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第12話【ハルト】

6月26日(月)


またこの日も午前0時にタブレットを立ち上げた。日常マスだった為、イベントもポイントも変動はなかった。そこにアナウンスが流れた。


『♪~チェックマスイベントが発生しました。4位通過はユウキさんとコウヘイさんです。お二人は全員から7万JPずつもらいました。ユウキさん、コウヘイさん、おめでとうございます』


【70,000JPをユウキとコウヘイに支払う】


ここへ来てはじめてポイントがマイナスとなった。ハルトのポイントは-63,890JPになっていた。


「まずいな。チェックマスイベントがかなり良い仕事をしてる。プレイヤーが10人いるところも厳しいな。この感じだと着順で1万ずつ変わっていく。9人から貰えるから1つ順位が違うだけで9万も変わるんだ。これはかなり大きい。しかもここで5人通過した。ここから先は貰える額が払う額を下回る。チェックマスは早めに辿り着かないと。それと天使マスでいかに高額を動かすかだ。アラタは1,000万も越えてるからな。ここまで大きいのは何だろう?仕事?買い物?」


ハルトはルーレットをまわそうとしたが、次のチェックマスは6マス先で、7マス先には悪魔マスが、8マス先には天使マスを見つけた。


「よし!カードを使おう。確実に先に進みかつ天使マスに止まる」


ハルトはカードのアイコンをタッチした。すると、選択画面が出てきて、持っているカードが表示された。


【8が出るカード】

【4を出させるカード】


「なるほどー。こうやって使うのか」


ハルトが【8が出るカード】を選択すると、画面上でルーレットがまわりだし、『8』で止まった。プレイヤーが8マス進み『天使マス』で止まった。


『天使マスに止まりました。スマートウォッチをタブレットにかざしてください』


スマートウォッチをかざすとハルトは肩の力が抜け、眠気が襲ってきた。


「うん、なんとか寝れそうだ」


こうして無事就寝することになった。



朝を迎え出社すると、いつもよりも念を押される形で同期が上司から指示を出されていた。水曜の定時迄には資料作成を済ませ提出するようにと。


(そういえば2週間前に金田さんがデータを渡していたっけ。金田さん、自分の仕事も後回しにしてデータ集めしてたのにな。あいつ、いつも定時であがってるけど、いつ仕事してんの?勤務時間内は部長に言われたことしかしてないけどさ)



水曜日。部長の小野田は同期の今井の姿を探していた。小野田は金田に確認すると、今井のことは諦め2人で資料を作成し始めた。


(部長、帰らなくて良いのかな?奥さん待ってるだろうに…)


自分の作業が終わると、ハルトは声をかけた。


「部長、金田さん、何かお手伝いできることはありますか?」


「ああ、本田。ありがとな。だがもう見通しもたったし大丈夫だ。今後何かお願いすることがあるかもしれない。その時はよろしく。今は帰れそうな時は帰っておけよ」


「わかりました。では、お先に失礼します」


「おお、ご苦労さん」


ハルトは退社すると駅へと向かおうとしたが、この日は比較的早めに上がることができた為、英会話スクールに寄ることにした。受付をしていると見覚えのある人物がいた。


「えーっと、もしかして、アキナさんですか?」


「ん?あ、たしか本田さん?お久しぶりですね」


「そうですね。あれ?今井は?」


「何でユウキ?」


「あ、いや、ここのところ毎日のように定時で上がるんですあいつ。今日は少し浮き足立ってたような気がして、デートかなって思ってたんですけど…」


「ああ…、相手は私ではないですね。私たち、自然消滅したらしいですよ」


「はい?」


ハルトは目が点になった。


「あははっ。そうなりますよね」


いったいどういうことなのだ?とハルトは詳しく話をしたくなった。


「アキナさんはレッスン終わったところですか?良かったらお食事ご一緒しませんか?」


「本田さんはレッスンこれからだったんじゃないですか?」


「私はたまたま時間が出来て寄っただけなので、今日じゃなくても別に大丈夫なんです」


「ではぜひご一緒させてください」


ハルトは受付をキャンセルすると、アキナと食事に向かった。


アキナは今井の彼女として紹介され、3人で何度か一緒に食事をしたことがあった。だからこそ、自然消滅の言葉には唖然とした。会話をするには酒があった方がいいと居酒屋チェーン店に入った。


