第6話【ユウキ】
7月24日(月)
ユウキは日常マスだった為、イベントは何も起きなかった。
タブレットの画面を見ると、いつもと違うことに気がついた。メールのアイコンに①と表示されている。事務局から連絡がきていた。
早速メールを開いた。
『残り3ターンとなります。ここで参加者データを開示します。残りのゲームをさらにリアルにお楽しみください』
《グループNo.A23》
①足立レン(23)男性、会社員、私立大学(A)、年収400~600万、親の世帯年収800~1,000万、家族構成(父、母、姉)、恋人あり
②今井ユウキ(23)男性、会社員、私立大学(A)、年収400~600万、親の世帯年収800~1,000万、家族構成(父、母、姉)、恋人あり
③大橋リョウスケ(23)男性、会社員、私立大学(A)、年収400~600万、親の世帯年収800~1,000万、家族構成(父、母、姉)、恋人あり
④大山アラタ(23)男性、会社員、私立大学(A)、年収400~600万、親の世帯年収800~1,000万、家族構成(父、母、姉)、恋人あり
⑤佐藤マサユキ(23)男性、会社員、私立大学(A)、年収400~600万、親の世帯年収800~1,000万、家族構成(父、母、姉)、恋人あり
⑥鈴木ケンタロウ(23)男性、会社員、私立大学(A)、年収400~600万、親の世帯年収800~1,000万、家族構成(父、母、姉)、恋人あり
⑦野口コウヘイ(23)男性、会社員、私立大学(A)、年収400~600万、親の世帯年収800~1,000万、家族構成(父、母、姉)、恋人あり
⑧本田ハルト(23)男性、会社員、私立大学(A)、年収400~600万、親の世帯年収800~1,000万、家族構成(父、母、姉)、恋人あり
⑨松本ダイチ(23)男性、会社員、私立大学(A)、年収400~600万、親の世帯年収800~1,000万、家族構成(父、母、姉)、恋人あり
⑩渡辺ショウマ(23)男性、会社員、私立大学(A)、年収400~600万、親の世帯年収800~1,000万、家族構成(父、母、姉)、恋人あり
10人の名前が並ぶ。さらには顔写真まで載っている。そして驚いたのは全員の基本データが同じだったのだ。
「つまりは同じ条件の人をプレイヤーに選んでゲームしているということか…」
さらには、見覚えのある名前が数人いることに気がついた。
「大橋…、あいつも参加してるのか。同期の本田も?…大山アラタ!」
すると、大橋から電話がかかってきた。
「もしもし」
『おい!?何でそんなに冷静なんだ!?今井も参加してるんだろ?メール確認したか?』
「ああ。今確認した所だよ。大橋、お前もだったんだな…。なあ、大橋は他にも知り合いがいるか?」
『俺?俺は松本と高校の同級生だぜ。アンケートってプレイヤーを抽出するためだったんだな。これだけ環境が同じならばスタートラインはほぼ同じってことだろう?このゲームの目的って何なんだろうな。ただ楽しむではないと思うんだけど…。あっそうだ、お前は?知り合いがいたのか?』
「本田が会社の同期だ。あと、大山アラタってやつ、ユリの彼氏だ。俺が出くわした野郎。さらに言えばユリ殺害の犯人だよな?」
『は?そんな繋がりがあるの?世間って狭いな』
「なあ、こんなに情報漏らしていいの?」
『あ?何言ってるん?同意するにチェックしたろ?ゲームの進行上同時プレイヤー同士には公開する場合がありますって』
アンケートの内容はまだしも顔写真には驚いた。あの時なぜ他のものと同じだろうって思ったのか。きちんと個人情報保護と免責事項についてしっかり読んでおくべきだったのだ。そもそも読んだ所で、プレイヤー同士なら仕方ないかと思っただけだろう。だからこそ、しっかり目を通している大橋も同意し参加しているんだろう。
「あ、そうだったか。あはは、忘れてたぜ」
ユウキは理解してないことを知られたくなかった。そして対戦中のプレイヤーだということを思い出した。
「大橋、俺そろそろ支度しないとまずいんだ。また連絡しよう」
『え!?もうそんな時間になってたか!あ!本当だ、ヤバイヤバイ。またな』
通話を終えたユウキはルーレットを回した。なんとそこは悪魔マスだった。
「最悪だ…。こんな時にルーレットがひっかかるなんて…」
こうして13ターン目は悪魔マスに止まり、一週間が始まった。
出社すると本田と目が合った。何も話す訳ではなく互いに軽く手を上げ挨拶すると就業した。昼休みに入ると漸く本田と会話する機会を得た。
「本田も参加してたんだな、ゲーム」
「ああ。俺も驚いてるよ。実は今井にコーヒー奢ったの悪魔マスイベントだったんだぜ?」
「そうなの?それは俺のターンでは日常だったんだよ。その前の週の本田にビール奢ってもらったやつが天使マスイベントだったんだよな」
「まじ?俺今井に奢ってばっかじゃん。…なあ、お前勝算あんの?」
