾が手も足も出なかった攻撃!それを……。


ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!


「天才と自称するだけはあるな……いいマシンだ」

 白澤はまるで夏の夜風に吹かれているような涼しい顔で、構えも取らず全て避けていく。

「くそ……!?舐めた口を聞きやがって……!?」

 当然、これにはジョーダンも苛立ちを覚えた。彼はこれだけで僧侶との戦いを終わらせるつもりだったのだから。

「お前のような自信過剰で人を煽ることに喜びを覚えるタイプは逆に挑発されると辛抱が効かない」

「ご高説、ありがとうよ!!」


ガシッ!!


「なっ!?」

「ほら、リズムが乱れた」

 あろうことか白澤は槍を避けるのではなく掴んだ。そして、そのまま……。

「少し……頭を冷やして来い!!」


ブゥン!!


「――ッ!?」

 ぶん投げる!応龍はその黄金に輝く身体で木を二本、三本と薙ぎ倒しながら、彼方へと消えて行った。

「口ほどにもない」

 期待に応えられなかった龍を侮蔑し、白澤は戦闘体勢を解除……。

「……いや」


カアァァァン!!


 白澤がほんの僅か、最小限頭を傾けるとその横を先ほどまで自分に襲いかかって来ていた槍が通過した。

 槍は彼の後ろの木に深々と突き刺さり、直撃していたらただでは済まなかったことを物語っている。

「速いな」

「この野郎ッ!!」

 白い機械鎧の側面に黄金の龍が出現!空のように澄んだ青い眼でターゲットをしっかり見据え、拳を振りかぶる。

「もらった!!」

「だが、甘い」


ゴンッ!!


「ぐふっ!?」

 金色の拳が純白の仮面を砕こうとしたその瞬間、白澤の手元から棒が、錫杖が現れ、龍の腹部に攻撃を叩き込む。

「くそ!!……ッ!?」

 応龍は空中で体勢を立て直し着地するが、ダメージから腹を抑え、膝をついてしまう。

 ジョーダンにとってこんなに屈辱的でショックなことはなかった。しかし、彼以上にショックを受けている者がこの場にはいた。

「……嘘だろ?」

 次森勘七である。目の前でいまだに立ち上がれずにいる応龍を、信じられないといった様子で見つめている。

(朱操にも、馬乾にも一撃もクリーンヒットを許さなかった応龍があんなにあっさり……あり得ない……!)

 彼は自分を、そして自分の故郷を救ってくれた黄金の龍の強さに全幅の信頼を寄せていた。ジョーダンという男は性格以外は非の打ち所がない人間だと。その盲目的とも呼べる幻想が今まさに打ち砕かれたのだ。

「てめえ……よくも……!」

 肉体は言うことを聞かなくても、ジョーダンの闘志は衰えていない。むしろより沸々と怒りが沸き上がり、この戦いにのめり込んでいる。

「そちらも槍を使うんだ。その痛みはこっちにだって武器の一つぐらいあるだろうと警戒しなかったお前の落ち度だ」

 白澤は錫杖を地面に突き立てると、じゃらじゃらと金属同士がぶつかり合う音が森にこだました。ジョーダンにとってはこれ以上、不愉快な音はない。

「そう……だな……だが、次は……!!」

 漸くダメージが回復し、立ち上がる応龍。本当は何も言わず殴りかかりたいところだが、義命に指摘されたことを反省してか、不用意に手は出さない。

「次は……か。何度やろうとその特級骸装機と“完全適合”できていないお前じゃ私と白澤に万の一つも勝ち目はない」

「ぐっ!?」

「完全適合……」

 痛いところを突かれた。それは天才ジョーダンが彼の知識を総動員しても解決できていない悩みでもあった。

 そして、悔しさから歯軋りするジョーダンの後ろではカンシチが少ない知識の引き出しを開けている。

(完全適合って、確か完全に特級骸装機と適合すること……それができると装着者の感情や意志を骸装機が取り込み、超常的な力を発揮するっていう……つーか、ジョーダンと応龍ってできてなかったのかよ!?)

