11.溶解
「…とまぁ、そんな事もあり、その後暫く結界内に引き篭もったわけだが。そのままマリーの遺体は私が引き取り、丁度その場所…つまり、今ジョエルがいるであろう中庭に埋葬した。そしてその上にマリーゴールドの花を植え、私が育てた…と」
何処から突っ込めばいいのか分からず、涙の止まった瞳をお師匠様に向け、呆然と見つめてしまう。とりあえず、私の死体の上に咲いたマリーゴールドをジョエルは今喜んで眺めているわけだ。それだけは分かった。
「そして、あー、恐らくだが、今のマリーの魔力量についても、心当たりがあるような、無いような…」
「?」
「その、マリーを失ったあと、暫く私は君の体の中に自分の魔力を意味もなく込め続けたんだ。丁度、当時の2倍ほど」
生き返るはずなどないと理解していながらな。と苦笑を浮かべながらお師匠様が呟く姿に、いつの間にか握りしめていたお師匠様のローブを更に強く握り込んだ。
「つまり、前世でのマリーの身体…シャルルマリーに私の魔力を込め続けたがゆえに、その時まだ身体に残っていた魂の残滓に私の魔力が定着してしまったのかも知れない。歴史を遡ると、前世の記憶を持ったまま生まれ変わる者は少なくはあるが確かに居たという記録が残っていた。そして共通して、前世の魔力量と同じ量を生まれた時から有しているらしい。この結果から、魂の記憶保持による魔力保持量の原理が確定したが…」
「…私が生まれ変わった時に、自分の魔力とお師匠様が込めた魔力を引き継いで来てしまった…と」
そのとおり、と頷きながらお師匠様は私の頭を撫ぜる。柔らかく、そっとガラス細工に触れるようなこの撫で方が、私は昔から好きだった。
「…すまないな。生前、散々守ってやると宣いながら、肝心な時に、私はマリーの側に居てやれなかった」
これでは師匠失格だな、とお師匠様は呟きながらソファーの背に沈み込んだ。
「…いいえ。いいえ。お師匠様は、最後まで私のお師匠様でしたよ」
(私が最後まで頑張れたのは、お師匠様という存在が居てくださったからだわ。これだけは、間違いようのない真実だもの)
「…そうか。マリーがそう言うのならばそうなのだろう。私は到底自分を許せそうにはないがな」
もう一度こちらに視線を向けたお師匠様の瞳には、過去の話を語っていた時のような陰りは無くなっていた。
それからしばらくの間、私とお師匠様はすっかり温くなってしまった紅茶をゆっくりと飲み干し、しばらく窓の外を眺めていたのだが、ふと視線を感じてお師匠様と目を合わせる。
そこには、前世でよく見た私にとって良くないことを提案するときにお師匠様がよく浮かべる笑顔があった。
「ふむ、そうだな。お師匠様にやり直す機会をくれないか、マリー」
「…?やり直す、ですか?」
お師匠様の言葉の意味がよく理解できず、思わず小首をかしげる。何かは分からないが、嫌な予感がする。
「つまりだ、マリー。もう一度私の弟子になるといい」
先ほどまでの殊勝な態度はどこへ行ったのか。にっこりと満面の笑みを浮かべたお師匠様は、さっとソファーから立ち上がると、部屋に入ってきた時と同じように私を抱えたまま歩き出した。目の前にある重厚な扉が、魔法で音もなく開く。そのままどこかへと廊下を進みだした。
「お断りします!」
「そう意地になることもないだろうに」
「駄目です!お断りさせていただきます!」
ジタバタと手足を動かし抵抗しながら声を上げる。多少、いや大分、淑女としてはよろしくない行動ではあるが、致し方なし。私は今世ではお師匠様の弟子になる気は無いのだ。話を聞く前と違って九割が意地になっていることは否定しきれないところではあるが、ここまで来てしまっては押し通すのみである。
「いーやーだー!」
「ほらほら、そう暴れるな」
「おーこーとーわー-りーでーすー!」
「落としてしまうぞ」
どうぞ落としてください!受け身くらいとれますので!なんなら魔法を使って体を浮かすくらいならできますので!
「まあ、この私がマリーを落とすなど、天地が逆さになってもありえないがな」
「おーろーしーてー!」
私の今世の目標は、お師匠様につかまらないようにすることです。




