第8話【ユウキ】
8月6日(日)
大橋から着信があった。
「もしもし」
『よ!どうだった?高級車買えたか?』
「…、いや、買えなかった…」
『買えなかった?どういうこと?』
「お前に言ってなかったけど、今、無職なんだよ。先週解雇されてるんだ。収入がない俺はローンの審査が通らなかった。俺のポイントはマイナス700万だ。だから外車のディーラーを攻めたけど無理で、せめて半分でも減らせればと国産ディーラーも行ってみたけど、普通車すら買えなかったよ」
『でも、試乗とかしたか?』
「ああ、勿論。ちゃんと購入のために普通の客として手順は踏んだから」
『そしたら【高級車を試乗した】っていうイベントが奇跡的に起こるかもしれないぞ?』
「なあ、イベントって決められてるんじゃないの?それが現実に起こってるんじゃなくて?」
『は?んなわけないだろ?俺たちが決められたイベントに添って行動してるって思ってるわけ?』
「ああ」
『馬鹿だな。違うだろ。そしたら俺の結婚披露宴はゲームのイベントなのか?』
「あ!」
『もし決められたものなのだとしたら、ルーレットまわし終えた時点でイベントが提示されて、その通りに行動しなければペナルティが発生する、みたいなゲームになると思うぞ?でもそうじゃない。自分たちが行動した中からイベントが選ばれてるんだ。だから金額とポイントに覚えがあるんだよ』
「じゃあ、この高級車に関する出来事がイベントになる可能性があるってことだな」
『そういうことだ。そしたらかなりラッキーだな。現実には買えなかったから1円も使ってないのに何百万っていうポイントが貰える可能性があるってことだ』
「俺、ついてるのかも」
『いや、まだ明日にならないとわからないけどさ。とりあえずあと1ターン。ルーレットまわせなくて脱落ってことだけはないようにしないとな』
「ああ」
◇◇◇
8月7日(月)
天使マスの結果が気になり過ぎて、土曜の夜は寝ないで午前0時を回るとすぐにタブレットを確認した。
【元上司に謝罪した】
「!!!」
天使マスイベントに選ばれたのは、ディーラーでの出来事ではなかった。
動いたポイントは6,600JPで、これはユウキが用意した花束と菓子折り代だった。
一体どういうことかというと、7月31日月曜日、この日小野田が最後の挨拶に出社することを思い出したユウキは、会社の前で小野田の出待ちをした。秋山から聞かされた真実が、実はずっと心に残っており苦しいままでいることが辛かったため、直接謝罪という名の懺悔をしたかったのだ。出てきた小野田を見つけ近づくと小野田はすぐにユウキに気付き、近くの喫茶店へと誘導してくれた。ユウキの処分についても聞かされていたのだろう、素早い対応だった。ユウキは自分の怠惰が他人の人生を狂わせていることを知り、ようやく自分の仕事に対する態度や姿勢の過ちに気付くことができた、今では深く反省をし直接謝罪をしたかったと伝えた。小野田は、ユウキをもっと早くしっかり育て上げればあの日妻を失うことはなかったかもしれないが、妻が亡くなったおかげで今ユウキが成長したことは皮肉なことだと言い、次は自分がしっかり歯車としての役割を担える仕事に自らの力で就きなさいと、伝票を持って去っていったのだった。
小野田からの軽い罵りと鼓舞する言葉に許しを得たと勝手に解釈し心は晴れたのであった。小野田の部下の未来を潰さない大人な対応に感謝しかなかった。
タブレットの画面にイベントが表示された。
『♪~チェックマスイベントが発生しました。8位通過はショウマさんです。ショウマさんは全員から3万JPずつもらいました。ショウマさん、おめでとうございます』
【30,000JPをショウマに支払う】
これで自分と脱落したケンタロウ以外のプレイヤーは2回目のチェックマスを通過した。
「たしかにこれじゃ着順や進行度では上位は狙えない。そのランキングでのボーナスは望めないな」
マップを見ると先頭を行くリョウスケとハルトからは10マスは離れている。自分が最大の8を出したところで追い付かないし、2人も8を出したら差は縮まることはない。やはり天使マスに止まりポイントをもらうしかないのか…、カードマスは出目の数以外の内容のものはあるのか…、9位通過だから微量ながらも確実にポイントをもらうか…。初めてこのゲームに自身が勝つために真剣に考えたところで1つの可能性を見出だした。
「もしかしたら、なかなかいい線をついた案かもしれない…。でもそのためにはぴったりに止めないと」
リョウスケはユウキが止まったマスに対して疑問を抱いていた。それに他のプレイヤーも悪魔マスに止まることがなくなっている。つまりはカードを使う以外に出す目を選べる方法があるということだ。リョウスケに聞くしかないが、教えてくれないかもしれない。リョウスケが起きるだろう時間まで万が一を考え、策を練りに練って待機した。
朝を迎えた。この日はユウキから発信した。
『もしもし?どうだった?』
「ディーラー関係のイベントじゃなかったよ。だからポイントもそこまで増えなかったし、チェックマスイベントもあったからさらに減ってる」
