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恋を知らない魔王の娘、6才王子に溺愛される

作者: 筆塚スバル

 あたしもヤキが回ったもんだ。


 勇者一行に角を折られて力を失っていたとはいえ、魔王の娘のあたしがニンゲンなんかに奴隷にされちまうなんて……


 今日は晴れ。


 高級奴隷はきらびやかな洋館に着飾って座っているけど、反抗的な態度が原因なのか。

 この店での一番の安値がついてるあたしは、露店の柱に鎖で繋がれて陽光に晒されていた。

 

「どこ見てんのさ」


 今、あたしの身体を舐めるように見ていた男を一喝してやった。

 男は目を逸らし、私が陳列されている奴隷商の露店を遠回りして通りすぎていった。


 あたしがこの町の大通りの露店に奴隷として陳列されて一週間がたつ。


 奴隷達は金額の書いた石板を首からぶら下げて、粗末な台の上に立ち、優しい主人に買われるのを心待ちにしているようだ。


 もちろん反抗できないように奴隷達の腕には腕輪が、足には鉄の玉がくくりつけらている。

 言うまでもなく、あたしにもね。


 女奴隷は客の視線を集めるために、身体のラインがくっきりとでるピッタリとした服を着せられていた。


 あたしなんて上下セパレートの下着か水着かわからないようなものを着せられている。

 魔族は好んで肌を露出するし、あたしは自分のからだに自信が無い訳じゃないから、この格好自体に不服はないよ。


 ただね、たっぷり上から下まで私の身体を見ておいて買わないやつばかりってのはどういうことだと最近少々怒っているだけさ。


 誰でもいいから早く主人になればいいんだ。

 そしたら、あたしは主人の隙をついて自由になってみせるから。


 ……やっぱりあたしのこのつり上がった目と眉が可愛げがないのかな。

 500チロルなんて、その気を出せば子どもだって買えてしまいそうな安値がついてるのに売れないなんて、ちょっとプライドが傷ついてしまうよ。


「お姉さん、こんにちは」


 ニコニコ笑顔の子どもが手をぎゅっと握りこんで、私の目の前に立っていた。


 黒髪を短く切った男の子は、黒い大きな目であたしを見ていた。

 洗濯の行き届いた純白のシャツに、黒い半ズボンを履いている。


 貴族の坊っちゃんって感じだね。


「あたしに挨拶してるのかい?

 坊っちゃん」


「そうだよ。

 お姉さん、一週間前からここにいるよね」


 露天で売りに出されている子達は、格安なのもあって早めに身請け先が見つかることが多い。

 この露天では、あたしが一番の古株になってしまっていた。


「そうだよ。

 あんた子どものくせに売れ残りのあたしをバカにしに来たの?」


「ううん!

 ボク、お姉さんが欲しかったからお小遣い貯めたんだよ」


 貴族の坊っちゃんは大事に握りしめていた小銭を私に見せてくれた。


「驚いた、500チロル以上あるじゃないか」


「一生懸命お小遣いを貯めたり、オモチャを売ったりしたんだよ!」


 坊っちゃんは「えっへん」とでも言いたげに胸を張っていた。


「まさか、あたしを買うっていうの?」


 こんな子どもがあたしに何をさせる気なんだろ?


「うん。

 ボクのとこに来てよ。

 きっと楽しいよ?」


 腕輪のついたあたしの手を引っ張る坊っちゃんの手は暖かかった。


「あたしは奴隷だからさ、買われたら主のものにはなるけど、寝首かかれても知らないよ」


 坊っちゃんは腰に手をあて、あたしに言い返した。


「裏切るひとは裏切るって言わないよ。

 だから、ボクにそういうお姉さんは、きっと裏切るのが嫌いな人だよね」


「どうかな」


 肯定も否定もしないあたしの手を引き、坊っちゃんは奴隷商の元へ連れていった。


「こんにちは、おじさん。

 このお姉さんください」


「えっと、お使いかな?

