第13話【ハルト】
7月3日(月)
ここまでは平穏に過ごしていたハルトだったが、この1週間はいろんなことが起こりすぎた。何がイベントに選ばれてもおかしくない状況だ。天使マスであったことだけは幸いだった。午前0時をまわり、イベントを確認した。
【新しい恋人ができた】
「アキナちゃんと付き合い始めたことか」
そしてポイントを確認すると、-61,390JPだった。
「2,500だけ?」
おそらく英会話スクールの1回分の授業料だった。
「でも、このイベントはあそこが分岐点か…」
もし、受付で別れて自分はレッスンを受けていたら、アキナと付き合うようになることはなかっただろう。浮いた授業料がポイントになった。それに今回イベントの候補になるだろう出来事はたくさんあったが、その中でも上司の奥さんの訃報が天使マスのイベントとして登録されることは、あまりいい気がするものではない。ポイントは少なくマイナス分を清算できるものではなかったが、ハルトの心は穏やかなものだった。
画面ではチェックマスイベントが発生している。
『♪~チェックマスイベントが発生しました。6位通過はハルトさんとケンタロウさんとレンさんです。お三方は全員から5万JPずつもらいました。ハルトさん、ケンタロウさん、レンさんおめでとうございます』
【50,000JPをケンタロウ、レンに支払う】
【450,000JPを参加者からもらう】
ポイントを確認すると288,610JPとなっている。
「おお!チェックマスイベントのおかげでプラスになった。1回目のチェックマスイベントの残りの人数を考えても安心できるポイント数だけど、2回目のチェックマスに備えて倍はないとマイナスで終える可能性が出てくる。ここからはできる限り天使マスを出してポイント数を稼ぎつつ、2回目のチェックマスは上位で通過したいな」
ハルトはルーレットをまわした。
『8』
この日は日常マスに止まった。
「天使マスは一番進んだとしても4マス先だった。それだったら悪魔マスを避けて先を進むことを優先した方が良いだろう。他のプレイヤーがいくつ進むか現時点じゃわからないけど…」
職場に着くと、新しく部長代理が赴任していた。新しい上司は秋山という男で、小野田と同期だという。金田が言うように上司の新陳代謝が行われればもう少しだけ仕事がしやすい環境になるだろうなと思ったものの、秋山はどうやら昔ながらの中年とは違うようだ。秋山は引き継いだ部下の情報を照らし合わせるべく、一人一人に声をかけて回っていた。金田や今井に声をかけていたかと思うと、自分の所にやってきた。
「君は本田だね?金田と一緒に小野田のところの通夜にきてくれたそうじゃないか。金田とは仲が良いのか?」
「比較的良くしてもらっていると思ってます」
先週急に距離が近くなった。互いに仕事は割りきって淡々とこなしていたが、先週思わぬ形で金田の人となりを知るとこれから仕事がやり易くなると感じた。そしてその理由は金田のことはどちらかと好感を持ったというところが大きい。
「金田と距離が近いことは良いことだな。彼は先週1,000万の契約を取り付けたそうだからな。急なことだったがよく対応してくれたよ。学ぶことは多いだろうから、何かあれば聞いてみるといいと思うぞ。まあ、本田のことは問題ないと聞いてるから引き続きよろしくな」
「はい」
(急な1,000万の契約?…今井から引き継いだ取引か!…もしかして、天使マスの時にこれだけ大きな仕事に当たれば、大きなポイント獲得もあり得るのか)
ハルトは予定表を確認すると、来週に契約更新をする取引先とのアポイントが入っていた。
(これは、いけるかもしれない!)
仕事に対するモチベーションも上がり、資料に不備がないかのチェックに力が入った。
◇◇◇
7月10日(月)
この日のハルトはいつもと違う行動をとった。前日の23時には就寝し、朝6時に目覚めると身支度と朝食を終え、タブレットに向かった。
「いつも日付が変わるとすぐにログインして始めていたけど、それだと他のプレイヤーの動きが読めない。案の定、いつも0時にログインしているだろうプレイヤーは今回のターン分のルーレットをまわし終えてコマが進んでる。他のプレイヤーの動きも考慮しながら自分のコマを進めるべきだな」
先週、日常マスだったハルトはイベントもポイントの変動もなかった。画面からはアナウンスが流れる。
『♪~チェックマスイベントが発生しました。9位通過はマサユキさんとショウマさんです。お二人は全員から2万JPずつもらいました。マサユキさん、ショウマさん、おめでとうございます』
【20,000JPをマサユキとショウマに支払う】
ポイントを確認すると248,610JPとなっている。これで全員が1つ目のチェックマスを通過している。次のチェックマスを確認すると、1つ目を1位で通過しているアラタが次のチェックマスの手前の悪魔マスで止まっている。
「アラタってやつはとにかく着順狙いなのかな?悪魔マスでも構わず止まってるもんな。それにしても天使でも大きくポイントを獲得してるんだよな。1,000万を越えてるし…、ん?他にも1,000万越えてるやつがいる…」
他のプレイヤーのポイントにも目を向けると、マイナスに転じている人数が減っている。
「俺だってコツは掴んでるし、自分が損をしないようにプレイしていけば自ずと全員がプラスでクリアすることも可能なんじゃないか?その為にはみんな天使マスに止まり、ポイントをしっかり増やしておくことが大切だけど…」
ハルトは先週思い付いた通りに、天使マスを狙ってルーレットをまわした。それは成功し、天使マスだった。
「よしよし!」
ハルトはガッツポーズした。
新しい上司の秋山は、小野田とは真逆のような人だった。指示を出し束ねるのではなく、見守っているだけ。悪く言うと自分達に対して何もしてくれない。いつも口うるさく指示を出されまくっていた今井も放っておかれている。新しい部長になったわけではない。部長代理だ。仮の立場ということで遠慮しているのだろうか?
