第18話【リョウスケ】
5月29日(月)
【彼女の両親と食事をする】
「ん?これがイベントだったの?」
確かに急遽思い付きで互いの実家に訪問した。エリの実家に行く頃は夕方になってしまい、夕飯をデリバリーしないか?と提案された。
「2,300JP?寿司1人前だな」
ポイントは110,300JPとなった。
「地道に増えてるな。良い傾向じゃん?急に上下するよりはさ」
ルーレットをタブレットに接続し、この日のルーレットを回そうとすると、
ガガッ
「あ!!………ん?」
アナログのルーレットは無情にもひっかかったのだが、タブレットに変化はない。
「失敗?」
今、針は『5』を指しており、6から8そして次の1まで悪魔マスはない。今の要領でちょっとだけまわしてみた。
チチッ
タブレットに変化はない。
「ケーブルは刺さってるし、しっかりまわらないとルーレットまわったことにならないのか?」
ルーレットをしっかり摘まんだまま、ダイヤルをまわすようにまわした。
チキチキチキチキチキチキ
一周させても反応はなかった。
「スピードもいる?」
徐々に力加減を強めて、最終的には7が出た。そこは日常マスだった。
「結果的によかった。つまりは手が離れて回るスピードで、一周を超えないと反応しないのか…」
攻略するためには狙った出目が必要で、アナログルーレットについて突き詰める必要がありそうだとリョウスケは考えた。
◇◇◇
6月5日(月)
リョウスケは日常マスだったため、自身のイベントは発生しなかった。するとタブレットにアナウンスとイベントが画面に表示された。
『♪~チェックマスイベントが発生しました。1位通過はアラタさんです。アラタさんは全員から10万JPずつもらいました。アラタさん、おめでとうございます』
【100,000JPをアラタに支払う】
「お!?」
ポイントは10,300JPと辛うじてプラスだった。
「こういうパターンか。祝い金制度だな。全員同額か?順位で違うのか。となると早いうちに通過、もしくは多く通過したいところだけど…。チェックマスって見当たんないんだよな。このアラタってやつ、ほぼ8を出さないとそこまで行かないよな?着順を狙うなら止まるマスなんか構ってらんないってことか」
早ければあと2回で通過出来そうだ。今回はカードマスに止まった。
【2が出るカード】
「2?小さいな…。使い道あるかな」
進行度を進めたいと考えているリョウスケには不要なカードに思えた。
◇◇◇
6月12日(月)
カードマスに止まっていたリョウスケはイベントもポイントも変動はなかった。そして誰もチェックマスを通過しなかった。
日曜日に結婚式がある。今週を快適に過ごすには、悪魔マス以外に止まらなければならない。1週間を憂鬱なまま過ごす訳にはいかない。
気合いを入れてルーレットをまわした。
結果は…、
悪魔マスだった。
「なーんで、ここで!?今まで大丈夫だったじゃん!」
悪魔マス以外という狙えるマスが多かった分手元が狂ってしまったようだ。
「悪魔マスイベントって何だろう。まさか、結婚式にトラブル?新婦が誰かと駆け落ちするとか!?俺、他の人とは結婚する気ないよ!?もう、これじゃ寝れないよ!はっ!1週間睡眠不足で披露宴を迎えて酔いが回って失敗とか!?いや、そもそも結婚式がらみじゃないかも。仕事もあるもんな…」
悶々としながら1週間を過ごした。
日曜日。結婚式は大安のこの日を選んだ。天気にも恵まれ、式は滞りなく終えることができた。誓いのキスは本当に緊張した。指輪の交換だって手が震えて大変だった。新婦であるエリはこの日の主役であり、プロの手によって今まで見たことない美しさだった。
「えりりん可愛いよー!キレイだよー!!」
「ちょっと、りょうちゃん。みんなの前でえりりん呼びはやめてよ?」
2人は高校からの付き合いで、とても仲が良い。列席者は高校の同級生が多い中、2人のそれぞれの学生時代の友人もいる。
リョウスケの元に大学時代の友人で脱出ゲームにも度々一緒に参加した今井がやってきた。今井のことは、のらりくらりと成るがままに生きている感じが羨ましかった。顔も悪くなくファッションセンスも悪くない。そこそこ友人もいるし、しっかりした彼女もいる。ただ、身内のコネで有名企業に入社したと聞き、社会人になった今はその適当に生きている感じに疑問が浮かぶことがある。
祝いの言葉をくれるのかと思いきや、少し自分達を馬鹿にするような雰囲気を感じ取った。少し会話をすると、新しい彼女は元ミスキャンパスの中野ユリだという。それを自慢気に語ってきた。