 ボク」


 いつも不機嫌そうな奴隷商だけど、今は坊っちゃんに笑顔で対応していた。

 

「違うよ、ボクが買うの。

 お金だってあるんだから」


 坊っちゃんは「ひい、ふう、みい」とお金を数え奴隷商に渡した。


「はは、小銭ばかりだね。

 でも確かにちょうど500チロルあるね」


 金額を確認した奴隷商はその後、淡々と契約のための書類や奴隷扱いの説明書を坊っちゃんに渡した。


「契約書とその魔石が奴隷を縛るものだよ。

 奴隷が言うことを聞かなければ、魔石を握り痛めつけて言うことを聞かせるんだ。

 後は、全てオレたち奴隷商の知ったこっちゃない。

 この銀髪褐色の女奴隷は良い身体をしていて、本来なら高値のつく素材だ。

 武芸のたしなみもあるようだから、

 用心棒にはいいかもしれないね。

 ただね、反抗的な態度がこの奴隷を安くしている。

 だからね、坊っちゃん。

 殺されないようにしっかり躾けていくんだよ」


 最後の言葉は奴隷商の良心から出た言葉だろう。


 奴隷商は布袋を渡し、魔石の使い方以外にも腕輪や足の重りの外し方などを丁寧に坊っちゃんに教えていた。


「わかったよ、気を付けるね」


 坊っちゃんは奴隷商に礼を言うと、嬉しそうに魔石と契約書を懐にしまいこんだ。

 坊っちゃんは勢い良くあたしに振り返った。


「これでお姉さんはボクのものだよ」


「坊っちゃん嬉しそうだね。

 でも、奴隷商に言われた通り、あたしは態度が良くない。

 敬語なんて生まれてこの方使ったことなんて無いから、言葉遣いだって直そうとも思ってないし、坊っちゃんの命令でも嫌だったら聞かないつもりだよ」


 坊っちゃんは頬を膨らませた。


「うん、お姉さんはそのままでいい。

 でもね、ボクは坊っちゃんじゃないよ。

 タクトって名前があるし、みんなからは『たっくん』て呼ばれてるんだよ。

 お姉さんもそう呼んでね」


「坊っちゃん、あたしだってね。

 あんたのお姉さんじゃない。

 マリアベルって名前があるんだ」


 タクトと名乗った坊っちゃんは満足そうに笑っていた。


「マリアベルっていうんだ、可愛い名前だね。

 似合ってるよ」


「可愛いかな。

 ……そんなこと、はじめて言われたよ」


 あたしはこれまでカッコいいとか綺麗とか言われたことはあったけど、可愛いなんて言われたことはなかったんだ。


 何だろう、少し気恥ずかしいね。


「じゃあ、ボクの家に帰る前に服屋さんに行こうね。

 マーちゃん、ボーッとしてどうしたの?

 早く行こうよ」


 坊っちゃんは立ったままのあたしの手をぐいぐいと引っ張っていた。


「ああ、行くよ。

 でも、坊っちゃん。

 マーちゃんってなに?」


「マリアベルだからマーちゃんだよ。

 それにボクは坊っちゃんじゃなくて、たっくんだよ」


 坊っちゃんは頬を膨らませていた。


「あたしはマーちゃんってガラじゃないんだけどね。

 わかったよ。

 好きに呼べばいいさ……たっくん」


 正直この坊っちゃんをあるじって呼ぶのも違和感があるから、お望み通りたっくんって呼んでやろうじゃないか。


「たっくんって呼んでくれて嬉しいよ

 じゃ、マーちゃん服買いに行こうね。

 あ、忘れてた」

 

