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当て馬にも心がある  作者: 千東風子
番外編:かませ犬にも心がある
6/10

いち

 

 黒の森の西の国。


 俺はその国の男爵家の次男として生まれた。

 ちなみに男ばかり四人兄弟だ。


 そして、とても貧乏だった。


 どのくらい貧乏かというと……言いたくない。それくらい貧乏だ。


 辛うじて家はある。使用人はいる筈もなく、家事全般は分担。全員自分のことはもちろんのこと、一通りの家事は出来る。なんなら服も作れる。布と糸が手に入れば。


 貴族としては末端とはいえ、爵位のある家がこれ程困窮しているのには理由がある。ずっと貧乏だった訳ではない。


 父が、詐欺にあって、べらぼうな借金を背負った。以上。


 狭いながらもきっちりと父が経営しているので、領地の税収はある。だが、その年の分の借金を返済すると、何とか食える程度しか残らないのである。


 それがここ十年の話だ。

 物心がついた頃からこの状態で育った弟たちは、貧乏(これ)が普通だと思っている。

 弟よ……畑で臨時雇(アルバイト)する男爵はきっと父だけだ。

 そして、傷んだ野菜をもらって帰って来る父を喜ぶ男爵夫人は母だけだ……。


 俺は、着て行くまともな服がない、というふざけた理由で学校に行っていない。

 読み書きや計算は兄が教えてくれた。


 父と兄には、体面があるから身嗜(みだしな)みは整えさせている。ここは必要な経費だ。


 母は一切社交場には出ない。母が嫁入りの時に持って来たドレスは、売ったりほどいて布にして内職に使ったり、一着も残っていない。

 社交場に出なくて良いように、母は病弱で通している。……うちの畑に出る害獣を鋤で追いやるけどな。病弱ったら病弱だ。


 父と兄が社交して細々と繋いでいる縁と、順調な領地経営だけが命綱。

 それだって、もし、天候不良で不作となれば、あっという間に崩壊する。


 俺は十五で傭兵になった。

 冒険者とは違い、冒険者ギルドを通さずに雇い主に直接雇用される私兵だ。


 十年契約で、十年分の報酬の三分の一を前金で貰い、三分の一は毎月払い、残りは契約満了時に支払われる。途中で俺が死んだら、以後の月払い分と満了時の支払いはない。


 この前金で、すぐ下の弟を学校に行かせてやれる。兄も優秀だが、あいつは天才(バケモノ)だ。真っ当な教育を受けられたら、後は自分で貧困から抜け出せるだろう。


 一番下の弟は裁縫が得意で、本人は将来的に自分の洋服屋を持つ夢を見ている。

 何気にこいつのレース編みや刺繍が、我が家の内職の稼ぎ頭である。

 洋服屋の弟子に入れてやるにも支度金が必要で、これで賄えるはずだ。


 この資金は父には預けてないし、教えもしなかった。十五歳で成人して、契約も自分で出来るしな。

 父には騙された前科がある上、父は自分たち家族が底辺の生活をしていようが、領地が安寧で栄えていたらそれで良いと考える節があった。

 領主としては良い領主かも知れないが、家族としてはたまったものではない。

 まとまった金を預けると、騙されて巻き上げられなくても、これ幸いに領地の道の舗装にでもつぎ込み、弟たちには使わないだろう。


 弟たちに必要な分は、本人たちの名義で銀行に預けた。兄の他には誰にも金の事は言ってはならぬと言い含めた。もし、盗られたり使い込んだりしても、もう俺は用立ててやれないことも。


 兄に弟たちの行く末と両親の老後を託し、兄へは婚活費用を渡した。兄にえらくご執心の金持ち商人の愛娘を是非とも(たら)し込んで欲しい。今のままでは贈り物一つ満足に出来ないだろうからな。金には限りがあるから、狙い(ターゲット)を定めて有効に使ってくれ。


 出稼ぎに出ると両親には告げ(嘘は言っていない)、俺は家を出た。


 きっと、生きては帰らないだろう。俺は自分の人生を金で売った自覚があったから。

 前金さえ貰えたら、兄弟たちの将来の道をほんの少しだが照らしてやれる。


 だから、成功報酬でギルドに守られている冒険者と違い、犯罪の片棒を担がされ、最後には切り捨てられて、消される確率が高い傭兵になることを自分で選んだ。

 それを馬鹿正直に言わないくらいには、両親のことを尊敬もしていたからな。


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