『そうか…。今回のターンで最後だしな。また天使マス狙えよ』
「…その為にも、教えて欲しいことがあるんだ。もしかして大橋は狙った目が出せるんじゃないか?」
『え?今さら?お前も前回狙って出せてるじゃん』
「あれは、カードを使ったんだよ。ちょうど欲しい数字の出目のカードがあったんだ」
『そういうことか。まあ、しょうがねぇな。確実にっていうには練習も必要なんだけどさ。これさ、アナログのルーレットってところに疑問を持たなかったか?』
「持ったよ!だってタブレットにスマートウォッチだろ?なのにデジタルじゃないのは何でだろうって。事務局側の操作や仕掛けを疑われないためかと思ったけど」
『ああ、それもあると思うぜ。デジタルじゃ確率を操作できそうだもんな。だがな、もう1つ俺が考えたのはプレイヤー側の不正もありにするためだ』
「不正もあり?」
『ああ。これは双六だ。止まるマスがマップとして予め確認できる。つまり出したい目ってやつがプレイヤーにはあるんだよ。アナログのルーレットは手腕が伴えば百発百中だ』
「ルーレットなのに?たまにつっかえて狙った目が出せなくて失敗したぜ?」
『俺もそうだった。でもな、ある条件がないと反応しなかったんだよ』
「え?」
『このルーレットは1から8までで一周だ。そして必ず一周以上まわさないと反応しないんだよ。つっかかり過ぎた時にルーレットがまわされたことにならなかったことがあったんだ。ちなみにダイヤルをまわすようにゆっくりまわしても反応しなかった。つまりは一定の速度以上で一周以上してから止まったルーレットが有効になるんだ。そうじゃないと、ちょっとねじるだけとかで目が出るんじゃ狙いたい放題だろ?それを防ぐ為だろうな』
「ある意味それって普通じゃないの?まあ、一周以上って所は気付かなかったけど。でもそれで不正ってどこに繋がるの?」
『それはな、止まり方には条件がないってことだ』
「え?」
『緩やかに止まるのを待つんじゃなくて、ピタッと止めちゃえば良いんだよ』
「んなっ!?じゃあ、出したい目がちょうど止まるように押さえるってことか?」
『そういうことだ。目利きも必要だから練習が必要だけどっていうことだけど』
「でも、そんな不正をありにするってどういうこと?」
『単純なお金を儲けるゲームなはずなんだ。いかに賞金を獲得して終わるのか。最後までやらないといけないってこと以外にペナルティはないし、同時プレイヤーとの直接的な争いはチェックマスでのお祝い金制度とゴールまでの着順だけだ。いかに天使マスに止まり多くのポイントを獲得するのかということに気付き、全員がそれを目指せば、全員が損することなくクリアできるはずだった』
「だった?」
『だってお前、全然このゲーム自体に勝つこと考えてないんだもん。ほとんどのプレイヤーがポイントの増やし方や狙った目の出し方を理解してるのに…。ま、それは置いといて、このゲームは人生ゲームっていうボードゲームを模して作ってるっていう前提がある。だからかルール説明がそこまで詳しくないんだ。みんな自分のうろ覚えのルールに則って、漠然とゴールを目指して自分が得していくように進んでいくだけで良いって思ってた。でも同時プレイヤーがいるということは互いに陥れることもあるってことだ。最後の最後に俺は誰かに【4を出させるカード】を使われた。今回ルーレットをまわすことなくタブレット画面でルーレットが4を表示して『悪魔マス』に止まったよ。俺はみんなが儲かって、事務局やゲーム自体に勝てば良いと思ってたけど、そうじゃなくて自分だけが稼ぎ倒したいって考えるやつもいるってことだな。これはある意味金を賭けたサバイバルゲームなんだ。その為のツールとしてアナログルーレットが存在しているってところかな』
事務局の目的は人を争わせることなのだろうか?自分のようにマイナスで終わる者がいないと、プレイヤーから徴収する分がないため、資金源に困るような気がするが…。今回脱落者が脱落前にポイントをたくさん獲得できていた所も大きい。
みんな自分のうろ覚えのルールに則って…、この部分がユウキにも響いた。自分が挽回するためにはこのゲーム自体のルールを理解していく必要があったのだ。他のプレイヤーはスタートした時点からいろんなパターンを想定して参加していたのだろう。ユウキは遅すぎた。しかしだからこそ1つの賭けに出れる。リョウスケから狙い目の出し方を教わったユウキは一先ずの目的は達成し、通話を終了した。締め切り10分前までしっかりルーレットを練習し、いざ本番へと挑んだ。
◇◇◇
8月14日(月)
結果発表となった。
前日にはメールが届き、午前8時までにはログインし15ターン目のイベントを確認し終えること、結果発表後午前9時にスマートウォッチを外すことで終了となるという案内があった。
午前0時、ユウキはタブレットを確認した。軽快な音楽と共にチェックマスイベントを知らせるアナウンスが流れた。
『♪~チェックマスイベントが発生しました。9位でマスに止まったのはユウキさんです。ピッタリ止まったユウキさんはピタリボーナスを反映し、全員から32万JPずつもらいました。ユウキさん、おめでとうございます』
