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当て馬にも心がある  作者: 千東風子
本編:当て馬にも心がある
4/10

よん

 

 アリーチェを保護したフラヴィアは、領地の中でも自然豊かな別邸にそのまま連れて行った。

 治癒術師を呼んでアリーチェの治療をさせると、栄養状態も心の状態も非常に悪く、回復は五分五分であり、心身共に後遺症が残ることがあると告げられた。


 フラヴィアは(ほぞ)をかんだ。

 生家と関わりが薄かったために、アリーチェの状況に気が付くことが出来なかった。

 なぜ、(アリーチェ)を溺愛していた兄夫婦が……。季節の挨拶状だけではなく、もっと頻繁に会っていれば、何かおかしいと、今回の事態は防げたのではないか。フラヴィアは自分を責めた。


 フラヴィアには魔術の心得があり、アリーチェから感じた魔術の残滓から、兄一家は何者かに「魅了」の魔術をかけられ、アリーチェは追い出されたのではないかと推測した。

 アリーチェ本人も、その魔術のせいで、自分の意思で辛い境遇を抜け出すことが出来なかったのかもしれない。


 でも、誰が何のために。


 伯爵家を乗っ取るためならば伯爵を継ぐことになったミケーレに動機があるが、彼はこんなことをしなくてもアリーチェの伴侶としての地位があった。乗っ取りたいならば婚姻後にアリーチェを排除するだろう。


 推測だけでは埒が明かない。

 あまり手を煩わせたくなかったが、これ以上調べるためには、辺境伯である夫に相談する他ない。

 それは、もう身内だけでおさまる問題ではないということ。

 フラヴィアは溜め息をついた。


 幸い、アリーチェに目立った後遺症は残らなかった。

 徐々に回復したアリーチェは、ある日、目が覚めたかのように外に行きたがった。

 護衛を付けようとしたが、アリーチェの火の魔術はその辺のゴロツキや小さな魔物くらいなら丸焼きに出来るので、放っておくことにした。


 アリーチェはフラヴィアに、散歩で見つけた花や虫の話や、綺麗な泉を見つけ、いつか泉に入るのだという野望を話した。


 フラヴィアからしたら「……入ればいいのに別に」ということでも、アリーチェにとっては決心が必要なこと。静かに見守っていた。


 アリーチェに変化があったのは、泉を見つけてからしばらく経ってからである。


 アリーチェの散歩話に男が登場するようになったのだ。毎日、泉で顔を合わせるらしい。


 やわらかい表情が出るようになったアリーチェをフラヴィアはただ見守っていた。

 もちろん、男の素性は把握済みである。





「当て馬ってヤツだな」


 青年が狩ってきた野兎を捌き、枝を削って串にして、一口大に切った肉を刺していく。

 手馴れた青年の手元に釘付けの少女は、聞き慣れない単語に首を傾げた。


「当て馬?」


「あんたのことさ」


 焦げないようにじっくり肉を焼くため、少女が得意の火の魔術を調整する。


「どういう意味?」


「ん、元々は牝馬(ひんば)を発情させる牡馬(ぼば)のことなんだが」


「は、発情?」


「そう。好みのオスで発情を促して、実際は別の種馬で種付けるんだ」


 種付け。

 馬の話とはいえ、少女は顔が真っ赤になってしまった。


「気分の乗らないオスに好みのメスを()てがって、発情したら別のメスに種付けさせることもある。当て馬は、自分が相手だと思っていたのに、いざとなったら退場させられる」


 少女はなるほどと納得した。

 当主になる気でいたのに、廃嫡され、自分は退場したのだから。


 馬の世界も世知辛いものね。

 子孫を繋ぐ相手と認めたから発情したのに、他の相手を宛てがわれるなんて。

 馬はやさしい生き物だと聞くから、感情が、心があるに違いないのに。


 発情する程の気持ちを引き()がされても、当て馬も種馬も肌馬も泣いて過ごすことは許されない。


 私は、恵まれているんだわ……。


 少女は心からそう思った。


 青年は香ばしく焼けた肉に惜しみなく塩を振った。

 ん、と焼けた肉串を差し出され受け取った少女は、目の前の御馳走に目を輝かせてかぶり付いた。


 ナイフもフォークも無いけれど、青年と食べる食事はこれまでになく美味しく感じる。


 顔全体で「美味しい」と訴えながらモグモグ食べる少女が、ゴクリと飲み込んだところで、青年は少女の口の端を舐めた。


「ついてんぞ」


 青年は更に、真っ赤な顔で睨み付ける少女の旋毛(つむじ)に口づけを落とした。


「俺たちに当て馬は必要ないな」


 青年はそう言って、今度は唇に口づけた。


 必要ない。

 これで他の人を宛てがわれたら、今度こそ心が死ぬ。


 泉で会うようになって一ヶ月。

 最初は向かいの岩に座って、少女が持ってきた軽食を食べたり、青年がこうして獲物を捌いて肉を焼いたり、楽しい時間を過ごしていた。


 やがて同じ岩に座るようになり、岩の端と端に座っていた距離は段々と縮まり、横に並んで座る距離が無くなった頃、お互いの心を差し出すように、これまでの自分のことを話した。


 青年は少女の話に怒りを覚えたし、少女は青年の話に涙して寄り添った。


 どちらともなく手を繋ぎ、唇を合わせ、肌を重ねるまで、時間はかからなかった。


 青年と共にあることに、少女はこれ以上ない位幸せを感じていた。


 幸せを感じる心がまだ自分にあることに、心から感謝した。



肌馬という表現についてですが、種馬の対で使っています。種馬は繁殖用のオス、肌馬は繁殖用のメスです。

誤字報告をいただきましたが、このままにいたします。


誤字報告、本当にありがとうございます。


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