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十年一昔

作者: みぶ真也

 ラジオ関西で放送しているぼくののコーナー“みぶ真也の深夜のみぶ”が、丸十年間丸十年続いた時の話。


 最初にラジオ関西のスタジオを訪れた時は緊張したものだ。

 仕事柄、放送局に行くことには慣れているが、初めての局、初めてのレギュラーというのは、ドラマのチョイ役などよりはテンションが上がっていた。

 最寄りの駅は、JR神戸駅、阪急神戸線高速神戸駅となっている。

 ネットで調べると、自宅からはJRの方が便が良かったのでそちらで行ってみることにした。

 本人確認の為の免許証は持っているが、これには本名しか記載されていないことに気づき、前回の芝居公演のフライヤーを一部持って行く。

 この公演は評判が良く、もうフライヤーはこの一部しか残っていない。

 駅を降りて地図を見ながら南へ歩いていった。

 信号の向こう側に、神戸情報文化ビルの目印、キリンの像が見えてくる。

 ここの7階がラジオ関西なのだ。

 受付で名前を書き、番組名と出演者である旨を伝えると、プレートを手渡される。

 念の為にバッグから出していたフライヤーとプレートを手にエレベーターホールに向かった。

 その途中で、何かとても不思議な感覚に襲われたのを覚えている。

 今まで自分が存在しなかった別の空間に入っていくような居心地の悪さのような感覚だ。

 エレベーターが止まり、ぼくより年上の、筋肉質の男性が飛び出してきてぶつかりそうになった。プレートを落としそうになり、しっかり握り締める。

 エレベーターが動き出した時、一緒に持っていたフライヤーを落としてしまったことに気づいた。


 ラジオ関西の前身は、1951年神戸市須磨区に開局した神戸放送によるラジオ神戸だ。1960年、社名・愛称をラジオ関西に改めた。

 1995年の阪神淡路大震災で本社社屋が被害を受け、現在のハーバーランドに移転したという。

 番組レギュラーになって、十年経った今はすっかりこの社屋にも慣れたものだ。今夜の収録後は次の予定があったので慌ててスタジオを出た。

 そのせいで、エレベーターを降りる時も一回で待っていた若い男性と衝突しそうになった。

 その時、彼が何か紙切れを落としたので渡そうとしたが、既にエレベーターは扉を閉めて上昇している。その男性が落としたものをよく見ると、それは十年前にぼくがなくしたフライヤーだった。              

 十年前、確かここで年配の男性とぶつかりそうになり、このフライヤーをなくしたのだ。

 ということは、今、すれ違ったのは十年前の自分だったのか。

 そして、ここは十年前の神戸なのだろうか。

 そんなことを考えながらハーバーランドを歩いていると、背の高い人と衝突した。

「すみません」

 謝りながら見上げると、ぶつかった相手はエルビス・プレスリーだった。

 正確に言うと、原宿のロックの店からハーバーランドに移転したエルビス・プレスリーの像だ。待てよ。

 湯川れい子さんの働きかけでプレスリー像が移転したのは、ぼくがレギュラーになった翌年だ。

 ということは、十年前の自分の方がこちらにタイムスリップして来たのだろうか。

 フライヤーを手に取り、気になってスタジオに引き返す。

「みぶさん、どうした?忘れ物?」

 スタジオで談笑していたパーソナリティのヒロノツトムさん達がこっちを見て尋ねる。

「今日は急いでたんやないの?」

「あの、さっき誰か男の人が来ませんでしたか」

 訊いてみたが、誰もそんな人は見てないという。

 エレベーターホールですれ違った時、十年の時間が一瞬リンクしただけなのだろうか。

 考えながらスタジオを出た。

 エレベーターが一階に到着しドアが開いた瞬間、年配の体格のいい男性が飛び込んで来た。

 ぶつかりそうになり、慌ててよけて出る。

 上昇していくエレベーターランプを見ながら、手に持っていたフライヤーを落としてしまったことに気がついた。

 今、ぶつかりかけた相手は十年後の自分かも知れない。


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