いち
黒の森の西の国。
俺はその国の男爵家の次男として生まれた。
ちなみに男ばかり四人兄弟だ。
そして、とても貧乏だった。
どのくらい貧乏かというと……言いたくない。それくらい貧乏だ。
辛うじて家はある。使用人はいる筈もなく、家事全般は分担。全員自分のことはもちろんのこと、一通りの家事は出来る。なんなら服も作れる。布と糸が手に入れば。
貴族としては末端とはいえ、爵位のある家がこれ程困窮しているのには理由がある。ずっと貧乏だった訳ではない。
父が、詐欺にあって、べらぼうな借金を背負った。以上。
狭いながらもきっちりと父が経営しているので、領地の税収はある。だが、その年の分の借金を返済すると、何とか食える程度しか残らないのである。
それがここ十年の話だ。
物心がついた頃からこの状態で育った弟たちは、貧乏が普通だと思っている。
弟よ……畑で臨時雇する男爵はきっと父だけだ。
そして、傷んだ野菜をもらって帰って来る父を喜ぶ男爵夫人は母だけだ……。
俺は、着て行くまともな服がない、というふざけた理由で学校に行っていない。
読み書きや計算は兄が教えてくれた。
父と兄には、体面があるから身嗜みは整えさせている。ここは必要な経費だ。
母は一切社交場には出ない。母が嫁入りの時に持って来たドレスは、売ったりほどいて布にして内職に使ったり、一着も残っていない。
社交場に出なくて良いように、母は病弱で通している。……うちの畑に出る害獣を鋤で追いやるけどな。病弱ったら病弱だ。
父と兄が社交して細々と繋いでいる縁と、順調な領地経営だけが命綱。
それだって、もし、天候不良で不作となれば、あっという間に崩壊する。
俺は十五で傭兵になった。
冒険者とは違い、冒険者ギルドを通さずに雇い主に直接雇用される私兵だ。
十年契約で、十年分の報酬の三分の一を前金で貰い、三分の一は毎月払い、残りは契約満了時に支払われる。途中で俺が死んだら、以後の月払い分と満了時の支払いはない。
この前金で、すぐ下の弟を学校に行かせてやれる。兄も優秀だが、あいつは天才だ。真っ当な教育を受けられたら、後は自分で貧困から抜け出せるだろう。
一番下の弟は裁縫が得意で、本人は将来的に自分の洋服屋を持つ夢を見ている。
何気にこいつのレース編みや刺繍が、我が家の内職の稼ぎ頭である。
洋服屋の弟子に入れてやるにも支度金が必要で、これで賄えるはずだ。
この資金は父には預けてないし、教えもしなかった。十五歳で成人して、契約も自分で出来るしな。
父には騙された前科がある上、父は自分たち家族が底辺の生活をしていようが、領地が安寧で栄えていたらそれで良いと考える節があった。
領主としては良い領主かも知れないが、家族としてはたまったものではない。
まとまった金を預けると、騙されて巻き上げられなくても、これ幸いに領地の道の舗装にでもつぎ込み、弟たちには使わないだろう。
弟たちに必要な分は、本人たちの名義で銀行に預けた。兄の他には誰にも金の事は言ってはならぬと言い含めた。もし、盗られたり使い込んだりしても、もう俺は用立ててやれないことも。
兄に弟たちの行く末と両親の老後を託し、兄へは婚活費用を渡した。兄にえらくご執心の金持ち商人の愛娘を是非とも誑し込んで欲しい。今のままでは贈り物一つ満足に出来ないだろうからな。金には限りがあるから、狙いを定めて有効に使ってくれ。
出稼ぎに出ると両親には告げ(嘘は言っていない)、俺は家を出た。
きっと、生きては帰らないだろう。俺は自分の人生を金で売った自覚があったから。
前金さえ貰えたら、兄弟たちの将来の道をほんの少しだが照らしてやれる。
だから、成功報酬でギルドに守られている冒険者と違い、犯罪の片棒を担がされ、最後には切り捨てられて、消される確率が高い傭兵になることを自分で選んだ。
それを馬鹿正直に言わないくらいには、両親のことを尊敬もしていたからな。