「え?勝算って?」
「は?だって、ゲームだぞ」
「ああ、ゲームだろ?それにしてもさ、現時点でみんなプラスってすごいよな、ついてるよ」
「ついてる?お前、この状態は運が良かったって思ってるのか?」
「え?だってそうだろ?出た目の数進んで止まったイベントで金が動くんだぜ?」
「じゃあ、今井のあれはたまたまか…。そっかそれはラッキーだな。ま、頑張れよ」
「なんだよ、意味深だなぁ」
「…。このゲームの主催側の目的がわからない以上、これ以上のプレイヤー同士の接触は控えとくよ。後々自分が不利になっても嫌だしさ。じゃあな」
「え?不利?え?おい、本田…」
本田はユウキを残して去っていった。
帰宅しタブレットを見ると、メールのアイコンに①が表示されている。
「立て続けにメール?」
早速メールを確認した。
『脱落者のお知らせです。
《脱落者》アラタさん、ケンタロウさんの2名
《理由》7月24日のルーレットの未確認、及び、スマートウォッチの脱着の為
アラタさんとケンタロウさんはペナルティで-1,000万JPとなります。2人の残りのターンはチェックマスイベントのみ発生します』
アラタの脱落は理解できた。殺人を犯し逮捕されたからだ。ケンタロウはなぜ脱落となったのか…。アラタはチェックマスを通過したばかりの為2回目のチェックマスイベントは済んでいるが、ケンタロウは自分の2回目のチェックマスイベントが発生することなく、これから発生する他のプレイヤーのチェックマスイベントに参加しなければならない。一気にポイントが下がることが予想された。
ポイントランキングを確認すると、アラタは2,056,005JP、ケンタロウは-5,005,960JPとなっており、アラタは1,000万JP引かれたにも関わらず200万以上のポイントを残していた。
「アラタは独走してたもんな。ケンタロウも引かれてこれだもんな、500万くらいはポイントがあったってことだろ?」
ユリが殺害されたりプレイヤー情報が開示されたりと様々なことが起こりすぎて気にしていなかったが、自分以外のプレイヤーはこの数ターンで確実にポイントを増やしていた。マップを見ると13ターン目で悪魔マスに止まっているのはユウキだけで、天使マスやカードマスに止まっているプレイヤーが多く、このターンで6人がチェックマスを通過している。
「やばい。このままだとランキングが下がる」
これまで流されるままに生きてきたつけがまわってきている。自分で考え行動する習慣のないユウキは頭を使わずに単純にゲームに参加しているだけだった。
◇◇◇
7月25日(火)
15時を過ぎたところでユウキは秋山から呼び出された。
「先ほどABCネットから今井は来ないのかという問い合わせが来た。どういうことかわかるか?」
慌ててパソコンを開き確認すると、『ABCネットとの契約更新の為15時に訪問』という予定だった。
「忘れてました!今日契約更新の訪問をする予定でした…」
ユウキは青ざめた。しかし秋山から何か指示が出る感じがない。
「あの、部長代理、どうしたら良いですか?」
「どうしたら良いですかって、君の担当だろう?すぐに動かないのか?君は何を待ってるんだ?」
「あ、はい、そうですね、えーっと…」
ユウキはおどおどするだけで、何も進めようとしない。見かねた秋山は指示を出した。
「まずは先方に謝罪の連絡だろう?それと詫びの品を用意し謝罪しに訪問、改めて取引する機会を取り付けれられば取り付けないと」
「あ、はい。えっと、それは私が?」
「は?なぜ他の者が?」
「いや、私の失敗はいつも小野田部長がどうにかしてくれたんで…」
「言っただろう?私は小野田とは違うと。何で上司だからと君の尻を拭わないといけないんだ?早く行け。おーい本田」
秋山は話終えると、本田の元へと向かっていった。ユウキはとりあえず電話で謝罪をしたが反応は薄く、契約更新ではなく契約終了の手続きの為に訪問するよう指定された。そもそも契約更新の為の書類も用意できていなかった為、すぐに訪問したところで取引など出来なかった。契約終了の書類も社印がないと使えない為すぐには用意できない。秋山に報告するとこの件は本田に引き継ぐとし、これから共に役員室に来るよう指示された。
取締役と人事部長と秋山の元、ユウキは宣告された。
「これまでの就業態度、社に対する貢献度を精査した。それからこの度の失態から君を解雇する」
「え!?そんな…、急な解雇は不当では…」