【2,880,000JPを参加者からもらう】
ピタリボーナスの反映。それは着順で貰えるチェックマスポイントにルーレットで出た目の数をかけたポイントを全員から貰えるというものだった。
先頭のアラタがチェックマスを通過しイベントを発生させたことで、チェックマスはストップマスではないことが周知された。通過するだけで良いマスとして認識されたため、みんな先へ進んだり天使マスに止まることを優先させていたのだ。さらに言えば、15ターンの間に通過できるチェックマスは2ヶ所が限界だった。2回目がまだだったユウキ以外のプレイヤーは、通過するだけでピタリと止まるものはまだいなかったのだ。そこに目をつけたユウキはチェックマスにピッタリ止まった場合のイベントに賭けた。14ターン目の時に先を急がず慎重に進んだことが功を奏した。
ユウキがルーレットをまわしピッタリチェックマスに止まると、次のようにアナウンスがあった。
『チェックマスに止まりました。ピタリボーナスが発生します。ルーレットをまわして出た数をさらにかけたポイントを全員から貰うことができます』
9位でチェックマスにきたユウキが貰えるポイントは20,000JPだ。そこにルーレットをまわして出た数をかけたポイントを全員から貰えるという。ルーレットをまわす前によく画面を観察すると、メニューなどは変わらず存在しカードも選択出来るようになっていた。
「もしかして…」
カードを選択するとそこには【ルーレットの目の数が倍になるカード】が残っていた。
「もうこれを使うしかないだろう」
ユウキは【ルーレットの目の数が倍になるカード】を選択した。
画面にルーレットが表示されると、1~8だった数字は2~16に変わっている。手元にあるルーレットはアナログだから数字は変わっていないが、矢印の位置は画面のものと一致する。
「これで手元のルーレットを8で止めればポイントは16倍ってことだ」
こうしてユウキはルーレットに成功し、1人あたり320,000JP、9人から2,880,000JPを貰うことができた。ユウキのポイントは、-4,624,550となった。
「まだまだマイナスだけど、上出来かな」
着順が悔やまれる。これが1位通過の時ならば1,000万を越えてくるからだ。このルールを認識していれば全員のゲームの進め方にも影響していただろう。
時計は午前8時を示した。タブレットの表示が変わる。
『♪~、みなさんいかがでしたでしょうか?それでは各賞の発表に移ります。まずは、【ゴールできたで賞】ですが、ゴールに辿り着いたプレイヤーはいませんでしたので、該当者なしです。次に…』
アナウンスが始まった。各賞の結果発表以下の通りになった。
【ゴールできたで賞】
該当者なし。
【たくさん進んだで賞】
ハルトさん。賞金500万JP。
【天使とお友達で賞】
ダイチさん。賞金500万JP。
【悪魔とお友達で賞】
ユウキさん。賞金500万JP。
【宝の持ち腐れで賞】
ショウマさん。賞金300万JP(カード3枚×100万JP)
『各賞の発表は以上で終了です。ポイントを反映させた最終結果はこちらです』
1位ハルトさん
2位リョウスケさん
3位ダイチさん
4位ショウマさん
5位アラタさん
6位マサユキさん
7位コウヘイさん
8位レンさん
9位ユウキさん
10位ケンタロウさん
『ポイントランキングは順位の発表のみとなります。また、このポイントはゲーム終了後24時間以内に精算されます。約3ヶ月に渡りお楽しみいただきましてありがとうございました。午前9時を迎えましたらスマートウォッチを外してください。以上となります。お疲れさまでした』
最終的にユウキは375,450JPとなり、賞金を獲得することができた。悪魔マスに止まった回数が一番多かったことが、結果的に賞金に繋がったのだった。
「助かった…」
ユウキは脱力した。9時になったことを確認し、スマートウォッチを外すと《バチン》と身体中を電流が駆け抜けユウキは一瞬意識を失った。
「あれ?今、何してたんだっけ?」
目の前にあるタブレット画面にはこんな表示があった。
『ゲーム機器一式に不具合が発生しました。回収致しますので下記送付先まで着払いにて送付をお願いいたします』
「なんだ、懸賞で当たったゲーム機に不備があったのか、残念。ま、いいか」
読み終えたユウキは送付先を控えると、タブレットとスマートウォッチの電源を切りケーブルのついたルーレットをひとまとめにした。
「そろそろ仕事真剣に探さないとな。今度は自分のやりたいことだったり役に立つようなものを自分の力で選ぼう。お荷物にだけはなりたくないな」
ユウキは荷物を送る手続きを終えるとコンビニに立ち寄り買い物をした。
(え!?30万も電子マネーあるんだけど!?…そういえば何か当たったんだっけ?)
ユウキの頭の中からはゲーム内容に関する記憶だけ失われていたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ユウキ編は完結となります。次回ハルト編が始まります。引き続きお楽しみください。