第11話【ハルト】
5月15日(月)
ハルトはイベントを確認した。
【同期にコーヒーを奢った】
ポイントを確認すると101,100JPだった。
「ははっ。缶コーヒーだったもんな」
上司にボロボロに怒られていた同期の為に、缶コーヒーを差し入れたのだ。いつも通り仕事をしていないだけだったが、上司は少々虫の居所が悪かったのだろう。今まで積み重ねてきた失態を片っ端から掘り起こすようにここぞとばかりに叱っていた。上司の気持ちもわからなくもなかったが、馬の耳に念仏で同期には響いてないようであった。この先の仕事に影響が出ると、自分の身に火の粉が振りかかりかねない。同期の気持ちを上げる為に仕方なくした行為であった。自分のことを味方だと思ったのか同期はまたしても上司への不満を口にしていたが、話を聞くうちにその的外れな不満にイライラが募るだけだった。
「悪魔マスイベントにしてはたいしたことなくて良かった」
次のターンは日常マスを狙った。うまくいかずカードマスに止まることになった。
「このアナログルーレットが曲者だな。狙った目を出せるようにしないと思うようにゲームは思うように進めないもんな」
タブレットを確認すると【8が出るカード】と表示されている。
「【8が出るカード】がもらえたのか。カードマスのイベントはその場でわかるのか。これで今週は終わりなのかな?」
この週はルーレットをタブレットから外し、ひたすらまわすコツを研究した。
◇◇◇
5月22日(月)
やはりカードマスに止まるとカードが貰える以外のイベントは起こらなかった。すなわちポイントの変動もなかった。
「あとは日常マスも試してみるかな。さて、ルーレット練習の成果は…」
ケーブルをタブレットに繋ぎ、ルーレットをまわした。止まったのは日常マスだった。
「よしよし!実践でもOKだな」
ハルトは一周半でぴったり止まる力加減を習得した。出したい目の反対に合わせた状態でケーブルを差して始めることで、出したい目を出すことに成功した。
「残るはチェックマスだけど、先頭を行くアラタがもうすぐチェックマスだな。どういうマスなのか様子を見てからでもいいか」
ハルトは戦略を練りながら慎重にコマを進め、安定した実生活を送ることに努めた。
◇◇◇
5月29日(月)
先週分はイベントもポイントも変動なかった。日常マスに止まると、ゲームには何の影響も出ないようだ。
「そう来たか。ということは、先へ進めたい時に止まりたい場所に日常マスがあったら利用できるけど、得をすることは何もないからあえて止まるマスではないな。止まるならイベントが発生する天使マスかカードマスだ」
今日は5ターン目だ。これでゲームの3分の1が終わる。
「さて、どうするか。そろそろポイントを増やしたいな」
ハルトは天使マスに狙いを定めた。
「うん!良い感じだ」
大きなミスもなく進んでいくゲームに、充実した日々を過ごしていった。
週末を迎えると、イベントについて考えてみた。
「そういえば最初の天使マスイベントは、自分が金を使っているのにその金額分のポイントを獲得しているな。自分が得をした訳じゃなかった。明日、買い物でもしてみるかな」
ハルトは以前から欲しかったブランド財布を買うことにした。
「元々欲しかったものだから出費に関しては問題ないし、仕事も頑張ってるから自分へのご褒美って所かな」
店ではつい心が躍ってしまった。
「欲しかったものを買うって、結構ストレス発散になるな。楽しかった」
いつもならば買い物にはカナミがついてきていた。社会人になってからは何か買ってあげることも増え不満も出てきた所であった。自分の為に自分だけの時間に自分の物を買う。とても清々しかった。
◇◇◇
6月5日(月)
【財布を購入した】
「おお!!これが天使マスイベント!?」
ポイントを確認すると、211,100JPになっている。
「10万以上増えたのは嬉しいな」
財布は税込11万円だったのだ。
ここでわかったことがある。イベントは自分の実生活の中から選ばれているということだ。財布を買おうとしたのはあの時のハルトの思い付きであって、ゲームで用意されたイベントというわけではない。交通事故に遇うなど第三者が絡んでくると成るべくしてなった感が否めない所だが。そして、現実での金銭の得失は関係ないということだ。得をしたから天使で、失ったから悪魔というわけでは無さそうだ。実際ハルトは現実で11万を使っているがポイントとして取得した。これは財布を買ったことが天使マスイベントだったからだ。
「うーん、あとはどのようにしてイベントに選ばれているかだ。イベントに選ばれた理由は何だろう?一番金額が動いた出来事か?いやいや、悪魔マスイベントだったコーヒーを奢るは100円だぞ?あの週は他にもご飯を食べに行ったりしてるはずだ」
熟考していると、タブレットから聞こえたアナウンスと画面に表示されたイベントによって遮られた。
『♪~チェックマスイベントが発生しました。1位通過はアラタさんです。アラタさんは全員から10万JPずつもらいました。アラタさん、おめでとうございます』
【100,000JPをアラタに支払う】