 たっくんは布袋をひっくり返し、鍵を握るとあたしの腕輪にガチャガチャと鍵を押しあてた。


「あれ、これで外れるはずなんだけど」


 たっくんは何回か試行を繰り返し、見事あたしの腕輪を外してみせた。


「足も外すからね」


「信用されたもんだね、何があっても知らないよ」


 必要のあるときしか手枷足枷を鍵を外さない主人も多いんだけどね。


「だって、腕輪があると試着できないでしょ?」


 そうか、これから服屋に行くんだったね。

 たっくんはあたしの手枷足枷を取り、布袋に押し込むと、あたしに笑いかけた。


「さ、マーちゃん。

 服を買いに行くよ」


 布袋を担いだたっくんはあたしに背を向けて歩いていても警戒のかけらも見せない。

 主人の隙を見て逃げてやろうと思ってたんだけどね……

 さすがに魔族のあたしでもこんな小さい子を後ろから襲うほど、外道に堕ちてはいないらしいね。


「マーちゃん、早く行くよ」


 その場に立ったままのあたしに気づき、たっくんは振り向いて手をさしのべる。


「わかったよ、たっくん」


 あたしはたっくんの手をとって歩き出した。

 誰かと手を繋いで歩くなんて久しぶりだね。


 ――奴隷商の露店から十数歩の距離に服屋があった。


 服屋だから試着室もいるし、さすがに露店じゃないよ。

 オレンジ色の瓦に白い塗り壁の仕立て屋は豪華って訳じゃないけど可愛らしい作りだったよ。


 あたしは奴隷商の露店に立ったまま、綺麗なドレスを着た女の子達が幸せそうな顔をして店に入っていくのを眺めていたっけ。


 仕立て屋に着いたたっくんは、ニコニコしたまま店のドアを開けた。


「お姉さん、こんにちは!」


 たっくんは誰に対しても元気で挨拶をするようだ。


「あら。こんにちは、たっくん。

 いらっしゃい」


 服屋にいた笑顔の素敵な店員さんはたっくんと知り合いのようで、手を振ってたっくんに挨拶を返した。

 左手の薬指には指輪がはまっていて黒髪をアップにしたおしとやかそうな女の人だ。


「たっくん、今日はなにか買うんですか?」

「マーちゃんに服を買ってあげるんだよ。

 ほら、マーちゃん。

 こっちおいで」


 奴隷が店のなかに入るのは歓迎されないと思ってあたしは店の外で待ってた。

 けど、たっくんはそんなことお構いなしで私の手を引き、一緒に店に入っていく。


 店員さんはあたしをじっと見つめて、首をかしげた。


「あれ、あなたさっきまで露店にいた奴隷じゃないですか」


「ああ、奴隷が店に入るのがまずいならあたしは外で待ってるよ」


 たっくんの手を振り払い、あたしが外へ出ていこうとすると店員さんが声で制した。


「別にそんなこと気にしませんよ」


 店員さんは店の奥から歩いてきて、あたしの肩に手を置いた。


「ふふ、いい人にもらわれましたね」

「たっくんのこと?」


 店員さんは目を丸くした後、クスクスと笑いだした。


「あら、既にたっくんって呼んでるんですね。

 いい子ですよ、たっくん。

 いつも笑顔で私にも挨拶してくれますし。

 それに、家に連れ帰る前に奴隷に服を買ってあげるご主人なんて初めて見ましたよ」


 店員さんはたっくんに感心しているようだね。


「たっくんは親をなくしていますからね。

 あなたのことを買ったのも、きっと寂しかったからじゃないですかね。

 尽くしてあげてくださいね」


「……考えておくよ」


「店員さん、マーちゃんとばかり話してないで服探してよ」


 店のなかには黒髪の女性以外の店員はいないのでたっくんは一人で服を見て回るのに飽きたようだ。


「ごめんね、たっくん。

 何が欲しいんですか?」


 店員さんはたっくんのもとへ小走りで駆け寄っていった。


「えっとね、普段着る服と、寝間着と、あとドレスを一着欲しいかな」


「たっくん、大盤振る舞いですね。

 お嫁さんにだって服を3着も一気に買ったりしませんよ」


 店員さんは驚いていた。


「ねえ、たっくん。

 気持ちは嬉しいけど、あたしは奴隷なんだからドレスなんて要らないよ」

 

