4.そろそろ喉が枯れそうです。
そんなこんなで王城なう。
今まで乗っていた馬車から降りて、今は持ち物の検査を受けている。
しかも、いるのだ。数十メートル先に。今のところ私の人生最大の難関であるオズワルドが。お師匠様が。今は訓練場から漏れ出るオズワルド特有の濃い魔力を肌でビンビン感じている状態だ。
(なんでぇぇ、なんでなのぉぉ~)
もう何でもいいからこの場から早く立ち去りたい。腹を括ったつもりでいた一時間前の自分を殴ってでも止めたい。私は現在進行形で胃を殴られているが。
「おや、ダミアン様。今日はご家族全員でいらっしゃったのですか」
「ああ、可愛いわが子たちだ。ほら、二人とも、挨拶しなさい」
そんな私の心はオールスルー。門にいた騎士と立ち話を始めたお父様は王城でも人気があるようだ。いいお父様を持ってよかった。そして私の胃の調子も気にかけてくれればもっといい。立ち話もいいけれど、よりによってこんなところでしないで頂きたい。オズワルドが近くにいるこんな場所で。
でもわたくしいい子だから反射でカーテシーと笑顔を振りまいちゃう。
「ごきげんよう、騎士様」
「初めまして、騎士様!」
騎士に憧れているジョエルは本物の騎士に会えて大興奮のもよう。私は壁一枚隔てた向こう側にいるオズワルドに内心怯えていますけれどもね。
「そうそう、今はオズワルド様が横の訓練場にいらっしゃいますよ。良ければ覗かれて行かれますか?どんな子供でも、あのお方には一度は憧れるでしょう。とても目麗しい方なので、もしかしたらご息女の心を射止めてしまうやもしれませんが」
「そうか、それは丁度いい。ふむ、確かにこの大陸内であの方に憧れない子供はいないだろう。しかし、わが娘と息子はもう既に大賢者様のファンでな。実は今日もこの子たちが一目でも大賢者様に会えればと連れてきたのだよ」
ええもう、そりゃあそうでしょうとも。とても綺麗でしょう。あの人。でもね、いざ戦闘に入るととても凶悪な愉悦顔をなさるんです。魔法を使っているお師匠様はキラキラ輝いてとっても綺麗ですけれど。ええ。かっこいいので見たいけれど会いたくない。
「って、え?おししょ…じゃない。大賢者様に会うんですか!?」
「うん!楽しみだね!お姉さま!」
ニコニコニコ。天使のような笑顔を振りまきながら、真っ青な私の手を引っ張て行くジョエル。それを仲がいいと思ってほほえましそうに眺める両親。確かに仲は良いけれどぉぉ!
(やめてジョエルぅ!)
周りとの温度差でそろそろ風邪をひきそうだ。
しかし、時に現実は悪夢よりも残酷で。もう目の前には訓練場を覗く人だかりが。
というか。
(え!?訓練場なのよね、ここ?なんでオペラ座や劇団の楽屋並みに人だかりが…)
しかもほとんどが夜会かというほどに着飾ったご令嬢ばかり。いろいろな香水の匂いが混ざってすごいことになっている。
「ふふふ、ここは相変わらずねえ」
ぱちくりと目を瞬かせる私とジョエルを眺めながらも、お母様とお父様が苦笑を漏らす。
「ああ、相変わらず人気者だな、大賢者様は」
どうやらここにいるのは殆どがオズワルドの心を射止めんとするご令嬢か、お師匠様に弟子入りを望む殿方のようだ。
(前世と変わらず…というか、前世よりも酷くなってないかしら、これ)
前世でも圧倒的な魔法の腕と美貌のせいで男女共に絶大な人気があったオズワルドのそれは、時がたち衰えるどころか更に上がっているようだ。止まる事を知らない賢者ぱわー。
しかしお父様が訓練場に入ろうとすると、ザッと人混みが割れた。すごい、お父様。伯爵ってそんなに高い地位では無かったはずだけれど…
でも待って、それって…
あれだけごった返していた人混みが一気に割れるということは。つまり、その中心にいる私達家族が必然的に目立つという事で…勿論それには私も含まれていて。
何かに気が付いたように、くるりと白銀の髪を持つ長身の男が振り返った。
目が合って、アメジストが大きく見開かれる。
「…マリー…?」
やっぱりバレたあぁぁぁ
基本的に前世からばりばりのお嬢様なので、外行きの顔は完璧なマリー。