1.とある悪役令嬢の話。
「貴方なんか大っ嫌いです。恨んですらいます。顔なんて見たくもない」
これが、私の最初の許されざる罪。
誰よりも憧れていて、誰よりも尊敬していて、誰よりも愛していた貴方に私が吐いた、一つ目の呪い。
当時の私――シャルルマリーは、侯爵家の令嬢として生を受けた。
しかし、もともと病弱であったシャルルマリーの母は、シャルルマリーを産んでしばらくしてからこの世を去った。そしてこのことに対し大変心を痛めたのがシャルルマリーの父であった。政略結婚にもかかわらずとても仲の良かった二人だったが、しかし父はその愛情を実の娘には与えることができなかったようだった。
暴力をふるったりなど、虐待などはしなかったが、基本的にシャルルマリーのことには無関心で産まれてから死ぬまで、シャルルマリーは一度も父と食事を共にすることはなかった。シャルルマリーも、幼いころは父親に褒められたいがためにいろいろと努力したが、いつからかそれも無意味だと悟り、お互いに必要以上に干渉することはなかった。
そんなシャルルマリーに手を差し伸べてくれたのが、のちにシャルルマリーが誰よりも敬愛するようになるお師匠様――オズワルド・マクエルだった。
生まれつき魔力保持量が人一倍多かったシャルルマリーは、魔力の扱いに慣れるために当時二十三歳という若さで魔法師団長にまで上り詰めたオズワルドに魔力操作を教わる流れに自然となった。
それからオズワルドに師事してもらうこと二年。最初はおずおずとした雰囲気で接していたが、暫くするとシャルルマリーはオズワルドに大変懐き、いつの間にか『お師匠様』とオズワルドを慕う様になっていた。
また、オズワルドの弟子とは扱われていなかったが、時どきオズワルドとの授業の時間に顔を見せていた、第二王子のアレクセイ・フレビューと仲良くなり、いつのまにか自然と婚約者にと決まっていた。
しかし、異変が起きたのはそれから四年後。とある事故で魔力暴走を起こしてしまったシャルルマリーは、いわゆる前世の記憶を思い出した。正確には記録を。
『日本』という場所で『乙女ゲーム』という物で遊んでいる『女子高生』のシャルルマリー。しかし、その情景はどこか遠く、特に何かを感じることはない。知らないものに対する興味はあれど、何かを目の前にしても、体は感情を表し動くにも関わらず、シャルルマリー自身はそれを感じることはない。
やはり記憶というよりか、記録の方が正しいだろう。ガラス越しに、誰かを見ている様な気分だった。
その『乙女ゲーム』では、シャルルマリーは主人公の敵である『悪役令嬢』として出てきていた。しかも、シャルルマリーは周りの人をことごとく巻き込み、最悪の場合、殺人まで起こしてみせる。
シャルルマリーもただの夢だと思っていた。あの日、あの事件が起きるまでは。
アレクセイに付き添って、お忍びで城下町におりた時。どこかみたことのある風景だと思っていた。そしてしばらくして、シャルルマリーとアレクセイは誘拐された。
その時感じていた既視感は、どうやら『乙女ゲーム』の『ストーリー』で見たからだった。もしかしたら同じ事が起きているのかもしれない。そう思ったのも、その日がきっかけだった。
それから一年後、やはり『ストーリー』通りに、アレクセイは『ヒロイン』のアリア・スチュワードと出会った。
『ゲーム』は予知だった。つまり、このままいれば、やはり『ストーリー』通りにシャルルマリーも周りの人達を傷つけるという事だ。
父親にはもちろん、オズワルドに言うのも憚れる。そもそも信じて貰えるか。だがしかし、無視するには難しい。なにせ、これがもし本当ならば下手をすれば人命に関わるのだから。
だから、シャルルマリーは決意した。
十四歳になってから入学する学園で、『悪役令嬢』を演じ切ると。
本当はとても嫌だった。『悪役令嬢』を演じるということは、今シャルルマリーの周りにいる人を、少なからずとも傷付けるから。
シャルルマリーはアリアのことも好きだった。いつも笑顔を振り撒き、幸せにする。シャルルマリーと違って周りから愛される、そんな愛らしい少女だった。だから、彼女を傷付けることはしたくなかった。
色々な事をした。先ず、父に嫌われる為に、沢山のわがままを言った。高価なものを沢山買って、困らせた。買ったものはこっそり孤児院に回したりした。
アレクセイに嫌われるために、婚約者という立場を言い訳に、傲慢な態度を取り続けた。
そして、お師匠様に、大きな嘘をついた。もう、取り返しのつかないところまで来ていた。王城ですれ違っても無視したし、辛くも当たった。
本心じゃなかった。お師匠様の傷ついた表情を見るたびに、そう叫びたかった。けれど、みんなを傷つけたくはなかった。
アリアとアリアに気があるアレクセイやその友人に嫌われるために、彼らの前でアリアを学園の階段から突き落とした様に演技をした。階段に向かって突き飛ばし、でも、怪我をしない様に風魔法と結界を張って。右足首をひどく怪我した様に幻術を使った。風魔法も結界も、幻術だって誰にも気づかれない。それくらいには魔法の腕があった。一瞬見ただけで判別できるのはそれこそお師匠様くらいだった。
その事件がキッカケになった。後はトントン拍子で婚約破棄が決まり、強力な光魔法使いであり聖女であるアリアに危害を加えた事で私は国外追放となった。アリアは自分は怪我をしていないと、最後までシャルルマリーを庇おうとした。やっぱり優しい少女だった。
でも、これじゃあ足りない。そう思った。だから、全力で抵抗した。持てる魔力をほとんど全部使った。
そして、嘆きの丘まで来てしまった。
後ろは断崖絶壁で、前にはアレクセイ率いる騎士たち。
崖の下に落ちるか、アレクセイに剣で切られるか。
答えは簡単だった。崖から落ちても、もしかしたら即死は出来ないかもしれない。だったら、アレクセイに心臓を刺されるしかない。強引に、魔法で誘導した。
怒りに染まっていたアレクセイからは、呆然とした雰囲気が伝わってきた。周りの取り巻きたちは気づいていなかった。
『な、んで…』
『…ふふ…貴方達みんな、大好き、よ。呪って、やる!』
傷口から溢れ出る血と魔力を振り絞って、最後に祝福を施した。
どうか私の大好きな人達の行先に、数多くの幸せがあらんことを。
これが傲慢な私からのお祝い。
そして、
『大好きです。お師匠様』
これが最後の最後、口に出してしまった、私の二つ目の、許されざる罪。
『どうしてなんだ、マリー…』
私は、愛されてはいけない。
シリアスはしばらくここだけ。
誤字脱字や文に対する違和感、不足部分がありましたら、お手数ですがご報告をお願いします。