 たっくんは相変わらずニッコリと微笑んでいる。


「すぐには使わないけどさ、きっといるときが来るよ」


「でもさ……」


 あたしたち魔族はニンゲンの貴族みたいに服を使い分けたりしない。

 そりゃ洗い替えくらいは必要だけどさ。


「たっくん、これなんてどうですか?」


 店員さんはツヤのいい白の生地を持ってきていた。

 歩き方も落ち着きがあって品のある人だね。


「あ、ドレスの生地に良さそうだね。

 マーちゃん褐色の肌をしてるから似合いそうだね」

 ねえ、マーちゃんはメイド服どれが好き?」


 たっくんはあたしに吊しのメイド服を何着か持ってきた。


「何だっていいよ」


 あたしはぶっきらぼうに答えるけど、たっくんはすました顔のままだ。


「マーちゃんは背が高いから何でも似合いそうだね。

 じゃあ、店員さん。

 ドレスの生地はこの白のやつね。

 ドレスは採寸して、しっかり身体に合うものにしてね。

 メイド服と寝間着は丈を直してもらってから持って帰るよ」


 たっくんの注文に店員さんは笑顔で答えた。


「かしこまりました、じゃあお嬢さん。

 こちらで服を合わせましょうね」


「お嬢さんってガラじゃないんだけどね」


 あたしはたっくんが選んだメイド服の採寸をしに試着室へ歩いていった。


「マーちゃん、他のメイド服もあるからね。

 何着でも試着していいよ」


「サイズさえ合えばあたしは別になんでもいいけどね」


 服屋の一番奥、店員さんに案内されるまま、あたしは試着室に来た。


 二枚の布で展示スペースと仕切られた試着室には作業台も置かれていた。

 試着したその場で服の直しをしてくれるんだろうね。


「綺麗な褐色の肌ですね」


「はは、そういう種族だからね」


 おもむろにあたしは服を脱ぐと、店員さんが渡してくれた下着を着る。

 下着みたいなものを着せられているんだからいらないと言ったんだけど店員さんからのサービスらしい。

 奴隷商に着せられていたモノは正直胸がキツかったから正直嬉しいけどね。


「あ、耳も尖っていますね。

 ダークエルフのかたでしたか」


「あ……ああ、そうだよ」


 そうか。角の折れた褐色のあたしはダークエルフに見えるんだね。

 幸い、店員さんはダークエルフに嫌悪感は抱いてないようだね。


 魔族だって言って怖がらせるのも悪いから、そういうことにしておこう。

 

 店員さんに手伝ってもらい、メイド服に手を通す。


 銀色の髪と褐色の肌のあたしに黒を基調としたメイド服なんて似合うかな。

 おまけに黒のストッキングにガーターベルトまで……


 店員さんは、テキパキとあたしに着せ、最後の仕上げに後ろのボタンを締めていく。

 くっ、胸が苦しい……


「あら、腰に合わせると胸がパンパンですね……うらやましいですねえ」


 あたしの胸はちょっと自慢できるくらいの大きさだけど、剣を振るうのには邪魔なんだよね。


「もう少し大きめのものを、腰を絞って仕立て直しますね」


 そう言うと、店員さんはするするとあたしのメイド服を脱がせた。

 下着とストッキングだけのあたしは、することもなく店員さんの手つきをじっと見ていた。


 店員さんはさっきのより大きめのメイド服を持ってきて、流れるような手つきで手直しを始めた。

 器用にハサミと針と糸を操っている。


「針仕事ができる女性はうらやましいよ」


 あたしはぼそりとつぶやいた。

 

「私も針仕事に本腰を入れたのはこの店に嫁いできてからですよ。

 旦那は生地を仕入れに旅をしてるから、自然と私が店番を任されて……」


 店員さんは口を動かしながらも手は休めない。

 鼻唄を歌いながら笑顔で針を進めていく。

 笑顔の素敵な可愛らしい女の人だ。


 こういう人が男の人にモテるんだろうね。


「はい、できました」


「貸して、一人で着てみるよ」


 店員さんから手直ししたメイド服を受け取ってすっぽりとかぶる。

 あまり着なれてないタイプの服に手こずっていると店員さんが手伝ってくれた。


「これ、一人で着れるようになるのかな」


「慣れですよ、慣れ」


 あたしはメイドさんとして雇われるみたいだから一人で着れるようにならないとね。


 手伝ってもらいながらメイド服を着終わると、たっくんが試着室の外から声をかけてきた。


「店員さん、可愛い髪飾り売ってるんだね。

 これ、マーちゃんにつけてあげてよ」


 試着室の布の切れ間から、たっくんがニュッと手を出して店員さんに髪飾りを渡していた。


「赤い薔薇の髪飾りですか」


 店員さんはたっくんから受け取った赤い薔薇の髪飾りをあたしに渡し、椅子に座るよう促した。


「銀色の髪にも褐色の肌にも合うと思いますよ。

 じゃ、マーちゃん屈んでください」


「こんな可愛い髪飾り、あたしに似合わないよ。

 あと、店員さんいつの間にかマーちゃんって呼んでるね」


 店員さんは口元を隠して笑っていた。


「あら、いけませんでしたか?」


「いけなくはないよ。

 ただね、髪飾りなんかもらってもつけるのが面倒だ。

 ……あたしには似合わないよ」


 あたしが店員さんに髪飾りを返そうとしていると、試着室の外からたっくんが話しかけてきた。


「絶対似合うから!