「いや、即日解雇するが不当ではない。解雇に伴い30日分の給与を支払うから明日からは出社の必要はない。次に解雇理由についてだが、先ほど述べた通り就業態度と貢献度の悪さだ。君を雇っていることが我が社の利益に繋がらない。君は我が社になぜ入社した?君は入社して我が社で何がしたかったのだ?それがわからないし伝わらない。ただ有名企業の名が欲しかっただけではないか?なぜなら君が今井専務のコネで入社しているからだ。君の叔父である専務の推薦で雇用しているが、就活戦線を勝ち取って我が社に入社した者とは能力も技量も就業姿勢も比較にならないほど劣る。専務の手前、前任の小野田は君を見放すことなく育てようとしてくれたが君が改まることはなかった。今回部長代理を務めた秋山は実は社内監査役だ。この1ヶ月の様子を報告受けたが、君には何の生産性も感じなかった。最終的に我が社の損失を生んだ君には責任をとってもらうよ」
「や、でも、あの、叔父には?」
「もちろん今井専務にも責任とってもらうよ。身内に甘い。そんな彼も名前だけで何の生産性もないんだ。彼を懲戒する機会を与えてくれたことは感謝する」
自分だけでなく叔父も責任をとらされると知り、ユウキの顔面は蒼白になった。
そして、解雇通知書をユウキの手に直接握らされた。ユウキが受け取ったのを確認すると人事部長は秋山に話しかけた。
「秋山くん。これで無事解雇だ。君からも何かあれば最後に伝えてくれて構わないよ」
秋山はユウキの目の前に立つと話し始めた。
「君は小野田に小野田もいつも定時で帰っているじゃないかと言ったそうだな。なぜ定時で帰っているか考えたことはあるか?君が入社して数ヵ月後、小野田の奥さんが脳梗塞で倒れたんだ。それから介護が必要でね。小野田は介護の為に退職を申し出た。だが通常の自己都合退職では退職金もそこまで多いものではなかった。最近の経済情勢と我が社の業績も考慮し、今後早期退職優遇制度を設ける計画が立っていたため、それまでは勤めて貰えるよう会社側から引き留めたんだ。小野田は真面目で熱い男だからな。引き留めている間も君の育成にも取り組んでくれていたよ。ところが君は成長せず、一人前所か他の人のサポートがないと役に立たないお荷物でしかなかった。小野田は勤務時間内はしっかり勤め上げ定時で帰宅し奥さんを介護する日々を送っていたのに、君に代わって残業したあの日、奥さんは再び倒れて亡くなったんだ。死亡推定時刻は20時だった。もし定時で帰宅していたら救急車も呼べただろうし、そうでなくても最期を見届けられたかもしれなかった。君はそんな出来事があったことも知らず、勤務態度も変わることもなく再び大きなミスをした。君は他人の人生を背負えるか?君の怠慢に犠牲が生じていたことを知らないままというのは、私は許せない。小野田は君の尻拭いをしたその日にその足で退職届けを提出した。我が社も早急に早期退職優遇制度を立ち上げ小野田に使って、彼には自己退職よりも500万ほど多く渡せたよ。ちなみに、今日契約終了となったABCネットとの契約、もし無事更新していたら1か月50万のサービス提供の2年契約だったから、1200万の契約を打ち切ったことになるな。どれだけ大きな金額を動かしていたのか、自覚をしろ」
なんとなく出社して、なんとなく会社の歯車の一部になっていた気でいた。余分な歯車で1つだけ全く回っていないどころではなく、自分がいることでひっかかって回せない事態になっていたのだ。
どちらの上司が自分にとって良い上司だったのか。口煩かったが支えてくれた小野田と、何も言わない代わりに何もしてくれない秋山。もしかしたら秋山は対比するためにわざとそのような態度だったのかもしれないが、急にあの時の金田の言葉が頭に響いた。小野田に謝罪も詫びも出来ていないということが重くのし掛かってきた。
「…お世話になりました。失礼します」
ユウキは退室し、自分の荷物を整理すると退社した。視界の片隅にはその様子を見届けている本田がいた。
役員室では取締役と秋山がその後の処理について話をしていた。
「ABCとの処理はどうした?」
「その件ですが、事前に契約を済ませております。先方からの指摘もあり今井が今回の契約更新の準備をしていないことを確認していましたから、今井が契約更新に現れなければ今井が担当している契約については満期で終了の手続きをし、本田を担当に変更し新たに契約を結び直すよう取引を交わしてあります。こちらから協力を依頼しましたので、月々のサービス提供料を48万に変更し新規の2年契約をしました」
「ということは、引き続きABCとは契約が続くということだな」
「はい。継続更新ではなく、新規契約になりましたが。そしてひと月あたり2万の損失となります」
「まあ、1,200万が全くなくなるより良い。それに社内の膿を出す協力をしてくれた先方には感謝しかないからな」
「はい。ありがたいことです」
「君はこのあとどうするのだ?」
「今回の処理を私の指示で本田に担当させてしまったので、それと金田も業務が増えてしまいましたから、2人が落ち着くまでは部長代理として所属致します」
「そうか。頼んだぞ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。