「いったいどういうことなの?」


同い年であると知っていることもあり、ハルトはついタメ語で話しかけてしまった。


「ビックリでしょ?大学時代の友人が教えてくれたんだよ」


アキナも構わずタメ語で返してくれた。


「ユウキが元ミスキャンパスと付き合ってるって自慢してたんだって。私のこともよく知ってる友達だったからすごい驚いたみたいで、ユウキに聞いたら自然消滅したって話だったんだって」


「アキナさんは、それで良かったの?」


「ま、別に良いかなって。最後の方は惰性で付き合ってたよね。というよりもうユウキのことは忘れてたよね、急がしすぎてさ。社会人になって好きな事を職にできたし、すごく充実してたの。そもそもユウキの仕事に対する姿勢がイヤでさ。就活全然上手く行かなかったからって、有名企業に勤めてる叔父さんに頼み込んで就職させてもらってさ。だから、その会社での志が何もないの。ただ所属してるって感じで。1年目ってガムシャラじゃない?私もすごく一生懸命働いてた時に、仕事優先で全然会ってくれないよね?って言われたの。学生の時みたいに全てが自分の時間じゃないのよね。学生までは勉強も遊びも自分の為だったけど、仕事してると会社の名前も背負ってるし伴う責任も大きいもの。正直、ユウキの存在の利点がなかったんだ。ユウキ自体に尊敬できないんだもん。学生まではさ、勉強ができるだとか、見た目のかっこ良さとかが魅力なんだろうけどさ、社会人になると基準も変わってくるね。側に置いて自慢できるような人じゃなくてさ、自分に寄り添って味方になってくれたり癒されたり切磋琢磨したり、そういう人の側にいたいかなぁって。…もう、まだお酒そんなに飲んでないのに語っちゃったよー」


アキナの考え方は、自分のそれと似ているとハルトは思った。


「そういえば、本田さんは彼女さんとは?」


「俺も関係は解消してるよ。俺たちの場合は彼女が未だに学生って所に継続が難しかったよね。それこそ考え方の違いだよ。彼女は昼も放課後も休みの日も一緒にいるのが当たり前だと思ってるし、それができる世界にいる。だんだん連絡も億劫になってきて、ずるずると先延ばしにしてきたけど先月わかれたんだ。こんなにすっきりするとは思わなかったよ。それで空いた時間に英会話をね」


「そうだったの」


このあとはいろいろ話をした。好きなものや仕事のこと。考え方がとにかく似ていた。すっかり意気投合し、気がつけばハルトの部屋で一緒に朝を迎えていた。


「ごめん!飲み過ぎちゃったかな!?私一旦帰るからもう行くね」


「待って!ごめん順番が間違って。成り行きじゃなくて、側にいて落ち着くって思った。一緒にいるのがすごくしっくりくるって。俺と付き合って欲しい」


「…ほんと?…よかったぁ。うん!ちゃんと言葉にしてくれてありがとう。こちらこそ、よろしくお願いします」


「連絡する」


「うん、じゃ、また」


ハルトにとって、非日常的な出来事だった。冷静なハルトには珍しく成り行きで知人の元彼女と関係を持った。でもこれきりで終わるつもりではなく真剣であることを示したかった。きちんと言葉で伝えられて良かったと安堵した。