 ね、マーちゃん騙されたと思ってつけてみてよ。

 きっと可愛いよ」


 ……あたしは可愛いなんて言われたことはなかったんだ。

 眉も目もつり上がっていて、よく初対面の人には怖がられてきた。


「……きっと似合わないよ」


 あたしは渡された赤い薔薇の飾りを見て、小さな頃に見たニンゲンのお姫様を思い出した。

 家来を大勢引き連れたそのお姫様は裾の広がった豪華なドレスに身を包み、赤い薔薇の花飾りをつけて、何一つ辛いことを知らないような笑顔を浮かべていたんだ。

 

「ねえ、マーちゃん。

 嫌なら無理しなくていいからね。

 でも、ボクは可愛いと思うよ」

 

 たっくんは落ち着いた声を出してあたしに話しかけていた。

 ……何だってあたしはあんな小さな子に気を使わせてるんだろうね。


「たっくん、あたし髪飾りつけるよ。

 似合わなくても知らないからね」


「ふふ。

 では、少し髪も編み込みましょうか」


 あたしは店員さんに髪飾りを渡し、椅子に座って店員さんのされるがままにする。


 店員さんは慣れた手つきであたしの銀色の髪に櫛を通した後、丁寧に髪を整えていく。


 作業台からガラスの小瓶を取り出して蓋を開けると、辺りにはふわりと甘い香りが広がった。

 華やかな香りの香油だけど、何の香りなのかな。


「いい香りだね」


「髪に艶を出すローズのオイルです。

 甘い香りはマーちゃんの銀色の長い髪にぴったりだと思いますよ」


 店員さんは髪に香油を塗るため顔をあたしに近づけると、目を見開いて驚いていた。


「あら、化粧もしてないんですね」


「化粧なんて生まれてこのかた、したことないよ」


 周りの子達は年頃になったら色気づいて、おしろいやべにをつけ出したけど、あたしはそんな暇があったら剣を振っていたからね。


 ……魔王の娘だったあたしは、強くなくちゃいけなかったから。


「ふふ、すっぴんでも綺麗な肌と美しい目鼻立ちをしてるんですね。

 マーちゃんは美しい顔をしてますから、余計な飾りは要らないかもしれないけど……紅は唇の色を 変えるだけじゃなく、潤いをキープしてくれますからね」


 店員さんは髪を編み込み終わると、作業台へ行き、引き出しから銀製の小さな丸い小箱を取り出した。

 店員さんはその銀の小箱の蓋を開け、エプロンから小さな筆を取り出した。


「今は春ですからね、春らしい色の紅です。

 マーちゃんに似合うと思いますよ」


 店員さんは蓋を開けた小箱に筆先を挿し込み、その筆であたしの唇に桃色の紅を塗っていくようだ。

 力任せじゃなくふわりと唇に紅を乗せていくから、あたしはちょっとこそばゆくなった。


「ちょっと笑いそうになるね」


「少しだけ我慢してくださいね」


 鼻唄を歌いながら店員さんは筆を動かし続けた。


「楽しそうだね」 


「美しくなってくのを見るのは好きですよ。

 私はもう桃色の紅なんか自分ではつけませんから余計に嬉しいですよ。

 マーちゃんはちょうど旦那さんを探し始めるくらいの年でしょう?」


「うん、お姉さんの少し下くらいかな」


 あたしは魔族だから人間とは時の流れが違うけど、人間の年だと18くらいに見えるようだ。

 店員さんは20代後半くらいかな。落ち着いた化粧だけど、とても品のある魅力を持った人だよ。


 ピタッと鼻唄をやめ、店員さんははみ出た部分を白い布で丁寧に抑えていく。


「はい、できました。

 髪飾りをつけて……完成ですね。

 でも、ここまでしてるんですからイヤリングもしましょうか」


 宝石のついた大きな銀色の輪っかを作業台の引き出しから取り出して店員さんはあたしの耳につけた。


「さて、できましたよ。

 マーちゃん、こちらへどうぞ。

 全身鏡がありますから」


 あたしは店員さんに連れられて鏡の前に立った。


 鏡の前にはもちろん、あたしが映っている。

 あたしは背が高くてどうしても威圧的な印象を与えてしまうんだけど、鏡に写ったあたしはとても可愛らしく仕上がっていた。

 銀色の髪を緩く編み込んであるポニーテールは高い位置にあって少女らしい可愛らしさを演出していた。

 髪をまとめる部分にはたっくんが渡してくれた赤い髪飾り。

 黒を基調としたメイド服はあたしの大きな金色の瞳と、褐色の肌に意外ととしっくり来ていた。

 それに春らしい桃色の口紅がこんなにあたしの肌と合うなんて思わなかった。

 口紅はあたしに明るい色気を付け足してくれていた。


「とても可愛らしいですよ、マーちゃん」


「ありがとう、お姉さん」

 