「!?」
ハルトがポイントを確認すると、201,110JPになっている。
「チェックマスは通過するだけでイベントが発生するのか!それも10万JPも!チェックマスイベントは脱落後も参加する必要があるっていうのは、プレイヤーが通過者に支払うからだ。他のプレイヤーに払う分のポイントを獲得しておかないと最終的に貰える額が減ってしまうこともあり得るな」
そこで改めて1位通過のアラタの位置を確認した。
「アラタはほぼ『8』を出している。そうじゃないと5ターン目であのチェックマスを通過することは出来ない。悪魔マスも関係なく先へ進んでる。アラタはゴールを目指してるんだ。しかし、はじめから狙った目を出せるってすごいな」
着順を狙うことは難しい。ならばチェックマスは確実に通過したい。残りのターンを考えるとチェックマスは2回通過することが出来るだろう。1つ目のチェックマスの通過は急ごうにも悪魔マスが邪魔だ。他のプレイヤーに渡すだろうチェックマス通過の祝い金分は獲得しておくことが先決だ。ハルトは再び天使マスを狙った。
「あ!?」
少し力が入った今回のルーレットは1つずれた為カードマスに止まった。
【4を出させるカード】
「なんだそれ?自分のじゃないのか、他のプレイヤーに使う?もしかして、陥れたりして争わないといけない?」
自分が着実にポイントを稼げればそれで構わないと考えていたハルトに、問題提起されたカードとなった。
◇◇◇
6月12日(月)
ハルトはカードマスだったこともあり、特に大きな動きはしなかった。この1週間はイベント選択の基準について考えることに徹していた。しかしこれといって思い当たることはなかった。
タブレットの画面を見ると、今回チェックマスにたどり着いた人はいなかったようだ。
「まだまだ追いつけるかな?」
今回は狙い通りに天使マスに止まることができた。
『天使マスに止まりました。スマートウォッチをタブレットにかざしてください』
タブレットにスマートウォッチを近づけた。
『連動されました。それでは1週間お楽しみください』
「この動きも慣れたもんだな」
天使マスイベントとして選ばれるような出来事はどうしたら良いだろうか。はじめはカナミに別れを告げたこと、次は財布を買ったことだった。自分の日常の中では特別な部類の出来事だった。
「何か新しいことでもするか?」
◇◇◇
6月19日(月)
月曜の午前0時をまわるとイベントの確認をすることが習慣となっている。本来であれば日付を跨ぐ前に寝たいところだが、ゲームの行方が気になってしまい眠れないため、ハルトにとってはこの方が都合が良かった。
『イベントを見る』を押した。
【英会話スクールに入会する】
「ほー。これがイベントになったか」
ポイントを確認すると、256,110JPになっている。英会話スクール入会の初期費用は入会金や教材費、受講料も含めて55,000円もした。
「これも後に賞金で還元されれば、タダで英会話スクールに通えてることになるんだから、自己投資と思えばかなり良いな」
スポーツジムと悩んだ所だが、三日坊主になりにくそうな英会話スクールにした。それに海外への留学もしてみたい。学ぶことに遅すぎることはないだろう。大学まで卒業させてもらったのだから、これからのことは親に頼らず自分で貯めた金でしたいことをしようと考えていただけに、英会話スクール入会は名案だったなと満足した。
そこへ音楽が流れ、画面を注視した。
『♪~チェックマスイベントが発生しました。2位通過はダイチさんとリョウスケさんです。お二人は全員から9万JPずつもらいました。ダイチさん、リョウスケさん、おめでとうございます』
【90,000JPをダイチとリョウスケの各々に支払う】
「!?二人同時…。なるほどな。交代でルーレットをまわしてるわけじゃないから、○ターン目のイベントとして扱われるんだ」
ポイントを確認すると、76,110JPとなっている。
「10万を切ったか…。これじゃスタート時点よりマイナスだな」
現在の状況を確認すべくポイントランキングを開くと驚きのあまり目が冴えた。トップは1000万を超えており、最下位はマイナス400万に到っていた。0に近いものは3名程で、他はプラスマイナス20万前後に収まっている。
1週間の間に数百万もの金額に関わることなどそうそうないはずであるのに、1位はアラタ、最下位はリョウスケだった。
「アラタって、物凄い切れ者なんじゃないか?リョウスケのマイナス数百万も何があったらそうなる?」
マップを見ると、アラタが進行具合は独走している。
「アラタ、無双だな。でも正しい選択かもしれない。チェックマスイベントの祝い金のポイント数が順位で変動してる。早く通過した方が貰える数は多いんだ。次は大きい目を出そう」
今週のルーレットは『8』にした。
「チェックマスまではもう少し。日常マスだけど仕方ない」
今週も淡々と仕事をこなし、週末には英会話スクールに通った。なかなか充実した時間を過ごした。
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