身なりを整え出社すると、小野田が今井を呼び出していた。やはり昨日は業務を忘れて帰ったようだった。今井は担当を外され資料作成のために残業していた金田が引き継ぐことになった。小野田の顔を見ると目のクマと顔色が酷かった。明らかに寝不足であることが伺えた。アキナから話を聞いていたこともあり、今井のことは軽蔑しかなかった。「仕事に対する姿勢がイヤ」という言葉はもっともだと思った。


小野田は金田と共に取引に出掛けた。終えて帰社したのは金田だけだった。顔色の悪かった小野田が心配だったハルトは金田に確認した。


「金田さん、小野田部長はどうしたんですか?」


「ああ、本田…。実は、部長の奥さん昨日亡くなったんだって」


「え!?」


「だから、今日は直帰されたよ。重要な取引だったから出社して同行してくれたんだけど、家のこともいろいろあるからって。一応息子さんたちが駆けつけてくれたから出社できたみたいだったんだけど、このまま有休も消化して退職するって

。週末に通夜と告別式するらしいんだけどもう退職するし会社には公にしないでくれって言ってあるらしくて告別式は親族だけで行うってことだったから、俺は通夜に行くつもりなんだけどお前も行くか?」


「はい」


土曜の通夜の帰り、ハルトは金田と飲みに行った。


「水曜、俺と資料作って残業してったろ?8時頃には終わってさ、後処理は俺がするからって部長には上がってもらったんだけど、9時前に家に着いたら奥さん倒れてたんだって。もう間に合わなくてね、死亡推定時刻は8時だったって。もし残業じゃなかったら倒れた時に側にいられたよな。部長は恨み言全然言わなかったけど、悔しかったと思うよ」


「なんか、何て言ったらいいか…。だって明らかに今井が怠けてる所為ですよね…」


「ああ、やるせないよな。でもなぁ、部長もいつまでも指導側にいることはなかったと思うぜ?時代にあった指導方法ってあると思うんだよ。昔の常識は今では非常識だったりする。だからさ、部長の指導の仕方は俺の世代に対してならまだ通じるんだ。でも俺が後輩に同じ仕事を指導しようとしたら同じやり方では指導しない。育ってきた時代が違うからさ、段階を踏んで指導方法も変化させないと。部長は直接新人を育てるんじゃなくて新人を育てるための指導者を引き継がなきゃいけなかった、部長なんだから全体を管理するだけで良かったんだよ。責任感が強すぎたんだな、小野田部長はさ」


仕事を真面目に取り組んでいたことはわかる。いつも真剣だった。だが、厳しすぎる一面もあることは否めない。そしてとにかく上から押さえつけるような指導方法だったように思う。俺が正しいというような。自分だって苦手だ。だからこそ、自分は当たり障りなく仕事を淡々とこなしてきた。


「しかし、意外だったな。本田は可もなく不可もなく、機械のように淡々と仕事をしていたからさ、他人の顔色や体調を気にかけるなんて思わなかった。人間味あるやつだったんだな。良いと思うよ、視野が広く観察能力があることは、人の求めてることも汲み取れるし、人に合わせた行動がとれるしな」


「そうっすかね?ありがとうございます」


金田の中のハルトの評価が上がった。


「しかし、今井はどうにかなんないのかな?正直会社にいらないじゃん?俺だって自分の仕事終わったら帰る予定だったんだよー。でも部長が奥さんの介護のために定時上がりしてるの知ってたしさ、次の日必要な書類なのも知ってたしさ、断れなかったのよー。俺も社畜よなぁ」


「早く帰る予定だったんですか?」


「おう。あの日は俺が娘を風呂に入れるって言ってあったんだよー」


「じゃあ、奥さんに怒られたんじゃ?」


「まあね」


「今日も俺と寄り道してて良いんですか?お子さん小さいんじゃ?」


「あの日残業した事情とかもろもろ話をしたらさ、奥さんもやるせなくなっちゃってさ。今日はしっかり見送ってきてって言われてるんだ」


「…理解ある奥さんっすね。自分もお付き合いします」


こうして2人は酒を酌み交わした。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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