 あたしは店員さんに頭を下げた。


「ふふ、礼ならたっくんに言ってくださいね」

 たっくん、マーちゃん着替え終わりましたよ。

 入ってください」


 店員さんが布をめくってたっくんを呼び込んだ。

 たっくんは試着室に入るとあたしを見て満面の笑みを浮かべていた。


「うん。

 メイド服すごく似合ってる。

 可愛いよ、マーちゃん。

 マーちゃんには赤い髪飾りが似合うと思ったんだ」


「髪飾りなんかつけたことないんだけど、似合ってるなら嬉しいよ」


 たっくんは全く照れもせずあたしを可愛いと言って褒めるもんだから、あたしが恥ずかしくなってしまうよ。


「髪も整えてもらってるね。

 あ、香油も塗ってもらったんだね。

 マーちゃんからいい香りがする」


 たっくんは深く息を吸い込んだ。


「ねえ、マーちゃん。

 ポニーテール触ってもいい?」


「いいけど、どうして?」


「可愛いから」


 可愛いから触るってあたしはペットじゃないんだけどな。

 でも、あたしは今気分がいいからね。


「しゃがんでマーちゃん」


 そうか、あたしがしゃがまないとたっくんの手には届かないのか。


「……あたしは犬じゃないから髪を触られてもなついたりしないよ」


 あたしはしゃがんでたっくんと目線を合わせた。

 たっくんは嬉しそうにポニーテールを撫でていた。


「ふふ、マーちゃんの髪は銀色で綺麗だよね。

 触ってみたかったんだ。

 髪型も可愛いよ」


「あたし、自分じゃこの髪型出来ないんだけどね」


 後ろでも結ぶだけじゃなく、編み込んであるから正直どうやってセットするのかあたしにはわからないんだ。


「じゃあ、お姉さんに教えてもらいにまた来ようね」


「はい、またおいでくださいね」


 店員さんはニッコリと微笑んでくれた。

 笑顔の素敵な可愛らしい人だ。


 あたしはお洒落なんてしたことないんだけど、こんな風に笑える人になれるなら、お洒落してみてもいいかな。

 あたしは立ち上がって店員さんに話しかけた。


「ねえ、名前教えてよ」


「はい、マーちゃん。

 私はシャロンと言います」


 シャロンがあたしに差し出した右手をぎゅっと握った。


「よろしくね、シャロン。

 また、髪を結うのを教えてもらいに来るよ」


「はい、マーちゃん。

 いつでも来てくださいね。

 手を握ったからこれで友達ですね」


 シャロンは両手であたしの手を握り返してきた。


「……うん」


 友達か……

 魔王の娘のあたしには友達なんていなかった。

 家来はいっぱいいたんだけどね。


 ずっと握っているのが恥ずかしくてあたしは手を引っ込めた。


「あ、そうでした」


 シャロンはあたしのイヤリングを指差してたっくんに笑顔で話しかけた。


「たっくん、マーちゃんにこの銀色のイヤリング似合うと思いません?」


「うん、マーちゃんに似合ってて可愛いと思うよ」