 今まで散々、黄金の龍の力を見せつけられて来たカンシチにとっては、またこれも信じ難いことであった。また同時にそれは希望でも……。

(つまり好意的に考えれば、あいつらはまだ強くなれるってことだ……!こうなったら、この場で会得して、その坊さんに一泡吹かせてやれ、ジョーダン!!)

 結局のところカンシチのジョーダンへの信頼は揺るがなかった。子供がヒーローの逆転劇を期待するように目を輝かせる。

 一方、その期待を受けた黄金の龍は……。

「その言い方だと、あんたは完全適合できるみたいだね……」

 冷静に状況を分析し、その絶望的な現状に冷や汗をかいていた。

「安心しろ。私は完全適合するつもりはない。これ以上、一方的になると罪悪感を感じてしまう」

「へぇ……!」

 冷静だったのも、恐怖を感じていたのもほんの刹那の時間だった。よくも悪くも義命の一言がジョーダンの心を憤怒で塗り潰す。

「そこまで言われると、逆に使わせたくなるね……」

「愚かな……と言いたいところだが、その心意気は嫌いじゃない。この勝負、私と白澤を完全適合させたら、お前の勝ちでいい」

「そうか……そりゃどうも。けどね……ボクはお前に全力を出させた上で叩き潰すつもりなんだよ!!」

 応龍は先ほどのリベンジと言わんばかりに、拳を振りかぶって突進した。

「破れかぶれの攻撃など……」


ヒュッ!!


 けれど、拳は白澤の鼻先を通過しただけで終わった。

「まだまだぁ!!」

 それでも怯まず応龍を拳を、いや拳だけでなく蹴りや肘鉄も繰り出し続ける。


ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!ヒュッ!!


 だが、それも全て虚しく空を切る。

「骸装機の性能では互角か、お前の応龍とやらの方が上。つまり今のこの差は私とお前自身の力の差だ、丞旦」

「そんなことはあんたに言われなくてもわかってるんだよ!!ボクの開発した応龍は最高のマシンだ!それに見合うようにボクは鍛え、知恵を振り絞る!!」

「知恵?この野蛮な攻撃のどこにインテリジェンスがある」

「これは布石……お前の動きを見切るためのな!」

「……なんだと?」

「そしてもう十分だ!この攻撃、避けられまい!」

 応龍は“何か”を投げつけた。虚を突かれた白澤は回避はできない!回避は……。

「避けられないなら、武器で防げばいいだけだ!」


バン!!


 錫杖が応龍の投げた“何か”を粉砕した。

「何のつもりだ?爆弾か何かだったらこの白澤に傷の一つぐらいつけられたかもしれないが、まさか“花”とは」

 錫杖が破壊したのは花だった。赤と紫のけばけばしい花びらを持つ花だ。

「勝ち誇ってるところ悪いけど、もっと良く見た方がいいんじゃないかな?獣然宗なら知っているはずだろ」

「何?」

 もう一度、宙を舞う花びらをよく観察してみる。すると、愚かであったのは自分であることに気づいた。

「――ッ!?これは獣集花!?」

「正解。潰すとあんた達の大好きな起源獣が寄って来るあれさ。そう言ってる間に……」


「キキーッ!!」


「!!?」

 甲高い叫び声と共に、空から無数の翼を持った起源獣が白澤の下へ急降下して来ていた。それらはあっという間に白澤の周りを取り囲んだ。

「くっ!?しまった……」

「キキーッ!!」

 視界一面を覆う起源獣。白澤は彼らに手も足も出せない。なぜなら……。

「殺せないよな……獣然宗の坊さんが起源獣を……」

「応龍!?」

 獣の群れの中、息を潜めて黄金の龍は自らの渾身の一撃を食らわせる距離まで近づいていた。

「この勝負……ボクの勝ちだ!!」

 勝利を確信し、拳を繰り出す応龍。だが……。

「させるかッ!!」


カッ!!!


「なっ!?」「うっ!?」「キキーッ!?」

 白澤の額にある瞳のような機関から発せられた眩い光が周囲を、森中を包み込んだ。


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