第5話【ユウキ】
7月10日(月)
『♪~チェックマスイベントが発生しました。9位通過はマサユキさんとショウマさんです。お二人は全員から2万JPずつもらいました。マサユキさん、ショウマさん、おめでとうございます』
【20,000JPをマサユキとショウマに支払う】
ポイントを確認すると10,153,850JPとなっている。これで全員が1つ目のチェックマスを通過している。ふと、次のチェックマスが気になった。1つ目のチェックマス1位通過のアラタからは5ターンも経っている。アラタのペースであれば次のチェックマスに辿り着いてもおかしくないが…。そこでアラタの位置を確認すると次のチェックマスの手前の悪魔マスで止まっている。全て最大の『8』を出していた訳ではないようだが、常に大きめの数字を出していたことは読み取れる。そしてポイントランキングではユウキとの差は100万ほどで、アラタが1位、ユウキが2位に着けていた。
「俺の1000万はほぼ棚ぼただ。これ以上高額が増えることは難しいだろう…。アラタが8以外も出し始めたのは狙ってなのかたまたまなのか。でも今回悪魔マスに止まっているし…。あれ?」
そこで他のプレイヤーのポイントにも目を向けると、マイナスに転じている人数が減っている。あの400万もマイナスになっていたリョウスケが今では1,350JPと小さいポイントながらもプラスとなっている。
「どうやって?…でも、俺も一気に1000万増えてるわけだからあり得ない話じゃない。それに急にマイナスになることもある。可能な限り悪魔マスだけは避けないと」
ユウキは気を引き締めてルーレットをまわした。
『6』
天使マスだった。
「マジかよ…」
いつもならガッツポーズまでして喜ぶ所だが、この日は違った。
「ポイントが増えるのは嬉しいんだけど、感情が追い付かない。できれば日常マスかカードマスの方がありがたかった」
職場ではやることを見つけられずにいた。先週は小野田に言われていたことを思い出しながら、デスクの上の書類整理に取りかかったがそれもある程度片付いた。今週も秋山からは何も指示はない。他の人は自分のやるべきことに集中している様子で、ユウキを気にかける素振りは全くない。
(どうしよう。何したら良いんだろう?)
月曜火曜と何となく時を過ごしたが仕事をするフリも楽ではなく、トイレへと逃げ込み時間を潰していた。
「秋山部長代理、今、今井が担当しているABCネットから電話がきてるのですが、今井ではなくてもいいようです。いかがいたしますか?」
「ああ、私が対応しよう。ちなみに本田は明日フリーか?」
「私ですか?はい。特にアポイントなどはありませんが」
「わかった。では代わろう。…大変お待たせ致しました。秋山と申します。いつも今井がお世話になっております。…はい、…はい、…ええ、左様でございましたか。ええ、頂いたお電話で恐縮ですがこちらに関してもご提案がございまして、…ええ、つきましては明日お伺いしてもよろしいでしょうか、…はい、それでは明日15時に、よろしくお願いいたします」
秋山はひと息つくと本田に指示を出した。
自分の不在時に何が起こっていたか知るよしもなく、ユウキはこの日も仕事をこなしている気でいた。
金曜の夜。ユリと夕食を共にした。この日は週末ということもあり酒も嗜んだ。ユリを家まで送るとドアの前で一人の男が待っていた。鋭い目付きでこちらを見た男から守るべくユリの肩を抱くと、声をかけられた。
「お前は誰だ?」
「お前こそ誰だ?」と言い返そうとするのを遮るかのようにユリがユウキの手を払い男の元へと近づいた。
「急にどうしたの?出張だって言ってたじゃない」
「ああ。平日のうちに終わらせることが出来たから繰り上げて帰ってくることが出来たんだ。で?あいつは誰だ?」
「彼は同じ大学出身の同級生なの。たまたま知り合ってから時々食事をするのよ。今日は一緒に食事をしたから送ってくれたところなの」
男はふーんと納得したようなしてないような返事をした。ユリは再びユウキに近づくと何事もなかったかのように挨拶した。
「今日は食事に付き合ってもらっちゃってありがとう。もう大丈夫よ」
男もユリの挨拶を聞き、ユウキに対して帰宅を促した。
「わざわざありがとうございました。ここまでで結構ですのでお帰りください」
ユウキは呆気にとられていたが、彼氏風情の男とユリの態度に疑問を抱き反論しようと試みたところで、ユリに止められた。
(彼は弁護士をしているのよ。状況的にあなたの方が不利だからここは大人しく引き下がって)
小さいが辛うじて声は聞き取れた。途端に心臓は波打つように拍動し始めた。自分の血液がこれでもかと言うほど身体中を巡っている。苛立ち、憤り、恐怖、悲しみ、色んな感情が一瞬にして沸き起こったのが解ったが、争いを元々好まないユウキは大人しく帰路へとついた。
帰宅中はまだまだ興奮が覚めることはなかったが、家に着きタブレットが目に留まると冷静さを取り戻した。
「天使マスイベント…」
今週は天使マスに止まっている。日常にはなかなかないこのスリリングな状況はイベントに違いないとユウキは考えた。
「ユリのあの態度…、どう考えても二股、それも俺の方が浮気相手だ。…あ!大橋の言葉、ユリの噂って男絡みの話だったのか…」