「え?アキナちゃんは?わかれたの?」
「まー、そんなところだな。自然消滅ってやつかな?」
「…そーなんだ。アキナちゃん、良い子だったのに。中野ユリねぇ」
いつも違う男を侍らせているという噂を聞いていた。自分とは違う世界にいる人だなと思っていたし、学科も違うから直接関わりはないから目撃したことはないが…。
(ま、適当に生きてるやつには適当な相手がちょうど良いのかな)
◇◇◇
6月19日(月)
この日はいつもと違う朝を迎えた。エリがいる。
昨日帰宅する時にエリも一緒に帰ってきた。これから一緒に暮らすからだ。新婚旅行は半年後に纏まった休暇を確保し海外を予定している。ゲーム参加中の日程じゃなくて良かった。昨日の疲れもありこの日はランニングはしていない。そして、大事なことを忘れていた。
(このゲームのことはどうしたら良い!?毎週月曜にイベントを確認しルーレットをまわすだけで良いんだけど、コソコソしたらえりりん怪しむよな?えりりんの夜勤に重なれば良いけど…)
エリは看護師をしているためシフト制の生活を送っている。
そしてエリは今寝ている。今のうちにルールの確認をしておこうとタブレットを立ち上げた。すると目に止まったのは『イベントを見る』という表示だった。
先週は悪魔マスに止まった。悪魔マスイベントが登録されるはずだ。リョウスケは恐る恐る画面をタッチした。
【結婚披露宴が無事終わった】
「はあ!?これのどこが悪魔マスイベント!?」
そして、マイナスされたポイントは結婚費用と同じだった。そこには新婚旅行代も含まれている。
「嘘だろお~!?」
そこへ音楽が流れ、画面を注視した。
『♪~チェックマスイベントが発生しました。2位通過はダイチさんとリョウスケさんです。お二人は全員から9万JPずつもらいました。ダイチさん、リョウスケさん、おめでとうございます』
【90,000JPをダイチに支払う】
【810,000JPを全員からもらう】
「チェックマスイベント…。81万は嬉しいけど、それどころじゃないよ…」
ポイントを確認すると、-4,008,650JPとなっている。
「81万手に入っても400万もマイナスって…」
しばらく思考が停止していたが、そもそもの目的の為動き出した。ルールを確認したが、他人に話してはいけないとの記載はない。リアルゲームは好きだが参加するのが好きなだけで、謎解きはエリの担当だった。デートでよく出かけていて、チケットがあるがエリが都合悪くなった時に今井を誘っていたのだ。
「えりりんに正直に相談しようかな…」
そこで背後に気配を感じた。
「何を騒いでるの?今呟いてた相談って何?」
聞こえたセリフは結婚式翌日のものとしては相応しくないだろう。エリの苛立ちは理解した。
「なるほどね。リアルと連動する人生ゲームに強制参加してるってこと?」
エリはリョウスケから大体の状況説明を受けた。
「強制は強制だけど、そもそもキャンペーンに自分で応募してる」
「同意の上ってことね。うーん、確かに面白そうな話だから応募しちゃうのはわかるかなぁ」
「そうでしょ!」
「だからって、ゲームなんだから攻略法を考えながら慎重にやらないと!悪魔マスでは悪いことが起きるんでしょ?それがポイントがマイナスになるって理解してるんでしょ?」
「そうだよ。わかってる!でも、イベントが【結婚披露宴が無事終わった】だったんだよ。回避できないよね?」
「え?それが悪魔のイベントなの?1週間のうちにイベントが発生して、それが次のルーレットの日にイベントとして登録されるんだよね?」
「そうだよ?」
「それっておかしくない?イベントは事務局側が発生させてるんじゃないってことなのかな…?」
「どういうこと?」
「結婚披露宴は半年以上前から予約して決まってたことだよ?私達が決めたイベントなの。これは6月18日にやるってゲームを始める前から決まってたことだよ?ゲームに参加するって決めたのは2ヶ月前くらいでしょ?事務局はまだ関係ない時じゃない?」
「そうか…」
「ねぇ、止まったマスとかイベントって見れる?」
タブレットを操作するとリョウスケのイベント履歴が確認できた。
5月1日 日常
5月8日 天使【犬に吠えられ鳥のふんを回避する】
5月15日 カード【止まるマスが天使マスに変わるカード】
5月22日 天使【彼女の両親と食事する】
5月29日 日常
6月5日 カード【2が出るカード】
6月12日 悪魔【結婚披露宴が無事終わった】
