6.大賢者様と呼ばせてください…
そのまま暫く暴れ続けた私は、せっかく回復していた体力を殆ど使い切ってしまい、くたりとオズワルドの首筋に頭を預ける事になっていた。
「疲れたのならもう一眠りするといい。部屋までは少し遠いからな。よくもまあその小さな体でここまで走って来たものだ」
私を軽々と抱えたまま歩くオズワルドを力の限り嘘つきと罵ってやりたい。貴方、瞬間移動できただろう。しかも軍を丸ごと移動させられるほどの技術と膨大な魔力。小娘一人と自分を同じ城内に運ぶのなんて息をするようにこなせる筈だ。
(私が貴方のことを何も知らない小娘だと演じ切ると確信してるのでしょうね…その通りなのが悔しいところだけれど)
少しでも早く降ろして貰えるように、意趣返しの意味も込めて肩に顎をグリグリと押しつけてやる。
「ふふ、こら、くすぐったい。やめないかマリー」
ちょうど目の前を通り過ぎていった騎士の男性がこちらを二度見していく。
「おーろーしーてーくーだーさーいー」
「いやだ」
駄目とか断るならまだしも、いやだと来るとは。何歳児だ貴方。少なくとも三百歳児は超えているだろう。世のお爺さまお婆さまに失礼なくらいの歳のくせして。ご長寿さんとかの次元じゃない。
「そもそも老朽化で改装を繰り返したから、城内が以前よりも入り組んでいるから絶対に迷うぞ」
「なんで迷子になる前提なんですか。誰かに道を尋ねますし。私はお父様のところに帰るんです」
「誰かに道を尋ねるくらいならこのまま私に運ばれていればいいだろう?」
さすがに貴方と一緒にいたくないと言うわけにもいかず、ぐっと黙り込んでしまう。
それを了承と受け取ったのか、オズワルドはことさらゆっくりと歩みを進める。
(というか、こ、怖すぎる)
私が誰かに道を尋ねると言った瞬間、ほんの一瞬だが瞳の奥が暗く澱んだ気がした。もう三百年もたった今では彼の地雷がいまいち分からない。僅かに漏れ出た彼の魔力がとても怖かった。
そのままうとうとしていたらいつの間にか屋外から城の中の移動していた。先程の訓練所を通り過ぎた記憶がないのでそのまま直で建物の中に入ったのだろう。もう既に両親は城のどこかの部屋にいるようだ。
さてはオズワルド、先に両親と話し合ってからゆっくり私を追いかけて来たのか。それで追いつくのはどうなのだろうか。
「随分と短い眠りだったな。ほら、もう少しで着くぞ」
「…ありがとうございます。ここまでで十分です。降ろして下さい」
「いやいや、部屋まであと少しだから、大人しくしてなさい」
「お気になさらず!」
というか重いでしょうという私の言葉にオズワルドは笑顔で返してから、目の前の扉をゆっくりと開けた。
オズワルドに抱き上げられている私に真っ先に駆け寄って来たのはお父様だった。
「マリー!よかった。急に走り出したりなんてするから、みんな心配していたのだぞ」
「申し訳ありません、お父様。ちょっと…気分が悪くなったので…」
「しばらく休んでマリーは元気になったようだ。安心するといい、サルファス伯爵」
にっこりと笑顔を浮かべるオズワルド。しかし、お父様はオズワルドが発した愛称に気を取られたようだ。
「マリー…ですか」
「あぁ、彼女の愛称だろう?…ところで…」
表情を僅かに引き締めたオズワルドが、するりと私を地面に下ろす。そのまま、お父様に何かを耳打ちして、部屋から二人で出て行く。
(ああああ…素晴らしい。床、すばらしい…)
しかし、そんな二人を尻目に、私は久方ぶりの床に感動していた。
ヨロヨロと生まれたての子鹿のような足取りで、お母様とジョエルの元に駆けていく。
「お姉さま!」
キラキラとした瞳を向けてくるジョエルのなんと可愛らしいことか。
パタパタと駆け寄ってきたジョエルに抱き着く。
「ううう~。ジョエル~私の癒し~」
「あらあら、マリーったら。そんな顔してどうしたの。憧れの大賢者様に会えたのでしょう?」
「お姉さまだけずるいですよ!僕も抱っこしてもらいたかった!」
ニコニコとした純粋な笑顔がまぶしい。
(私は楽しくてあそこにいたわけでは無いんです!ジョエルにお母様!)
そのまま二人と談笑しながらお菓子を頬張っていると、しばらくしてからお父様とオズワルドが連れ立って帰ってきた。
「そちらがジョエル君であっているかな。サルファス伯爵夫人」
「ええ、そうですの。この子ったら、憧れの大賢者様に会えるかもしれないといって馬車の中でずっと大はしゃぎしていたのですよ」
「おや、それは嬉しいな。初めまして、オズワルド・マクエルという。」
お母様と話していたオズワルドはジョエルの前にゆっくりとかがむと、にっこりと笑顔を浮かべた。それを見たジョエルが舞い上がる。
「は、は初めましてッ!ジョエル・サルファスといいます!大賢者様!あっ、お会いできて光栄です!」
「そんなにかしこまらなくていい。ただ単に魔力量が多すぎて寿命があほみたいに伸びてしまった死にぞこないだからな」
確かに魔力量が多ければ多いほど歳はとりにくくなる。が、オズワルドに関しては前世で初めて会った時と見た目に全く変化がない。
そもそも当時よりもありえない程に魔力量が増えている。本来ならばある一定の魔力量になれば段々と魔力量が減ってきてそれと共に肉体も衰えてくるはずなのだが、この様子を見ると、まだ魔力量の減少は来ていないのだろう。一体、何歳生きるつもりなのだろうか。
「そうそう、マリー。喜ぶといい。なんとお前の魔法の才能を見た大賢者様が、魔力をコントロールするために師事をしてくださることになったぞ!」
「え」
「いいなあ~!お姉さま!」
「あら。良かったわねぇ!」
「ええええええ!?」
呆然としていると、視界の端に満面の笑みのオズワルドがこちらを見ているのがうつった。思わずギッとオズワルドを力の限りに睨みつける。
ニコニコニコ。
ギリギリギリ。
ニコニコニコニコ。
ギリギリギリギリッ。
「…わ、私の意見はッ」
「マリー。大きすぎる魔力は、時に周りだけではなく自分まで傷つけることになる。マリーにそんな悲しい思いをしてほしくないんだよ。お父様たちは」
悲しそうな表情をしたお父様に、なだめるように肩を撫でられる。
魔力のコントロールならば前世で習得したので問題は無いと言いたいが、そんなことを両親に言えるはずも無く。
「だ、大賢者様!」
「お師匠様」
「お、お師匠様、は、こんな弟子嫌で」
「よろしく。私の愛弟子」
「…私の意見は」
「無いぞ」
これ以上近づくわけにはいかないのに!!
遅れました!すみません!