9.基本的に、ズルいんですよ
「……いくらでも、叶えよう。好きなだけ、与えよう。マリー。君がもう要らないと、もう充分だと言い続けても」
「……ッ」
思わず言葉に詰まってしまった私を、お師匠様はそっと抱き起こし右手で抱えると、自分の膝にゆっくりと下ろした。
そのまま、ゆっくりと私の頭を撫ぜる。
「ドレスが欲しい?先ほども言ったが、明日には商人を呼ぼう。それでも気に入ったものがなければ、街に出よう。オーダーメイドで好きなだけ仕立てるといい」
きっと気にいるものがあるとお師匠様は言う。
「宝石が欲しいのなら、宝石商を呼ぼう。それとも、私が自ら魔石でも取ってきてやろうか?世界で一番大きい物を用意してやろう」
君の手では抱えきれないだろうとお師匠様は言う。
「人形が欲しいと言ったか?今から行く屋敷には沢山の人形がある。大きいものから小さいものまで。それでも気に食わなければまた新しいものを一緒に探しに行こう」
君よりもひとまわりもふたまわりも大きい人形があるとお師匠様は言う。
「ああ、そうそう。書物だったな。君が好みそうな物も、君が好んでいた物も。もしかしたら趣味が変わってしまっているかもしれないが、沢山ある。まだ足りないと言うのなら、世界中から様々な本を取り寄せよう。そうなってしまってはもはや屋敷には入りきらないな。図書室の拡張でもするか」
必ずや君の満足のいくまで集めてみせようとお師匠様は言う。
「それに、出かけたいんだったか。勿論、好きな時に、好きなだけ、好きな場所に行こう。あぁ、連れて行きたい場所が沢山あるんだ。それに…」
「…ょ」
「どうした、マリー」
「………ぃ……ょ」
「ん?」
「ずるいです!ずるです!ズルいんですよ!」
ぱちぱちと白銀に覆われたアメジストの瞳が瞬かれる。
「ふむ、何がずるいんだ?」
きょとりとした表情のお師匠様に、私はもう、それはそれは怒っていた。とても身勝手な理由で怒りを抱いていた。
どうして、私に対して怒りをぶつけないのかという。
「だって、だって!怒ったっていいのに!お前が全部悪いんだって!今更、どの面下げて生きてるんだって!裏切ったのに!裏切ったのは私なのに!」
「…マリー」
「なんで!なんで、そんな…そんな、お師匠様が悪いみたいな、申し訳なさそうな顔するんですか!」
「マリー」
「優しくなんてしないで!」
「マリー」
「幸せになってよ!私抜きで!」
「マリー!」
ボロボロと際限なく溢れる涙が、私の目元を優しく拭うお師匠様のシャツの袖を濡らす。
それから暫くして、どこから話すべきだろうか、というつぶやきと共に、滅多に動揺を見せないお師匠様が、珍しく視線をウロウロと彷徨わせた。
そして数分後、短く息を吐いたお師匠様が、まだ涙の止まらない私をあやすように、ゆっくりと語り出した。見上げると、お師匠様の瞳に、暗い影が過ぎり、私を支える手に僅かに力が籠った。
「マリー…聞け。あの後、そう、君が死んだ後だ。その時の話をしよう。先ず、アレクセイは君を刺した後、残っていた魔力を使って、王城にいた私とアリアの下に転移してきたんだ」
転移。転移魔法。長距離を一瞬で移動できる術。お師匠様は簡単に転移魔法を使用するが、それは莫大な魔力があるからこそ出来ることだ。確かにアレクセイは魔力量が多かった。けれど。
(けれど、けれど…当時、私を刺した時のアレクセイ殿下は、かなり魔力を消費していたはず)
「…君の想像通り。アレクセイは、限界まで魔力を使い、血反吐を吐きながら、アリアに乞うたんだ。『どうか頼む、シャルを、私の幼馴染を救ってやってくれ』と」
し、シリアス入りまーす!