「何これ…、鳥のふんを回避するって…、ウケるんだけど…」
「いやぁ、それ、最高の天使イベントだったよね」
エリは腹を抱えて笑っている。
「はー、お腹痛い。…それで得したポイントは何だったの?」
「汚れずにすんだランニングウェアの値段と同じだったよ」
「私の親との食事の時は?」
「出前に取ったお寿司一人前の値段と同じだったよ」
「うーん、つまりこのイベントでリョウスケが得した金額ってことなのかな?まあ、イベントに関わる金額ってことは間違いなさそうだね。でも、私の親との食事をイベントとして発生させてるとは思えないな…」
「それは、俺もちょっと疑問が浮かんだよね」
「…、これってさ、1週間が終わったらイベント発表されるんでしょ?もしイベントが事務局側が用意したものなのだとしたら、ルーレットをまわし終えた時点でイベントが提示されて、その通りに行動しなければペナルティが発生する、みたいなゲームになると思わない?」
「なるほど。デスゲームっぽいやつね」
「うん。でもこれってさ、自分たちが行動した中からイベントが作為的に選ばれてるんだとしたら?例えば、その1週間の中で一番金額が動いた出来事とか」
「それはあり得るね。ん?…あり得るか?えりりんの母ちゃんたちが奢ってくれた寿司よりも、式場で打ち合わせした料理の方が金額高くない?あと両親に買って用意した手土産は3,000円の菓子折りだったぞ?」
「ほんとだ。じゃあ、金額じゃないのか…。あと見落としてることってあるかな?…ゲームに必要なのって、タブレットとこのルーレットだけ?」
「あ、違う。これもだよ?スマートウォッチも」
「ああ。これ?衣装に似合わないのに外さないって言ってたやつ」
「うん。外せなかったんだ。ゲームが始まる1週間前からつけてて防水仕様だから入浴時でも常にしておくように指示があったんだ。外したらどうなるってことは書いてなかったけど、『常に装着』ってことは外したらヤバイだろ?」
「そうだね。その方が良いかも。じゃあ、はめたままで良いから見せてもらっても良い?」
エリはスマートウォッチを観察した。今の画面は時計になっている。
「これって操作したことある?」
「えーっと、ルーレットをまわしたあとマスが決まったらタブレットと接触してデータを送信するんだ。それしか俺はやってない」
エリはスマートウォッチのボタンを押してみた。すると、時計の次は悪魔の絵が、次は数字が表示されている心拍計、次はグラフになってる活動計、その次は水のマークがあってこちらも数値化しているようだ。また最初の時計に戻ってきたがエリはあることに気がついた。
「この画面、切り替えてもずーっと電池残量と電波マークとハートが小さく表示されてるね。このハートってさ、心拍じゃない?もしかしてさ、一番緊張した出来事かなぁ?犬に吠えられて驚いたんでしょ?私の両親だったから緊張した?結婚披露宴なんて言わずもがなだよね」
「でも心拍が動いたんだったら、俺いつも走ってるからそれはならないの?」
「だからこその活動計と1週間前からの装着だったんじゃない?プレイヤーの生活習慣を把握したのかも。それにこの水分マークは汗かも。緊張した時の汗と運動で出る汗は種類が違うから、専用のセンサーでもついてるのかな?」
「えりりんの推理が正しければ、1週間のうちのイベントをこっちで選ぶこともできるってことか?イベントにしたい出来事を1週間で一番心が揺さぶられた出来事にすれば、それが選ばれるかも!」
「うん、良い線いってるかもね!」
時計を確認すると8時半を過ぎている。
「あ、えりりん!ヤバイ!今日のルーレットまわさないと!朝の9時までが締め切りなんだ!」
マップを確認する。天使マスの場所を把握するとエリが提案した。
「りょうちゃん、カード使おう!『2が出るカード』で確実に天使マスに止まろう。今週取り返すよ」
カードを使うとコマは2マス進み、天使マスに止まった。
スマートウォッチに連動すると、天使の絵が10秒ほど表示され時計に変わった。
「おー」
エリは初めて見る光景に感嘆した。
この日は二人とも結婚式の翌日ということもあり休みを取ってあった。作戦を練ることにした。
「えりりん、取り返すってどうやって?」
「ねえ、今週は大きい仕事はある?」
「いや、今週は通常だよ。外回りとか会議もない」
「じゃあ、車買わない?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。