3.固い決意
私がくよくよと考えているうちに、アリアは私の髪の毛を結ってくれていた。私と同い年の十二歳であるにもかかわらず大変器用でうらやましい。魔法や錬金術、調合については問題ないのだが、髪結いなどになると私の指先はどうもポンコツになるようだ。今まで魔法で何でも解決してきたのがよくなかった。
なぜかいつも以上に丁寧に身なりを整えた後、アリアを連れて食堂に行くと、もう既にみんなが揃っていた。小さい体でできる精一杯のカーテシーを披露する。
「おはようございます、お父様、お母様、ジョエル」
「おはよう、マリー」
真っ先に反応したのは柔和な微笑みをたたえたお母様ことレティシア・サルファスだ。栗色の髪にエメラルドの瞳。私の瞳はお母様譲り。
「ああ、おはよう、マリー」
次に反応してくれたのはお父様であるダミアン・サルファス。少し冷たい印象を受ける風貌に、ハニーブロンドの髪とサファイアのような瞳。私の顔立ちや髪の色はお父様譲りだ。
「おはようございます、お姉さま!」
最後に元気に挨拶を返してくれたのは私の天使であるジョエル。ふわふわのハニーブロンドの髪に、エメラルドのぱっちりした瞳。顔立ちはお母様に似ている。
この子と同じ色彩で生まれた私は幸運。お母様に感謝しなければ。
先に席についていた三人に続き、壁際に控えていた何人かの使用人たちもそれぞれ挨拶を返してくれる。
今からは私の毎日の楽しみである朝食の時間だ。お父様は普段から王宮に勤めているので、私が朝起きるよりも早く仕事に出てしまうこともあるし、仕事が忙しく屋敷に帰ってこれない時もあるけれど、どうにか時間を作ってこうやって朝食を一緒に摂ってくれたりする。一度も家族と食事をとることのなかった前世とは大違いだ。
朝食を食べながら、穏やかに談笑する。
「そうそう、今日はレティシアも王妃様に招待されていることだし、みんなで城に行こうと思っているんだ。王妃様もお前たちと会いたいと仰っていたよ」
お父様がデザートのメロンを食べ始めた私たちに向かって今日の行き先を笑顔で告げた。
「王城に…ですか?」
ジョエルは城に行くと聞いて、とてもうれしそうに笑っているが、私はそうは言ってはいられない。というか、そのために朝の用意に時間をかけたのか、アリア。
教えてくれても良かったのにと思ったが、そうしたらお嬢様逃げるでしょうと言わんばかりのアリアの笑顔が浮かんだので、取り敢えず謝っておいた。ごめんなさい、逃げます。
「あら、マリーはあまり気乗りしない?でも、王城に行ったらあなたの大好きな大賢者様にお会いできるかもしれないわよ?」
そう、そこが問題なのよ、お母様。
そもそもあのお師匠様、ご長寿にもほどがある。
確かに前世でも、三十に近いのにずいぶんと若作りな人だとは思っていたのだが…まさか二十代で年齢が止まっているなどと誰が思うのだろうか。本人も自身の見た目にはとことん無頓着だったので、自覚がなかったのだろうが。あれから三百年ほど経った今でも当時と見た目は変わらないそうだ。長生きはいいことだが限度というものがある。
流石にアレクセイの治世が終わるころには魔法師団長を辞退したそうだが、そのあとも城の魔法使いや騎士たちの育成に精を出しているようで、今でも国中で愛されている魔法使い筆頭だ。
この国が周辺国に潰されずにここまでの長い歴史を刻めたのもオズワルドの存在あってこそだろう。
存在だけで他国に牽制になるお師匠様。恐ろしすぎる。
(でも…お師匠様はもともと地位や住む場所なんかにとらわれずに自由に過ごすのが好きな人だったはずだけれど…どこかで気が変わったのかしら。そもそも魔法師団長なんて、当時放浪中にたまたま助けた国王様に泣きつかれて仕方なく就いただけだって言っていたしね)
そう考えるとますます不思議だ。
しかし王城に行くとなると、門のところで検問がある。しかも騎士団の訓練場の近くで。これが嫌で今まで王城に行きたくなかったのだ。
オズワルドはよく騎士団の訓練場に顔を見せているそうなので、もしかしたら顔を合わせることになるかもしれないからだ。
もしも会ったりしても全力で逃げ切るが、最悪の場合、私が『シャルルマリー』であることに気が付くかもしれない。常人ならば転生なんて考えつきもしないだろうが、そこは大賢者様。可能性はある。というか可能性しかない。
(今世こそは迷惑をかけられない…だから、逃げ切るッッ!!)
今までは仮病や怪我などを言い訳に登城から逃げまわっていたが、ここまでが限界だ。この日のために逃げ切るための体力作りなどに精を出したのだから。絶対に逃げ切って見せる。
そもそも前世で死ぬ前に僅かに聞こえたオズワルドの声が恐ろしすぎる。声はどこかノイズが入っているようで判別しずらかったのだが、あれは確実にオズワルドのものだった。
(だって、前世ではみんな『シャル』っていう愛称を使って、『マリー』だなんて呼ぶのはお師匠様だけだったのに…!もしかして死ぬ前にこっそり魔法で忍ばした遺書で何か地雷を踏んだのかもしれないし…!五枚も書き直したのに、どこか間違えたのかもしれない)
怒るととても怖いのよねえ、あの人。と最後の一切れになったメロンをつつきながら過去に思いを馳せる。
最後の抵抗にゆっくりとメロンをつついていたら、ジュリアに横から奪われた。おのれジュリア。食べ物の恨みは恐ろしいのだぞ。
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