今さら噂を確認した所で、ユリを繋ぎ止める気はなかった。ユリは明らかに自分の方を切り離した。ユリに関する思い出やイベントといえば主に共に食事をしたことだ。自分はご飯を奢る要員だったのだろう。急な呼び出しや週末の予定が合わないことなどいろんなことが府に落ちると、ユリへの恋心は急激に冷めた。
「なるほどな」
◇◇◇
7月17日(月)
【ユリの浮気が発覚する】
「やっぱり、これがイベントだ…。天使マスイベントである理由は、二股をかけるような女の素性が明かされたってところか」
ユリのマンションから帰宅してからというもの、ユリとは音信不通となった。連絡しても既読がつかず。通話もできなかった。幸いだったのは自分が浮気相手側の男だったことだろう。そこそこプライドの高いユウキは自分が本命で浮気される側であったらそれこそ許せず怒りに震えたことだろう。自分というものがいながらも他の男ともなんて考えられない。他の誰かと付き合っているにも関わらず自分が選ばれているという方がまだ優位に思えた。
ポイントを確認すると、10,158,850JPとなっている。
「5,000…。帰りのタクシー代か…」
飲酒をしていたし衝撃が大きすぎてしっかり歩けていないことを自覚していたユウキは、ユリのマンションの近くからタクシーを使って帰ってきたのだ。
画面に新たなイベントが表示された。
『♪~チェックマスイベントが発生しました。一位通過はアラタさんです。アラタさんは全員から10万JPずつもらいました。アラタさん、おめでとうございます』
【100,000JPをアラタに支払う】
「あ!チェックマス!やっぱりアラタは1位で通過してる。うーん、賢いっちゃ賢いよなぁ」
ユウキのポイントは10,058,850JPに変わり、ポイントランキングは変わらず2位だった。しかし他のプレイヤーもポイントは動いている。アラタに10万JPを支払ってもマイナスになっている人はいなかった。マップを見ると多くのプレイヤーが天使マスに止まっている。
「たしかに、天使マスに止まればポイントは確実に増える。そして悪魔マスに止まればポイントは確実に減るんだ。問題はルーレットをまわす手腕といったところか」
12ターン目に入る。ここまでくると、アナログのルーレットにみんな慣れてきているのだろう。さらに言えば、負債を抱えるものが減っている以上、このゲームの攻略法を見つけているものもいると想像できた。
ユウキは先へ進みかつ悪魔マスを避ける数を狙った。
『8』
ルーレットが示したのは『8』、この日は日常マスに止まった。
金曜日の朝、起きてテレビをつけて、身支度を済ませ朝食をとっていると、普段はBGMのようにテレビを聞き流しているのにこの日だけはそれが不可能であった。
『昨日未明、都内に住む派遣社員中野ユリさんが自宅にて殺害され、中野さんと共にいた20代男性も重傷で、この男性の通報を受けた警察は現場にいた大山容疑者を現行犯逮捕しました。今、警察は動機等詳しい状況を調査中であるとのことです。次のニュースです。昨日……』
「は?ユリが殺された?」
ニュースに驚くあまり、かじっていたトーストからバターが垂れた。そこへ大橋から電話がかかってきた。
「もしもし」
『おい!?ニュース見たぞ!お前中野ユリと付き合ってるって言ってなかったか?お前か?怪我したの?』
「いや、違う…。俺も今ニュースを見て驚いてるところだ」
『じゃあ、お前じゃないんだな。っていうか、どういうことだ?犯人は知ってるやつか?』
「実は先週、ユリに二股かけられてることが発覚したんだ。ユリの家に向かったら男が家の前にいて、ユリの態度からその男が本命だと理解した。俺とはそれきりで、連絡しても音信不通だったんだ」
『じゃあ、その本命野郎が犯人か?』
「わからない。今見たニュースも情報は文字とアナウンスだけだったし、顔写真とかもなかったから。それに今のニュースだとユリは二股じゃなく三股だったことになるしな」
『やっぱりお前、噂知らなかったんだな』
「噂って、男関係のってことか?」
『そうだよ。男とっかえひっかえって聞いたことあったから。とっかえひっかえじゃなくて、同時進行だったんだな。お前は大丈夫なのか?』
「ああ。二股かけられてる、それも俺が浮気相手だったって気づいたら意外と気持ちも冷めたし、実はニュースでユリを派遣社員って言ってたのも驚いてて。あいつ大手の社員だって言ってたから」
『ははっ。つまりは派遣先が大手企業だったってわけか。まあでも勤めてることには変わりないからなー。これから調査が進むって言ってるってことは、お前にも何か聞かれるんじゃないか?』
「え?」
『先週までは彼氏の一人だったんだろ?』
「…あっ」
『しっかりしろよー。後ろめたいことはないんだし、堂々としろ』
「そうだな。連絡ありがとう、大橋」
『また話聞くよ。とりあえず仕事行かねーと。じゃあな』
通話が終わるとユウキは準備を始めようとしたが、そんな気に到底なれず体調不良ということで休みの連絡を入れた。
仕事を休んだユウキは、引き続きニュースやワイドショーを見続けた。しかし新しい情報はなく、朝と同じ文言が報道されるのみであった。
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