 たっくんは嬉しそうに答えた。


「後ですね、このローズオイルも今なら格安ですよ」


「おばちゃん、商売上手だね」


 たっくんは笑ってあたしのドレスの袖を引いた。


「ボクはイヤリングもローズオイルもマーちゃんに似合うと思う。

 どうする? 欲しい?」


 たっくんはあたしを見上げている。

 奴隷のあたしだから、新しい服を買ってくれただけでも十分さ。


「いや、あたしはいいよ。

 たっくんは新しい服も髪飾りもあたしに買ってくれた。

 それ以上は必要ないよ。

 お姫様になったような気分を味合わせてもらったしね」


 あたしがそう答えるとたっくんは少ししょんぼりしたような顔をしていた。


「そっか、マーちゃんがいらないならいいんだけどさ」


 はた目にもがっかりしているたっくんを見て、シャロンはあたしの耳に顔を近づけてひそひそ話を始めた。


「たっくん、悲しそうですよ。

 女の子におねだりされて買ってあげるのって、案外男の人は嬉しいものなんですから」


「そういうもんなの?」


 あたしは恋をしたことなんてないから、男の人と買い物したことなんてない。

 いっぱい買ってもらうと悪いなと思っただけなんだけど……たしかにたっくんは悲しそうな顔をしていた。


「あの、たっくん。

 あ、あたしに服と髪飾り買ってくれてありがとう。

 大切にする」


 あたしはたっくんに笑顔を見せた。

 あたしも可愛くなるんだねって思って嬉しかったから。

 でも、お礼を言うのって恥ずかしいね。


「うん、気に入ってくれて良かった」


「うん」

 

 あたしはじっとたっくんを見つめた。

 魔王の娘のあたしは自分で何かを欲しがったことはない。

 必要なものは既に与えられていたから。

 ……人に頼むのって、何だか勇気がいるね。


「どうしたの、黙って見つめてるけど」


 たっくんはあたしの手を握って、あたしを見上げてきた。


「何か困ってることがあるなら言ってね」


 たっくんの小さな手から体温と、あたしへの気遣いが伝わってくる。


「あのさ、このイヤリング……あたしに似合う?」


「うん、マーちゃんの銀色の髪と似合っててとっても綺麗だと思うよ!」


 短い付き合いだけど、たっくんの笑顔に嘘はないのがわかってしまった。

 でも、たっくんはあたしを誉めすぎる。

 あたしだって綺麗とか、可愛いとか何回も言われたら頬が緩んでしまうよ。


「ねえ、たっくん。

 たっくんが似合うって言ってくれたから、このイヤリングあたしも欲しくなったよ。

 大事にするから、あ、あたしに買ってくれないかな?」


 あたしは人に借りを作るのなんて嫌いだから余程のことがないと人に頼んだりしない。

 だけど、たっくんはあたしに断られて寂しそうな顔をしてるし、それに綺麗だって言ってくれたから……


「うん!

 ボク、マーちゃんが欲しいものは買ってあげたいからね!

