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俺は国を出て、隣の南西の国に腰を落ち着けた。
黒の森境に接するボスコンフィ領は、街道から近く、冒険者ギルドもあり、旅人が寄ったり居着いたりする町だ。つまりは、余所者に寛容だ。
俺はここで冒険者ギルドに所属し、実に平和な依頼を受けて生活をしている。
草を採ったり屋根を直したり。
ここでは誰も「あいつの両耳削いで持って来い」なんて依頼はしない。そんなのギルドが受け付けないしな。
腕が鈍るので、知り合った冒険者の母ちゃんにくっついて活動しているガキ共に稽古を付けたり、その辺の魔物を間引いたり、狩りをしたりして、身体を動かすようにしている。
この冒険者の母ちゃん、ビビっていうんだが、中々の腕前の薬師で、魔物避けも確かな効力だ。なんか変な形をしているが、ビビ曰く、「しいさあ」だよ、って、意味分かんねぇし。
ビビの上の子は義理の息子だっていうが、こいつが尋常でなく強い。確実に獲物を仕留める野生動物みたいな奴だ。
長剣よりも短剣と体術が得意な暗殺者タイプで、扱える武器を増やしたいからと、あいつが俺の相手をしている。
……どんな生き方したらこんな十三のガキになるんだか。
ビビの実子の下の息子も得体が知れねぇしな。あいつ、隠してるが、魔力の高さ半端ねぇ。これで五歳とか、なんなんだ? どっかの王族並みだぞ。
そんなこんなで、この町で過ごすこと二年。
いつものように空いた時間に少し足を延ばして、町からは遠い森に狩りに来た。
そして、泉の辺りに「無」の顔で佇む若い女を見かけた。
この泉は動物たちの水飲み場だ。俺も飲む。そこに浮かぶのは勘弁してくれ。動物の死骸は時に魔物を呼ぶ。人間なら尚更だ。
他でやってくれ。そう思って見ていたら、案の定、服を着たまま泉に入りやがった。
慌てて泉から引っ張り出そうとしたら転んじまって、二人ともずぶ濡れ。
しかも、女に死ぬ意思はなく、ただ足浸けてただけだと。死にそうな顔してやるこっちゃねぇよ。
見るからにお貴族のお嬢様は、自分は貴族じゃないと言い、俺を名前で呼び、俺に名前を呼ばせる変わった女だった。
貴族には、平民の無礼を鞭打つ者もいるくらいなのにな。
毎日泉を見に来たら、毎日いるもんだから、話すようになり、女が何故ここにいるのか話を聞いたら、腹の底から怒りが湧いてきて堪らなかった。
今思えば、とっくに惚れてたんだろうな。この変な女、アリーチェに。惚れた女をとことん蔑ろにしてきた周りの奴らに殺意を覚えてたんだろうな、俺は。
俺がどんな人生だったか。そんな話をしたのは、アリーチェが初めてだ。
俺の話を聞いて、ボロボロに泣くアリーチェに、呆気なく陥落した。
素人の、しかも生粋のお嬢様を抱くなんて初めてで、俺が触っていいものか躊躇う。しかも外で。
「カルロ」
女も男も抱いて抱かれてきたクソ汚い俺を、アリーチェは丸ごと受け入れてくれた。
それからはただの恋人同士で。
廃嫡されたアリーチェならば、俺と一緒になってもいいだろう?
狭い世界で生きてきたアリーチェは、他の男を知らない中で俺を選んだ。俺しか選べないからな。
……いつか気が付くかも知れねぇが、もう離してやんねぇよ。