よん
「君がカルロ?」
粉屋のじいさん家の水車を直していたら、この土地を治める辺境伯がやって来た。
用件は、まあ、アリーチェのことだろうな。
叔母さんが領主夫人だと言っていたからな。
……領主を殺したら追われるだけか。ここは躱して拐って逃げるか。
「……待て。物騒はやめて」
周りを探っても兵の気配はない。……が、悪いがここはじいさんに人質になって貰おう。
「だから待てって。君にも姪にも悪い話ではないよ」
誰が聞くかよ。
「聞けよ」
……さっきからなんだコイツ。俺は一言も喋ってねぇのに。
「気配で分かるよ。君、アリーチェと一緒になりたい?」
当然。もう手を出しまくったし。
「そこはきちんと返事をするところ……いや、いい。他人の恋路など興味もないし。ならば、今ここで君たちの婚姻を認めよう。そして、この国を出て暮らすんだ」
……対価はなんだ。
「現実的な切り替えの早さは流石だね。嫌いではないよ。対価は要らない、と言っても君は信じないだろうね」
対価無く動く者など、危なくて近寄れねぇよ。
「うん、その通り。対価は無いようで有るかな。アリーチェが幸せにならないとね、私の妻が生家の状況に気が付かなかったことに罪悪感を持っていて、ずっとアリーチェに構いっぱなしなんだ。もういい加減、妻を返して欲しいのさ」
ああ……妻を監禁する危ない奴か。いるんだよな、自分以外を見るのすら我慢できないトンデモ野郎が。
「いや、君も大概だからね? 私はきちんと妻を尊重しているよ? でも、もうアリーチェは一人じゃないだろ」
平民とくっついてでも、国を出ていけと?
「うん、理由に誤解があるが、結論はそうだ」
理由?
「そう。アリーチェの境遇は、アリーチェの妹がずっと魅了を垂れ流していたのが原因だ。それが陛下にまでバレ、陛下が裁定されることになった。……一番手っ取り早く丸く収めるには、アリーチェを連れ戻し、元の鞘に収めることだ」
……殺すか。
「だから物騒はやめなさいってば。君は今、正式にアリーチェという私の妻が庇護する女性の夫になった。正式に、だ。だが、この国にいたら面倒がやって来るだろう」
やっぱり……。
「やめ、って。故郷にでも帰りなさい。……これから公になるが、あの国で、黒の森が溢れると予言がされた。戦闘員でごった返すから、紛れやすいだろう」
森、が。そんな危険な所じゃなく……。
「へえ? 『狂犬カルロ』が随分と弱腰だね? 西の国が魔物たちに潰されたら、フリューソス地帯も壊滅だ。意味分かるよね? この大陸最大の穀倉地帯だよ。皆、飢え死ぬ。どこに居ても同じなら、戦ってくればいい。今度も、家族のために」
こいつ、どこまで知って。
「これでも私は領主なんだがな。危険を調べない筈がないよ。……ふむ、ではこうしよう。君を指名して依頼を出す。依頼内容は西の国の黒の森対応に加勢すること。期限は、終わり、まで。報酬は、終わった後、またこの地に迎えることを約束しよう。経費は今持たせる金以外は自分持ちだ。君からの途中報告は基本要らないが、年に一回以上、アリーチェから妻に近況を報告させなさい。終了時はアリーチェと共に顔を出しなさい。質問は?」
無い。
「ならば、直ぐにかかりなさい。妻には君が故郷の危機に助力するため旅立ったとでも言っておくよ」
俺は頷いた。
アリーチェが俺の手の中に堕ちてきた。知ったら何て言うだろうか。
「待て。……君、本当に一言も喋らなかったけど、驚かないね?」
……どうせ魔術か天恵なんだろうよ。お貴族っつーのは血が濃くなって、力の強い者が珍しくないからな。
「……正解。また、君に会えるのを楽しみにしているよ。アリーチェは既に荷物を持って、泉に向かっている筈だ」
そう言って、領主はやけに金の詰まった袋を投げて寄越し、去って行った。