 このイヤリングとっても似合うと思うし」


 たっくんはあたしにイヤリングを買ってあげることができて嬉しいみたいだった。

 シャロンは笑顔のたっくんを見て微笑みを浮かべていた。


「たっくん、ローズオイルもどうです?」


「もちろん買ってあげるよ。

 マーちゃんもローズの香り好きだよね」


 商魂たくましいシャロンは機嫌のいいたっくんにローズオイルも買わせようとしているようだ。


「いや、ローズオイルまで買ってもらうと贅沢だよ」


 あたしが遠慮しているとたっくんはあたしの手をひいて、しゃがむように促した。

 あたしはたっくんの望むがままにしゃがんでたっくんと目線を合わせた。

 たっくんはあたしのポニーテールを手にとってじぶんの顔に近づけていた。


「マーちゃんの髪からローズのいい香りがしてるよ」


「……あまり触ると、髪型が崩れるよ」


 私は気にしてないふりをしてすっと立ち上がった。

 髪につけたローズオイルの匂いをかがれるのは、さすがにあたしだって恥ずかしい。


「ボクはこの匂い好きだよ、マーちゃん、買っていいよね?」


「……あたしも嫌いじゃないよ」


 ――☆★


「ここがボクの家だよ」


 たっくんに手を引かれてここまで歩いて来た。


 目の前には二階建ての大きな屋敷。

 新しくはなさそうだけど煉瓦作りのしっかりした家だ。

 重そうな瓦をのせられてもびくともしていない。


 たっくんの屋敷まで購入したてのメイド服で歩いてきたけど、生地のしっかりとした良いもののようだ。

 袖や襟には可愛らしく刺繍が施してある。


「あたしはてっきり用心棒でもさせられるのかと思ってたけどね」


 あたしは袖や襟を眺めた。


「この屋敷でメイドさんをすればいいんだね」


「そうだよ、ボクのお世話をするのがマーちゃんの仕事だよ」


 たっくんは屋敷のドアノブを握った。


「あ、そうそう。

 マーちゃん、ひとつだけ約束して。

 ボクに嘘だけはつかないで欲しいんだ。

 いい?」


 そう言って、たっくんは屋敷のドアを開けた。


「どうしたの?」


「今のたっくんの質問に『わかった』っていえばこの屋敷に入れるんだよね?」


「うん……どうしたの?」


 困ったな、主人が決まればいつでも寝首を掻いてやろうと思ってたのに。


 早く自由になるためにならば、嘘でもついて早く自由になってやるってそう思ってた。

 でも、あたし……たっくんに嘘をつきたくないって思ってしまっているんだ。


 あたしは深呼吸した。


 たっくんはきっと、角を折られたあたしのこと、ダークエルフだと思ってる。

 

 魔族だなんて、ましてや魔王の娘だなんてきっと思っていないはず。


 たっくんを騙して傷つけるくらいなら、今つないだこの手を振り払われたってかまわない。


「たっくん、あたしね」


「どうしたの? マーちゃん」


 参っちゃうね、このあたしとしたことが、

 言い淀んでしまっているよ。

 

 自分の正体を明かしてたっくんに拒絶されてしまったら……

 

 それでも秘密を隠したままで、引け目を感じながら生きていくよりずっといいよね。


「あたしはダークエルフじゃないんだ、角を折られているけど……魔王の娘なんだよ」


 たっくんは眼をぱちくりさせた。


「あはは、なーんだ。

 そんなことか」


 たっくんは安心したように息を吐いた。


「マーちゃんが魔王の娘だってこと、そんなこと初めから知ってたよ」


「え……どうして……」


「秘密って誰にでもあるものだよね?」


 たっくんはドアを大きく開け、混乱するあたしの手を引いて、屋敷の中に引きずり込んだ。


「「おかえりなさいませ、タクト王子」」


 一列にならんだ召使たちが、たっくんへ挨拶をした。


「お、王子?」


「ふふ、マーちゃん。

 これからよろしくね!」


 ★☆


 ――そう、だれだって秘密を持っている。


 それを打ち明けてもなお、受け入れてくれたたっくんの元を、あたしは離れる気にはならなかった。

 仕事をイチから習っている新米メイドのあたしには毎日が新しいことの連続で、騒がしいったらありゃしない。

 

「マーちゃん、遊ぼうよ」


 階段下を掃除しているあたしを見つけ、ご主人様は嬉しそうに階段を滑り降りてきた。


「とりあえず、廊下の掃除が終わったらね」


「えー」


「仕事しないとメイド長に怒られるからね」


「じゃあ、マーちゃん。

 今日の夜も絵本読んでね」


「はいはい」


「絶対だよ!」

 

 ふう、やれやれ。

 今日の夜もたっくんのご指名を頂いてしまったようだね。


 とりあえず、メイドさんとしてお仕事頑張りますか。


 私はモップに水をつけ、元気よく廊下に滑らせた。

お読みいただきありがとうございます!


マリアベルとタクトのお話いかがだったでしょうか?

少しでも面白いと思っていただけたら嬉しいです。


感想くれたら飛び上がって喜びます。


では、またどこかで。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 優しい雰囲気のお話で最後までニコニコしながら読ませていただきました。 まーちゃんへ、ぐいぐい詰めていくたっくん。まーちゃんはもう逃げられませんね。 きっとどんな障害も乗り越えていってくれそ…
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