(そういえば挨拶の時に自主性を重んじるって言ってたっけ。何かあれば聞けって言ってたし、俺は本当に困ったら聞いてみようかな)
ハルトは明日大事なアポイントがある。自分のやるべきことに集中し業務をこなした。
火曜日は無事、自分が担当する取引先との契約更新を交わした。そこまで大きなものではなかったが会社の金を動かしただけで、自分の得失はない。これがイベントでポイントに反映すれば自分にとっては得でしかない。都合の良い未来を想像すると満足だった。
水曜日、ハルトが淡々と仕事をしていると、目の前の電話が鳴った。出払っている人もいて残っている中では自分が一番後輩だと察したハルトはすぐに受話器をとった。今井が担当している取引先から問い合わせだった。部屋を見渡すと今井の姿がなく席を外していると伝えると、対応できる人であれば担当者でなくても構わないとのことだった。秋山に相談すると明日のハルトの予定を確認した後、対応を代わってくれた。
電話を終えた秋山はひと息つくとハルトに指示を出した。
「本田。明日までに作成して欲しい契約書があるんだがお願いできるか?」
「契約書ですか?」
「ああ。実際に契約を結ぶのは先なんだが、提案の資料として明日使いたい。そんなに難しい物ではないよ。前回の契約書を参考に作成すれば良いから。私が指示する通りに変更してくれ。上手く行けばそのまま本田に担当してもらいたいと考えてる。だから君に作成をお願いしたいんだ。良いかな?」
「わかりました」
ハルトは秋山の指示通りに契約書を作成した。秋山の言う通り、一部を変更するだけだったためそこまで難しい物ではなく、残業の必要もなかった。
木曜日、秋山に同行し無事取引は成立した。しかしこれには一つ条件があった。いったい秋山は何を企んでいるのか…。ただの部長代理ではないとこの時ハルトは察した。
金曜の夜。アキナと合流し、英会話スクールのレッスンを受けた。彼女と受ける授業は新鮮で楽しかった。アキナは忙しくしているようで連絡の頻度は多くない。でもこうして共通の趣味があれば生活行動も合わせることができ、充実した時間を過ごすことができた。
◇◇◇
7月17日(月)
この日も朝6時にログインした。画面に表示された『イベントを見る』をタッチした。
【契約更新を取り付ける】
「良かった。希望通りこれがイベントになった」
月々の単価が10万円の契約、それの1年間の契約更新。ポイントは120万JP増えた。
「コツコツと増えてる。良い感じだ」
そして画面に新たなイベントが表示された。
『♪~チェックマスイベントが発生しました。1位通過はアラタさんです。アラタさんは全員から10万JPずつもらいました。アラタさん、おめでとうございます』
【100,000JPをアラタに支払う】
「この人はすごいな。正攻法っちゃ正攻法だよな」
ハルトのポイントは1,348,610JPに変わり、ポイントランキングは4位に浮上した。とはいっても上位二人と比べると他のプレイヤーもポイントは動いているとはいえどんぐりの背比べだ。しかしこのターンではアラタに10万JPを支払ってもマイナスになっている人はいなかった。マップを見ると多くのプレイヤーが天使マスに止まっている。
「みんな確実に天使マスに止まって増やしてきてる。こうなってくると、どんなことが起こるかわからないけど、最後のランキング報酬を獲得する為には着順を少しでも進めておきたい」
12ターン目に入った。
ハルトは先へ進みかつ悪魔マスを避ける数を狙った。
『8』
ルーレットが示したのは『8』、この日は日常マスに止まった。
金曜日の夜、アキナから通話があった。メールで確認もなくいきなり通話からは珍しい。
『もしもし?お仕事お疲れ様!今電話大丈夫?』
「お疲れ。大丈夫だよ。どうしたの?」
『今日ってユウキ会社来てた?』
「今井?今日は休んでたよ?体調不良の為って」
『え!?じゃあ、重傷の男性ってユウキかな!?』
「え?え?何の話?」
『今日ってニュース見た?20代の女性が殺されたってやつ。その女性の名前がユウキの今カノなんだよ』
「は?殺人?今井が関わってるの?」
『犯人は現行犯で捕まったって。名前はユウキじゃなかった。でも、女性と一緒にいた20代の男性が重傷って報道で。もしかしてユウキかなって』
「事件っていつだったの?」
『昨日の未明って言ってたよ』
「じゃあ違うと思うよ。昨日は仕事に来てたから。アキナのその話だと、今カノの異性関係に衝撃を受けたか、殺害されたことに衝撃を受けて仕事どころじゃなくなったから今日は休んだって所かな?」
『そっか…』
「…もしかして心配?」
『あ、そういうんじゃないよ?さすがに知人が事件に巻き込まれてるかもっていうのにビックリしちゃって、野次馬みたいなもんだよ』
「…そういうパターンか」
『同じ大学だからその子の噂も聞いたことあってさ。いつもたくさんの男の人と交流してるって話だったから、ユウキが今付き合ってるって聞いて、遊ばれてるだけなのになって実はちょっといい気味ではあったんだ。ニュース見る限り、本命でもその次でもなさそうだよね』
「ははっ。今井って中身がないもんな。ここの所仕事もちゃんと出来てないし、彼女が変わって落ちぶれてくなんて、話聞いてると今カノもそんなに良い女だとは思えないからどっちもどっちだけどね」
『すごい言われようだね』
「いや、アキナも大概だったよ」
『ねえ、週末は暇?』
「暇だよ。どこかに出かける?」
『うん!』
こうしてハルトはアキナと週末のデートを楽しむのだった。
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